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宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第四部

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44/47

44.宿命と運命

 「兄さん!俺も同行させてよ!」

 ベージュとオフホワイトのチェック柄のタイルが敷き詰められた廊下を、二人の男が早足に歩く。一人は堂々と前を見たまま、一人は後ろからその背に追いすがるように歩いていた。

 追いすがっているのは、クラウス・ディオンで、クラウスの言葉を無視しながら歩を進めるのは、二つ上の兄でディオン家の次期当主、カイル・ディオンだった。クラウスと同じく黒髪だが、カイルの場合は短く切られ、前髪は後ろに撫でつけてあった。

 カイルは追い払ってもしつこい弟に辟易しながら、仕方なしに振り返った。

「此度の召集は、ドラゴンの再封印の為だ。遊びではないのだぞ」

「そんなことは知ってる!ただ、俺もルベール帝国に用があるから、ついでに連れて行ってもらえないかと思っただけさ」

「用か……まさか、またウェスペルの当主にちょっかいを掛ける気ではあるまいな?」

「うっ……ウェ、ウェスペルは、関係ない!」

「まったく……おまえは…」

 クラウスの態度が分かりやすすぎて、カイルは逆に哀れに思った。

 

 先週、ふらりと実家に帰ってきたクラウスは、幾分か大人しくなっていて、これまでのことを反省している様子だった。それで父親の許しを得て、これまで滞在していた。

 しかし、フォクス家から招集の手紙が来たのを知ると、途端に騒ぎ出した。自分も伝説の封印の地を見てみたいという理由だったが、カイルも他の家族も、真に受けてはいなかった。なぜならクラウスは、昔からテトを継ぐ者としての修行を真面目にしていたことはなく、遊んでばかりだったからだ。クラウスが伝説に興味があるとは、とても信じられなかった。

 それで、ウェスペル絡みかと思った訳だ。

 

 「おまえは信用がない。またディオン家の顔に泥を塗るような真似をしかねないからな。大人しくしていろ」

「そんな……」

 冷たくあしらうカイルに絶望し、クラウスはそれ以上カイルを追い掛けなかった。

(くそう!どうする?)

 実際の所、フォクス家は領主の家だし、場所は分かりやすいものの、問題は旅費だった。

 ディオン家がテトから受け継いだ魔法は、"転送"。ワープや召喚が代表的だ。その気になれば目的地まで一瞬だが、クラウスはそこまで長距離をワープで移動できる程の魔力は持っていなかった。

 なので結局、陸路でフォクス領に行く必要があったのだ。

「そんなことを言わずに、連れて行くだけ連れて行ってあげたらどうです?」

 その時、女性の声がして二人は振り返る。当主夫人――二人の母親だった。

「ですが、母上…」

「クラウスも反省しているし、大事な儀式の邪魔まではしないでしょ?」

「はい!もちろんです!」

 漁夫の利を得たとばかりに答えるクラウスに、カイルは溜め息を吐く。

(母上は、昔からクラウスに甘いからな…)

 クラウスを勘当して追い出した後、しばらく夫と口を利かなかったくらいだ。

「……分かりました。母上がそう仰るなら」

 カイルは、これ以上の会話が面倒になって承諾した。

「ありがとうございます!兄上」

「ああ…」 

 子どものような明るい笑顔を見せるクラウスを、カイルは複雑な気持ちで見つめた。 

 

           ※

 

 翌日。カイルはクラウスと共にフォクス領にワープした。

 その昔、テトは各地にワープ先のポイントを作り、道を作っていた。元々旅が好きな一族で、ころころ居場所が変わっていた故に、道も数多あり、その道やポイントの場所を一族に伝えていた。その道の中には、ドラゴンの封印の場所や、フォクス家屋敷も含まれていた。フォクスが唯一定住していたからというのが理由だ。

 そんな道の使い方やポイントの位置を受け継いでいたディオン家は、悪用されるのを避けるため、当主にのみ、その道を教えてきた。今は次期当主のカイルも、道を教わった一人だ。

「本来おまえには教えられない道だからな。今回だけだぞ」

 クラウスにしていた目隠しを外しながら、カイルは念押しする。

「分かってるよ。ここから先は、別行動でいいから」

 そう言ってカイルに背を向けたクラウスの肩を、カイルは慌てて掴んだ。

「おい!どこ行くんだ」

「ちょっと観光だよ。封印、頑張ってね。……あ、ウェスペルには、俺が居ることは言わないで。きっと煙たがるから…」

「分かった。気をつけろよ」

「はーい」

 

 軽い返事をして、訝る兄から離れたクラウスは、適当に角を曲がって町に紛れ込んだ。

 カイルの気配を感じなくなったところで、クラウスは足を止めた。

「さて。アダムに悟られずにシュティレに近づくには、どうするか……」

 それは、実家にいる間に散々考えた事だった。

 アダムを出し抜くには、使い魔達を引き剥がすしかないが、そもそも使い魔達は、アダムから離れない。それが役目だが、余程上手く縛っているのか、彼らはアダムに心酔している。簡単には離れない。

「だからこそ、俺はここに来る必要があったんだ」

 ルベール帝国は、魔法使いを虐げることはしない。良き隣人という立場だ。それは、かつて世界を滅びの危機に陥れたドラゴンが封じられた地であること、その封印を守っているのが魔法使いだからということが強い。

 そのこともあって、この国での魔法使いは、占い師やまじない師として生きている者が多い。天候を占い、災厄から身を守る為の護符や結界を張るなどしている。

 そんな背景からか、魔法薬の種類も多岐に渡る。中には、魔法使いに使う薬もあるというのが、この国もけして綺麗な部分だけはないことを物語っていた。

 しかし、今のクラウスには有り難い話だった。

(正面から行っても、アダムには敵わない)

 だから、この前の痺れ薬の時のように、意表をつく必要があった。

「魔法使い相手の薬は、普通の店には置いていないだろうから、慎重に探さないとな……頼むぞ」

 クラウスは、自分の足元の影に声を掛ける。

 すると、影から黒い犬の頭が覗いて、「ワン」と一声鳴いた。

 クラウスの使い魔は、影に潜むことが出来る以外は普通の犬と対して変わらない精霊だが、忠誠心が高いこと、探知能力が高く、特定の人物の匂いや魔力も嗅ぎ分けられ、索敵に向いていることから、重用する魔法使いは多い。よって魔法使いの間で飼育・繁殖されて、売買されている為、近年では、野生の個体はほとんど見られなくなった。クラウスの使い魔も、カイルの使い魔の子にあたる個体だった。

 今回は、魔法使い向けの魔法薬を扱う店の匂いを嗅ぎ取る。通常の店の奥や、魔法で隠された店がないか、嗅ぎ取ってもらうのだ。

「契約事を無効に出来る薬が、運良く見つかるといいな」

 悪い魔女などから、理不尽に結ばれた契約事を白紙にするための薬だ。それを使えば、使役魔法も解くことが可能だった。作り方が難解なため、なかなかに高価な代物だし、誰にでも売られているものでは無いが、なにも買う必要は無いのだ。

「ディオン家の名を出すか、渋るなら、勝手に薬を転送してしまえばいいのさ」

 転送の魔法は、実に悪用しやすい魔法だった。対象を任意の場所に送る事が出来ることから、乱用して盗みを働くことも出来る。

 ただ、魔法薬を扱う店が、そこを対策していないということは考え難い。だからそれは最悪の手段として、話を聞いてもらえる店を探さねばならない。

 他の家が集まる前、なんなら、封印をし直す儀式の最中までに、アダムに近づく必要がある。

 封印を掛け直す間は、使い魔達はどこかで待機するはず。狙うなら、そのタイミングだ。

「待ってろよ。アダム…」

 アダムからシュティレや使い魔達を奪い、目に物見せるため、クラウスは意気揚々と、町を散策するのだった。

 「あ、これも可愛い!」

「そ、そう?」

 クロは、目を輝かせてアクセサリーや服を持って来ては、シュティレに合わせている。

「服なら、ボクでも作れるよ」

 シロはそんな様子を、口を尖らせて見ていた。

「……余計な物は買わないからな」

 ただでさえ所持金がないのにと、アダムは店の柱に体を預けて、クロを睨む。

「分かってますよ。ただ、シュティレに似合うと思っているだけです」

「あんまり連れ回すと、シュティレが疲れるだろ」

「じゃあ、喫茶店に行って、甘い物でも食べましょう。ね?シュティレも甘味好きよね?」

「うん…」

 シュティレは困ったようにしながらも、小さく頷いた。横目でチラリとアダムを見る。

「クロ。おまえがしたいことに、シュティレを巻き込むな」

「だって、フォクスの屋敷の中は息苦しいんですもの。出来るだけ長く、離れていたいんです」

「それは、ボクも賛成…」

 黙って聞いていたシロも、小さく手を上げた。今日も目立つのを避けるため、シロも人型だ。

「分かった、分かった。じゃあ、俺がラウレンスに話して、フォクス領内のどこかに、家を持って来ても良いか聞いてくるから、おまえらは茶でも飲んでろ」

 アダムはそう言ってシュティレに財布を手渡した。それから、「好きなものを買って構わないが、全部使い切るのは止めろよ。あと、クロとシロに任せ過ぎるな。おまえに任せる」とシュティレに耳打ちする。

「は、はい!」

 シュティレは神妙に返事をして、落とさないように、財布をしっかりコートの内ポケットにしまった。

「おまえたちも、ちゃんとシュティレの話を聞けよ」

「了解しました」

「はーい♪」

 良い返事をする二匹を尻目に、アダムは踵を返して、フォクスの屋敷に向かった。

 

 残された一人と二匹――見た目には三人は、周りを見渡す。煉瓦造りの町並みは、人の往来も多く、どこか明るい。シロは観光マップを広げて、喫茶店を探した。

「北のエリアには、食べ物屋さんが多いみたいだね」

「じゃあ、北に行きましょう……シュティレもそれでいい?」

「うん」

「少し歩くけど、疲れたら言ってね!ボクがおぶってあげる♪」

「う、うん……ありがとう…」

 町中を背負われて歩くというのは恥ずかしい気がして、シュティレは内心、多少疲れても頑張って歩こうと決意した。

 服飾品を扱う通りを北に進むと、公園や宿泊施設が見えてくる。それらの先に、飲食店の並びがあるようだ。

「ルベール帝国って、大きな町が多いんだね〜」

 シロが楽しそうに周囲を見渡す。

「そうね。大陸一の発展国だもの」

「ねえ。あれ、何かな?」

 シュティレは、町の先にある大きな川の上に掛かる大きな橋の上を指差した。

 馬車を何台も繋いだような、長い箱状のものが、橋の上の道を進んでいる。何かが燃えているのか、先頭の箱の上に載っている煙突から、煙が出ていた。

「ああ……あれは確か、汽車ね」

「きしゃ?」

「そう。蒸気機関車って言ってね。石炭を燃やした熱で水を沸騰させて蒸気を生み出し、そのエネルギーを利用して汽車を動かしているのよ。馬車なんかより、もっと速いわよ」

「へぇ~」

「いつか乗ってみましょう」

「うん!」

 また一つ新しいことを知ったと、シュティレは嬉しくなった。


 やがて、飲食店が並ぶエリアに到着した。三名は、甘い香りが漂う喫茶店に入って行く。

 シロはフルーツがたくさん載ったタルト、クロはバターと蜂蜜のたくさん載ったパンケーキ、シュティレは果物や生クリームがトッピングされたプリンアラモードを注文した。

 それぞれが注文したものが配膳されると、三名は瞳を輝かせて食べ始め、味に感動した。

「シュティレ!こっちも美味しいから、食べてごらんなさい」

「ボクのもあげる!」

 二匹はシュティレに自分のスイーツを勧め、勧められるままそれらも食べて、シュティレはすっかり満腹になってしまった。

「お、お腹が苦しい…」

「食べさせ過ぎたわね…」

「ごめんね〜」

「ううん……私も、食べたかったから」

 二匹の気遣いが嬉しくて、シュティレは笑う。それを見た二匹も、釣られて笑顔になった。

「さて。次はどこに行こうかしら」

 クロは早くもマップを見始めて、シュティレとシロも一緒にマップを覗き込んだ。

「本屋さんは?シュティレ、本好きでしょう?」

 シロが提案すると、シュティレは迷う様にする。

「うーん……本は高価だし、あまり荷物になるような物を買ったら、怒られないかな?」

「そう?ご主人様はシュティレの欲しいものなら、何でも買ってくれそうよ?」

「な、なんか……それなら、ますます悪いよ……」

「シュティレは謙虚ねぇ〜……欲がなさすぎるわ。……まあ、そこが可愛いところでもあるけれど…」

 クロはポンポンとシュティレの頭を撫でる。

「じゃあ、どうしよう?まだ、ご主人様に呼ばれないし…」

 シロが首を捻ると、シュティレは「それなら…」と、言っては二匹を見る。

「ご主人様が好きな物って何かないかな?私、いつも貰ってばかりだから、何かあげてみたいんだけど……」

 二匹は顔を見合わせる。

「だ、だめ…かな?」

 シュティレが不安そうに首を竦めると、二匹は慌てて首を横に振った。

「そんなことないよ!ちょっと意外で、驚いただけ」

「ええ。そういえば、ご主人様に物をあげたことって無かったなと思ったのよ。いつも一緒に居るから、サプライズは難しいし…」

「じゃあ、決まり!」

 

 三名は付近の店を見て回る。

 花や雑貨や食器……様々見に行く中で、アダムが好きな物と言えば、紅茶では?と意見が纏まり、紅茶を扱う店に向かった。

「せっかくなら、いつも飲まない物がいいかもね」

 クロの提案で、茶葉の香りから探す。

「試飲も出来ますよ」そう、店主の男に声を掛けられ、三名はいくつかの紅茶を試飲する。淹れ方もあるのか、どの紅茶も香りや味が良く、選ぶのに難儀した。

「ここは、提案者のシュティレに決めてもらいましょう」とクロが言い、シュティレは目を丸くする。

「私の意見でいいの?あまり紅茶のことを知らないし、自信がないんだけど…」

「大丈夫だよ。シュティレが美味しいと思ったものは、きっとご主人様も喜んでくれるって」

 シロにも言われて、シュティレは悩む。

「なら……これで……」

 シュティレは、どこかスッキリとした甘さのあった茶葉を選ぶ。

「ご主人様は考え事が多いし……疲れてる時に飲んだら、癒されるかなって……」

 自信がなくてつい、言い訳してしまうシュティレだったが、二匹は、良い判断だとシュティレを褒めた。

「お嬢さんの優しい想い、きっと伝わりますよ」

 店主もにっこり笑って、茶葉の入った缶を紙袋に入れて、手渡してくれる。

「ありがとうございます」

 シュティレは紙袋を受け取ると、嬉しそうに抱えた。

「ボクが、持っててあげるよ♪」

「ありがとう」

 シロが荷物持ちを買って出て、シュティレはシロに紙袋を手渡した。

(初めて、私の意思で買い物したな…)

 何となく不思議で、夢見心地だった。この時間が楽しくて、ずっと続いてほしいと、シュティレは思った。


           ※

 

 一方その頃、アダムはフォクスの屋敷に戻って来たのだが、ちょうど現れたディオンの次期当主、カイルに捕まっていた。

「失礼ですが、ウェスペル家の当主、アダム様ではありませんか?」

 カイルに声を掛けられて、アダムは仕方無しに振り返る。

「はい。アダム・ウェスペルです。……とは言っても、ウェスペルを継いだつもりはないですが」

「やはりそうでしたか……お初にお目に掛かります。私は、カイル・ディオン。ディオン家の次期当主です。……恐れながら、ウェスペルを継いだつもりはないとは、どういうことですか?」

「言葉通りの意味ですよ。俺はウェスペルを継ぐつもりはないのです。しかし、封印のこともありますし、実質当主の器は俺しか居ないので、仕方無しに当主然としているだけです」

「そうでしたか…」

 カイルは複雑そうに顔を歪めたが、アダムはそれ以上の追求を避けるように、フォクスの屋敷のドアに手を掛けた。

「あなたも、封印絡みで来たのでしょう?俺が、当主に取り次いであげますよ」

「ああ、ありがとうございます」

 恐縮するカイルを連れて、アダムは屋敷に入る。近くのメイドに声を掛けて、カイルの来訪をラウレンスに伝えさせた。

 少しして、ラウレンスが奥の部屋から慌てた様子でやって来た。カイルと挨拶を交わしながら、三人でティータイムでもと、中庭に誘われた。

(面倒なことになった…)

 そうは思っても、この屋敷の主はラウレンスだから、結局は彼に従うしかない。

「流石はフォクス家のお屋敷ですね……広さもさながら、良く手入れされている」

「そんな、滅相も御座いません。これでも伯爵なので、威厳を保つ為にもわざと華美にしているに過ぎません。お褒めいただく程のものでは御座いませんよ」

「それにしても、ですよ。幾人か精霊が棲み着いているのですね。空気が澄んでいる」

 そこには、アダムも同感だった。

(風の精と水の精が居るな…)

 風の精は屋敷中を飛び回り、外の新鮮な空気を屋敷に循環させていたし、水の精は噴水に腰掛け、寛いでいた。気まぐれに水飛沫を飛ばすので、時々噴水の周囲に、小さな虹が掛かった。

(なら、火の精も居るかもしれないな…)

 アダムは、カイルとラウレンスの会話を聞くともなく聞きながら、庭に目を向けていた。

「後は、リュト家の方が来て下されば揃いますね」

 嬉しそうに言うラウレンスに、カイルは「ラクリス家の方は大丈夫なのですか?」と訊いた。

「ええ。偶然にも、アダムさんと行動を共にしていたご友人の奥方が、ラクリス家の方だったので、ついでに連絡して頂いて、数日以内に来て頂ける予定を取り付けることが出来ました」

「おお!それは、素晴らしい」

 盛り上がる二人に、とことんついて行けないアダムは、静かに紅茶を啜る。どのタイミングで、家の話を持ち出そうか思案していた。

(まあ、あいつらもたまには息抜きが必要だろうし、ゆっくりでいいか…)

 あまり早く戻っては、店を覗く暇もないだろうとアダムは思い、我ながら使い魔達に甘いと自嘲した。

「そういえばアダムさん。使い魔達はどうされたんです?」

 ふと、ラウレンスの注意がこちらに向いて、アダムはやっとかと思いながら、ラウレンスに向き直った。

「少し、気晴らしをさせています。彼らには、この家の結界が息苦しいようで…」

「そうでしたか……それは失礼を」

「そこで提案なのですが……俺の屋敷を、フォクス領のどこか高原にでも、一時置かせては頂けませんか?そうすれば、この地に居ながら、彼らを休ませる事が出来るのです」

「もちろん。構いませんよ。お好きな場所にどうぞ!……それにしても……アダムさんは、お優しいお方ですね…」

「は?」

「ああ、いえ……なんと言いますか……使い魔に、そんな配慮をする魔法使いは聞いたことが無くて……だからこそ、ウェスペルは使役魔法の名士なのでしょうね」

「それは、どうでしょう?たまたま俺のが、扱いが難しい連中なだけではないでしょうか」

「それなら、意思を無くしてしまう縛り方もあるでしょう?それを使わないでいても、縛れているのが流石としか言えません」

「確かに。ディオン家でも犬の精霊を使役していますが、あれは元々自分で思考をしない類のものですからね。扱いは難しくありません」

 ふとカイルが話に乗ってきた。ラウレンスは大きく頷く。

「そうですよね。ですが、アダムさんの使い魔は凄いのですよ。ほとんど人と変わらない思考をし、意思がある……姿も、人と見紛う程の形をとることが出来ていました」

「それはそれは!」

 なんだか話の流れが、また面倒なほうに流れ始め、アダムは密かに溜め息をついた。

「あの……それでは俺は、家の位置を動かしたいので、一旦退がらせて頂いても?」

「分かりました。構いませんよ。何か、困り事があれば、いつでもご相談下さい」 

 ラウレンスの手本のような笑顔に、軽く会釈を返して、アダムは中庭を後にした。

 

「はぁ……どいつもこいつも…」

 屋敷を出て町を歩きながら、アダムは先程の二人の様子を思い返していた。

(あの二人はきっと、家のことを誇りに思っているのだろうな…)

 自分とは違って――という言葉は、辛うじて呑み込む。

 きっと他の家の者も、ドラゴンの再封印を使命と捉え、嬉々としてやって来るのだろう。そう思うことこそが、正しいに違いない。

 しかし、どこまでもその感覚にそぐわないアダムは、やはり異端だと思う。まるで、この世界そのものに合っていないような……。

(考えるのはよそう。封印さえ終われば、静かになるのだから…)

 無理に思考を止めて、アダムは町を逸れ、林を抜ける。

「地図によれば、こっちの方は平原があったな……」

 なるべく人のいない場所を探して彷徨う。良さげな場所を見つけたら、使い魔達を呼ぼうと思っていた。


 「やぁ。アダム・ウェスペル」

 

 突然、背後から声が掛かり、振り返ると同時に何かが体に掛かった。それは無味無臭の、水の様な液体だったが、体に掛かった瞬間、僅かに目眩がした。しかし、背後に立っていた人物を見て、更に驚き、目眩どころではなくなった。

「っ!?クラウス…?」

 クラウス・ディオンが、笑顔で立っているのだった。

「そうだ。おまえに、借りを返しに来た」

「借り?……!!」

 アダムに思考する隙を与えないと言うように、クラウスは瞬時に右手に短剣を構え、アダムに突進する。それを咄嗟に風の魔法で防ごうとしたが、念じても、何故か魔法が発動しなかった。

(なぜだ?さっきの液体…か?)

 そうは思っても、理由を探っている暇はない。

「くらえっ!」

 斬りかかってくるクラウスから、身を翻して逃げたものの、急な動きに足が追いつかずに縺れ、地面に倒れてしまった。

「もらったぁー!!」

 クラウスの短剣がアダムに迫る。

「シロ!」

 ――シロを呼んだがしかし、何も起こらない。

 そこで初めて、アダムは自分に起こった事態について悟った。

「ウッ!」

 短剣がアダムの胸に刺さる。アダムが呻いて倒れ込むと、クラウスは高らかに笑った。

「ざまあみろ!人をコケにすると、こういう目に遭うんだ!覚えておけ」

 そう言いながら、クラウスはなぜか去って行かない。意味ありげに笑いながら、アダムを見下ろす。

「勘のいいおまえなら分かったかもしれないが、おまえに掛けた液体は、"一時的に魔法が使えなくなる"魔法薬だ」

「なる…ほど……」

 (つまりは、俺を傷付けるのが目的か…)

 魔法を使えなくして、使い魔を呼べなくした。そうして無防備になっている間に、アダムを傷付ける手筈だったのだろう。

「本当は、契約を無効化出来る薬が良かったんだが、なかなか見つからなくてな。代わりにこちらにした」

「…契約を無効…化…?」

 (使い魔を引き剥がしたかったということか?そんなことをして、何になる?俺を殺したいのか?)

 だが、それなら今留めを刺せばいい。

「せっかくだから、もっといたぶってやろう。……さて、ここで問題だ。主人が傷付いて、使い魔を縛る鎖の維持が難しい状態の時、使い魔はどうなる?」

(ああ……そうか……)

 アダムの使う使役魔法は、術者が使役対象より圧倒的に上である場合にのみ、成立する契約だ。"上"の定義は様々だが、簡単に言うならば、魔力が高い、力が強いだ。つまり、使役対象が逆らえないと感じる力が必要だった。

 それを踏まえ、今のアダムの状況は、魔法が使えず、怪我をして体も弱っている――圧倒的に、使い魔達より力が劣る。

「そうか……だから、おまえは、俺を殺さないんだな…」

 力により隷属されている使い魔は、主人の支配力が弱まれば、自由を求めて主人を狩ると、アダムはそう教わってきた。なぜなら、如何なる生き物も、他者に理不尽に縛られることを是としないからだ。

 それは、弱肉強食の理と似ている。弱い者は強い者に喰われる運命なのだ。

「そうさ!今に鎖が緩んだ事に気づいたクローディアか、シロが、おまえを喰いにやって来るぞ。そうなったら、終わりだなぁ!」

「……」

 短剣に毒でも塗ってあったのだろうか?アダムは体を動かせない。更には出血で意識が遠退く。

(これで、終わりか……呆気ないな…)

 本当は、自分の望んだタイミングで死にたかったのに、とアダムはぼんやり考えた。

(よりによって、クラウスか……)

 ヒースでも、他の貴族でもなく……ある意味、一番警戒していなかった人物だ。

(やっぱりあの時、殺しておけば良かったな…)

 ――喰われる時は痛いのだろうか?それとも、主人だったことを考慮して、息の根を止めてから喰ってくれるのだろうか?

(俺が死んだら、シュティレはどう思うだろう……)

 泣くだろうか?事態の元凶であるクラウスを恨むだろうか?いずれにしても、魔力の暴走を起こしはしないか心配だ。

(暴走したら、体に負担が掛かって、最悪死んでしまう…)

 自分の死には感慨が湧かないが、シュティレが死ぬのは、とても悲しいと感じる……今からでも、なんとかならないかと、意識の飛びそうな頭で考えた。

 

 しかしその時、強い風が吹いて、アダムは、思考する時間が終わりを告げたことを悟った。

お読み頂き、ありがとうございました。

クラウス再登場です。あの感じだと、また現れるだろうと思ってはいましたが、案外早かったですね。

にしても……アダム、無警戒すぎませんか?油断してたんですね。

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