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第三十五話 「ラファエル救出大作戦」

 真夜中。空に散りばめられた数多の星々と青白く光り輝く二つの丸い球体が視界を奪う真っ黒な大地を照らす頃。


 マルコはラファエルが寝ている家来達の家屋に侵入していた。


 家来達の家屋と一言で言ってもここはダロスボン市の大貴族が保有する広大な敷地内である。故にケフトス家に仕える使用人の数は小さな村ほどの規模を誇る。そして、敷地内には家来達が生活するため、二階建ての石造りの立派な建物がいくつも存在した。


マルコは主人であるレイチェルの指示の元、寝ているラファエルを起こしに来たのだ。


「レイチェル様もいつものことだけど無茶言うよな...」


 マルコは家屋の裏口から誰にも見られずにとりあえず侵入できたことを確認すると、安堵からか独り言を呟く。


 今回のレイチェルからの命令はいつも以上に困難な内容だった。というのもラファエルを起こす際、他の家来達に気づかれてはいけないからである。ケフトス家を代表する剣闘士をおいそれと逃してくれるほど甘くはない。最も厄介なのは真夜中ではあるが全ての家来達が寝ていないという事だ。大貴族に仕える家来として主人が寝ている間も警備のため数人は常に夜であっても控えてる必要がある。故にこの家来達が生活する家屋でも真夜中にも関わらず起きている者がいるのだ。


「せめて巡回している位置だけ把握したいんだが.... がんばれマルコ お前なら切り抜けられる!」


 マルコは自分の中で常時渦巻いていた不安を掻き消すために己に喝を入れる。真夜中に起きている家来達は通常、一階部分の居間で書類整理やマジックアイテム磨きなどの夜でもできる雑用をしている者と家屋内を巡回していつでも主人の邸宅に移動できるように警戒している者に分かれる。主人の邸宅にはもちろん警備はいるのだが、増援として家来達しかいない家屋においてでも油断なく警戒に当たっているのだ。


 一階部分で雑用している者にはよほどの音を出さない限り侵入に気づかれる可能性は極めて薄いだろう。しかし巡回している者はどうにかしてやり過ごさなければならない。


 マルコは腰を低くし中腰の状態で裏口の戸を音を立てないようにそっと閉め、ゆっくりと移動を開始した。目指すは二階で寝ているラファエルの寝室だ。


 一階の居間を隔てる扉の隙間から中で灯しているマジックアイテムの光がマルコの進む方向から漏れていた。薄暗い中で移動をするには便利な光であるが、今回は光がマルコを邪魔してくる。


 居間には二人の家来達がマジックアイテムを磨いているのか、金属を布で擦る音が鮮明に聞こえる。昼間忙しくなるこの家屋でマジックアイテムを磨いていても誰もその音に気づく者はいないだろうが、夜の家屋では磨く音を妨げる雑音は一切ない所為か抵抗なく隅々まで響き渡っている。


 すると、居間の方から声が聞こえてきた。


「よし 簡易洗濯アイテムの表面磨きは終わったぜ 魔法充填よろしく〜」


「おい お前さっき磨いたばかりじゃねえか ちゃんと一つ一つ磨いてんのか? ケフトス家のマジックアイテムが汚れていたら恥ずかしいぞ」


「そんなに大きな声出すなってさっき言っただろ 上で寝ている者が起きちまう ちゃんと磨いてるわ! お前がいつもトロイからそんなこと言うんだろ」


「人のこと言えるのかね...」


 どうやら居間にいる家来達は作業にしか目がいってないようだ。マルコは裏口の近くに設置されているキッチンを通り抜け、扉付近まで到達するとより慎重に歩み始める。二階へ向かう階段の近くに居間の扉があるためだ。


 ここで注意しなければならない点が一つ潜んでいた。それはこの家屋の外壁は石造りでできているのだが、居間の扉から階段に続く廊下の床が木でできているという点だ。それもかなりの年数が経過しているため普通に歩くとミシミシと音が出てしまう。


 マルコは中腰の体制を維持したまま片足ずつそっと前に踏み出していく。なるべく音が出ないように床と接する足裏を垂直に下ろすことを忘れずに。


 そろりそろりと注意深く歩いたことによりなんとか二階へ続く階段の所まで気付かれずに到着することができた。


(第一関門突破 マルコ少佐はこれから第二関門の二階へ侵入を開始する!)


 居間のすぐ近くまで来ていたマルコは心の中で二階へ向かう意気込みを呟いた。もう一階は制圧したも同然だとマルコが意気揚々と階段に足を掛けようとした瞬間、マルコの手が何かに当たった。


 バタンっ!!


 マルコは自分の足に全神経を集中させていたので気づかなかった。居間を隔てる扉の壁から僅かに突き出た枠の部分に床を掃除するためのホウキが立て掛けられていた事を。


「何だ?」


「誰かいるのか? 巡回の奴かな...」


 居間から作業をしていた家来達の声が聞こえてきた。


 マルコは瞬間冷凍された心臓を必死で解凍しながら、慌てて来た道を引き返し裏口の方へと戻る。そして裏口からひとまず出ようかとした頃、居間を隔てる扉が中から開けれる音がした。


 裏口の扉を開ける余裕がないと瞬時に判断したマルコは裏口に向かう途中にあったキッチンに身を隠す。


「誰もいないな」


「ああ このホウキが倒れたのか」


「お前一度使った掃除用具はきちんと元の場所に片しておけよ」


「お前は俺のオカンか!」


「よくそれでケフトス家に仕える家来になれたもんだな...」


「俺はやるときはやる男よ それにしても急にホウキが倒れるか?」


「立てかけ方が悪かったんだろ 作業に戻るぞ その前にお前はホウキを片してこい」


「へいへい」


 ミシミシという床を踏んだ音がキッチンに隠れているマルコに近づいて来た。キッチンの外側からは見られることはないが、キッチン内に入られたら確実にバレてしまう。


 マルコは少しでも気付かれまいと息を止める。


 どうやらホウキを持った男はキッチンを通り過ぎ、裏口に向かったようだ。裏口の扉の横に掃除用具入れが設置されていたことをマルコは思い出す。


 そして、何やら裏口の方からホウキをしまう音が聞こえて来たかと思うと、今度は居間に引き返して来る足音が聞こえた。


 用事は済んだからそのまま居間に引き返すだろうとマルコは思っていた。


 しかし、


「お なんだアップルパイの残り物まだあるじゃんっ」


 マルコが隠れているキッチンの上にはアップルパイが置かれていた。中腰で隠れていたマルコでもアップルパイは目視できる距離にある。


 やばいこのままでは完全にバレてしまう。


 焦ったマルコはここで切り札を出すことにした。


 それは、ガキガキだ。


 マルコは普段、牛の飼育をしている。そのためあらゆるお世話をしているのだが、そのうちの一つに牛に張り付いた虫を払いのけるという作業がある。牛は人間と接する時間が長い動物の一つだ。そんな動物の周りには豊富な食料があるためよく虫が動物にこっそりと寄生して食料が置かれている場所まで侵入してきてしまうのだ。マルコは払いのけた虫を小袋の中に入れておいた。マルコにとってもはや虫の出現は日常茶飯事の出来事なので何とも思わなくなっていたが、マルコ以外の家来達の大半は虫が苦手だ。そんな中でも特に見た目が人気のない『ガキガキ』という虫を持って来ていた。


 『ガキガキ』は人間を直接攻撃することはなく、人間が残す食料などを好物とする虫だ。ただなんといっても見た目が人気ない。夜でも溶け込めるような真っ黒色な外皮を身に纏っていて足が合計十二本ある。これがとても変わっている特徴なのだ。胴体に対して上下方向に六本ずつ足が生えている。普段地面を這っているガキガキを見るとまるで仰向けの状態でひっくり返っている虫が動いているように見えるくらいだ。なぜこのような形態になったのかはまだ謎が多い虫でもある。


 そんなガキガキは上からも下からも足が生えているので、マルコは足を掴みっ取って小袋からアップルパイが置かれている方へ放り投げた。


 するとすぐに、アップルパイ目指して向かって来た男から悲鳴が聞こえて来た。


「だああああああ!!!!!」


 ガキガキを見た瞬間、男は居間に向かって全速力で逃げていく。予想よりも大きい反応をしてくれてしまったので巡回している者が駆けつけてくる前にマルコは男の混乱に乗じて階段の方まで急ぎ、二階へ登っていった。


 二階に上がったマルコは下から聞こえてくるガキガキvs男二人組の泥試合の音を聞きつつ、そろりそろりとラファエルが寝ている寝室を目指していく。


 ラファエルの寝室へ続く廊下を歩いていると廊下の突き当たり付近から歩いていくる足音が聞こえて来た。


 おそらく巡回している者だ。下での騒ぎに気づいたのだろう。


 廊下には身を隠す場所がない。最も厄介な巡回が二階にいたのは誤算だ。後にも引けないマルコは咄嗟に近くの寝室の扉を開け、中に入った。


 ミシミシミシ... 咄嗟に入った寝室の扉の前を通り過ぎ、下に向かった足音が聞こえた。


(ひとます危機は去ったな... 危なかったぜ)


 口から安堵の息が漏れる。どうやらバレるという最悪の事態は回避できたようだ。


「....だれ だ....」


(何!? ついにバレただと!? なぜここに巡回が...)


 奥から声が聞こえて来たのだ。マルコは恐る恐る後ろを振り返る。ここでバレたら全てが終わってしまう。例えレイチェルからの命令であったとしても牛係の仕事は無くなってしまうだろう。


(終わった....)


 マルコは覚悟を決めた。


(......)


 しかし、先ほどの声から続きがない。というか寝室には巡回している者の姿はなかった。いるのはベッドで寝ている自分と同じケフトス家に仕えている家来のみ。


(何だ 寝言かよ.... 焦った.... そんなピンポイントな寝言とかありえないし)


 何度目の心臓飛び出しかと思ったが、どうやら無事に気づかれてはいないようだ。


 寝室の扉を開け、今度こそラファエルが寝る寝室へと目指す。


 今だに一階からはガキガキvs男三人組の泥試合をしているようだ。もしかしたら魔法なんかよりも虫を使った方が戦闘では有利に働くのかもしれないなと思いながら歩いていると、ラファエルの寝室の扉に前にまで来ていた。


「よし やっとゴールだ。あとはラファエルを起こすだけ」


 そっと寝室の扉を開け中に入ると、そこにはベッドからはみ出しそうなほどの大柄な男がイビキをかいて寝ているところだった。


 ラファエルだ。


 いや本来ならばラファエル王様と呼ぶべき存在だっだのだろうが、ラファエルは自分のような未成年の家来に対しても同様に接してくれているため王様という感じがしない。


 そしてマルコはレイチェルから与えられた使命を全うするためラフェエルを起こしにベッドに近寄る。


 すると、


「誰だ?」


 先ほどまでイビキをかいて寝ていたラファエルが上半身を起こし、ベッドの横に置いていた剣を握って警戒していた。


 さすがは王と呼ぶべきなのだろうか、寝ていても不意に接近する者の気配にとても敏感なようだ。


「僕です。マルコ・フィリップスですよ」


 ラファエルはゆっくりとマルコの方を向く。暗い室内にも関わらずラファエルにははっきりとマルコの居場所が見えているようだ。


「マルコか なんの用だ? もしかしてレイチェル様か?」


「察しが早いですね。 そうですレイチェル様の命令であなたを起こしに来ました。 今すぐ逃げましょう。今頃レイチェル様とメイドのララが馬車を下に用意しているはずです!」


「逃げる? なんでだね 俺はこれから剣闘士としてホンブル市に行くことになっているんだが」


「だからですよ」


「....まあ いいだろう レイチェル様のところへ行くとするか」


 マルコは意外に思った。もう少しラファエルは拒むのではと思っていたからだ。しかも若干、ラファエルは嬉しそうに口元を緩めているようにも思える。ラフェエルはレイチェルに助けてくれることを望んでいるような人間ではないことは男としてマルコは理解しているつもりだった。しかし、何故だが逃走作戦には参加してくれるようだ。参加してくれること自体はレイチェルの命令だから喜ばしいことなのだが。


「ラファエル 寝室の窓を開けて下さい」


 マルコに言われたラファエルは窓を開けた。


 すると、


「ラファエルさん! 起きたのですね! さあ行きますよ! 馬車の荷台に飛び降りて下さい!」


 家来達が生活するこの家屋の外にレイチェルとララが馬車を密かに連れて来ていたのだ。そしてその馬車は丁度ラファエルの寝室の窓が見える位置に家屋の壁に沿うようにして停車していた。


 ラファエルは一度窓から離れ、マルコに向かって来た。


「なんです?」


 マルコがポカンとラファエルを見つめていると、


「うわっ!?」


 マルコはラファエルにお姫様抱っこの要領で抱え上げられた。そしてラファエルはそのまま窓から身を乗り出す。


 その光景を下から見ていたレイチェルとララは口を開けたまま固まっていた。特にレイチェルは微かに震えていた。


 窓からマルコを抱えたまま身を乗り出したラファエルは二階の高さから飛び降り、馬車の荷台部分に音を立てて盛大に着地をした。


「ララ! 今のでおそらく中の者に気づかれたわ 急いで馬車を出して!!」


「承知致しました! はっああ!!」


 ララは繋がれた二匹の馬に鞭を打ち馬車を発車させた。


 先ほどガキガキと格闘していた男達も外の様子に気づいたようで、裏口から外に出て来た。


「侵入者か!! お前早く塔まで行って警報を出してこい!!」


 慌てた様子の男達が後方で騒ぎ始めていた。


 急ぐ馬車はケフトス家の広大な敷地を駆けていく。いくつもの家来達の家屋を通り過ぎた頃、敷地内を見張る塔からカーン、カーンと警報が鳴り響いた。先ほどの家来達が警報を鳴らしたのだろう。すると、真っ暗だった家来達の家屋に次から次へと明かりが灯され始め、中からぞろぞろと家来達が何事かと外に出始めていた。


「警報が鳴らされたわ! ララ急いで このままだとアルファンに見つかっちゃう!」


「はい! ですが、まだ敷地の外に出るには時間が掛かります!」


「ラファエルさん!お力をお貸しててもらえないでしょうか?」


「....」


「ラファエルさん!!」


「<沼地>」


 ヒヒーーンと馬車を引っ張っていた馬達がうめき声をあげたかと思うと馬車が急停止をした。その衝撃で馬の手綱を握っていた小柄なララは前方に吹き飛ばされる。


 宙に浮いたララは地面にそのまま激突すると思われたが、


「ふー キャッチできました。危なかったですね」


 ララは突如現れたアルファンに抱きかかえあげられていた。


「爺! なんで...」


「レイチェル様 ラファエルを逃がそうとしても無理な事です。それにレイチェル様以外にも我らの同僚がいたとは」


 抱きかかえ上げられたままのララと馬車に留まることができたマルコは下を向いていた。


「爺! 二人は関係ないわ!私が強制的に従わせただけだから お願いだから仕事を奪わないでいてあげて」


「分かっておりますとも。二人はどんなに逆境と呼べる状態でも己よりも主人を優先して行動を起こしました。これは家来の鑑であります。仕事を奪うどころか昇進ものですよ」


 アルファンはとても優しい笑顔を振りまいている。


「どちらかというと問題は料理人見習いだった者の方ですかね.... まあそれはそうとレイチェル様。あまり勝手な行動は起こさないようにして下さい 当主様が困っております」


「だったって... でもラファエルは闘技大会に行くべき人間じゃない!」


「そう思いますかな? ラファエルさん?」


 先ほどから沈黙を守っていたラファエルがレイチェルとアルファンに向かって喋り始めた。


「私は剣闘士として参加しますよ。元戦士の長だった私が死ぬのは戦場であります。消えた部下達のためにも...」


「なら生きて新たな希望を生み出した方が部下さんのためにもなります!」


「何が良い事なのかは人によって異なります。ましてや私とレイチェル様は国も性別も年齢も違う。ひとつの物差しでは測れない事がこの世には沢山あるのですよ」


「...でも 私はラファエルさんに死んでほしくない...」


「やっと貴族らしくなりましたなレイチェル様 私は死にませんよ まだやる事が残っている。」


「...どうやらこの状況から私がラファエルさんを救い出そうとしてたことは知っていたようだけれど...それでもそう思うのなら私のわがままを貫き通すことは諦めましょう。私がラファエルさんを縛ってしまってはいけませんから。ただ...」


「生きて帰って来て欲しいとは行ってくれるなよレイチェル。そう願うなら他人に結果を求めず、自分でその願いを勝ち取って欲しい。今のはケフトス家に仕えるラファエルではなく、ジオカイア王国の王としてだ」


「ラファエルさん ホンブル市行きの馬車の用意は既に出来ております。ジオカイアの力、ケフトス家として闘技大会で行使して頂きたい」


「本来ならば奴隷の身であった私にこんな優遇された生活を提供して頂き本当に感謝しています。レイチェル、君には色々と救われた。次は自分を救って欲しい。アルファン。いい話相手になってくれてありがとう。」


「それはこちらのセリフですよ では後は他の家来達がホンブル市までお連れしますので 私はレイチェル様を邸宅へお連れします」


 レイチェルは何かラファエルに言わねばならないと思っていた。しかし、溢れる想いがあり過ぎて何から話して良いかわからない。そのまま口を動かす事なく頭だけが動いていると、ラファエルを連れた馬車はホンブル市へ向け発車してしまった。


 気づけばレイチェルは目を開けたまま己の寝室で朝を迎えていた。



どうも、おはこんばんにちは作者のアカサタ七斗と申します。


MAGIC CODEをここまで、また最新話を読んで頂きありがとうございます!

第三十五話にしてやっと顔を出せました...

Season1いかがでしょうか?まだ自分としては本作の土台作りという感じでまだ本題に入れていないんですよね...

長過ぎですね。本作は群集劇となっていてこれからも色々な登場人物にフォーカスしていこうと思っております。勿論あまり登場していないウィルについてもです!僕は洋画大好き人間なのでちょこちょこ要素を取り入れていくつもりです。もしかしたら何人かの人は気付いて頂けたでしょうか。


長編になりそうですが、もし万が一にもこの作品を気に入って頂けたら、評価かブクマをして頂けると今後の筆が進むと思われます!


今後ともよろしくお願いいたします! 

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