第二十話 「ネイタウン住民の決意」
ネイタウンの中央に位置するところに市民会館が設置されている。定期的に開催される街の祭りごとや政府による住民達への規律検査などに度々利用されることのある市民会館だが、普段は使用されることもなく静かにネイタウンの街並みを見守っている。
しかし、現在ネイタウン市民会館には街の住民の約八割が訪れていた。さすがに小さな田舎街と言えども住民の大半を抱える余裕はなく、市民会館の大広間と名付けられたスペースには多くの人々でごったがえし、部屋の外や市民会館の外までも人が溢れ出ている状態だ。市民会館史上最も人が集まった日になるだろう。
何故今日これほどまでに市民会館に住民が集まっているのか。それは今日、街の住民で今後のネイタウンの行く末を決める会議が開かれるからだ。ネイタウンには街長と呼ばれるような代表者はおらず、統治はホンブル市の管轄だ。だが、自然区域に最も近い街であるネイタウンにわざわざ治安維持兵を派遣させるほど特に事件は起こらなかったためほぼネイタウンはホンブル市から放棄されている状態になっていた。そのため、街全体の決め事をする際は街に住む住民全員で採決を取ることにしている。今までも街全体で決め事をする機会はあったのだが、仕事があるとか用事があると難癖をつけて集まる住民の割合はさほど多くはなかった。
なのだが、今回は例外だった。
リンと狩人の面々がフォーム荘で会議をしてからネイタウンの住民に街全体での決め事をするようにと呼びかけを始めたのだが、ほとんどの住民は害獣が現れたのは偶然だと、隣町のモンスターの件も偶然だと、そして、我々には戦士の二人がいるのだと、いざとなればあの治安維持兵が来るから大丈夫だと、...... と色々な理由で返され中々相手にされずにいた。そしてついには、声かけをしていた狩人達も心が折れ、活動を中止しようかと思うようになってしまった頃、再び害獣がネイタウンを襲ったのだ。
運悪く、戦士の二人は自然区域に調査に行っていてネイタウンに害獣と戦えそうな者はおらず、戦士が帰ってきた頃には果物農園で栽培をしていた農家の一家が無残にも害獣によって殺された後だったのだ。街を襲った害獣は今回も戦士達の手によって始末されたが、この日以来害獣が街に降りて来る件数が日に日に増えていくようになり、戦士達も自然区域の調査を止め、街の警護につくようになっていた。モンスター級の害獣の襲撃はネイタウンに留まらず、隣街や自然区域に接するホンブルの各街にまで被害が拡大していった。
この非常事態に追い込まれた住民達はさすがに悠長にしてはいられないと、ようやくリン達の声かけに反応して街全体の住民が集まった会議を開催することにしたのだ。
大広間の壇上に立つのは、リン、狩人のシュークとイヌス、ボエス。そしてリン達の声かけに最初に反応した喫茶ストリアの店主と害獣によって被害を受けた農家の面々だ。リン達は大広間で演説を始める前に住民達に今回の議論の目的と内容を簡単に記した紙を配布した。このネイタウンは高齢化のためほとんどの住民がリンよりも長い年月を生き抜いた者達ばかりだ。よって、リンは演説で声の届かない人達やそもそも市民会館にすら来ることができない人達の事を考慮した伝えたい内容を理解してもらう為の策を練ったのだ。
リンは壇上の中央に向かいながら紙を持った住民達の様子を観察する。皆、己も関連する話だからかいつもより真剣にリンの事を見つめていた。
つい前までは喫茶ストリアでウェイターをしていた一人の女性が、今では街中の住民の前で演説をすることになったのだ。リンは緊張してこれから喋る内容を忘れてしまいそうになるのを直前までメモを眺めて抵抗する。
「この度はネイタウン住民会議に出席して頂き誠にありがとうございます。私は喫茶ストリアでウェイターをやっているリン・フォールと申します。」
リンは若干、自己紹介の箇所で声が上擦ってしまったのを必死で取り返すように、一言一言ゆっくり置きながら話を続ける。
「本会議の内容はみなさんに前日お配りした通りのものです。近頃この街にモンスター級の害獣が出現し、我々は被害を受けています。現在は戦士のソンさんとビルさんの活躍により最悪の事態は防ぐことができていますが、正直ギリギリの状態です。害獣の襲撃はここネイタウンだけではなく、ホンブル市の自然区域近郊の街でも多く確認されています。このままでは自然区域で仕事をする狩人や農家の方達だけでなく、自然区域近郊に住む全ての我々の今後の安心した生活が脅かされてしまいます。ご承知の通りホンブル市は他の主要都市よりも治安維持兵の数が少なく、自然区域近郊の街に住む我々は彼らに頼る事はできません」
治安維持兵に協力を願うのは住民としてもあまり気にくわない。リンの話を聞く大広間にいる全ての住民達の間から無言の賛同する声が聞こえてくる。
「そこで、私は実際に我々を害獣の手から守ってくれているソンさんに相談をしたところ、ホンブル市に協力を仰ぐしかないと言われました」
住民達が騒つく。治安維持兵にも頼れないと言っておきながらホンブル市に協力を要請するなどと口々に野次を飛ばしてくる。
「皆さん!! お静かに! 最後まで聞いてください!!」
リンは必死になって説明するが、中々大広間に集まった住民達の騒ぎを抑えることができないでいると、
「静かにせええ!!!!!」
リンの後ろにいた狩人のシュークが大広間の壁が揺れるのではないかと思えような大声で住民達を一喝する。
「いい歳した大人達が!! 若者一人の意見を聞く事もできんのか!!!!」
シュークの顔には血管が浮き出ていた。その鬼の形相を見た住民達はさすがに私語を止めた。そして、リンはシュークに礼を言うとソンから聞いたホンブル市と交渉する段取りを細かく住民達に伝えていく。今度は住民達も皆静かにリンの演説を最後まで聞いていた。
「ーーーという訳なんです。 私たちの生活を守るために一緒にホンブル市と交渉してもらえませんか? もし、この街にホンブル市と共同で冒険者ギルドを完成させることが出来れば、この街を襲う『モンスター』からの脅威から解放され、果ては世界初のスリルある仕事を求めて来る冒険者達により、この街の財政も今より良くなる可能性を秘めているのです!!」
多くの者達が渋い顔をする。相手がホンブル市という大物のため己の定規で測れないことからリンの演説が終わると大広間を出て行く者達の姿もちらほら見受けられたが、多くの者達はなんとかリンの申し出に協力することを了承した。
リンは初めて感じる達成感に浸りながらも肩の重圧から解放され、思わず目から涙が滾れ落ちてしまった。それを見た住民達から拍手が巻き起こる。高齢化したネイタウンで若者が自分達のために必死に努力している姿を今になって実感した者達はリンに勝手に気持ちを重ね合わせて共に涙を流していた。
そして、この会議の最後にリンはもう一度住民達に声をかける。
「では ホンブル市を巻き込んでこの窮地から脱却しましょう!!!」
再び大広間に拍手が巻き起こった。今日この市民会館はいくつかの記録を塗り替えたのだった。




