第三十一話 「闘技大会前」
ホンブル市ネイタウン闘技大会。『冒険者ギルド』を宣伝するための話題性作りとして開催された催しもののつもりだったが、当初の予想以上に大きな反響を呼んだようだ。
ホンブル市の自然区域と人間居住区域の間にある不毛地帯に闘技場は設置された。宣伝が目的であるためあまりコストはかけられなかったので、不毛地帯の大地を自然区域近郊に住んでいる土系魔法を行使できる住民に協力してもらい、即席の闘技場を完成させた。不毛地帯の岩肌を円形上に盛り上げて、隕石が落下した跡にできるクレーターのような形の闘技場になった。そして観客席にあたる盛り上がった岩肌には魔法創作連盟に協力した自然区域近郊の職人達の手によって段々上の椅子が出来上がった。一見すると闘技場は赤土色の岩肌で統一されているため不毛地帯に突如できた丘のように見えるのだが、そこに大勢の人間が入ると即席とはいえ立派な闘技場に見えて来るから不思議だ。
市外から訪れる観客が闘技場へ行く際の中継地点となっていたネイタウンには、元々住んでいた住民達の数の十倍以上に及ぶ観客が訪れていた。そのため住民達はいつも以上に稼ぎ時だと思い、普段は狩人や農家の人たちもこの際は街で出店や屋台を開いている。そして、訪れた者達が特に物珍しそうに見ていたのは市民会館、現在では『冒険者ギルド』と呼ばれる建物であった。皆、未知の職業に興味津々のようだ。これは作戦成功と言えよう。訪れる者は一般市民や貴族が多く、強者と呼べる者は少ないが今は認知が最優先事項なのだ選り好みは言っていられない。無視されずに目に止まった理由は未知の存在に好奇心で一度見て見たくなったのもあるが、今回の闘技大会の主催者がホンブル市と『冒険者ギルド』と大々的に宣伝されたからだろう。市が協力する民間組織というブランドはかなりの効果があった。
そんないつになく活気に満ち溢れたネイタウンで戦士の格好をしたソンとビルは喫茶ストリアの屋上から街の様子を見ながら今回の闘技大会について話し合っていた。
「ビル、左手の義手の調子はどうだ?」
「ローズに作って貰ったからな、かなり調子はいいんだがこの義手は仮の物らしい。可動領域は広いから結構気に入っているんだが」
「ローズは職人の長だからな 自分が気に入るまで作り続けるんだろうよ 良かったな!」
「...おう ところで闘技大会の方はどうだ? 予想以上の賑わいで俺は少し引いてしまったが」
「出場者も観客者もかなりの数が集まってるぞ、出場者については人間から亜人まで様々な種族が揃ってるそうだ」
「うーーーん 強者揃いは嬉しいんだが、俺たちが生き残れるか不安だな」
「いざとなればジーンが手助けしてくれるさ。まあ俺たちの相手は既に決定済みだしな。心配無用だよ」
「誰だ?」
「俺たちの相手は『人間』じゃない。『人間』には是非とも『冒険者ギルド』に加わってもらいたいからな。なるべく死人を減らしたいし。一応今回のルールは相手が行動不能になったら試合終了だが、観客が死ぬまでは満足しないかもしれない。その場合は仕方ないが、勝者も敗者にも『冒険者ギルド』に参加してもらう手筈を整えているよ。それで相手だがオリトゥだ」
「オリトゥか 一応仲間になってくれたんだがな 少し躊躇してしまう....」
「大丈夫だ 既に話は通してある。俺らは奴らを殺しはしないし、奴らも俺らを殺しはしない。適当に戦いを盛り上がる程度まで繰り広げたら、オリトゥが負けることになっている」
「八百長か....」
「その通り 本気で戦い合う事に意味はないからな」
「ああ わかってるさ...」
「本気で戦う他の面子が自然とカバーしてくれるさ。 まあ出場者の方は今のところ問題ない。」
「その言い方だと 観客者の方に問題でもあるのか?」
「ああ そうなんだよ このネイタウンに訪れる観客の中に天国草を売り払っている輩がいるそうだ。商売繁盛は裏稼業も同じだな。このネイタウンで犯罪を引き起こして欲しくはないのだが、俺たちが言える立場じゃない」
天国草とは、人間が天国草の成分を摂取すると非常に高い高揚作用が発生し、まるで天国にでも行ったような心地よい気分を与えてくれる草の事だ。あまりの気持ち良さから一度摂取すると中毒になり、二度と天国草なしでは生きられなくなる精神になってしまうという。そのせいで高い値段で売られていても借金をしてまで買いたがる者が続出し、破綻する者が後を絶たないようだ。中でも一番厄介なのは一度摂取してしまうと幻覚を見たり異常行動をとるようになる事だ。このような作用があることから天国草は一般商売において禁止されているのだが、主要都市の一つコルノン市では今でも禁止されることなく流通している。おそらく今回持ち込まれた天国草もコルノン市から回ってきたのだろう。宣伝と一緒に禁止植物までもが広がってしまっていた。
「仕方ない... それよりノックの旦那はどこに行ってるんだ? 闘技場建設以降見かけてないんだが」
「ノックの旦那はネイタウンに訪れる大量の馬車の検閲をしているよ。検閲といっても軽いチェックで、本当の狙いは通信系マジックアイテムを取り付けているんだがね」
「なるほど抜かりはないな 順調だね」
「順調過ぎて怖いほどだ。 ローズの事を忘れるなよ?」
ソンは先ほどの真剣な面持ちから離れて、ビルをからかってみた。
「言われなくても分かってるさ! お前も人のこと言えるのか?」
ソンはビルがなんでそんな事を言ってくるのかちっとも理解ができていない。
「は? 何言ってんだよ 俺はお前みたいなおめでたじゃないっての」
屋上でビルとソンが話していると、喫茶ストリアのバルコニーから二人を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ソンさんー! ビルさんー! そろそろ時間が来るので一度お茶にしませんかー?」
「噂をすればだな 行くかソン"さん"!」
「おい! 何か言え!」
ーーーレジスタンス拠点。
闘技場の最終チェックを終えた魔法創作連盟のキール。本名コールはレジスタンスの拠点に戻り、魔法創作連盟のローズ。エマに報告をしに戻ってきていた。拠点内に入り、コールはいつもメンバーが集まる会議室兼広場を見回ってみたがエマの姿は確認出来なかった。コールはレジスタンスに加入してからようやくここでの生活に慣れてきたので、エマが何処にいるのか検討がついた。大抵広場にいないときは渓谷の岩壁をくり抜いた工房室でマジックアイテムの製作を行なっているのだ。それこそがエマの最も大切にしている仕事であるということも今では理解している。
工房室の壁をノックし、コールは報告をするために中へと入った。予想通りエマは工房室でマジックアイテムの製作をしていた。前まで新聞やポスターを作成したコールにはこの工房に置いてある材料やよくわからない液体の匂いに耐えるのはかなりきつかったが、不思議と今は気にならなくなるくらいまで慣れてきてしまっている。人間の危険を察する能力もこんなものでいいのだろうかと疑問を持たずにはいられない。
「エマ。闘技場の様子を確認してきたよ。出場者も観客も予想以上の人数が集まっていた」
「なるほど 宣伝作戦は成功のようですね お手柄ですよ」
エマはコールが入ってきた時に一度作業を中断し、振り返って挨拶をしたが挨拶を済ますと再びマジックアイテムの製作に取り掛かりながらコールに応対した。それほどにまで熱中するアイテムとは何なのか単純にコールは知りたくなった。
「他の皆んなは闘技大会のために今準備してるけど、エマはここで何を作ってるんだい?よほど集中してるからかなり大事なアイテムだとは思うんだが」
「ウィルの義手よ」
エマは即答した。
「義手? 義手ならつい先日に完成してウィルに渡したんじゃなかったのかい?」
「あれは仮なんです。脳で考えた通りにある程度は動かすことはできるけど完璧じゃないの。それに折角無くした左腕に新たにマジックアイテムを装着させるならレジスタンスとしても使える義手の方がいいでしょ?」
「なるほど 彼は幸せ者だな」
「今は関係ないと思いますけど」
「女性に一生懸命に作ってもらう物は例え手編みのマフラーでも多機能義手でも男は感動しますよ ウィルが羨ましい」
「あなたは五体満足でしょうよ ウィルはレジスタンスのリーダー的な存在だから周りに迷惑をなるべくかけないように左腕がない不便を漏らしてないけど 実は結構苦労しているの」
「あなたのウィルへの献身はウィルがレジスタンスのリーダーだからか?それとも恋人だからか?」
「それこそコールさんには関係のないことよ」
「確かに恋人のウィルは俺には関係がないかもしれない。ただレジスタンスのリーダーであるウィルには関係があるとは思うが?」
「何が言いたいの?」
「ウィルばかりにマジックアイテムを作るのもいいが、俺にも何かエマに製作してもらいたいんだよ。ウィルは元治安維持兵でそれなりに戦えるかもしれないが、俺は元ただの一般市民だ。それこそ身を守るアイテムが必要だと思わないかね?」
「それなら、今度『冒険者ギルド』に実験的にマジックアイテム生産を共同で行うからその際に渡してあげるわよ」
「俺は冒険者じゃないぞ エマの仲間のレジスタンスのメンバーだ。 特別に何か作ってくれると嬉しいのだが」
「私の仲間? 間違えないで。レジスタンスの同志でしょ?」
「ああ その通りだ。 俺はレジスタンスだ」
コールはこれ以上話すことがないと悟ると工房室を出て行った。
「なんか 気分悪いな 早くこれ完成させてウィルに渡そう!」
エマはマジックアイテム製作を倍速で進めた。




