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6.それぞれの想い

 目を開けると、自分のベッドの上だった。

(いつベッドに戻ったっけ…?)

 ゆっくり体を起こすと、人の気配を感じた。横を見ると、窓の前に立ち外を眺めるご主人様の姿があった。

「もう起きたのか。疲れていたんだろう?もう少し休んでいても良かったんだぞ」

「……いえ。もう大丈夫です」

「大丈夫ならいいが……無理はするなよ」

「はい……ところで、ご主人様はどうして私の部屋に?」

「ちょっと様子を見に来ただけだ。……具合が悪くないなら、一緒に来い」

「はい…」

 どこへ行くのかと思いながら付いていくと、ご主人様は、ダンスホールに入って行った。

「……シロから聞いたが、おまえ、ピアノに興味があるんだって?」

「はい。前に、町の広場でピアノを弾いている人を見掛けて……素敵な音だなって思っていたんです」

「そうか。なら、今日の働きに対する褒美として、俺が特別にピアノを弾いてやろう」

「いいんですか?」

 シロの話では、滅多に聴かせてくれないという話だったけど……。

「言っておくが、特別だからな。心して聴け」

「はい!」

 嬉しくて素直に返事をすると、ご主人様は目を丸くして、何だか苦しそうに顔を歪めた。

「――曲の希望はあるか?」

「曲の名前はよく分からないので……ご主人様が好きな曲でいいです」

「わかった」

 ご主人様は真剣な眼差しでピアノに向かうと、鍵盤に指を置いて、静かに弾き始めた。

(優しい音……)

 曲はゆったりとしていて、穏やかな川の流れのようだった。そんな曲の様子に合わせるように、ご主人様の指が奏でる音も、よく響く優しい音色だった。以前広場で聴いた音とは違う……もっと繊細で、柔らかい音だ。楽器自体は同じなのに、奏でる人によって音が違って聴こえることを、私は初めて知った。

 ピアノを奏でるご主人様の表情は、とても穏やかだ。時折、自分が奏でる音楽に耳を澄ませるかのように目を閉じる。その様子に、またご主人様の新しい一面を見た気がして、心臓がトクンと音を立てた。


 どれくらい時間が経ったのか、水音のように高い一音が響いたのを最後に、音楽は終わった。最後の一音の余韻が消えるのを待ってから、ご主人様は立ち上がり、私を振り返る。

「ま、こんなものかな」

「すごく、素敵でした。ありがとうございました」

 そう言って頭を下げると、ご主人様は僅かに笑う。

「次弾く時は、見返りを貰うからな」

「また、弾いてくれるんですか?」

 私が期待を込めて見つめると、ご主人様は苦笑いする。

「……気が向いたらな」

「ありがとうございます」

「そうだ……ちょっと、弾いてみるか?」

 ご主人様は私を手招くと、私を椅子に座らせる。ご主人様は私の背後に立つと、どの位置に手を置けばよいか教えてくれる。右手と左手が別々の動きをするので難しいからと、まずは右手だけで一音ずつ弾きながら、それが何の音なのか教えてくれた。ご主人様の言う通りの場所を押すと、私でも音楽を奏でる事ができたが、弾き方の問題なのか、ご主人様が弾いていた時と音の雰囲気が違って聞こえる。それを素直に言うと、「最初は誰でもそんなもんだ」とご主人様は笑った。

「楽譜の読み方も、そのうち教えてやる」

「……なんでも教えてくれるんですね」

「知識は持っていて損はない。むしろ知らないでいることのほうが損だ。知っていることが多ければ、人生の選択肢も増える。おまえは奴隷同然だったから、どこへも行けず、何も教えられずに生きてきただろ?だから、俺はおまえにその逆をする。――そうすれば、おまえは俺への恩義で、鎖で繋いでいなくても、離れても、俺の元に帰ってくるようになるだろう」

 ご主人様は私の肩に手を回しながら、どこか怪しく言ったが、私にはなんとなく、それは悪びれているだけに映った。道具だと言いながら、対等な人間として世話を焼いてくれている……ご主人様は、すごく矛盾の多い人だと思う。

「……何を笑ってるんだ」

 私の内面が顔に出ていたのか、ご主人様は私の顔を見て不機嫌そうにする。

「ごめんなさい。ただ、ご主人様は優しいなと思って…」

「優しいとは言わないな。俺は、おまえを使い勝手のいい道具にするためにやっているに過ぎない。……まあ、おまえがそれを優しいと思うなら、俺は狙い通りおまえを懐柔出来ているということになるから、いいのかもしれないが…」

「そんなことを言って大丈夫ですか?」

 ご主人様を良い人だと錯覚することで都合良く使おうとしているなんて、本人に言ってしまえば、幻滅して離れようとすることもあるんじゃないかと思ったが、ご主人様は私の頬を撫でながら私の耳元に顔を寄せては、「そうは言っても、おまえは俺から離れる気はないだろ?……それに、おまえは俺のものだ。簡単には手放さない」と囁いた。

「……はい」

 顔の距離が近くてドキドキするし、背筋がゾクリとしたが、それでも頷いてしまう私は、やっぱり道具という生き方しか出来ないのだろうなと、なんとなく思った。


「あーっ!!いいなぁー!ボクもご主人様のピアノ聴きたかったです〜!」

 突如ホールに、シロの大声が響き渡った。

「うるさいぞ!」

 ご主人様が怒っても、シロは堪えた様子もなく目をキラキラさせながら、側へ寄ってくる。

「ご主人様。もう一度弾いてもらえませんか?」

 私が頼むと、ご主人様は顔を顰める。

「嫌だ」

「……短めのでもいいですから」

「お願いします!」

 私が言うのに、シロも便乗する。

(前にシロが、二人で頼めば聞いてくれるって言ってたし…)

 ご主人様は更に渋い顔をしていたが、期待を込めてご主人様の目を見つめ続ける。シロも相変わらず目をキラキラさせながら、尻尾を忙しなく振っていた。

「――分かった。一曲だけだぞ」

「わぁーい!」

「良かったね。シロ」

「ありがとう!シュティレ」

 シロは私の手を握る。笑い合う私達を見て、ご主人様は「…お前達、本当に仲がいいな」と呆れたように言った。

「あら!ご主人様が演奏なさるの?私も聴きたいわ」

 そこへクロもやって来た。

「分かった、分かった!……その辺りにでも座ってろ!」

 ご主人様は半ばヤケになった様に言うと、私たちを退けて、再びピアノの椅子に座った。

 私とシロはピアノから少し離れた所の床に座り、クロはサッと私の膝の上に乗ってきて、丸くなる。

「クロ…」

 それで驚いていると、クロは顔をこちらに向けて、「嫌だった?」と訊いてきた。

「ううん。……あの……触ってもいい?」

「どうぞ」

「じゃあ……失礼します」

 そっとクロの背を撫でると、艷やかで温かくて、すごく撫で心地が良かった。気持ちが良いのか、クロから微かに、グルグルと喉が鳴る音が聞こえる。

 そうしているうちに、ご主人様はピアノを弾き始めた。今度は先程と違い、明るく跳ねるような曲だった。

「あ!この曲……ボクが好きな曲だ!」

 シロが嬉しそうに声を上げる。

「そうなんだ」

 嫌がりながらもシロが好きな曲を弾いてくれるご主人様は、やっぱり優しいと、私は改めて思った。

 

           ※

 

 次の日。いつもの様に掃除をしていると、玄関のドアのノッカーが鳴った。

「はい。どちら様ですか?」

 クロが人型になって応じると、「西の憲兵団の者です。少しお伺いしたいことがありまして…」

「憲兵団ですか…」

 訝しそうにクロがドアを開けると、紺に金の房飾りのついた憲兵の制服を着た男が立っていた。

「実は数日前より、ダッツ男爵の行方が分からなくなっておりまして、どうやら最後に目撃されたのがこの町だったようなので、現在近隣住民に訊き込みを行なっているところなのです。……何か思い当たることはありませんか?」

(…もしかして…)

 この間シロが殺した、元ご主人様のことではないかと思って寒気がした。

「ダッツ男爵……ですか……あいにくと、私はお顔を存じあげないのですが……」

 クロが首を傾げると、憲兵は胸ポケットから、小さく折りたたまれた紙を取り出した。

「こちらに似顔絵があります。こちらは、どうでしょう?」

 クロは眉根を寄せて注意深く見ていたが、やがて首を横に振った。

「やはり見覚えがありませんね……お力になれず、申し訳ありません」

「いいえ。お手間を取らせました。………ちなみに、こちらの屋敷の主人は、魔法使いだと聞いたのですが、本当ですか?」

「ええ」

「でしたら是非、捜査にご協力願いたいのですが、お取次ぎ願えませんでしょうか?」

「畏まりました。では、こちらへ――シュティレ。ご主人様を呼んで来て。お客様は応接間にお通しするから」

 クロは私を振り返っては言うと、憲兵を連れて家の奥へと消えた。私は憲兵に軽く会釈して、二階へ上がる。

(似顔絵…私からは見えなかったけど、やっぱり前のご主人様かな……男爵って言ってたし……)

 だとしたら、捜査に協力するのはまずいのではないだろうか?なにしろ、殺してしまったのだから……。死体はシロが風化させてしまっているから、ない。だから証拠は無いのだろうが、この屋敷に立ち寄ったことや、私との関係性が分かってしまえば、必然的にご主人様が疑われてしまう――

 些か暗い気分でご主人様の部屋のドアをノックすると、すぐにドアが開いた。

「なんだ?暗い顔をして……憲兵だろ?」

「分かってたんですか?」

 驚く私の反応を面白がるように、ご主人様は笑う。

「ああ。シロから聞いた。クロが応接間に通したんだろ?」

「はい。……あの……やっぱり…」

 ダッツ男爵とは、元ご主人様のことなのかと聞こうとすると、ご主人様は手で制して、私の言葉を遮った。

「大丈夫だ。おまえは出てくるな。俺に任せておけ」

「……はい」

「シロ。シュティレについていろ」

「はい」

 ご主人様の部屋にいたシロは神妙に頷いた。ご主人様が部屋を出て応接間に向かうと、シロは「ボクの部屋においで。一緒にお洋服でも作ろう!」そう明るく言って、私の手を引いた。

 

 

 シロの部屋には、布や糸なんかがたくさん置いてあった。机には服のデザインが描かれた紙が広げられている。

「昨日はカタログを貰ったからね!色々新しいアイデアが浮かんでて、紙に描き起こしたりしてたんだ♪」

「すごいね…」

 デザイン画は、一枚や二枚ではなかった。服や帽子、果てや靴に至るまで様々なデザイン画が、どこにどんな生地や糸を使うかなどの細かな指示も含めて書いてある。

「えへへ……とは言っても、趣味の一環だけどね。本当は町に出て、今の流行なんかも取り入れられたら良いんだけど……」

「シロは外に出られないの?」

「うーん…出られない訳じゃないんだけど、僕はクロみたいに人に化けたり出来ないから、どうしても目立つんだよね……これが犬とかだったらいいんだろうけど、大きなイタチなんて、そこらに居ないし……びっくりされちゃうでしょ?」

「確かに…」

 人の背丈程あるイタチなんて見たことない。ましてや二足で歩いて、言葉を話すなんて、人に見られたらちょっとした騒ぎになりそうだ。

「ご主人様が一緒にいたら、使い魔なんだなって思って貰えるし、魔法使いが多い地域なら、色んな使い魔がいるから、気にしないで歩けるんだけど、この町では特に、魔法使いはご主人様だけだし、ご主人様を良く思わない人もいるから、僕が出歩けば、ご主人様を宣伝して歩くみたいになっちゃうと思って、遠慮してるんだ」

 そう言ってシロは、少し落ち込むように耳を垂れる。

(何か力になれないかな…)

 そう考えてふと、以前のクロとシロの会話を思い出した。

 

 ――無理だよ。クロほど魔力はないもん。

 ――シュティレにもらえば?

 

 (でも、ご主人様には、渡したら駄目だって言われたしな…)

 シロには良くしてもらっているし、出来ることなら協力したい。

「……シロ」

「ん?」

「私の魔力を分けたら、変身の魔法が使えるようになる?」

「え……出来る…と思う……けど……ダメだよ。ご主人様に良いって言われてないもん」

 シロは落ち着かない様子でキョロキョロと視線が定まらない。

「私、ご主人様にお願いしてみる」

「…怒られるかもよ?ご主人様、怒ったら怖いし、道具のボクらじゃ反抗できないから、どんなお仕置きも甘んじて受けるしかない。……シュティレが痛い目に遭うのは、ボク……嫌だよ」

「シロは、ご主人様に痛いことをされたことがあるの?」 

「うん……最初の頃は。ボク、今はこんな感じだけど、カッとなるとすぐに斬り刻んじゃう癖があって……ご主人様に仕えるようになってから、ご主人様を悪く言う人とか見ると、殺したくなっちゃってたんだけど、"時と場合があるから、何でも斬るな"って怒られた。――ボク、自慢じゃないけど強いから、どんな奴にも負けたことないんだ。痛い目に遭ったことも無い。だから、ご主人様に出会って初めて負けて、お仕置きで痛めつけられた時、初めて斬られる痛みを知ったんだ。それから、斬るのも慎重になったし、ご主人様の命令が無いところで斬らなくなった……」

 シロは私の手を握る。

「ご主人様は強いし優しいけど、その分容赦しないところもある。シュティレには優しいけど、だからってお仕置きしない訳じゃないと思う。あんまりご主人様に意見しちゃ、ダメだよ」

「……分かった」

 確かに前は怒らせてしまったし、ここは慎重になったほうが良さそうだ。けれど、ご主人様はシロやクロを誤解しているところがあると思う。隙あればご主人様の支配から逃れようなんて、二匹は思っていない。むしろ、ずっと側に居たいと思っているんじゃないだろうか?そんな二匹なら、多少魔力が高くなったからって、制御出来なくなったりはしないんじゃないかと思う。

(そのことだけでも、言ってみてもいいかもしれないな…)

「……シロは、ご主人様が大好きだって言ってたよね?」

「うん!」

「どんなところが好きなの?」

「うーん……いっぱいあるからなぁ〜……まず、部屋をくれたし、魔法も教えてくれるし、頭を撫でてくれるし……とにかく、優しいの!……けどね、ご主人様自体はきっと辛いことがいっぱいあったと思うんだ……たまに寒そうにする時があってね……ボク、側に寄って暖めてあげようとするんだけど、"そんなことしなくていい"って…あっ!今のは内緒だった!」

「え?」

「ごめん!シュティレ。聞かなかったことにして」

「う、うん…」

 シロはそれから話題を服に切り替えて、挙げ句私を採寸したりし始めた。


 (寒そうにしていた…)

 聞かなかったことにしてくれと言われたけれど、私はその言葉が頭から離れなかった。なんとなく、ご主人様がそうする理由が、分かるような気がしたからだ。

(寒いんじゃない……きっと……恐いんだ)

 自分がされた恐ろしいことや記憶が突然蘇ると、悪寒がすることがある。病気になったのではないかと思う程に体が震えてどうしようもない……。その時の痛かったこと、苦しかったことを今再び味わっているように感じる。

 私の場合は、腕を噛まれたり、殴られたり蹴られたり、死なれたら困るからと、無理やり腐りかけのご飯を口に流し込まれた時の、死を意識する程の衝撃を思い出す。

 魔力を供給する為だけに居た私は、ご主人様の都合で魔力を渡し続けていた。けれど、魔力量や、魔力を収められる量は、人は生まれつき決まっているのだそうだ。それは最近知ったことだけど、それを知らない頃は、私の魔力を吸った後でも上手く魔法を使えなかったり、すぐに元の魔力量に戻ったりしたご主人様が居て、そうなったら必ず私のせいだったし、私もなんとかならないかと悩んだこともあった。おまえのせいで魔力が上がらない。わざと魔力を渡さないようにしているんじゃないか?反抗しているんじゃないか?と、調教と称して色々された。

 でも私は、一度だってご主人様に歯向かったことはない。ましてや、魔力を渡す量を自分で調節なんて出来なかった。でもそれを訴えても、信じてもらえなかった。

 やがては、私に関係ないことでも殴られた。日々のストレスを私に吐き出す様に、無意味に殴られたり蹴られたり……けれどふと我に返って、慌てて私を治療する……いっそ殺して欲しいと思ったことも何度もある。

(人はいつも、身勝手だ)

 私を欲しがる人はたくさんいて、よく殺し合い、騙し合いになった。誘拐という形でご主人様が変わったことも何度もあった。


「シュティレ?どうかした?」

「…え?……ううん。大丈夫」

「なら、良いけど……」

 シロは首を傾げたあと、紙にペンを走らせ、ふんわりしたドレスの絵を描いていく。

 敵を斬り刻む癖があるというシロが、洋服作りが趣味だなんて、意外すぎて信じられない。けれどそれがなんだか微笑ましくて、さっきまでの暗い気分が吹き飛んだ。

(私はもう、恐くない)

 この屋敷のみんなのおかげで、恐くなくなった。だから、今度は私が力になる番だと、私は気持ちを新たにした。

 

          ※

 

「そうですか……貴方様でも難しいですか…」

 幾らか落胆した様子の憲兵に、ご主人様は地図から顔を上げて、申し訳なさそうに眉を顰めて見せた。

「反応がないので、恐らくはこの付近にはいらっしゃらないのでしょうね」

 ご主人様はサイコメトリに使う、長い鎖のついた細長い紫がかった水晶を巻き取りながら言う。

「ありがとうございます。それが分かっただけでも進展です。また、相談に伺ってもよろしいでしょうか?」

「ええ。構いません。私も、この件は気にしておきます」

「よろしくお願いします」

 頭を下げて立ち上がった憲兵を、私はエントランスへ案内する。執拗に恐縮しながら屋敷を後にする憲兵の後姿を見送って、玄関のドアを閉めた。

(見つかるわけがない)

 男爵はシロが殺して塵にしてしまった。死体すらもない状態では、どんな鼻の良い犬であっても、魔法であっても見つからない。それと同時に、ご主人様が殺ったという証拠もない。その事実こそが不可解なので、賢い者なら魔法を疑うかもしれないが、消えたのは辺境の成り上がり男爵だし、特に政治的打撃はない。ろくに捜査もされずに、すぐに忘れられてしまうだろう。

 問題はそれよりも――

「前も思ったのですが、何故わざわざ殺したんです?ご主人様は、勝負をして正式にシュティレを得たのだから、男爵にはシュティレの返還を求める資格はないのではないですか?」

「そうだが、あいつ、しつこかったからな……追い払ってもまた来るだろ?その度に払うのは疲れるし、狭い町の中だ。シュティレがウィス・フォンスであることが知れて大事になりかねないから、早めに対処しただけだ。しかもあの男爵は家族とも仲が良くなかったからな。妻子に訴えられることも無さそうだし、殺したほうが楽だろ」

「そこまで分かっておいでなら、咎めませんけど…」

「けど、なんだ?」 

「ご主人様は追われている身なんですから、あまり目立つ行動はしないほうが宜しいかと思ったのです」

「そう怒るなよ。仕方ないだろ。シュティレを手元に置くためだ。多少のリスクは必要さ」

「……そうでしょうけど…」

「何だよ?俺を心配してるのか?」 

 ご主人様は私を試す様に覗き込む。図星だが答えたくなくてそっぽを向くと、ご主人様の忍び笑いが聞こえてきた。

(心配に決まっている……たった一人残された、ウェスペル家の……クリスティアーネ様の血を継ぐ存在だもの…)

 敬愛するクリスティアーネ様の孫息子。ウェスペル家は魔法使いの家系だったのに、クリスティアーネ様以外は魔法使いの素質を持っていなかった。そんな中生まれたご主人様は、クリスティアーネ様を凌ぐ程の素質の持ち主で、早くから英才教育されてきた。史上最年少で全寮制の魔法使いの育成校に入学したが、後半年で卒業という時に、突然学校を辞めると言って実家に戻ってきた。心配したクリスティアーネ様と一緒に様子を見に行った時には、ご主人様は別人のように静かになっていた。以前はとても明るく、社交的な性格だったのに……その時にちらりと心を覗いた時には、私が入り込めないほど強く心を閉ざしていて、微かに垣間見えたのは、他人への強い怒りと不信感だった。

 ご主人様は家族にも何も語らなかったが、その後の出来事で、ご主人様の身に起こったことを察するには充分だった。

 急に世間からの、クリスティアーネ様や御子息への風当たりが強くなり、クリスティアーネ様はあらぬ罪を着せられて投獄、御子息が経営していた貿易会社は倒産、一族は路頭に迷い、御子息夫妻は事故死。ご主人様だけが残された。

 その後間もなく、当時魔法界で絶大な権力を持っていた、魔法使いの育成校の学校長の訃報が流れ、それと同時にご主人様は姿を消した。

 クリスティアーネ様は、獄中で病に侵され、間もなく亡くなった。亡くなる前に私との契約をご主人様に譲渡したおかげで、私はすぐにご主人様の側へ来ることが出来た。

(でも、初めはなかなか心を開いてくれなかったっけ…)

 今でも素直とは言い難いが、最初はもっとだった。私に話し掛けることも少なかったし、ほとんど部屋にこもりきりだった。今なら少しは心が読めるくらいには距離が縮まった。


 「ご主人様。そんなことよりお茶にしませんか?きっとシロもシュティレも心配してますよ。安心させてやりませんと」

「…そうだな」

 ご主人様は軽く微笑む。

(結局私は、ご主人様のことを何も知らない…)

 かれこれ十年は一緒に居るけれど、ご主人様が隠れ住む理由も、これから何をしようとしているのかも、分からない。でも恐らく、学校の学校長を殺したのは、ご主人様なのだと思う。そして、学校長を殺したのは、何かの序章に過ぎないのではないだろうか。ウェスペル家が貶められたのは、きっと国の上層部絡みで、きっとご主人様はそれらに関係する何かに巻き込まれたに違いない。

 ご主人様が何を思って何をしようと、使い魔である私は反論も出来ない。だからこそ、心配ではある。いつかまた、心を壊しはしないか、死にかけたりしないだろうか……。

(私に出来るのは、最悪の事態にならないように護るだけ…)

 後にも先にも、それだけだ。けれど、そんなことをご主人様に言ったところで、"おまえはお祖母様じゃない。お祖母様の真似事なんてするな"と怒るだろう。やっと少し、心を見せてくれるようになったんだ。また閉ざされるようなことはしたくない。

「では、ご主人様は紅茶を出して下さいね。私はクッキーを作ります」

「……いや、逆だ。おまえにクッキーを焼かせるくらいなら、土を食ったほうがマシだ」

「まあ!」

 時々失礼なことを言うのは、可愛くない。まあ、料理が苦手なのは否定しないけれど、最近は少しはマシになったはずだ……。

「いいから、シロを呼んでこい。あいつなら"普通のもの"を作れる」

「……はい」

 精一杯膨れっ面をすると、ご主人様は吹き出した。

「分かったから、そんな顔するなよ。紅茶を淹れるのは、この屋敷ではおまえが一番だろう?適材適所でいこうじゃないか」

 笑いながら、ご主人様は私の頭に手を伸ばして撫でてくる。そのクリスティアーネ様譲りの笑顔に、私は弱い。恐らくは、ご主人様にもバレているだろう。

(可愛くないことを言うクセに、可愛いなんて、ずるい人だ…)

 結局私の機嫌はそれで直ってしまい、私は軽い足取りで、シロの部屋へと向かうのだった。

お読み頂き、ありがとうございました。

今回はクロの視点も入れてみました。

視点がコロコロ替わるのが苦手な方が居ましたら、すみません。分かりにくくならないよう、頑張ります。

 ちなみに、シュティレの前の主人の名前をどうしようか考えていた時に、何故か頭に、かの有名なハーゲ◯ダッツが浮かんでしまい、ダッツ男爵にしてしまったというのは、ここだけの話です。

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