第二十二話 「ホンブル市市長、ナリス・フォン・ベイル」
ホンブル市人間居住地区の中央に位置する街、シルン。シルンには、ホンブル市の人口の約四割の住民が生活しているため、自然豊かな領地を保有するデヴォルカス連邦共和国の主要都市ホンブルのイメージとは裏腹に、かなりの人口密度を誇る街だ。人口が密集する要因として挙げられるのは仕事の種類がホンブル市の中ではダントツに多いということ。シルンはホンブル市のいわば頭脳とも呼べる街で、主要な公共施設や政府関連施設が立ち並んでいる。さらに、ホンブル市では農業系の仕事や自然区域に携わる仕事が比較的多いが、田舎町に住む若者達のほとんどは人が集まる大人の街を目指したがる傾向があるため、シルンの人口は日に日に増加している。
そんなシルンの政府関連施設が立ち並ぶメインストリートの終着点に、ひときわ大きな建物が立っている。シルン内で一番高いその建物の外装はとても豪華で、窓には色彩豊かなステンドグラスがはめられており、壁は全て大理石で構成されている。建物を支える柱一本一本には職人が手作業で施したホンブル市を代表する花の柄が彫られており、正面入場口にはデヴォルカス連邦共和国を建国した偉人達の武勇伝を基にした物語の一部の場面を表した彫刻が入って来る者達を迎える。一際目立つこの建物は今やホンブル市の観光スポットになりかけているのだがホンブル市役所なのだ。
このホンブル市役所の最上階にある市長室で、今、苦い顔で部下からの報告を静かに聞いている初老の男がいる。彼の名前はナリス・フォン・ベイル。ホンブル市市長である。
デヴォルカス連邦共和国において政治の世界に入ることができる人は本当に一握りの者達しかいない。というのも二十歳以上の貴族の男女から貴族間における選挙で議員が決まるからだ。しかし、ナリス市長は政治の世界にいる人間の中では異端の経歴をしている。ナリスはホンブル市自然区域近郊にある田舎町の狩人の家の次男として産まれたが、ナリスが七歳になった頃、父親は仕事で自然区域に向かった際に『モンスター』に殺害されてしまった。この事件の後、厳しい極貧生活をすることになってしまった家族を救うため、兄であるタリスはデヴォルカス政府が五年に一度開催する『ソルジャーゲーム』に参加し、ナリスはホンブル市のとある貴族の元に養子として迎え入れられたのだ。養子として迎えられたナリスは兄のため、新しい両親のために必死に勉学に励み、政治の道を目指した。政治の道を選んだのはデヴォルカス政府の政治に関わることができる貴族という称号は貴族の中でも最高ランクに位置付けされるからだ。優秀なナリスも当初、政治の世界に関わってから、周りの猛者達に圧倒されてすっかり自身を無くしたのだが、自分ができない仕事は上手く言い包めて他の優秀な人に任せて分担をすることで、信用と人材、コネを獲得して最終的にホンブル市市長の座まで上り詰めることができたのだある。
ーーー先ほど市長室で部下から聞いた報告はとても頭を悩ませる案件であった。部下はホンブル市の被害は今のところ小さいから気にするような事は特にありませんとかほざいていたが。
「なんのために市長までなったというんだ....」
ナリスは一人自室で愚痴を溢す。
部下からの報告では自然区域近郊の街に近頃『モンスター』が襲撃をする事件が多くなってきているというのだ。治安維持兵の数自体はさほど減っていないから我々の被害は今のところありませんと平然な顔で報告する奴の心は腐っているのか!? ナリスは消化できない感情の存在にイライラしながらも市長の月の通常業務の一環であるホンブル市視察の準備に取り掛かる。
ナリスとしては元一般住民ということもあり、治安維持兵自体があまり好きではない。故にナリスはホンブル市の治安維持兵の数を他の主要都市に比べて少ない数に設定している。この設定にするのはかなり大変だったが、色々難癖をつけて強引に採決させた。たまには市民達もナリスを歓迎して欲しいと思ったりもするが、彼らはナリスの功績であることを知るよしもないので仕方ないだろう。このホンブル市視察も市民との距離を縮めようとナリスなりに努力した成果であるのだが、あまり内外からも評判は良くない。
「... このままでは政府からも市民達からも見放されてしまいそうだよ。」
大きなため息をつくと、用意された馬車へ乗り込む。
実はこの馬車も市民と距離を縮めたいナリスなりの努力の結晶なのだ。前市長が改装した豪華な市役所とは対称的に乗り込んだ馬車は一般住民がよく利用する馬車交通のものを利用している。これはなるべく市民と同じ目線で物事を見るという深い意味が込められているのだが、市役所内部からの評判は良くない。
ナリスは護衛を付けずに一人で揺られる馬車内から外のホンブル市の日常を観察する。自分は今まで自分なりに市民のための市作りをしてきた。これは自己満足のためではなく本心から市民のためで行なっている。一般住民だった頃は政府の連中をよく憎んだものだ。今やそんな連中の長になってしまったのだから自分が何かを言える立場ではないことは分かってはいるのだが、ここまで評判良くないと孤軍奮闘精神もじきに崩壊してしまいそうだ。
そして仕方ない現実を確認しながらもう一度、今度は馬車内で深くため息をつく。
誰もいない馬車内ではあるが、同情してくれる人がいることを期待して。
まあ 当然反応はないがな.....
「先ほどからかなりため息をついておられますね。市長さん」
...............
なんだ?ついに幻聴が聞こえるようになってしまった。 予想よりも早く精神が崩れ始めたらしい。とりあえず馬車が止まるまでは寝るとするか。
「いや寝ないで下さいよ」
はっきりと自分の耳に若い女性の声が聞こえてきた。幻聴ではない! つまり、
「刺客か!?」
「違いますよ。 通信系魔法を使って今、遠方から市長さんに話かけているだけです。」
「通信系魔法だと!? 政府の高官しか使用を許可されていないはずだが? まさか特殊部隊か!?」
「いえいえ政府の者ではありません。 魔法創作連盟という組織のローズでございます。」
「? 聞いた事ないな」
「それは仕方がありません。何せ発足してからあまり月日は過ぎていませんから」
「.... ではローズよ 私に何の用だ? 外で並走している護衛の者を呼ぶこともできるのだぞ?」
「そんなに急がないで下さいな。 私は市長さんと交渉したいだけなのです。」
「交渉か では市役所に正式に申し入れをすればいいのではないか?」
ナリスは慎重に声しかしない者に対して問いかける。わざわざ自分が一人の時を狙って話しかけてきたのだ。正式な交渉では何か不味いことがあるのだろう。警戒案件なのは確実である。
「市長さんなら 政府の人間の大半がどんな人物かよくご存知のはずです。私はわざわざ危険を冒して信頼に足る人物と判断したナリスさんに交渉をしているのですよ。」
非常に簡潔な内容だ。どんな意味が込められているのか、それとも純粋な意味なのか。しかし、危険を冒して接触してきた事実は変わりない。それほどのメリットが無ければ行動しないだろう。
「信用は出来ぬが、内容を聞いてから再度判断しよう」
「恐れ入ります。長話も危険なので簡潔にいきますね。 我々はマジックアイテムを作成する組織です。そして今回ホンブル市に裏でマジックアイテムを生産する協力をして欲しいのです」
「は? それは市ではなく職人の仕事だろ。その上何故 裏なのだ?」
「政府で許可されているマジックアイテムには限りがあります。しかし我々が作成するマジックアイテムは多種多様。故に市民達、そして、ホンブル市に強力な味方となるアイテムとなります。 ただそれは政府の規則に反する行為であるため裏で生産をしたいのですよ」
「君は馬鹿かね? 私はその政府の、しかも上の者だぞ?」
「重々承知の上で、危険を冒しながらもあなたを信用して交渉しているのですよ。ホンブル市の自然区域関連の問題を一挙に解決できる提案なのですよ?」
「馬鹿馬鹿しい。我々が違法の代物の生産に協力するはずがなかろう」
「我々の通信網は既に政府が使用している段階の手前まできています。あまりマジックアイテムの存在を甘く見られても困りますね。 ソウルポリスで話題のレジスタンスと協力することもありえますのに。 早めに仲間を増やしておくことをお勧めします。我々は生産ルートを確保したいだけですから。もし本当に市民の事をお考えで、我々の提案に気が向くことがありましたら、またこの馬車でお会いしましょう。もちろん今回のことをバラしたら敵対するということをお忘れなきよう-----」
「待て!」
.............
声の相手は通信を切ったようだ。
普通ならすぐに対策チームを結集し、相手を突き止める必要があるのだが、どうも自然区域と市民の二つの単語が頭の中から離れなかった。政府の連中で今この二つの単語に頭を悩ましているのはナリスだけだ。しかし、謎の通信相手はなんらかの情報を掴んでいるのだろう。ナリスと同じ問題を見ている気がする。ここまで自分の事を調べ上げた者を相手にして下手に政府の連中を使っても良いのか自分の中で決めきれなくなっていた。
しばらく悩んでいると、最初の目的地である自然区域近郊の街『ネイタウン』に到着したようだ。とりあえず住民の意見を聞いてから判断するか。 特に意見などないだろうが。
数時間後、ナリスは住民を甘く見ていたこの時の自分を殴りたくなっていた。




