第7話〜鬼のように部活とキツめの保健室
「もしも、ある日突然、アイツと身体が入れ替わってしまったら——?」
そんなお決まりのファンタジーも、当事者にとってはただの悪夢でしかない。
男子バレー部のエース・平野と、うら若き女子高生・佐藤。
見た目はそのまま、中身だけがゴトッと入れ替わってしまった二人は、周囲にバレまいと必死の「限界バトル(ごまかし合い)」を繰り広げていた。
しかし、放課後の保健室という密室で、彼らに史上最大のピンチが訪れる。
鋭すぎる養護教諭・長谷川先生の追及。
目の前に突きつけられた「異性の身体」という未知のリアル。
そして、無情にも響き渡る部活のチャイム——。
これは、尊厳の境界線上で繰り広げられる、おかしさと切なさに満ちた青春(?)サスペンスコメディの、とある一幕である。
「ひ、平野くんと佐藤さん? あんたたち、何してんの」
保健室の引き戸がガラガラと開き、養護教諭の長谷川先生が鋭い視線を投げかけてきた。
放課後。限界バトルを終えて保健室に転がり込み、お互いの醜態になじり合いの作戦会議を繰り広げていた二人は、同時に心臓を跳ね上がらせた。
「あ、いや! その、長谷川先生!」
慌てて弁明しようとした佐藤(中身:平野)だったが、焦りのあまり、いつもの男子バレー部ばりのドスの利いた声で叫んでしまう。
「佐藤さん、声が低すぎるわよ。風邪でも引いた?」
「ゲホッ、ゴホッ! そうなんです、ちょっと喉の調子が……!」
平野(中身:佐藤)は慌てて佐藤(身体)の前に割って入り、「平野」の低い声を作りながら先生を遮った。
「先生、コイツ、さっきから頭痛いってうるさくて。俺がここまで連れてきたんです。じゃ、俺はこれで」
「待ちなさい、平野くん」
逃げようとした平野(中身:佐藤)の肩を、長谷川先生の細い手がガシッと掴む。
「あんた、ちょうど良かったわ。先週の身体測定で、あんただけ再計測用紙を出してないでしょう。ここで測るから、そこの体重計に乗りなさい」
「えっ、い、今ですか!?」
平野(中身:佐藤)の背中に、今日一番の冷たい汗が流れた。
中身はうら若き女子高生である。いくら身体が男子のものとはいえ、他人の、しかも異性の体重をリアルタイムで目撃するなど、精神的自傷行為に等しい。さらに、今の自分(男子の身体)の体重が何キロあるのか、佐藤(中身)自身も全く把握していなかった。
「ほら、早く乗りなさい。それとも何か、見られたら困る怪しい増減でもあるの?」
「……うぐ」
先生の不敵な笑みに退路を断たれ、平野(中身:佐藤)は死を覚悟した目でゆっくりと体重計へと足をかける。
一方、その背後で、佐藤(中身:平野)は別の地獄に直面していた。
「ところで佐藤さん」
長谷川先生が、カルテに目を落としたまま、極めて事務的に、しかし致命的なトーンで呟いた。
「あんた、今月生理まだ来てないわよね。先月も遅れてたし、バレーのハードな練習でホルモンバランス崩れてるんじゃない? 生理痛の薬、出しておこうか」
「……せい、り……?」
佐藤(中身:平野)の脳細胞が、一瞬で消滅した。
男子高校生にとって、「生理」という単語は保健体育の教科書の中にしか存在しない未知の概念である。しかも、それが今まさに自分が借りている身体のシステムとして機能しているという現実。
「あ、あの、ええと……それ、は、その……」
限界まで閉じていた内股が、恐怖と混乱でガタガタと震え出す。
「どうしたの? いつもなら『大丈夫でーす、先生ロキソニンちょーだい!』って軽く流すじゃない。なんでそんなに怯えてんのよ」
「あ、いや! ろきそにん! ろきそにん、頂戴いたしますッ!」
またしてもソプラノ歌手のような裏返った敬語を炸裂させる佐藤(中身:平野)。
体重計の上で「うわっ、重っ……いや、男子高校生なら普通なのかこれ……!?」と一人で脳内パニックを起こしていた平野(中身:佐藤)が、その奇声にビクリと肩を揺らした。
長谷川先生の目が、すうっと細められる。
二人の奇行、チグハグな喋り方、不自然極まりない距離感。百戦錬磨の養護教諭の直感が、何かしらの「異常事態」を察知していた。
「……あんたたち、本当に怪しいわね。平野くん、なんでそんなに内股で、女の子みたいに体重計の数値を隠そうとしてるの? そして佐藤さん、あんたは何でそんなに直立不動で、さっきから私の胸元を凝視してるのよ」
「「チガウ、コレハ……!!」」
言い訳の言葉すら重なり、ハモってしまう二人。
その時、廊下から「おーい、佐藤! 部活始まるぞ!」と、バレー部員の容赦のない声が響き渡った。
大人からの追及と、放課後の部活という次なる地獄の始まり。二人の尊厳は、すでに風前の灯火だった。
本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「もしも身体が入れ替わったら」という、フィクションでは手垢のつくほど擦られてきた王道テーマ。しかし、いざ当事者になってみれば、そこにロマンや甘酸っぱいハプニングなど微塵もなく、あるのは「明日からの生活をどうサバイブするか」という血の滲むような尊厳の死守バトルです。
男子バレー部のエースとしてコートに立たされる女子の絶望と、保健室で鋭い大人に詰め寄られる男子の焦燥感。そんな二人の「限界ギリギリの綱渡り」を、コメディとサスペンスの絶妙な温度感でお届けできていれば幸いです。
はたして平野(中身:佐藤)は、エースの肉体で鬼の部活動を乗り切ることができるのか? そして佐藤(中身:平野)は、長谷川先生の追求を交わしきれるのか?
二人のドタバタな行く末を、これからも温かく(あるいはハラハラしながら)見守っていただけると嬉しいです。それでは、また次のエピソードでお会いしましょう




