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8.魔法使いの苦悩

 だいぶ日が傾き、辺りはオレンジ一色に包まれていた。日中が晴天だったこともあり、絵になりそうな程の夕焼けだ。それで少し立ち止まり、空を見上げる。

 思えば、こうして空を見上げること自体、久しぶりだったように思う。天候を確認する為に目を向けることはあっても、こんなにじっくりと、雲の形や流れの速度まで気にしたことはなかった。

「たまには、良いものだな…」

 些か気分が良くなって、思わず笑みが溢れた。今夜の晩酌は、楽しめそうだ。

 こういう風景画を、贔屓の絵師に描かせてみるのもいいかもしれないと思いながら、さてそろそろ屋敷へ戻ろうかと道を進むと、突然、木陰から人が現れた。実際に出てくるまで、気配一つしなかったので驚いたが、相手は警戒させないようにか、丁寧にお辞儀をして見せた。

「ご無沙汰しております。カラン子爵」

 はて?誰だったか……最近は人の顔を覚えるのが苦手になってきた。若い頃は一目見たら忘れない自信があったのだが――

「お忘れですか?」

 問われたのもあって、改めて相手の姿をまじまじと見てみる。

 一見すると黒だが、よく見るとどこか紫掛かった…宵闇色と例えられそうな珍しい髪色に、黄金にも見える明るい瞳。細身で、歳は二十から三十の間位に見える――

「……あ」

 唐突に思い出した。しかし、それと同時に困惑する。

「……おまえは、死んだはず…」

 "我々の計画"を話して仲間に引き入れようとしたが、断られた挙げ句逃げ出したので、始末したはずだ……なぜ、ここいる?

「俺は残念ながら生きていますよ。だから……あなたには罰を受けてもらいます」 

「なっ!?」

 罰だと?この私が何の罰を受け――

 

 ザシュッ!!

 

 突然何かを斬るような音がしたと思った頃には、唐突に視界が"ズレた"。足は真っ直ぐ立っているのに、体が斜め右に傾いた感覚がして徐々に地面が近づいていく。

「…がはッ!!」

 体から急速に力が抜けて、視界が端から黒く塗り潰されていく……それとは対照的に、地面は真っ赤に染まっていた。

 何かから、赤い液体が大量に放出されているのだ。

 それが自分の血であることを認識した頃には、もうどうすることも出来なかった。ショックが大きいからか、不思議と痛みは感じない……ぼやける視界の中、意識を失う瞬間まで、不敵に笑う青年の姿を見つめ続けた――

 近年の魔法界の発展は著しい。

 元々魔法使いは、特殊な存在として忌避されてきた。それでこそ、ゴーストが見えると言い出す人の如く。

 今でこそ政治的な権力を持つようになったが、数十年前までは、まだまだ虐げられる存在だった。常人には見えない"魔力"という力の流れを感じ取り、利用する……魔法とは、自然界に存在する全ての生命エネルギーを自分の力として借り、活用する方法だった。呪文はその方法を他者に伝えるのに効率のよい方法というだけで、本来の魔法は、理屈で説明するのが難しいほど、魔法使い達の感覚に由来することが多かった。そのためこれと言ったルールや形がある訳ではなく、まさしく、魔法使いの数だけ魔法があると言っても過言ではない。

 そんな魔法だが、魔法により天気や風向き、鉄砲の弾を止める、近未来を操作するなど、強い力を持つものが現れたことで、それを利用して権力を得る為政者が現れた。

 こうして魔法は、権力争いや、戦争に利用され始め、より優秀な魔法使いを求める為に学校が作られた。その学校を卒業すると、軍隊の上の階級からスタート出来たり、平民でも貴族と同列に議会での発言権を持つ役職に就く事ができるという触れ込みだ。しかし実際は、貴族の下で手足になって働き、貴族の影響力を上げる為の小間使いで、己の好きなように動けないのが実態だった。そうなるともう、魔法は権力を誇示する為の道具に成り下がっていた。

(魔法は別に、万能な訳じゃない…)

 魔法使いじゃない人間からすれば、火種の無いところで火を出したり、空を飛んだり、遠くの物を目の前に出したりと、何でも出来るように思われがちだが、実際には魔法それぞれには対価が存在する。自然界から力を借りるのだから、それに見合う魔力やらを渡すなどして、双方の利害が一致しなければ魔法は成功しない。物を買うのに通貨を対価として渡すように、魔力にも術者の魔力量によって可能、不可能がある。だからこそ、魔法は必要最小限であるべきなのだ。

「…その辺のことを、貴族サマもとい、お偉さんに分からせるのは難しいな……」

 机で退屈な書類作成をする傍ら、時々浮かぶこの難問に再び意識が向くと、いつも最後には必ず、親友の顔が脳裏に浮かんだ。

(元気にしてるかな……)

 

 魔法学校の同級生。しかし、同期だが年は二つ下だった。親友は十二歳から入学を許されていた魔法学校に、十歳にして入学してきた神童だった。社交的で人当たりも良いので、鼻持ちならないとする連中もいたが、同時に学年を問わず人気者だった。成績はいつもトップで、しかしそれをひけらかす様子もなく、他者に教える余裕を見せる程の人格者だった。しかし魔法以外のこととなると、苦手が多いという、愛嬌のある普通の少年で……それがある日突然、卒業を半年後に控えたある日(魔法学校は六年生だ)、急に学校から姿を消した。周りに何も告げず、退学したのだ。

 その後風の噂で、親友の実家で不幸が相次ぎ、親友は天涯孤独になったと聞いたが、それからの足取りがとんと掴めない。

 学校を卒業してから親友の実家のあった町に行ってみたが、既に屋敷も取り壊され、何も残っていなかった。それから魔法省勤めという、自分の武器を最大限使って探したが、一向に見つからなかった。ここまで来るともう、意図的に隠されているとしか考えられなかった。


 (生きているのか死んでいるのか……いや、死んではいないだろうな。だってあいつは、天才だったから……)

 むしろ、親友本人が見つからないようにしているのではないかという可能性すらある。

「……ほんと、連絡くらい寄越せよな」 

 そう呟いた時、「また出ましたよ!」と、後輩が慌てた様子でやって来た。

「出た…って、何が?」

 首を傾げると、後輩は呆れたように息を吐く。

「何が?じゃないですよ、もう!……貴族殺しに決まってるじゃないですか!今度は、カラン子爵だそうです」

「ああ!」

 ここ数年でちらほら現れるようになった貴族殺しのターゲットは、いずれも政治に影響力を持つ貴族で、また、魔法使いを懐柔しているという共通点がある。その為、魔法使いを良く思わない人物の仕業と見て調べているそうだが、一向に尻尾を見せなかった。

(まあ、魔法使いの使い方に関しては、思うところはあるけどさ…)

 だからといって権力者を殺したくらいで待遇は変わらないと思う。犯人が何をしたいのか、僕には今ひとつ分からない。殺すのではなく、もっと根本的にやることがあるのではないかと思ってしまう。

「全く……先輩は本当に魔法省勤めなんですかね?事件に無関心過ぎませんか?」

 今年入ったばかりの後輩は、分厚い眼鏡の位置を直しながら言う。

「失敬な。僕は真面目な魔法省職員だよ。このバッジが目に入らないのかい?」

 右胸に付いた箒の形を模したピンバッジを見せながら冗談めかして言ってみると、後輩はやれやれと首を振る。

「それに、関心がないのとは違うよ。関心を持っても仕方がないと思っただけさ。僕らは憲兵じゃないから、捜査権はないし、気を揉んだってしょうがないでしょ?」

「それは……そうですけど」

「僕らが出来るのは、魔法省として魔法使いの権威を守りながら、他の連中と上手くやっていけるようにしていくことぐらいさ。……そんなことより、昼飯行こう!腹減った!」

「良いですけど、今度は先輩が奢って下さいね」

「あ、この間は奢って貰ったんだっけ……分かったよ」

 後輩の肩を叩きながら、僕は執務室を後にした。


 堅苦しい煉瓦造りの職場から出ると、通りは道行く人で賑やかだ。忙しそうな人、景色を楽しみながら歩く人……僕は案外、こういう人の様子を見ているのが好きだ。どこへ行くのか、誰に会うのか、何を考えているのか、どんな暮らしをしているのか……興味は尽きない。変人だと言われるし、魔法使いらしくないとも言われる。

("魔法使いらしい"って、なんなんだろうね?)

 もっと陰湿で、人嫌いでいればいいんだろうか?

 僕の場合は、魔法使いの家系ってやつではないから分からないんだけど……。

「先輩。前から気になっていたんですけど…」

「ん?」

「先輩って……なんで魔法省にいるんですか?」

「なんで…とは?」

「だって先輩、全然仕事しないじゃないですか」

「いや!してるでしょ!」

 後輩に反論しながらも、内心では確かに真面目に仕事をしているとは言えないかもしれないとも思っていた。

 

 魔法省の仕事は大きく分けて二つ。一つは魔法使いの数や得意魔法の把握。二つ目は、貴族や国からの要望に応じた魔法使いの派遣だった。

 一つ目に関しては、魔法使いの歴史自体が古いかつ、隠されていたということがあり、魔法使い達を探すのはなかなかに骨が折れる仕事だ。古い価値観に囚われている年嵩の魔法使いなどは、巧みに人を避けるし、住処を隠す。迫害されてきた彼らにとっては、国の命令なんざ、あって無いようなものだった。そんな魔法使いを探しながら、新しい才能を発掘し、金の卵たる人物を魔法学校に勧誘することも仕事内容に含まれている。

 それだけでも骨が折れるのに、二つ目はもっと厄介だ。何せ、天下の貴族様や政治的権力をお持ちの方々の要望というのは、なかなかに無理難題が多いので、都合のよい魔法使いを見つけるのは至難の業だった。

(けど、フィールドワークは嫌いじゃないんだよね…)

 親友を探すことも出来るし、聞き込みをする内に、町の人や魔法使い達と仲良くなれる。迫害されていたといっても、一部の人達は、災害や病から身を守る術として魔法使いを頼っている場合もあって、住民と仲良くなることで、そんな地元民しか知らない魔法の情報を得ることが出来たりする。

 しかし恐らく後輩は、情報収集と言いながら道を教えたり、子どものお守りをしたり、近所のおばあちゃんと二時間近くお茶を飲みながら話してしまう僕の態度を、真面目ではないと言っているのだろうと思う。けれど、これはある意味で大切なことだと思う。まだまだ偏見も多い魔法使いが、肩身の狭い想いをしないで済むように、積極的に壁を消していっているつもりだった。

「…どうですかね…」

 そんな僕とは真逆で、仕事が無ければ、家に籠もって新しい魔法の研究をして、積極的に世捨て人状態になってしまう類の人間である後輩は、呆れたようにまた、眼鏡のズレを直した。

 

 そうしている内に、行きつけのカフェが近づいてきた。赤い三角屋根が特徴的な小さな喫茶店で、メインの通りからは逸れているので分かりにくい店だが、そこそこ客入りのいい店だった。

「座るところありますかね…」

 後輩が心配そうに言って、「どうだかね」と同調した時だった。スッと僕らの前を人が横切る。瞬間、僕は違和感を感じて咄嗟に振り返り、通りすぎて歩いていく人の背中を目で追った。

(まさか……!?)

 フードを被っていて、ちゃんと顔が見えていた訳では無かったが、何となく鼻や顎のラインが、親友に似ていた気がした。こればかりは、普段の人間観察癖が役に立ったと言わざるを得ない。似ていると思った瞬間、居ても立っても居られず、僕はフードの背中を追いかけた。

「ちょ、ちょっと先輩!?どうしたんですか!」

 後輩も慌ててついてくるが、そんな後輩の様子を気にしている余裕がない。

「ねぇ!ちょっと待って!」

 声を掛けても、フードの人物は止まることなく歩き続ける。それどこれか、どんどん距離が開いていく。通り過ぎてすぐに追いかけたのもあって、距離にして五十メートル程しか離れていないし、こちらは走っていて、相手はゆっくり歩いているにも関わらず…だ。

(これは…)

 目眩ましの魔法か?と気づいた瞬間、目の前のフードの人物は蜃気楼のように消失した。

「やっぱりか……」

 目眩ましの魔法は複数あるが、今遭遇したのは、自分の残像を残し、相手が残像に目線を向けている内に、逆方向なり隠れたりしてやり過ごすものだ。この魔法は相手が残像だと見破ったり、違和感を感じた瞬間に消失する、一種の暗示に近い魔法だった。

「……まだ近くにいるかもしれない…」

 かなり早い段階で気付いた自信はあったが、相手は恐らく、僕とすれ違った瞬間に何かを察してすぐに残像を出したに違いない……ワープするでも、攻撃をするでも無く残像を追わせたのは、こちらが勝手に遠ざかっていくことを期待していたか、単純にワープするだけの魔力が無かったのかのどちらかであるように思う。

 前者ならまだこの辺りに用事が残っている可能性があるし、後者ならなおのこと遠くには逃げられないということになる――

 僕は意識を集中して、魔力の残滓を探った。僅かな間とはいえ魔法を使ったのだ。微かな気配は残って居るはず……匂いを辿るように慎重に観察すれば、見える筈だ……。

「………あった!」

 陽の光を受けてキラキラと、まるで雪国の氷点下のなかで見られるとされるダイヤモンドダストの如く、キラキラと光を反射する粒子が僅かに見えた。粒子を追って行くと、それは人気のない裏路地に続いていた……。

「はぁ…はぁ…はぁ……せ、せん…ぱいっ!」

 その時、やっと追いついてきた後輩が、僕の肩をガシリと掴んだ。

「……ごめん。ちょっと野暮用が出来た。昼飯奢るのは、また今度な」

「え?」

 粒子を見失いたくなくて、後輩には目を向けずに断ると、路地の向こうに駆け出した。

 

 路地の奥へ進むと、そこは行き止まりだった。

「あれ?」

 この場所からワープしたのだろうか?それとも――

 

 ガンッ!!

 

「…うっ…」

 急に後頭部に強い衝撃を受けて、咄嗟に頭を押さえて蹲る。ゆっくりと後ろを振り返ると、追っていたフードの人物が僕を見下ろしていた。

「――誰かと思ったら、おまえか…」

 落胆したような、または安心したような男の声が言う。

「っ!?」

 その声に、聞き覚えがあった。あまりのことで、頭の痛みが引っ込む。

「よりにもよって、魔法省なんかに入ったのか?……おまえらしくないな……いや。逆に向いているか。おまえみたいな、人との距離感がおかしい奴は、国の良い犬になる…」

 男はどこか哀れむように言っては鼻で笑う。本当なら"馬鹿にするな"と怒るところなのかもしれないが、僕はもはや男の言葉をまともに聞いていなかった。そんなことよりも――

「アダムっ!!今までどこに居たんだよ!僕はずっと、君を探していたんだぞ!」

 男は静かにフードを取った。そうして見えた顔は、多少目つきが悪いように思ったが、確かに十年前から消息不明だった親友、アダム・ウェスペル……その人だった。

お読み頂き、ありがとうございました。

アダムを知る人の登場です。今回は少し魔法使いの状況が見えるようにと意識してみました。この世界では、魔法に対する扱いがとにかく暗い気がしますね……意識して暗くした覚えはないのですが…。

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