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第三十四話 「レイチェルの重圧」

「レイチェル様 また腕を上げましたね。成人する頃は治安維持兵をも凌ぐ剣士となることは確実でしょう」


「本当ですか! ありがとうございます! これもラファエルさんが私を幼い頃から鍛え上げてくださったからですよ でもラファエルさんほどの剣士の方に教わる身としてはまだまだです!」


「またまたご謙遜を あなたの力は本物ですよ。しかもレイチェル様は貴族なのですから剣を振るう必要はありません。力を磨かねばならないのは私を含めた家来の方です」


「....そうですね ただ私は貴族の身に甘んじていたくないのです。かつての戦士の国、ジオカイアの王であられるラファエルさんの人生を奪ってしまった以上、できる限り私が力をつけてこの国を変えていかねばならないのです!」


「....あなたが責任を背負い込む必要はない。全て戦士として力不足だった私の所為なのです。私のことは気にせず自由に生きてください。ただそのお気持ちは大変嬉しいですが」


 かつてジオカイア王国の王であったラファエルはベイジョンとの戦いに敗れた後、デヴォルカス連邦共和国のダロスボン市に広大な土地を有する大貴族のケフトス家に身柄を引き渡されていた。本来ならば戦で負けた戦士は奴隷としての過酷な生活が待っているのだが、王であり、戦をした事によりベイジョンに気に入られたラファエルはケフトス家当主の娘であるレイチェル・マナゴルカル・ケフトスに剣を教える教師としてケフトス家に仕えることになったのだ。


 当初、敵国の貴族の娘に王たる自分が剣を教えるなど屈辱でしかないと思っていたラファエルは、常時無愛想で周りの家来達にも気に入られずなかなかケフトス家に馴染む事が出来なかった。この状況を見かねたケフトス家の当主はベイジョンの頼みで受け入れたラファエルを奴隷市場にこっそりと流そうと試みたのだが、レイチェルの必死の説得によりラファエルはケフトス家に留まる事ができた。戦士、王として何もかも失ったと思っていたラファエルは後に己の年齢の三分の一ほどしか歳をとっていない純粋な少女レイチェルに救われていた事を知り、今では積極的にレイチェルに剣技を教えるようになっていた。


「あの...ラファエルさん 今度は剣技の他に魔法も教えてはくれませんか?」


 レイチェルは握っていた練習用の剣を鞘に収め、透明な瞳をまっすぐラフェエルの目に合わせてくる。純粋無垢な眼差しに耐え切れなくなりラファエルは目を外してしまう。


「魔法ですか.... 生活魔法は教わっているのではないのですか?」


「ええ 基本的な生活魔法は教わっています。ですが私は攻撃魔法を教わりたいのです!」


「攻撃魔法ですか!? それはいくら何でも.... レイチェル様には必要ないのでは.... それに私は『オリジン』を持っておりませんので」


「今、ソウルポリスで話題のレジスタンス活動をラファエルさんは知らないのですか? 貴族である私がレジスタンスに襲われた時のためにも攻撃魔法は知っておいて損はありません。それに、もしレジスタンスがこの国を変えるほどの勢力であるのならば.... 」


 レイチェルは会話の末尾をはっきりとは言わずに周りを見渡した。盗聴している者がいないか急に不安になったのだ。


「.... 私は知りませんね。この敷地の外に出ることはありませんから ただそんな存在がいたことには驚きです。」


 ラファエルは少し嘘をついてしまった。実際は度々、他のケフトス家の家来達がこそこそと世間話をしているのを聞いていたのでレジスタンスの存在について多少知ってはいたのだ。ただレイチェルがこれ以上レジスタンスに興味を持つような要因を何故だか排除しておきたくなったのだ。


「...そうですよね 仕方ありません。 ただ魔法は別にマジックアイテムが無くても行使できるものと聞いております。なのでラファエルさんも『オリジン』が無くても魔法を使えるのではと...」


「まあ 使えることには使えますけどあまりレイチェル様に教えるようなものはありませんね。男臭いものばかりですよ」


 ラファエルはレイチェルが<激怒状態(レイジモード)>を使用して身体中からエネルギーを放出し、暴れ回っている姿を想像してしまった。


 改めて教えられるようなものはないと自分に言い聞かせる。


「爺!」


 レイチェルの声で我に返ったラファエルはレイチェルの目線の先を辿っていくと、そこにはケフトス家に仕える家来のまとめ役でもあり、レイチェルを生まれた時から世話をしている爺と呼ばれる執事のアルファンがこちらに向かって来ている姿が見えた。


 ラファエルがレイチェルに剣を庭で教えている時、アルファンが今まで邪魔をしてくることは無かった。例え用事があっても特訓が終わるまで邸宅と庭の間に生えている木の近くで待っていることが大半だった。しかしどういうわけか特訓中にも関わらずアルファンは歩く速度を緩めることなく向かってきた。別にこのケフトス家においてはラファエルよりもアルファンの方が格上の存在であるので、文句があるわけではない。ただ緊急の用件の可能性が頭を過る。


 かつての王もここではただの家来なのだ。この状況を臨機応変に受け止められたのは少なからずもレイチェルのおかげなのだろう。


 アルファンは庭まで来てレイチェルにまずお辞儀をする。


「レイチェル様 剣技の特訓中に失礼致します。失礼ですが、ラファエルをお借りできますでしょうか?」


「急ね... お父様の言いつけ?」


「左様でございます。」


「いいわ でも用件があるならここで伝えて欲しいわ」


「承知致しました。ではここでラファエルに伝えましょう」


 アルファンはレイチェルのこの反応を予期していたのだろう。少しも狼狽えることなくレイチェルの許可を取るとその場でラファエルに向き直った。そして、


「ラファエル。あなたには今度ホンブル市で開催される闘技大会にケフトス家の剣闘士として出場して頂きます。今すぐ準備に取り掛かって下さい」


「承知いたーー」


「ねえ」


 ラファエルが言い終わる前にレイチェルがアルファンに対して返答した。


「いかがなされましたでしょか?レイチェル様」


「私が何も言わずにラファエルを闘技大会に送り出すとでも思ってるの?」


 アルファンは恐らく全て知っているのだろう。たが、表情一つ変えていない。


「ですがこれはお父様の御決定でございます。ラファエルもケフトス家を代表できるのです。戦士としてこれ以上に誇りのある行為はないでしょう。お分かり下さいレイチェル様」


 そのまま黙り込んでしまったレイチェルは何も言わずに邸宅へ入って行ってしまった。残されたアルファンとラフェエルはお互いに顔を見合す。ラファエルがケフトス家に入りたての頃に比べ、今では二人の仲は密かに親しいものとなっていたのだ。これは常に主人のことを考え行動する執事と、常に部下や国民のことを考え行動していた王には互いに共感できるものを感じたからなのかも知れない。


「ラファエルさん レイチェル様があのまま黙って何も行動しないとは限らない。何かあった時は頼みますよ」


「この数年であの子のことは理解したつもりです 貴族には勿体ない逸材だ」


「そうですね.... それで一応聞いておきますが闘技大会には出ていただけますかな?」


「これで俺が無理と言っても選択肢は一つでしょうに... まあ俺は戦士だ。もちろん出ますよ」


「それは良かった。嫌がるあなたを連れて行くのは気が引けますからな....改めてあなたには感謝しております。今までレイチェル様のお世話ありがとうございました。」


「何を急に 俺が死ぬとでも?」


「確かにあのお方に気に入られるほどのあなたは負けることはないのかもしれない。ただ...」


「ただ 何です?」


「闘技大会の事が気になって少し調べたのですが... 恐らくあなたはもうケフトス家には帰ってこないでしょう」


「かなりの強者揃いですか.... ただ戦士が死ぬのは戦場。闘技場も互いに命を奪う場所に変わりませんから本望です」


「いえ私はあなたが闘技大会で負けるとは言っておりませんぞ」


「その言葉に色々含みがありますな」


「行けば分かりますよ。行けば....」



 ーーーその日の夜。ラファエルとアルファンから去ったレイチェルは自分と歳が近くて普段からも親しくしているケフトス家の家来達を密かにケフトス家敷地内の牛舎に集めさせていた。


 料理人見習いとして今年から配属されたレイチェルよりも一つ年上のメイ・ホーン。


 レイチェルと幼馴染の牛の飼育係の青年、マルコ・フィリップス。


 レイチェルよりも二つ年下のメイド、ララ・ミスト。


「レイチェル様急ではありますが、さすがに牛舎集合とは...匂いが移ります....」


「メイさん ここは僕が普段から掃除してるから衛生上は清潔ですよ ...そんな顔しないで下さい!」


「二人とも レイチェル様が密かに集まるようにと仰られたことを忘れたの?いくら牛舎でも騒いでいると気づかれますよ」


「すみません....」


「ごめん...でも...いくら牛舎でもって...」


 メイとマルコは自分達よりも年下のララに説教をされ話すのを止めた。メイドとして凄腕の技術を持つララは家来達の中でも特に気が強く、最年少ながらも年齢を気にさせない振る舞いを普段からしている。そんなララには年上のメイとマルコでも言い包められてしまう。


「みんな、よく集まってくれたわ 今回は特に信用できるメンバーを集めたの」


 干し草と糞の混ざった匂いが充満する牛舎の隅に集合した家来達を確認すると、レイチェルは全員が聞こえる限界の小声で説明を開始する。


「集まってもらった理由はラファエルさんをこの敷地から逃すためよ」


「ラファエルですか? 逃すってなんで...」


「マルコ!まだレイチェル様が質問していいとは言ってないでしょ 申し訳ございませんレイチェル様!」


 メイがレイチェルに謝り出すと慌ててマルコも頭を下げた。


「いいわ 気にしないで 当然の疑問だものね。 率直に言うとラファエルさんがホンブル市で開催される闘技大会にケフトス家の剣闘士として出場することになったからよ」


「剣闘士ですか! さすがラファエル 元ジオカイアの王なだけはある」


 マルコは男だからか剣闘士という単語が聞こえたあたりから興奮しているようだが、メイは少し引っかかった。


「レイチェル様質問してもよろしいでしょうか?」


「ええ」


「ケフトス家の剣闘士として出場するということは当主様のご命令ですよね?」


「もちろんよ」


 家来達が一斉に一点を見つめ始めた。当主様の命令に逆らうことなど絶対に許される行為ではないからだ。それを知っていても尚頼みごとをしてくる当主の娘、レイチェルの事を無視するわけにもいかない。家来にとってとても難しい仕事である。


「レイチェル様 なぜそれほどまでラファエルに拘るのでしょうか?」


 メイは危険を冒してまでただの剣術指導者を救いたいと思うレイチェルの気持ちが理解できなかった。


「ラファエルさんはかつてのジオカイアの王よ それなのに今やケフトス家の家来としてこんな私に剣術を教えるだけ。本来なら多くの人を導くことができる彼が導くのは私の剣の振り方だけなの。こんなのは間違っている!....もしかしたら私は多くを導く王が私にだけ導きを与えることを恐れているのかも知れない。その重圧に耐えられないだけなのかもしれない。ただ私はデヴォルカスの貴族。そんなわがままなら貴族らしく通して見せるわ。だからこれは自分のために多くを導くラファエル王をケフトス家から解放したいの! 剣闘士として命を落とすなんて許せるわけがない!それじゃ私がラファエル王以上に人々を導かないといけなくなるわ....」


 牛舎にいる牛の寝息の音がよく聞こえてきた。それだけ誰もすぐにレイチェルの小声の叫びに返す言葉が思い付かなかったのだ。


「わかりました。ではラファエル救出大作戦を実行するのですね!」


「マルコ.... ええその通りよ メイとララは協力してくれる?」


 メイは暫く黙って考えていた。その代わりにララがレイチェルに返答する。


「私はレイチェル様に仕えるメイド。異論はございません。」


「ありがとう」


 お礼を言うとレイチェルはメイの方を向く。


「レイチェル様 申し訳ございません。私はケフトス家に配属になったばかりの見習い料理人です。折角掴んだ夢を捨てるような危険を冒すことができません。私にできることは、せいぜい静かに部屋に戻り、誰にもこの集会の事を報告しないということが精一杯でございます。」


「メイさん! あんたって人は...」


「マルコ! いいの ありがとうメイ それでも協力に感謝するわ 静かに戻っていいわよ」


「申し訳ございません!」


 レイチェルに許可を貰ったメイはそっと牛舎を抜け出し、家来達が寝る家屋へと消えて行った。


「本当に良かったのですか?メイを信用しても」


 マルコは若干今年入ってきたばかりのメイを信用することが不安だった。もしもメイが万が一に他の家来達に報告をしてしまったら自分の仕事は無くなってしまう。そしたら今後飼育係以上に羽振りの良い職業に就くことはできないだろう。一度仕事を辞めた者が再びこの国で仕事を見つける事はとても大変なのだ。どこに行っても仕事を辞めることができる者として見られ、なかなか雇って貰えない。そんな再就職難民達は最終的にはコルノン市のような闇を訪れ、小金を稼ぐことになるのだ。


「大丈夫よ 彼女には貴族が持ってはいない良識があるから。 心配しないで。万が一はマルコとララのことは私がなんとかするから」


「ありがとうございます!」


「恐れ入ります。」


「では考えるわよ ラファエル救出大作戦を!」

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