第二十六話 「怪盗ジャッジ vs 殺人監視塔」
焼死体が生まれると、すぐさま駆けつけた治安維持兵によって跡形もなく消去される。
もはや、謎の塔がソウルポリスに出現してからというもの、この光景はさほど珍しくないものとなっていた。人間の慣れは恐ろしい性質を持っており、どんなに悲惨な現状が続いてもいずれは起きる出来事全てにいちいち感情を持つという行為を放棄するようになっていくようだ。
レジスタンス運動を企てる者、実行する者、支持する者、または疑いのある者は皆、謎の塔によって焼死体にされる。
コール達は当初、謎の塔について調べるつもりでいたが調査しなくても、街で日々生み出される仲間の焼死体が塔の存在を解明してくれた。
殺人監視塔。
レジスタンス支持派の面々は皆、謎であった塔をそう呼ぶようになっていた。ポスター騒動によりレジスタンス支持派は増加していたが、今やこの惨劇を目にした大半の者は離反してしまった。当然の結果だ。
それでもコールの呼び掛けに応じた信頼できる少数の仲間達は屈することなく、ポスターの宣伝活動を広めようと塔が立っていないソウルポリス地下道で密かに会議をしていた。
元治安維持兵であるフィルが口火を切る。
「レジスタンス宣伝活動は続けるべきだと思います。殺人監視塔を街に立てる政府の下で生活することなどできる訳がありません! そして死んだ同士のためにもここで諦めることは愚行です。」
「儂もフィルさんに賛成じゃ」
フィルに賛同したのは無党派層の政治家であるウドヴァス・ボン・キースだ。政府の企てに元から批判をしていたウドヴァスは政治の世界で孤軍奮闘をしていた。政治の世界で強力な力は持たないが政治家のレジスタンス活動への参加はとても強力な力となる。何も知らない住民をレジスタンス側につかせるためには多少なりとも大義名分が必要なのだ。
「そうだな 続けるべきだ。 しかし、俺たちにはソウルポリスで爆発騒動を引き起こしたレジスタンスほどの攻撃力は持ち合わせていない。それに市内は殺人監視塔のお陰でろくに宣伝もできない事態だ。 だからここはソウルポリスを出て活動を再開する方がいいと思う」
コールは会議をしている全員に提案をした。宣伝をすれば確実にレジスタンス側に住民がつくわけではない。政府の力の前では抗うことすらできないのだから。よって少しでもレジスタンスの存在を伝えるために市外に出る必要があると考えたのだ。
「私もあまりこの街にいたくないですし.... 賛成です」
料理人のギースが賛同した。他の面々も頷いている。
「よし ではーーーーー 静かに!!」
フィルがまとめようとした時、地下道の奥からこちらに向かってくる複数の足音が接近しているのに気づいた。
「治安維持兵だ! 皆んな 運河側に向かって逃げてください!」
フィルに促された一同は音を立てないように気をつけながら地上への出入り口に急ぐ。出入り口と言っても階段が地上に向かっているようなところではなく、地下道に張りめぐされた水道管を登ると見えて来る天井に空いた人一人が入れる隙間から地上に繋がっている割れ目のことである。
最初にコールが割れ目の中に入っていき、続いてジャーナリストのニック、政治家のウトヴァス、料理人のギース、最後に元治安維持兵のフィルという順で地上に向かって進んで行く。割れ目の中はとても狭く、かすかに夜の地上の街灯の光が入って来る程度で視界も悪い上に埃が充満していた。
気がかりなのはウドヴァスは普段からあまり体調が良くないという点だが、
割れ目内で慎重に上へと進んでいると、先ほどコール達が会議をしていた場所に治安維持兵達が到着した気配が下から伝わって来た。
「隊長!! 奴らの姿がありません!」
「何!? 先ほどの住民は嘘をついたのか? ....だがここに何やら人がいた形跡があるな。地面にろうそくの跡がついてる。まだ新しい。 この一帯をくまなく探せ!」
突然の出来事でコール達は会議の痕跡を抹消しきれなかった。気付かれるのも時間の問題だ。
治安維持兵に発見されるのを恐れてコール達は割れ目の壁を急いで登っていく。この判断は間違っていた。遅くても慎重に登った方が安全だったかもしれない。緊張の中、正確な判断をするのは難しいことではあるが、
ニックが足を踏み外してしまった。
片足だけだったので落下することは防げたのだが踏み外した際に、壁の破片がニックのすぐ下を登っていたウドヴァスに直撃し大量の埃が舞った。体調が普段から良くないウドヴァスは片手で必死に咳ををしないように口を抑える。
しかし、
......っ ゴホンっ! っう!
「隊長! 上です! 上から音が聞こえます!!」
「上か! こんな裂け目に隠れていたとはな! 鼠らしくこの穴の中で死ぬがよい! 火系攻撃魔法<火柱>!!」
ウドヴァスの咳により治安維持兵はコール達を発見した。そして隊長が放った魔法の渦を巻いた炎の柱がコール達がいる割れ目に向かって勢いよく伸びて来る。
一番後方を登っていた元治安維持兵のフィルが対抗するために魔法を放つ。
「水系攻撃魔法<水柱>!!」
割れ目内で水の柱と炎の柱が衝突する。衝突付近からは蒸気が吹き溢れ、地下道に放った水の柱が割れ目内に逆流してきた。
「うお! 流される! 壁に激突されないように気をーーーー」
コール達は逆流してきた水の柱に飲み込まれた。手と足を縮めながら激突を回避していく。
そして、
何もない地上の道路に突如、噴水のように勢いよく水が噴き出した。
たまたま近くを通っていた家族連れが何事かと観察していると、道路から次々と人が放り出されて来る。
「ママ。人って道路から生まれるの?」
「えっ!? .... え そうね そう よ! 人は道路から生まれることもあるのよ.....」
ーーーその頃、地下道では辺り一面に立ち込めた蒸気のせいでお互いの位置を把握できていない治安維持兵の姿があった。
「隊長 やりましたかね?」
「水系攻撃魔法で対抗してきたんだ 生きてるだろうよ。 直ちに周囲にある監視塔に接触せよ! 道路から出て来た人影がいるはずだ。」
「了解しました!」
ーーー地上になんとか脱出できたずぶ濡れのコール達は運河を目指し人通りの少ない裏路地を利用して進んでいた。
「クッソ また塔が立ってやがる! さすがに今行ったら殺されるな。」
「どうする? この先に行くにはあの塔を通らないといけないぞ! 表通りに出たらさらに塔の数は増えるしな」
「なら あそこを通るのか?」
「俺が破壊しよう」
「...それしかないか。ただ破壊すると街中の治安維持兵が向かって来るぞ」
「破壊しながら進むしかないだろ どうしたものか」
ーーーソウルポリス十四番街にある巨大な商店街。この商店街には洋服店や個人肖像画店、魔法道具店などの様々なお店が全面ガラス張りで三階建の巨大な建物内に連なっている。高級品揃いで貴族が主に出向くのだが、一般市民でも買い物することは認められている。貴族と一般市民が唯一交流する場ともなっており、たまに身分差カップルがこの商店街から誕生しているようだ。
この建物は『トランスパレントマーケット』と呼ばれている。
『トランスパレントマーケット』は夜遅くまで営業している珍しい商店街なので、夜でもたくさんのお客で賑わっている。
しかし、今日の『トランスパレントマーケット』内はいつも以上に賑わっていた。
「どけ!!治安維持兵だ! 道を開けろ!!」
三階の高級店が連なる通り沿いを総勢十三人にも及ぶ治安維持兵が全速力で駆け抜けていた。
彼らが追う者は、
怪盗ジャッジ。
大胆にも『トランスパレントマーケット』のガラス天井を割って空から参上してきた一人の怪盗は奇妙なマジックアイテムを使ってお店に陳列されていた商品を次々と吸引していったのだ。すぐさま周囲の治安維持兵が集結し、突如現れた怪盗ジャッジを捕らえようと駆けつけのだが、怪盗はすぐさま身を翻し『トランスパレントマーケット』の一階から三階まで吹き抜けになっている空間に設置されていた宣伝用の大きな垂れ幕を支えるための金属製ケーブルの上を器用にバランスをとりながら走って行く。
「すぐさま全治安維持兵を集結させるように本部に掛け合ってこい! 怪盗ジャッジが現れたとな!」
報告に行った者以外の治安維持兵は怪盗ジャッジを捕まえるため走るのだが、全然追いつかない。人が邪魔なのだ。
怪盗は逃げるために紙幣をばら撒いた。
マジックアイテムによるものかはわからないが、突如出現した札束を怪盗は逃走しながら周囲の人混みめがけてばら撒いて行く。
すると、貴族、一般市民問わず、皆一目散に我先にとお金を拾い集め始めたので治安維持兵の追跡速度が急激に下がって来た。
パリンっ!!!
逃走していた怪盗は『トランスパレントマーケット』のガラスを突き破り、三階から外へと飛び降りた。
外に設置されていた殺人監視塔が怪盗ジャッジの姿を<千里眼>で確認をすると、<雷針>が雷系攻撃魔法を放って来る。
地面に着地した怪盗はそれには気にも留めない様子で静止していた。
すると、
「発動<防御壁>!」
「<爆破特攻>」
「... ファイト!!」
静止していた怪盗の前に出現した漆黒の壁により<雷針>の攻撃は空中で霧散した。
そして<爆破特攻>により殺人監視塔は爆発し、粉々に砕け灰へと化した。
外にいた住民と、駆けつけて来た治安維持兵の者達が見たのは『トランスパレントマーケット』の外にある広場に立っていた四人の怪盗ジャッジ。
『トランスパレントマーケット』から逃げて来た怪盗は漆黒のローブを身に纏い、顔には白色の仮面を頭にはカウボーイハットを被っていた。この怪盗は先ほど一人で逃げていたはず。しかし、今は他に三人の怪盗がいた。他の三人も漆黒のローブに白色の仮面という格好をしているが、カウボーイハットは被っていない。
「スカー、ワルサー助かっよ」
「バレルがやっと戻って来たからな」
「ねえ ちょっと私の事忘れてない?」
「ファイブはただ応援していただけだろ」
「だってスカーとワルサーだけで足りたじゃん」
「ファイブも... ありがとうな」
「ねえ!一瞬間があったんだけど!」
様子を見ていた治安維持兵が吠えた。
「治安維持兵だ!お前達を国家反逆罪として逮捕する!投降せよ!!」
「バレル なんか言ってるぞ」
「そうだな 久しぶりに揃ったんだ。 暴れるとしよう!! ただこの場には市民の皆さんがいらっしゃる 場所を変えよう! この街に生えてる邪魔な塔を掃除しながらにしようぞ 発動<飛来縄>」
「貴様ら!! 待て!!」
「待てと言われて待つ奴がいるかってんだ!」
市民達は治安維持兵に気づかれないようにニヤけたくなるのを必死に堪える。
怪盗ジャッジはマジックアイテムを使い、建物の屋上へとロープを使って飛んで行った。そして、屋根から屋根へとマジックアイテムを駆使して飛んで行く。殺人監視塔が相変わらず街中から電撃を飛ばして来るが怪盗は防御壁を展開したり、屋上の障害物を利用して華麗に躱していく。
怪盗ジャッジが通った後は殺人監視塔が破壊されていた。
ーーーフィルが殺人監視塔を破壊しようとした時、殺人監視塔の<雷針>が発動した。咄嗟の判断で建物の影にコール達は身を隠したが、直撃してこなかった。
電撃が直撃した音が建物の屋上から聞こえてきた。
そして、直後コール達の上から飛んで来た謎の魔法により殺人監視塔が爆発した。
「おい!上見ろ!怪盗ジャッジだ!!」
フィルに言われた一同が上を見るとちょうど運河側に向かって飛んで行く怪盗ジャッジの姿が見えた。
「ついてる! このまま怪盗ジャッジが通るところを辿っていけば殺人監視塔も気にする事なく運河まで行けるぞ!」
コール達は運河を目指して再び走り出した。治安維持兵達はどうやら怪盗ジャッジを追うために出向いたらしく、今は追って来る者が幸運にもいなかった。
運河まで無事に辿りついたコール達は地下道に入ってソウルポリスからの脱出を試みた。馬車交通のところまで地下道を使うことにしたのだ。怪盗ジャッジは運河まで治安維持兵と戦っていたようだが、運河付近で姿が消えたそうだ。
「なんとかなったな」
ジャーナリストのニックが呟いた。
「まだ安心できないぞ ソウルポリスを出るまではな」
コールは念を押した。最後に限って油断していると大抵良い結果にはならない。
「おい! 前から誰か来るぞ! ? 一人だな」
コールの予感が当たってしまったようだ。
フィルが前に出て警戒に当たる。すると、
「俺は怪しい者じゃない レジスタンスの者だ!」
地下道に現れた男は両手を上げ、敵意は無いというポーズをとりながらゆっくりと歩いて来た。コールはレジスタンスという単語が非常に気になる。
「信用できるのか?」
コールは期待交じりにも警戒して尋ねる。治安維持兵の罠の可能性も捨てきれないからだ。
「信用してくれ。一応この街にあった塔を破壊したときの破片を持って来た。治安維持兵の者ではないよ」
「破片を持って来るくらいできるだろう」
「俺の名前はロルト・K・ノーゼ。以前このソウルポリスで爆発騒動を起こした者だ。今はレジスタンス活動をしている。是非とも君たちに我々の仲間になってほしい。信じないのであれば好きにしてくれて構わないが、この機会を疑念で逃すのか? それではまともに活動できないぞ。 コール・ガスナー! あなたの名前は知っている。我々を探していたのだろう?」
コールは今まで危険を顧みずにレジスタンスの仲間になるためポスター宣伝をしてきた。予想よりも早く機会が訪れたことに若干困惑してしまったが、この機会を逃すわけにはいかない。
「我々はもとよりレジスタンスに協力する気だ。信用から始めよう!」
「よし!ではホンブル市へ移動だ!」




