第8話〜心と躰の、ディスタンス
狐のような長谷川先生の罠にかかり、あろうことか「心と身体」が入れ替わってしまった佐藤と平野。
男子の強靭な肉体に振り回され、コート上で可憐な悲鳴を響かせてしまった佐藤(中身)。
女子の繊細な身体と「未知の腹痛」に直面し、世界の終わりばりの悲壮感を漂わせる平野(中身)。
放課後の非常階段で互いの胸ぐらを掴み合う二人だったが、本当の地獄は部活の終わりではなく、ここから始まるのだった。
「なぁ佐藤……お前の家、今日晩飯何……?」
「ちょっと平野くん、まさか私の部屋の引き出し開けたんじゃないでしょうね!?」
家族へのカミングアウト不可、プライバシー皆無の「お泊まりミッション」が幕を開ける――!
「……行くぞ、佐藤」
「おう、平野……死ぬなよ」
長谷川先生の狐のような視線を背中に浴びながら、二人は逃げるように保健室を後にした。しかし、廊下に出た瞬間に待っていたのは、無情な分岐点だ。右に行けば男子バレー部、左に行けば女子バレー部。
「じゃあな」と手を振る平野(中身:佐藤)の背中は、心なしかいつもより小さく見える。
「……マジで、どうすんだよこれ」
佐藤(中身:平野)は、慣れないスカートの裾を気にしながら、地獄の女子体育館へと足を進めた。
男子バレー部:エースの「きゃっ!」
「おーい平野! 遅いぞ、さっさと着替えて入れ!」
男子体育館に入った瞬間、平野(中身:佐藤)は立ち込める汗の臭いと熱気に圧倒された。普段なら気にも留めないはずの男子たちのむさ苦しさが、今の佐藤(中身)にとっては恐怖でしかない。しかも、目の前では容赦のないスパイク練習が始まっている。
「平野、一本打て!」
セッターのトスが、綺麗にふわりと上がった。
(えっ、無理無理無理! あんな高いの、どうやって叩くの!?)
しかし、平野のフィジカル(身体)は勝手に反応してしまう。長年培われた筋肉の記憶が、佐藤(中身)の制止を振り切って空へと跳んだ。
最高到達点。目の前に迫るボール。
恐怖のあまり、佐藤(中身)はぎゅっと目を瞑り、全力で腕を振り抜いた。
「きゃうっ!?」
体育館中に、およそエーススパイカーのものとは思えない可憐な悲鳴が響き渡る。
ドゴォッ! と重い音がして、ボールは相手コートのライン際に突き刺さった。凄まじい威力。だが、周囲の部員たちはボールではなく、着地して内股で震えている「平野」を凝視していた。
「……平野? 今、なんて言った?」
「あ、いや、その、気合の掛け声的な……! 『しゃうっ!』みたいな……!」
冷や汗をダラダラと流しながら、平野(中身:佐藤)は引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。
女子バレー部:余命三日の絶望
一方、女子体育館。
佐藤(中身:平野)は、信じられないほどの違和感と戦っていた。
(なんだこれ、身体が軽すぎる……! 全然踏ん張りが利かねえ!)
男子の感覚で動こうとすると、重心がブレてまともにレシーブすらできない。おまけに、先ほど保健室で長谷川先生が言っていた「生理」という言葉が、呪いのように脳裏をよぎる。
(生理痛って、要するに腹が痛くなるんだよな? 腹痛ってことは、これ、もしかして内臓が破裂する前兆か……?)
少しでも下腹部に力が入ると、「これが……あの、教科書で見たやつか……!」と最悪の想像が膨らんでいく。
「佐藤ー? さっきから動きが硬いよ! お腹でも痛いの?」
キャプテンの言葉に、佐藤(中身:平野)はガタガタと震えながら直立不動になった。
「い、いえ! 自分、まだ耐えられます! 尊厳が、尊厳が崩壊するまでは、コートに立ち続けますッ!」
「……え、そこまで大袈裟な練習じゃないんだけど……」
男子特有の無駄な悲壮感を漂わせる佐藤(中身:平野)に、女子部員たちは静かに距離を置き始めるのだった。
放課後:限界バトル、第二ラウンド
部活終了のチャイムが鳴り響く。
お互いにボロボロになった二人は、あらかじめ約束していた校舎裏の非常階段で合流した。
「……佐藤、お前、女子の身体ってこんなに大変なのかよ……。腹が、なんかずっと重くて生きた心地がしねえ……」
「平野くん、それはただの緊張でお腹下してるだけだよ! それより私の身体で変な悲鳴あげないで! 部員から『平野、お前そっちの目覚めたのか』って心配されたんだけど!」
夕日に照らされる中、お互いの胸ぐらを掴み合う二人。
見た目は「激しく詰め寄る男子(中身女子)と、怯える女子(中身男子)」という、極めて歪な絵面である。
二人の過酷な入れ替わり生活は、まだ始まったばかりだった。
第8話をお読みいただきありがとうございました!
男子バレー部エースの肉体で可憐な悲鳴をあげてしまった佐藤(中身)と、未知の腹痛(ただの緊張)に世界の終わりを感じている平野(中身)。二人の温度差を楽しんでいただけていれば幸いです。
次回からは、いよいよお互いの実家に帰る「お泊まりミッション」がスタートします。家族にバレずに一晩を乗り切ることができるのか……!?
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