第十六話 「束の間の休息」
ホンブル。デヴォルカス連邦共和国の主要都市の一つであり、最も広大な面積を有する都市でもある。ソウルポリスは首都ということもあり、人口が最も多い都市であるのだが、ホンブルに住む人口は少ない。ホンブルの約六割を自然区域が占める為である。そのため市内を巡回する治安維持兵の数も少ない。
ホンブルの自然区域に最も近い街『ネイタウン』。ネイタウンには自然区域にたまに足を運ぶ狩人や、山菜や種を探しに行く農業者などが腰を落ち着かせるために訪れる。ネイタウンの一角にひっそりと佇む喫茶店『ストリア』があった。ストリアには馬を留めておけるスペースがあるため、街に移動してきた者達に人気の喫茶店である。
そんなストリアでウェイターとして働く女性がいる。彼女の名はリン・フォール。二十歳を過ぎたらソウルポリスで魔法関係の職業に就くためにストリアで軍資金を貯めるために働いているのだが、もうかれこれ二十歳を二年ほど過ぎてしまっている。もうお金の方も貯まっている頃ではあるのだが、時折噂でソウルポリスの悪評が耳に入ってくるためわざわざ自分が行きたいと思える場所であるのか決めきれなくなっていたのだ。
今日もリンはストリアでウェイターの仕事をしている。
「リンちゃん! コーヒーとスープを二つずつ頼む!!」
「リンちゃん 俺らのところもコーヒー ブラックで四つ!」
リンは喫茶店で人気のあるウェイターだった。訪れるオジサン達は皆若い女性のウェイターに目を奪われる。当初はあまり機嫌良くは思わなかったが、今ではもう慣れてしまった。自分が人気のあるという事実は多少、優越心を煽るのだ。
「人気あるのはいいんだけどさ、たまには若い男の人とか来ないのかな。ネイタウンって高齢化してるの?」
リンは誰にも聞こえない声で愚痴を呟きながら接客をしている。この聞こえそうで聞こえないスリルを一度経験してから気づいたらやめられなくなっていた。
注文されたメニューをお客に運び終え、カウンターに戻ろうとした時、お店の扉を開けて入ってくる者達に気づいたリンはいつも通りに「いらっしゃいませ!」と声をかける。最初に入って来たお客は高身長で恰幅のある初老の男性だった。リンは期待していなかったが、こうも期待が裏切られないものかとやりようもない不満が湧く。しかし、二人目のお客は意外で、若い細身の女性だった。あまり女性はこの喫茶店に来ないので物珍しさにリンも既に喫茶店内にいたお客も注目した。もしかして先ほどの男性の奴隷かなと思ってしまった自分の低脳に腹が立つ。そして、最後に入ってきた男性にリンは心を奪われた。若い男性で、服装は所々汚れてはいたが身なりを整えた格好をしており、顔は非常に整った顔をしていて異性からの人気がありそうだ。
リンは早速入って来た三人のお客の元へと向かう。
「三名様ですね? 奥のテーブルまで案内致しますわ」
普段なら案内などしないのだが、自分の存在を少しでもアピールするためにお客をテーブル席へと案内をする。周りのオジサン達など気にしていられるか。
席に着くと若い男性が尋ねてきた。
「注文はしますが、私たちここで友人と待ち合わせをしているのですが、長居させてもらっても構わないですか? 遠くから来る者でして、いつ来るかまでは把握できないんですよ」
「もちろん大丈夫でございます! しがない喫茶店ですので、心ゆくまでごゆっくりして下さい!」
「ありがとうございます! では三人分のコーヒーと、パンをお願いします」
「承りました!」
リンは満面の笑顔で受け答えをする。少ないチャンスを逃さぬまいと必死だ。
ーーーノックはストリアの横でフォスに餌を与えた後に、ロルトとジーンと共に喫茶店に入った。ノック自身ホンブルで生活していたが、馬車交通の仕事をしていたのであまりホンブル内を歩き回ったことはなかったので少し新鮮な体験だった。
やけに人懐っこいウェイターに案内されてロルト達はテーブル席で腰を休ませることにした。
「ロルト この黒い液体 何? 苦いんだけど」
「ジーンは初めてかコーヒーを飲むのは 香りを楽しむんだよ 落ち着くだろ? 味は慣れかな」
「やっと休めるな なんとかホンブルまで来たが、動き続けてたからよ」
「俺たちはすぐにホンブルに着いたじゃないか 昨日は皆んな休めただろ?」
「体はな 精神の方はあんな事のあった後じゃすぐにはな」
「後悔しているのか?」
「そういう事を言ってるんじゃねえ! 刺激的な体験は良くも悪くも疲れるんだよ この歳になるとな」
「では 慣れるしかないな」
「ホントだな」
ロルトとノックは今までの自分たちの状況を思い出しながら笑い合う。
「まあ ウィルに彼女とはな....」
「そんなに驚くことかね? 俺は結構評価しているぞ あの男」
「俺も友人だからな あいつはいい奴だよ 俺にとって 少し前までは全ての事がつまらないみたいな顔をしていたのにな」
「本人よりも他人の方がある一面では詳しいこともあるからな 自分でもわからないだろ」
「これもウィルが変わったのはジーンのおかげだな! 感謝する」
「え!? 私は ただ 自分のために 協力した だけだよ....」
「皆んなそうさ 表面的ではなく内側からな! それでもいいんだよ」
「あり がとう」
「それよりもだ ロルト君よ 君は彼女とかいないのかね?」
「今はいませんね いたらウィルだけが戻る事を許しませんでしたよ」
「なるほど」
ロルトとノックが内輪の会話で盛り上がっているときにウェイターがパンを運んで来た。
「こちらがパンでございます」
「ありがとうございます」
「あの.... 皆さん こちらの街に来るのは...初めてでしょうか?」
運び終えたウェイターは緊張した様子で恐る恐るロルト達に話しかけて来た。皆さんなどと言いながらウェイターの目線がロルトに向いているのは若干気にはなるが
「ええ... そうですね 初めてです」
「すみません いきなり 私あまり街を出る機会がなくて 街の外からいらしたお客さんとお話しがしたくて...」
「そうでしたか ではこの街で何かわからない事などありましたら聞きに来てもよろしいですかな?」
「もちろんです! 喜んで!」
ウェイターはロルト達と会話を終えるとニコニコしながらカウンターに帰って行った。
「ウェイターも大変だな お客相手に話合わせて笑顔で接客とか 今になって父親を改めて尊敬する」
「「鈍過ぎ!!」」
ロルトは驚く、ノックとジーンが息を合わせて返答してきたからだ。まさかの二人に驚きつつも段々仲間意識が芽生えてきたことの喜びをロルトは静かに噛みしめる。
それから数時間の間、ロルト達はたまに注文をしながらダラダラと話していた。ジーンの過去の事やノックの競馬界での武勇伝やフォスの自慢話、ロルトの父親自慢やウィルとの馴れ初めなどだ。皆真剣に個々の話を聞いていた。ソウルポリスで普段の生活をしてたら、特定の出来事しか起こらず、話す相手も限られることからこんなに話が盛り上がることも無かっただろう。ロルトは改めて自分の計画が間違っていなかった事を実感した。暫くはソウルポリスを離れて活動するのだ。後悔があっては意味がない。
かなりの間盛り上がっていたロルト達であったが、日も暮れたそろそろ閉店になりかける時刻に喫茶店に入って来る男女の姿が見えた。この店にくる客はほとんどが中年男性であったためロルトはすぐにその男女が何者であるのか気づいた。
「ウィル!! やっと来たか!!」
ロルトは席から立ち上がった。長時間座っていた所為か、足が痺れていたが気にせずにウィルと握手をする。その様子をみたノックとジーンもウィルの元へと近寄ってくる。
「皆んな無事か よかった」
「ウィル お前が言うな 危ない橋を渡り過ぎだ」
「すまんな」
ウィルは軽く謝罪をすると、ロルト達にここまでの経緯を説明する前に、エマを紹介する。
「おっと その前にだ こちらにいるのが、マジックアイテム職人であるエマ・ファシリアだ。ジーンとの記憶結合をした際に使用したマジックアイテムを作成したのが、エマだよ」
「エマ・ファシリアです。詳しい内容はウィルから聞きました。ウィル共によろしくお願いします」
「自己紹介が遅れました。ウィルの昔ながらの友人のロルト・K・ノーゼと申します」
「俺は御者だった男 ノック・シールだ。よろしくな お前さんの彼は凄い奴だよ」
「私 は サ・ジーン よろしく。 マジックアイテムは 美しかった」
そして、軽い挨拶をした一行は近くの宿屋で一泊することにし、明日、自然区域へと足を踏み出す準備をすることにした。




