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第十九話 「説得」

 巨大なイノシシがネイタウンの街を襲撃してから、一週間が経過した。ネイタウンはさほど大きな街でもないので、イノシシ襲撃の噂はほんの数日で町中の住民へ伝わり、今ではホンブル市のトップニュースになっている。


 それからというものネイタウンの住民達は自分達を救ってくれた戦士を名乗るソンとビルを歓迎し、数日で両者の関係性は親密なものにと発展していた。


 ネイタウンの住民は突如出現した巨大なイノシシについて警戒はしたものの、偶然街に彷徨いこんだ事件であると結論付け、今後暫くは再発しないだろうと決めてつけていた。万が一にまたモンスターなる動物が街をまた襲いに来ても、ソンとビルがいるという事実が住民達に根拠のない安心感を与えている。


 ソンとビルの存在を喜んでいるのはリンも同じだった。というか住民の中で最も喜んでいるのだが。住民達のヒーローという意味ではなく。


 リンは今日、喫茶ストリアに出勤する際にソンとビルと一緒にフォーム荘を出て来た。フォーム荘にソンとビルが移り住んで来てから彼らは街の警備をしたり、時折自然区域に向かってモンスターの出没するエリアの調査に出ていた。普段彼らはリンが出勤する時間よりも後にフォーム荘を出るので接点はここのところ少なくなっていたのだが、今日彼らは午前の内に自然区域に行って確認したい事があるというので、一緒のタイミングで出勤することができたのだ。


 そんな訳で今日の喫茶ストリアの従業員稼働率は通常の二倍に迫る勢いだった。ストリアの店主は思う、ここ最近のリンの働き具合が日によって左右されていると。


 リンが通常よりも張り切って仕事をしていると、テーブル席に座っていた常連の狩人集団三人組がリンのことを呼んでいた。リンはすぐさまお客の元へと急ぎ注文を聞こうとする。


「今日は何にしますか?」


 狩人で一番の年下らしき男が代表して注文をする。年功序列はどこでも同じのようだ。


「いつものやつと 今日はスープ三人前で」


「承りました」

 

 リンは注文を受け取るとカウンターに向かおうとするが、その前に狩人の男達に呼び止められた。


「リンちゃん ちょっと聞きたいことがあるんだが いいか?」


 質問内容にあまり期待はしなかったがリンは「どうぞ」と受け答えた。


「最近さ このネイタウンに戦士の二人組が来たって言ってたがどうだった?」


 ここ最近、リンが毎日のように聞く質問だ。皆、どんな人か興味があるのだろう。中には嫉妬している者もいるかもしれない。


「それはもう 凄かったですよ! 急に現れてから一瞬で巨大なイノシシが吹き飛ばされましたからね」


「なるほど.... 噂通りの様だな。 しかし、通常ならそんな巨大なイノシシは弱っていなければ吹き飛ばされずに踏ん張ると思うんだがな....」


 リンはソンとビルを疑う狩人達に若干憤りを感じた。


「皆さんは狩人ですが、巨大なイノシシと戦ったことあるんですか?」

 

 少しイライラさせながら返答したリンの雰囲気を察したのだろう、狩人達も顔を緩めて答える。


「いやいや そういう懐疑心で言った訳ではないんだよ。 実はな.... 隣町でも昨日モンスター級の害獣が出没したらしいんだ。 対処に当たった治安維持兵は壊滅、残りの治安維持兵は恐れをなして逃げ出したって話だ。そのせいで何人かの住民に被害が出てる。」


「そんな.... 本当ですか?」


「ああ 昨日隣町にいたからな 本当だよ。 それでこっちの街では戦士二人で対処し切ったんだろ? 興味がでないわけないだろう」


「.... 確か今頃 戦士のソンさんとビルさんは自然区域でモンスターの出没調査をしているはずです。フォーム荘に今は泊まっているので、お会いになりますか?」


「おお そうだな... 俺たちも狩人の端くれ 街を守るためにも 興味本位でも会いたいね お前達はどうよ?」


 残りの二人の狩人達も首を縦に振った。


「では、私の仕事が終わったら案内します。 それまでごゆっくりしてください」





 ーーー数時間後、リンと狩人はフォーム荘の待合室にいた。待合室といっても大層な部屋ではなく、フォーム荘で暮らす住民の共同部屋みたいなもので、大人数人が腰掛けられる椅子が幾つか並べられているだけだ。フォーム荘の玄関を抜けると最初に現れる部屋で、必ずこの部屋を通らないと各部屋には行けない構造になっている。このような構造をしたのは住民同士のコミュニティを形成させることが狙いなのだろうが、今フォーム荘にはさほど住民がいないため、コミュニティの場というよりも待合室化しているのだ。

 リン達がフォーム荘に到着した頃はまだソンとビル達は帰っていなかたようなので、この待合室で帰りを待つことにした。リンとしては男の帰りを待つ女という事実を切り取って妄想を膨らませたかったが、目の前に屈強な狩人のオジサン軍団がいたので、すぐにリンの考えは霧散した。仕方がないので、四人で世間話をしながら時間を潰していると、玄関を開けて入って来るソンとビルの姿が見えた。


「ソンさん!ビルさん! おかえりなさい!!」


「お... おう ただだいまです」


「たただいま」


 ソンとビルはリンに帰宅時になぜか恒例になりつつある挨拶を済ました後、待合室にいた狩人と目が合った。


「お前さん達が この街のヒーローの ソンさんとビルさんか! どっちがソンで、どっちがビルとかわからんが、よろしくな! 俺たちは狩人をしている者だ。俺は シューク。そこにいるのがイヌスとボエスだ。」


 狩人達は各々自分の名前が呼ばれたタイミングで頭を下げた。


 当然始まった自己紹介の嵐に驚きつつもソンもビルも狩人達に続いて自己紹介を済ませる。


「それで、この集まりは一体?」


 ソンが不思議そうに狩人達に尋ねた。


「リンちゃんがお世話になったお二方を見るために来たんだ。」


 堂々と狩人のシュークは答えると、場が一旦凍る。誰が口火を切るべきなのかと各々が考え込んだタイミングが一致してしまった所為だろう。


「おいおい そう静かにすんなや スベったみたいじゃないか! ....まあいい 気を取り直して.... ソンさんとビルさんよ 昨日隣町で、またモンスターが出たことは知っているか?」


「!? ホントですか!? それは知らなかったですな。自分達は今日も昨日も自然地区に調査に行ってましたので」


「ああ リンちゃんに聞いたよ それでな治安維持兵がそのモンスターの対処をしたそうなんだが、完敗だったらしい。 だがお前さん達は巨大なイノシシを一瞬で倒したのだろう?」


「ええ まあイノシシは倒しましたけど 隣町のモンスターもイノシシだったのですか?」


「えーーと なんだったかな イノシシではないが、かなり大きいモンスターで、毒らしき液体を放出された治安維持兵がいたとか言ってたから蛇系かトカゲ系のやつかな」


「なるほど... それはあまり聞いたことがないですな」


「そう まあ俺たちは狩人だからな自然区域が仕事場なんだよ。ただエリアは不毛地帯側だからさほど危険な動物もそんなにいねえはずなんだが、街に近頃はモンスター級の害獣が現れるくらいだからな。俺たちだけでは不安でさ」


 狩人が不安を口にするとはと内心リンは思ったが、仕方がないだろう。何せ治安維持兵が壊滅するモンスターが街まで降りてきている状況だ。森に入ったらどんな危険なモンスターがいるか想像もしたくはない。他の狩人達もシュークの言い分には納得しているようだ。危険な場所で生き抜くには臆病でなければやっていけない。プライドなど気にしていては死ぬだけだ。


 先ほどから狩人と会話をしていたソンがシュークの含みを持たせた発言の意図を汲み取って答える。


「... という事は我々に狩りの同行をして欲しいのですか?」


「... まあそういうことだ。少ないかもしれんがお金はもちろん支払うぞ! 命は惜しいからな」


 ソンは暫く無言で考え込んだ末にシュークの申し出に返答をする。


「.... 今後の事を考えるとそれよりも重要な事を考える必要が出てくるのですが... 先にその話をしても?」


 狩人達は意外な返答が返ってきたので、多少不思議そうな様子だったがすぐにソンの話を聞くことを受け入れる。


「えーー 私たちは確かにこの街を襲撃した巨大なイノシシを倒しました。しかし全てのモンスターを倒せる訳ではありません。先ほど聞いた隣街のモンスターを倒せるかどうかも実際に見るまでは判定は出来ませんし。この一週間ほど自然区域でモンスターの調査をしていたのですが..... とても危険な状況でした。 この街が安全なのが奇跡と思えるくらいだ。」


「何!? 最近俺たちと同職の狩人達が森から帰ってこない事が続いていたから森に行くのは控えていたんだが、不味い状況なのか?」


 狩人のイヌスがソンの発言を確かめるように聞いてきた。


「ええ まだ詳しいことはわかりませんが、自然区域のモンスターの生息範囲が以前よりも徐々に街側へと拡大しているようなのですよ。 今後森へ行く際は十分な警戒が必要になるでしょう。」


「そうか だからこそ俺たちは君たちに護衛を頼みたいんだが」


「護衛のお仕事はかなり魅力的です。ただ、モンスターの生息範囲が拡大している今、我々だけでは対処しかねます。それに我々はこのネイタウンに永住するわけでなないですし、保証しかねるのですよ。」


 リンはソンが永住しないと発言した内容の方をモンスターの件より気にしてしまう。


「しかしだな 狩人の我々は自然区域に行くことができなければ生活ができないのだ.... なんとかならないか?」


「治安維持兵に協力を申請できれば... すみません。それは無理ですね。 これはホンブル市に直接交渉するしかないでしょう」


「はあ それは残念だが無理だな。治安維持兵ですら動かせないのだ。市が動く訳ないだろう。」


 待合室の空気が自己紹介をしていた頃よりも重くなっている。議論を重ねるほどに事態が深刻になっていくのを痛感するのだ。さすがに、これ以上現実を見たくなくなってくる。リンは狩人達の表情をこっそりと窺った。とても男の表情とは見えない暗い顔をしている。先ほどまで自分のことしか考えていなかったリンは自分が恥ずかしくなってきた。狩人とソンの話には直接関係がないと思い、話には参加していなかったが参加できない自分の存在に疑問を感じてくる。なぜ私はこの場にいるのだろう。今のところソンやビル、狩人達の役に一つも立っていない。


 そんな重い空気を放っている狩人とリンであったが、ソンとビルはさほど気にしていないように見えた。


「いや ホンブル市が動く可能性はありますよ。」


 ソンが突如発した言葉にリンや狩人は希望を抱きつつも疑問の眼差しを向ける。


「まあ 治安維持兵を動かしたくはないでしょうがね 今までの通りに。ただ、ホンブル市側も自然区域のモンスターの存在は厄介なはずです。そんなモンスターを退治してくれる人が現れれば、さすがのホンブル市も支援するでしょう。お抱えの治安維持兵にかかる損失はありませんからね」


「そうかも知れんが.... そんな人はいないのだよ... 残念ながら」


「あなたの前にいる我々もですか?」


「!?...いや そういう訳では... 君たちは例外だろ。それにさっき自分達だけでは無理と言っていたではないか」


「確かに自分達のみでモンスター討伐は無理です。ただ自分達以外にも世界には未知を求めて冒険したり、強者と戦いと思う人間もいるのですよ。」


「いないだろ そんな奴 仕事掛け持ちして自分の欲求を満たせるほど世の中は甘くはない!」


 力強くシュークはソンの提案を否定するが、それでもソンは続ける。


「いませんよ そりゃ」


「おい ふざけてんのか!?」

 

 大人しく聞いていたシュークであったが、ソンが嘲笑うように答えてきたのでつい熱くなる。周りのイヌスやボエスもシュークを宥めてはいたが気持ちはシュークと同じようだ。


「ふざけてはいません! ないなら それを実現させる仕事を我々で生み出すのですよ! 未知を求める者、強者を求める者達にモンスター退治をさせる『仕事』を提供するのです! 未だ存在しない仕事を求めて来る者もいることでしょう」


 考えてもいなかった提案がソンから出されて狩人達は困惑する。


「『仕事』を提供するか.... ただ俺たちには雇うためのお金もないし、おそらくこのネイタウンの街ですらないぞ」


「ホンブル市ならありますよ。主要都市の一つでしょう。」


 まさかの市を相手にするという予想の斜め上をいったソンの提案にまたもや場は凍りつく。


「ホンブル市がそんな訳のわからない仕事を引き受けるとは思えないがな。うーーん どうしたものか...」


「一度交渉する余地はあるかと」


 狩人達は悩んでいた。確かにソンの話した提案は一理ある。本当に市を相手にするほどの事であるのかどうか、各々の天秤にかけて考えてみる。


 その一部始終を見ていたリンは初めて発言をした。


「あの... 私も住民の一人として、協力させてもらえませんか? 狩人さん達や私を含め、住民一人一人に関わる問題だし、それにソンさんやビルさんもお金が必要になって来るだろうし..... 」


「俺たちは大歓迎だ。一人でも多い方が良い。だが大丈夫か? 聞いた限りではかなり大変だぞ?」


「私は元々二十歳を過ぎたら、ソウルポリスで魔法関連の職業に就く予定だったんです。でも、自分の優柔不断な性格の所為で今までダラダラと通り過ぎる日々を過ごしてきました。 だから、今やるしかないんです! お願いします!」


 リンは狩人やソン、ビルに向かって深々と頭を下げた。その様子を見て慌てた一行はなんとかリンを落ち着かせ、提案を飲む形でこの場を収拾した。


「今日は色々と話しすぎたかも知れません。後日皆さんともう一度話し合いましょう!」


 ソンの締めの一言で待合室での長い会議はお開きとなった。その後、ソンとビルは待合室から各々の部屋に消えていった。


 待合室に残された形になった狩人とリンは、軽く会ったばかりのソンとビルの話で盛り上がる。


「すごい 二人だったな 頭も回る戦士のようだ」


「そうだな ただソンさんの隣にいたビルさんは全く喋らなかったな。 シューク」


「ああ だがビルの左腕見たか? 多分義手だ。 動きがぎこちなかったからな。 恐らくかなりの修羅場を潜ってきたんだろうさ」


「そうか? 勘違いかもしれんぞ? ただ片腕でイノシシ倒すとしたら相当なもんだ!」


「そんな人が『モンスター』を警戒してんだ。 やっぱやってみるしかないのか...」


 狩人の話を聞いていたリンが話に割って入ってくる。


「まあ 後日その話はしましょうよ。 人を集めなくては!」


「ああ そうだな」


 そしてようやく狩人達は重い腰をあげるとリンに別れを告げてフォーム荘を出て行った。


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