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宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第四部

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46/47

46.心を繋いで

 「何か途轍もない魔力を感じて来てみれば……何をしている?喧嘩か?」

 ラクリス家当主で、ミアの父親でもあるアーバイン・ラクリスは、アダムとクラウスを交互に睨んだ。

「……ええ。喧嘩ですよ。お見苦しい所をお見せしました」

 アダムがそう言ってアーバインに向かって頭を下げる。

「……」

 クラウスはただ、地面を見つめていた。

「それにしては派手な魔力だったな。若者の喧嘩とはいえ、神聖な力を、無闇に使うものでは無いぞ」

「はい」

「……はい」

 アダムとクラウスの返事を満足そうに受けて、アーバインは視線をふと、シュティレに向けた。

「君は……」

「俺の、使い魔です」 

 シュティレに話し掛けようとしたアーバインの間に、すぐにアダムが割って入る。

「使い魔?……こんなに人に近い使い魔は、初めて見るな……ん?その髪色……まさかおまえ、ウェスペルか?」

「はい。アダム・ウェスペルと申します」

 アダムが名乗ると、アーバインの顔が曇った。

「そうか……おまえが、ミアの言っていたアダムか――娘はおまえを赦したようだが、私はそうはいかない。当時は子どもだったとはいえ、危険な研究に娘を巻き込んだことは、赦しはしない」

「俺も、赦していただこうとは思っておりません」

 毅然とした態度でアダムが答えれば、アーバインは片眉を上げた。

「そうか……だが、確か貴殿は、リィン国ではお尋ね者ではなかったか?釈明もせず、こんなところで何をしている」

「今年は再封印の年ですし、憲兵に捕まっている場合ではないでしょう?」

「……ふむ」

 アダムの言葉を完全には信用していないふうなのが、その様子から伺える。アーバインはもう一度ちらりとシュティレに目線を向けてから、今度はクラウスに向き直った。

「おまえは確か……」

「…クラウスです。クラウス・ディオン」

「ほう。ディオン家の次男坊か……おまえの兄はフォクスの屋敷に居るそうだぞ」

「ええ。知っています」

「あまり、兄の顔に泥を塗るなよ」

「……」

 それだけ言うと、クラウスからの返事は待たずに、アーバインは道を戻り始めた。

「ウェスペル殿は、後でフォクスの屋敷に顔を出されよ。間もなくリュト家の当主も到着される」

 そう振り返らずに言って、去って行った。

 

「命拾いしたな」

 アーバインが見えなくなると、アダムは座り込んだままのクラウスに声を掛けた。するとクラウスは、恨みがましい目でアダムを睨む。

「……命拾いしたのは、おまえのほうかもしれないぞ。ラクリス様は、おまえのことをよく思っていないようだったし、リィン国に通報するかもしれない」

「どうかな?少なくともそれは、このタイミングじゃないだろ。他の皆が信じているように、再封印をしないといけないし、その為には俺も必要だからな。……むしろ、おまえがどうなろうが気にする奴のほうがいないだろ。それこそ、今俺がおまえを殺していたとしても、アーバインは見逃してくれただろうさ」

「……くそう…」

 それはクラウスにも薄々分かっていた事だったので、クラウスは言い返せなかった。

「ご主人様…」

 シュティレはアダムを見つめる。何かを言いかけ、結局口を噤んだ。

「……分かった。"殺すな"と言いたいんだろ?」

 頼みを聞いてくれるのかと、シュティレの瞳は輝く。アダムは短く息を吐いた。

「まったく……おまえは本当に危機感というものが無いな。他人に甘すぎる……」

「でも、狙われていたシュティレが見逃すと言っているんですから、良いのでは?」

 クロも便乗し、シロも「ボクもそう思います」と頷いた。

「はぁ……シュティレ。クラウスのことは、任せる」

「ありがとうございます!」

 シュティレは軽く頭を下げては笑顔を見せる。

 そうしてシュティレはしゃがんで、クラウスに目線を合わせた。

「私は、アダム様の力になると決めたので、クラウスさんには協力出来ません。だから、私の事は、諦めて下さい」

「……そんな殺人鬼のほうが、良いのか?」

「殺人鬼じゃありません。アダム様は、ちょっと不器用ですけど、優しい人です。クロとシロが、契約が切れても傍を離れないことが、その証明だとは思いませんか?」

「……」

「クラウスさん。どんなに羨んでも、自分は自分にしかなれません。他の人が恵まれて見えることは多いですが、他の人だって、クラウスさんにはなれないんです。だから、あまり落ち込みすぎないで下さい。クラウスさんにだって、他人から羨まれる力があるんですよ。さっきの、たくさんの武器を召喚した魔法、すごかったです」 

「……シュティレ…」

 なぜだろう?とクラウスは思う。人権を奪われ、死にそうになったこともあるだろうに、なぜシュティレは、他者に寄り添おうとするのか。

「私も、私を好きになれるように頑張っています。私がついて行きたいと願った人と、守られるだけじゃなくて、隣に立って一緒に歩めるように。だから、一緒に頑張りましょう?」

 シュティレは笑顔でクラウスに手を伸ばす。クラウスが無意識にその手を取ると、シュティレはクラウスを立ち上がらせた。その時、シュティレの背後から、日没前の強い陽光が差して、辺りを黄金色に染め上げた。

(暁の女神…)

 時間は夕刻なので、"黄昏"と表記すべきであるが、この時のクラウスは、シュティレの姿に、伝説の暁の女神の姿を重ねていた。

 きっと暁の女神こと、マグノリア・ハーネットは、こんなふうに他者の心に希望の灯りを灯していったのだろう。

 シュティレの存在を初めて知った時、クラウスは、暁の女神の再来だと思った。だからこそ、それを独占しているアダムに腹が立ったわけだが……。

(これは……独占したくなる気持ちも分かるな…)

 虐げられても、希望を捨てずに前を向ける姿が、クラウスには眩しく映る。泥中に咲く花とは、このことを言うのかもしれないと。

 それで、しばらくシュティレを見つめていると、シュティレもクラウスの目を見つめ返してきた。シュティレのほうは、クラウスが前を向けるように激励しているだけだろう。

 両者の気持ちは噛み合っていないが、端から見る分には、心を通わせているように見える。その時、コホン!と咳払いが聞こえた。

「シュティレ。そろそろ行くぞ」

 クラウスからすれば女神に見えたシュティレも、シュティレにとっての神の言葉で、すぐにクラウスから視線を逸らした。

「あ、はい!……それでは、お元気で」

「……ああ」

 言いながらアダムに駆け寄るシュティレの背を見送りながら、クラウスはアダムに視線を移す。アダムの目は、射貫くようにクラウスを見返した。

(次近づいたら殺すって顔だな……わかったよ…)

 アダムなら、シュティレの目がない所で、クラウスを殺す選択をしかねない。流石にクラウスも、命は惜しい。せっかくシュティレも庇ってくれたのだから、大人しく引き下がったほうが良さそうだ。

(特別な人間っていうのは、居るものだな)

 シュティレが何と言おうが、アダムは特別だとクラウスは思う。経緯はどうであれ、周囲に天才と呼ばせただけのことはあると思う。

 だからこそ、なぜ?とも思った。

 なぜ、恵まれた環境から抜け出し、わざわざ日陰者になったりしたのか……。

(きっと俺には、分からないんだろうな…)

 二人を見ていると、自分がいかにちっぽけな存在か思い知らされる。

 去って行く背中を見つめながら、クラウスは一人、天を仰いだ。

  

           ※

 

 「はじめまして!『賛美のリュト』の当主、ハルモニアです!気軽に"ハル"とか"ハルちゃん"って呼んで下さい♪」

 アダム達がフォクスの屋敷に戻ると、褐色の肌に銀色の髪、透き通るような青い瞳を持った若い女性が、アダムの手を取って明るく自己紹介をする。

「ア、アダム…ウェスペルです」 

 流石のアダムも、これには圧倒されていた。

「うわぁ~!噂には聞いていましたけど、ウェスペルの当主さんはお若いんですね〜。私と同じくらいかな?」

「……二十五です」

「あ!やっぱり?私も!ちなみに、もう、許嫁とか居たりします?」

「……いいえ」

「奇遇ですね!私もなんですよ〜。リュトを継ぐのは、一族で一番歌が上手い人って決まりがあって、町のコンテストで優勝しなければならないんですが……今年の当主選びも兼ねた大会では、私が優勝しちゃったんですよねぇ〜。婿養子って、世の殿方はみんな嫌がるから、なかなか相手がいなくて困ってるんですよね〜」

「大変ですね…」

 ハルモニアの口上は止まらない。

「同い年なんですから、畏まらなくて大丈夫ですよ?……あ。"アダムくん"って呼んでいいですか?」

「お好きに…」

「……」 

 そんな様子を、シュティレはじっと見つめる。アダムが言い負かされているという珍しさもあるが、特に、ハルモニアとアダムの重なる手を凝視する。

「ライバル登場かしら?」

 クロは愉しそうに、ポツリと呟いた。

「ハルモニアさん。五家が揃ったので、そろそろ件の話し合いをしたいのですが…」

 見かねたラウレンスが声を掛けると、ハルモニアは瞳を大きく見開いた。

「あら!ごめんなさい。憧れのウェスペル家の方に会えて、つい舞い上がってしまいました」

 テヘッと悪びれなく言うと、「ささ、こちらへどうぞ!」と、ハルモニアはアダムの手を引いたまま、応接間に向かった。

 

 ――『おまえらは、この屋敷で借りてる部屋で

   待ってろ』

 

 ハルモニアに手を引かれながら、アダムは念話で使い魔に指示を出した。

 三名は目配せし合い、部屋に退った。

「ハルモニアさんって、何だか面白い人だったねぇ」

 シロが面白そうに言うと、クロも頷いた。

「そうね。あのご主人様が口を挟めないなんて、よっぽどだわ」

「……」

 シロとクロの話をぼんやり聞きながら、シュティレは一人、物思いに耽っていた。

(なんで、ザワザワするんだろう?)

 先程のハルモニアとアダムの様子を見てから、ずっと胸の奥がざわつく様な感覚があったが、それが何なのか、シュティレには分からなかった。

「シュティレ……それは、"嫉妬"よ」

「え?…しっと?」

 シュティレが訊き返すと、クロは微笑んだ。

「そう。さっきのクラウスみたいに、誰かを羨んだり妬ましく思ったりすること。あるいは……好きな人の心が、他に向いている気がして恨めしく思ってしまうことよ」

「好きな人の心が……」

 頭にアダムが思い浮かび、シュティレは慌てて頭を振った。

(確かにご主人様が好きだけど、嫉妬だなんて、そんな……)

 俗に言う、恋人のような関係では無いのだし、そうなることも出来ないだろうと、シュティレは思っていた。

「あら?どうしてそう思うの?良いじゃない。恋人になったって…」

 心を読めるクロは、すかさずシュティレにつっこみを入れる。

 シロだけが、話についていけずにポカンとしていた。

「そんなの……ご主人様に迷惑が掛かるもの…」

 きっとアダムは、道具としてしか、自分を必要としていない。触れてきたのだって、きっとたまたまだ。慰めが欲しかっただけ。

「じゃあ、シュティレは割り切れるの?」

「!それは…」

 クロは知っている。アダムにはこれまで、固執した女性は居なかった。アダム本人は認めたがらないが、アダムは相当シュティレに惚れているのだ。

 しかし、クロが簡単にそれを言ってしまうのは違う気がして、ただシュティレを焚き付けるだけに留めた。

「迷惑かどうかなんて、本人に聞かなければ分からないじゃない」

 アダムは今、シロとクロがアダムに向けていた信頼や愛情を認めた。シュティレの気持ちも、認めているはずだと、クロは睨んでいる。

「でも……」

「ご主人様に聞いてごらんなさい。今ならたぶん、答えてもらえるわ」

「うん……」

 シュティレはどこか、自信なさげに頷いた。

 

           ※

 

 アダムが部屋に戻ってきたのは、それから四時間後。五家で再封印の段取りを確認して、そのまま夕食を摂って戻って来たのだった。

 シュティレ達は、メイドが部屋に食事を運んでくれたので、部屋で食べていた。

「長丁場でしたね。お疲れ様です」

 クロがアダムに声を掛けると、アダムは疲れた様子で「ああ…」とだけ答え、椅子にどっかり腰掛た。

「再封印の手筈は整いましたか?」

「明日の朝、早速向かうことになった」

「では、早く休んだほうが良いですね。……行くわよ」

 クロは話を纏めると、シロの腕を引っ張って、続き部屋へのドアに手を掛けた。続こうとしたシュティレのことは、押し留める。

「へ?ボクの部屋は、こっちで合ってるけど?」と、シロはキョトンとする。

 アダムとシロはこの部屋、シュティレとクロが続き部屋を使っていた筈だった。

「アンタは本当にいつも、気が利かないわね!いいから、アンタはこっち!シュティレはこのままここでいいの!」

 クロは小声で怒りながら、シロを引っ張って行く。そうして、シュティレにウインクした。

「あ…」

 流石に今二人きりは困る。と言おうとしたシュティレの鼻先で、ドアが閉まった。

「シュティレ。そこで何をやってるんだ?」

 ふとアダムがシュティレに気づいて、声を掛ける。それでシュティレはゆっくり振り向いた。

「あ…えっと……」

「おまえの部屋はあっちだろ?……ん?なんだ、シロの奴が隣に行ったのか……仕方ないな。じゃあ、シロのベッドはおまえが使え」

「は、はい。――あの……ご主人様」

「ん?」

 声を掛けはしたものの、特に言いたいことが思いつかずに、シュティレは口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返した。

 アダムはその様子を不思議そうに見ていたが、やがてスッと目を細めて口の端を上げた。

「一緒に寝るか?」

「!?」

「なんだ。違うか……じゃあ、何が言いたいんだ?」

「いや、あの……」

(一緒に寝たいと言えば、寝てもらえるんだろうか…)

 シュティレが考えている間に、アダムはシュティレに近づいた。

「それとも……」

 アダムは言いながらシュティレの顎に指を掛け、シュティレの顔を上げさせて、驚くシュティレの唇にキスを落とした。

「これか?」

「あ…」

 またしてもシュティレは言葉を失い、耳まで真っ赤になってしまった。

「まったく……おまえはいつも初心な反応をするな……」

「ごめんなさい…」

「別に責めてはいない。……可愛らしいと、思っただけだ」

「か、かわ…!?」

 可愛らしいだなんて、アダムに言われたことがあっただろうか?と考えて、シュティレは更に恥ずかしくなった。

「ヒースの屋敷から戻って以来、ゆっくりする時間がなかったからな……まあ、今も忙しいが。――寂しかったか?」

「……はい」

 シュティレが俯きながらも小さく答えると、アダムはシュティレを抱き寄せる。優しく包み込むように抱かれて頭を撫でられ、シュティレは心地良さに目を閉じる。

(ご主人様はいつも、私を甘やかしてくれる…)

 嬉しい反面、申し訳なくも思って、シュティレは時々胸が苦しくなった。

 助けになりたいのに、結局いつも助けられてばかりだ。やっと魔法も使えるようになってきたのに、そもそも魔法を使える体ではないというのを証明するように、先程のクラウスとの時みたいに、ちょっと威力のある魔法を使えば、具合が悪くなってしまう。

 落ち込んでいても仕方がないと、何度も自分に言い聞かせているのに、結局いつもこの問題が表に出てしまう。

(恋人になりたいだなんて言えるほど、私はご主人様に追いついていない…)

 恋愛とは、対等な者同士で成り立つ感情だ。好きだと言ったわがままを、憐れみから受け入れてもらっただけでも、ありがたいと思うべきだし、この関係をどうしたいのかを決めるのは、アダムだと、シュティレは思っていた。

(だけど……)

 アダムとハルモニアの距離感だけで嫉妬してしまうほど、シュティレ自身は割り切れていないようだった。

 アダムは別に、ハルモニアに好意を持っていたわけではない。

 きっとシュティレは、すぐに自分の言いたいことや、やりたい事を実行する行動力のあるハルモニアを見て、自分にはそれが出来ていないと思って劣等感を抱いたのだと思う。

「……どうした?」

 考えていることが顔に出ていたようで、アダムがシュティレの顔を覗き込んだ。

「……私……ご主人様が、好きです」

「それは、知ってるが?」

「……それが、かなり自分勝手な好きなんです。――ご主人様に、私を見て欲しくて、独り占めしたくて……他の女の人に近づかれたくない、なんて思ってしまって……」

 ――自分が、こんなに汚い人間だとは思わなかった。

 今まで、過去の主人達が、シュティレを欲のまま好き勝手使う様を見て、自分はそうなるまいと嫌悪していたのに、そんな人達に通じる片鱗を、自分も持っていたことに、恐怖した。

「人間とは、そういうものさ」

 そうアダムは静かに言って、震えるシュティレの体を抱く手に、力を込める。

「他者を慮る美しさも、自分中心で利己的な一面も、両方あってこその人間だ。どちらもあるから、深みが出るというもの。たまには、譲りたくない願いの一つでもないと、人間は成長しない。停滞は死と同じだ。そういう意味では、おまえはやっと自分の人生を取り戻したのだと思うぞ。やりたいことも、叶えたい想いも見つけたんだろ?」

「……はい」

「それなら、好きにやってみるといい。俺は、他人に説教出来るような人間ではないが、おまえの主人として、支えになるくらいはしよう」

「――でも……ご主人様の恋人になりたい……なんて思うのは……悪いことですよね…」

(言っちゃった……)

 もう、後戻りは出来ない。拒絶されるか、受け入れられるか……どちらにしても、以前のようにはいかない。

「……フフ…」

 身構えていたら、アダムの口から笑いが漏れて、シュティレは驚いてアダムを見上げた。

「恋人か……俺とおまえは、それよりはもう少し深い間柄な気がするがな」

「え?」

「おまえは俺の道具だ。手足みたいなものだろ。例えば、クロは魔法の知識と他人の思考を教えてくれる、言わば俺の頭脳みたいな存在だし、シロは俺の武器だ。シュティレは、俺に魔力をくれるだろ?魔力は魔法使いにとっては血のようなものだから、おまえは俺の血液ってところか?……そうなると、ほら。恋人なんかより、深いだろ?」

「そうかも、しれませんけど……」

「なんだ?不満か?」

「あ、いえ!不満とかでは……」

 シュティレが自分の感じた感覚を説明出来ずにいると、アダムは、少しシュティレから目を逸らす。

「つまり……俺は、おまえが俺から離れたいと思わない限り、手放すつもりはないから……この関係性に、他人にも理解出来る呼び名は、たいして必要な気がしていないんだが……そうだな……おまえの感覚に合わせた答え方をするなら……俺も、おまえが好きだ。こうして触れたくなったり、おまえを取ろうとする連中は、殺すことも厭わないと、本気で思うくらいには」

 シュティレは、目を丸くしてアダムを見つめる。

「だから、おまえが俺を、独占したくなるくらい好きなのだとしても、それを悪だと悩む必要はない。おまえが俺に、身も心も捧げてくれているように、俺も、おまえの欲しい物をやろう」

「……良いんですか?」

 シュティレは心底不思議そうに言う。その様子が、アダムには歯痒い。 

 目の前の娘は常に、自分の価値を低く見積もる。他人から何を貰っても、憐れみ故に施されたのだと受け取る。自分が、それを受けるに値する存在であることも、自分も既に、他人に与えていたということにも、気づかない。

(馬鹿だな……俺がどういう人間だったか、よく知っているだろうに…)

 他人はおろか、使い魔の向ける信頼にすら、目を背けていた男に、ここまで言わせたのは誰だと思っているのか……。

「ああ。良いんだよ。……素直に喜べ」

 アダムは少々腹が立って、シュティレに強引にキスをした。そのまま、逃げ場を奪うようにシュティレを壁に押しつける。

(おまえがそういう態度なら、良いだろう。もう嫌だと言うまで、離してやらない)

 シュティレの人生の為に身を引こうと思っていたのに、今身を引いたら、シュティレはアダムが愛ゆえにそうしたことに気づかないだろう。最悪、やはり自分は愛されるに値しない人間だったと誤認するかもしれない。

 残念ながら、誤解されても、シュティレの為になるならそれでいいと思える程、アダムは強くなかった。せっかく閉じていた心を渡したのだから、見返りは欲しい。

(まあ、俺も似たようなものだったが…)

 他人の真心を信じられないのはお互い様だが、せめて自分に最も近く、手放したくないと思えた者の気持ちだけは、真実だと信じようと決めた。だから、アダムがそんな存在に対して紡ぐ言葉も、真実だとして受け取って欲しいのだ。――もちろん、これまでたくさん偽りを語ったことも、忘れてはいないが。

「…ん…」

 シュティレからうめき声が漏れて、アダムは我に返る。

「……悪い。苦しかったか?」

 アダムがシュティレから体を離すと、シュティレは潤んだ瞳で、首を横に振った。

「大丈夫です。――ありがとうございます」

「ん?」

 礼を言われる理由が分からなくて首を傾げるアダムに、シュティレは笑顔を向ける。

「"好きだ"って言ってくれて。……私も、大好きです!」

(ご主人様はいつも、私が欲しい言葉をくれる)

 だからシュティレも正直に、気持ちを伝える。ちゃんと感謝を口にする。

「それはさっきも聞いた。だが……ありがとう」

 照れ隠しか、アダムは目を背ける。

「そういえば……おまえの使役魔法も一度解けかけていた筈だな……どうする?掛け直すか?」

「え?」

 掛け直すかどうか、自分が決めていいのかと、シュティレが驚いていると、アダムは苦笑する。

「皆、使役魔法を強い魔法のように思っているが、これは掛けられる者の許可がないと発動出来ない魔法だ。それを無視して、強引に結ぶことも出来なくはないが、効力は落ちるし、縛り続ける為に魔力の消費が多いから、リスクが高い」

「そうなんですね…」

「使役魔法を掛けていれば、おまえの力も俺がある程度制御出来るし、念話とか、すぐ側に移動出来るとかの利点はあるが……おまえの意思で出来ることは減る。おまえももう、何も出来ない子どもではないし、あえて縛る必要はないんだが…」

「掛け直して下さい」

「え…」

 今度は、アダムが驚く番だった。

 シュティレは、先程までとは打って変わって、瞳に強い光を宿す。

「私は、ご主人様の傍を離れないと決めたんです。だから、間違って離れたりしないように、使役魔法で縛って下さい」

「……俺は、復讐は止めた。だから、おまえを道具にしておく必要も無くなった。おまえはもっと、自由に生きて良いんだぞ?もう、一人でやっていけるだけの力はある。上手く逃げる術さえ磨けば、どこでも行けるんだ」

 先程は自分に縛りつけようとしていたアダムだったが、こうも真っ直ぐに使役されることを望まれると、途端に居心地が悪くなった。他者に利用されることからずっと逃げて来たアダムにとって、受け入れはしたものの、あえて縛られに来る使い魔達の気持ちが、なかなか理解出来ないのだ。

(縛られないほうが、良いに決まってるだろ…)

 なぜ、わざわざ不自由を選ぶのだろうか?

 確かにシュティレは、不自由が当たり前すぎて、いきなり自由になるのは不安なのかもしれないが……。

「それでも……縛って下さい。ご主人様は縛られることの苦痛を知っている人だから、縛られない自由をくれようとするのかもしれませんが、私にとっての自由は、ご主人様と一緒に居ることなんです。ご主人様と離れている間に、それを実感しました。……愛しているから、一緒に居たいんです。私は、どこへも行きません。ご主人様を一人にはしません。その証明の為に、縛って下さい」

「一緒に居ることが、自由か……」

 それはなんだか、アダムのほうが縛られている感覚になったが、不思議と、嫌な感じはしなかった。

 シュティレはいつも、正直で真っ直ぐだ。言っている言葉には、裏表など存在しない。そのことを、アダムはよく知っていた。

 "ご主人様を一人にはしない"……そう言われて、なんと表現したら良いのか分からない気持ちが込み上げた。ゾワゾワとした熱が、全身に広がる。

「分かった。そこまで言うなら、使役してやる。……対価はなんだ?」

「必要ありません。ただ私が、ご主人様に尽くしたいだけですから」

「それは良くないな。自然界の理に反する。物事は全て循環するものだ。そうでなくては長くは続かないし、いつか破綻する。おまえが魔力を抜かれすぎて、死にかけたようにだ」

「……」

「おまえさっき、俺と恋人になりたいと思ったと言ったよな?」

「はい…」

「なら、対価はそれで良いだろう。おまえが俺に尽くすと言うなら、俺はおまえに、心をやろう」

「でも……そんなわがままな願いは、ご主人様の負担になるのではないですか?」

「ならない。俺も、おまえが好きだと言ったろう?それは、嘘じゃない。――信じ難いかもしれないが…」

「信じます!」

「じゃあ、問題ないな。……ただ、注意しなくてはならないのが、契約を破ることは死に直結することだ。今回は互いの心という、非常に移ろいやすいものを対価に縛るわけだが……後悔はないか?」

「ありません。……ご主人様は、大丈夫ですか?私みたいな子どもを、愛し続けるなんて……あの、嫌になったら、いつでも解術して下さいね。術者はご主人様なんですから…」

「分かってないな――まあ、いいか。おまえの心配が取り越し苦労だってことを、これからじっくり教えてやるさ」

 アダムはそう言って、シュティレのネックレスに触れた。ネックレスは僅かに熱を持ったが、すぐに引いた。

「これでよしっと。――さて、そろそろ休むか」

「はい。……あ、そういえば」

「なんだ?」

「昼間、ご主人様にと思って紅茶を買ったんです。明日、封印が終わったら、淹れてあげますね」

「そうか……ありがとう」

「はい。おやすみなさい」

 シュティレは返事をしながら、シロが使っていたベッドへ向かいかけるが、「おい。どこ行くんだ?」とアダムに呼び止められた。

「どこって……隣の部屋はクロとシロが使っていますから、私はシロのベッドを借りようかと……やっぱり、元の部屋に戻ったほうがいいですか?」

「違う。そうじゃない」

 アダムは言いながら、シュティレの腕を掴んで自分のほうへ引き寄せた。

「恋人っていうのは、一緒に寝たりするんじゃないのか?」

「え…あ……」

「嫌なら、別にいいが。おまえの好みだからな」

「い、いいえ!嫌じゃ、ありません!…い、一緒に、寝させて下さい」

 そうして、シュティレはアダムと一緒に横になる。すると、アダムが優しくシュティレを抱き込んだ。

(あったかい…)

 心地良くて、シュティレはすぐに眠りに落ちてしまった。

「――添い寝だけで満足とは……単純なやつだな。だが……こういうのは、俺からすれば"生殺し"って言うんだぞ」

 そんなシュティレの寝顔を見つめながら、アダムは毒づくが、その表情は柔らかい。

「そのうち、埋め合わせをしてもらうからな…」

 言いながらアダムは、そっとシュティレの額にキスをした。

お読み頂き、ありがとうございました。

『自由』とは、なんなのか?

今更ながら、そんなテーマを訴えられている気がしています。

アダムが捻くれ者だからか、皆の関係性が一言で表し難い状態になってはいますが、それでも彼らなりに、前に進もうと足掻いています。

一度解けた鎖を繋ぎ直した主従達が、何を想い、どこへ向かうのか……引き続きお付き合い頂けたら幸いです。

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