↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第四部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/47

43.炎の申し子フォクス

 「国境近くに来たついでだし、このままルベール帝国に行かないか?」

 エレオノーラの復帰まで見守る間に逗留していた宿の部屋で、帰り支度をしていた皆に、ジャスパーは声を掛けた。それで皆は手を止める。

「いいんじゃない?アダムの家に戻ってから、改めて行くのも大変だし…」とミア。

「家の位置は自由に変えられるので、問題ありませんよ」とクロ。

「なら、行っちゃいましょう♪」とシロは、単純にみんなで外出出来るのが楽しい故に、深くは考えずに言っていた。

「私は……みんなの意見に従います」とシュティレ。

 そうして皆の視線は、アダムに集中する。

 アダムはと言うと、新聞を読んでいて、そこから顔も上げずに「分かった」と答えた。 

「本当に行っても大丈夫か?」

 アダムの素っ気無い態度が心配になったジャスパーは、念のためもう一度訊くが、アダムは再び縦に頷いた。

「ああ。……このまま黙っていても、フォクスの当主が俺を探しに来そうな気がするから、どうせ騒がれるなら、こちらから出向いたほうが、心労が少なくて済む」

「なるほど…」

 余程フォクスの当主に会いたくない様子に見えるアダムに、ジャスパーは少し同情する。

「アダムは、フォクスの当主に会ったことあるの?」

 ミアが訊けば、アダムは首を横に振った。

「ない。ただ、フォクス家の噂を聞いただけだ」

 初代のフォクスは初代ウェスペルとは意見が合いにくく、不仲というか、ライバルのような存在だったそうだが、後には、ウェスペルが最もウィス・フォンスに信頼されていたこともあり、フォクスの中で、ウィス・フォンス同様に神格化していた節がある。

「だから、ご主人様は会いたくないんですよね?」と、クロは意地悪そうに言う。

「ああ。会えばきっと、宿の手配だの晩餐会を開くだの、喧しいに違いない。実際、お祖母様が子どもの頃、当時の当主だった曽祖父が、ドラゴンの封印が守られて四百年目の節目だからと、パーティーに呼ばれたことがあったそうだ。もちろん、他の三家も居たが、その中でもうちだけ、なかなかの歓待ぶりだったらしい」

「そんなに手厚くしてくれるなら、かえって好都合じゃない?……あ、でも、今年は封印が解けるかもしれない五百年目だから……"共に再封印しましょう!"って、情熱的かもね」

 そう言ってミアが笑い、アダムは表情が暗くなった。

(なんで俺の周りにはいつも、喧しいのが集まるのか……)

 そう、アダムは内心で呟いていた。

 そんなアダムを、シュティレは心配そうに見つめていた。

 

           ※

 

 フォクス家の領地があるのは、ルベール帝国の東側に位置する地域だった。ジャスパーの親戚が居るのもフォクス領で、フォクス領自体、魔法使いの多い地域だった。領主が魔法使いということが理由の過半数だろうが、一部はドラゴンの封印が解けないように守る為の戦力として呼ばれた魔法使いが、そのまま領民として落ち着いたという場合もある。

 アダム達はそのまま、リィン国の南端の国境からルベール帝国に入国した。

 入国審査ではどうなるかとアダムは思っていたが、ジャスパーの親族がルベール帝国に居ることで、元々入国許可証を持っていたこと、アダムも、ウェスペルの当主の証である帯飾りを持っていたことから、細かいチェックはされずに入国出来ていた。

「当主の証を見せてしまったから、フォクスが嗅ぎつけそうだな…」

 アダムは終始不安そうにしていたが、残りの者は観光気分ではしゃいでいた。

 入国した北の国境付近はそこまでではなかったが、東に行くにつれ建物が増え、人が増えた。行き交う人々の人種も年齢も様々で、灰色の髪に桃色の瞳のシュティレの珍しさも霞むほど。

「さすが、大陸一栄えた国ねぇ〜!地方でこれなら、首都はどうなっているのかしら?」

 既にリィン国の首都並みの賑わいを見せる町々に、ミアは瞳を輝かせた。

「母さんの実家の辺りはもう少し長閑だけど、乗合馬車の停留所もあるし、田舎ってほど田舎でもないかも」と、ジャスパーは補足する。

 その時、「……ん?あれは?」とずっと進行方向を見ていたシロがふと、呟く。

 皆がシロの視線を追って前方を見ると、乗合馬車の進行方向に、馬車が二台、止まっているのが見える。更にその側に、帯剣し馬に乗った男が四人いるという大所帯だった。

 道を塞ぐように止まっているので、自然とこちらの乗合馬車も止まる。

 すると、馬に乗った男達のうち一人が、乗合馬車に近づいて来た。

「進路を塞いでしまい、申し訳ありません。我らはフォクス領の騎士団です。領主様のお客様をお迎えに上がりました」

 そう言いながら、騎士団の証の記章を見せる。それで、乗合馬車の馭者も客達もソワソワし始めた。

「――帰りたい」

 アダムがポツリと呟いて、それが聞こえていたシュティレは、心配そうにアダムを見つめた。 

 

 結局、騎士団が迎えに来たのはアダムで、国境の検問でウェスペルの名を聞き、気を利かせた検問の者が、伝書鳩を飛ばしたとのことだった。入国の理由を聞かれた際に、フォクス領に向かうつもりだと話していたから、当然と言えば当然なのだが――

(にしても、速すぎだろ…)

 アダムは、心の中で毒づく。

 いつ、どの時間の乗合馬車に乗るかなんて、なかなか分かるものではない。恐らく、通る場所ごとに見ていた人間が居たのだろう。

「ウィットマン様の親類も我が領の領民とのことでしたので、送らせて頂きます」

「ありがとう!助かるよ」

 ジャスパーはすぐに人の良い笑みを見せたが、他の者はまだ状況が飲み込めずに、固まっていた。

 

 そうして、ジャスパーとミア、アダムとシュティレと使い魔達というふうに馬車二台に分かれて乗り、一行はフォクス領を目指す。

 フォクス領は、ほとんど岩の連なりに見える急峻な山々が点在する地域だった。その為、天気が場所によってころころ変わった。晴れていたと思えば雨が降ったり、暖かいと思ったら寒くなったり……。特に今は冬を控えている為に、肌寒く感じることが多かった。

 そんなフォクス領の領主が住まうのは、この辺りで一番大きな山の麓だった。

「この山に、ドラゴンが封じられているのよ」

 興味深そうに馬車の外を眺めていたシュティレに、クロが声を掛ける。

「ドラゴン?」

 シュティレの頭に、本で読んだドラゴンが浮かぶ。鱗に覆われた体にコウモリのような大きな翼を持ち、鋭い牙を持つ大きな口から、炎を吐く……凶暴な生き物を連想する。

 それでシュティレが首を竦めると、隣に座るアダムが、その背中にそっと手を添える。

「大丈夫だ。出てきたりしないよ。そもそも、本当に居るかも怪しい」

「居ますよ。どんな姿かは私も知りませんが、封じられた者は存在する……初代ウェスペルを知る私には、分かります。――ですが」

 そこでクロは表情を和らげる。

「封印を掛け直せば、心配ないでしょう。少なくとも、ご主人様達が生きている間に復活することはないでしょうね」

「……やっぱり、やらなきゃ駄目なのか…」

 クロの言葉を聞いて、アダムは俯きながら呟いた。

 

           ※

 

 「ようこそ、我が屋敷へ!」

 宝石のように赤い瞳のフォクス家当主ラウレンスは、そう言って人懐っこそうな笑みを浮かべた。想像通り、アダムたちを熱烈に歓迎する。

 

 護衛と合流後、手配されていた宿に泊まりつつ、翌日の夕方、アダムたちはフォクス伯爵の屋敷に到着した。けれど、ラウレンスが招いたのはあくまでアダムたちだけだったようで、ジャスパーやミアとは屋敷に来る前に別れることになった。護衛はそれとなく親戚の家の場所を聞いて来て、自然な流れで別れた。ジャスパーはアダムたちに同行しようと話を持ちかけたが、そこは聞き入れられなかった。

 

「無理に友人を引き剥がして申し訳ない。こちらにも事情があるもので」

「いいえ。元々彼らとは、ルベール帝国に入ったのちに別れるつもりでしたので、気にしていませんよ」

「そうですか。なら、よかった」

 悪びれずに言うラウレンスの笑顔に、シュティレはなかなか警戒を解けなかった。悪意ではないが、ただ友好を築こうという雰囲気でもない。

(何を考えているのか分からない…)

 シュティレが警戒しているのが分かったのか、ラウレンスは一瞬シュティレに笑顔を向けた。

「っ!」

 良くないとは思ったが、体が先に反応してしまい、シュティレはサッとシロの影に隠れた。

「あらあら。嫌われたかな?」

「お気になさらず。こいつは、人見知りなんです」

「へぇ~。やはりウェスペルの使う使い魔は変わっていますね。クローディアは有名ですが、後の二匹は聞き覚えがない。人間に化けられるような強い魔物ばかり連れているとは、流石です」

「どうも」

 アダムは軽く頭を下げた。

 その後ラウレンスに案内されて、アダムたちは、城と見紛う程の大きな屋敷の中に入る。大勢使用人が居て、ラウレンスが通る度に皆作業を止めて頭を下げた。

「まずはお茶でも飲みながら、少しお話させて下さい」

 応接間に案内され、それと同時に茶と焼き菓子が運ばれて来た。途端にシロは目を輝かせて、アダムを振り返った。"食べてもいいか?"とその顔は言っている。アダムが呆れて頷けば、「いただきます!」と喜んで食べ始めた。

「おいしい〜!これ、どうやって作ってるんですか?」

 シロはマドレーヌを頬張りつつ、ラウレンスに尋ねる。

「おい…」

「構いませんよ。後でコックにレシピを教えさせましょう」

「ありがとうございます!」

「さて。ここで本題なのですが」

 ふと、それまでの笑みを消して、ラウレンスは表情を引き締める。

「最近の五家を、どう思います?」

「最近の――俺は生憎と、正式に当主を譲り受けたわけではないので、詳しい事は分かりかねます」

 アダムはそう答えることで、ラウレンスの興味を削ぎたかったが、ラウレンスは逆に身を乗り出して瞳を輝かせた。

「そうです!私は、まさにその事を言いたかった。……一つ確認ですが……あなたの使い魔達は、随分と自由意思があるようですが、口は固いでしょうか?」

 ラウレンスはちらりと、使い魔達に目線を向ける。

 その頃、「これ、おいしいよ!シュティレも食べてみてよ!」とシロがシュティレに菓子を勧めて、シュティレが遠慮がちに食べているところだった。クロも菓子とお茶を口にしては、満足気な笑みを浮かべている。三名とも、主人達など、お構い無しだ。

 アダムはふと表情を和らげる。

「ええ。普段自由にさせているからこそ、俺の命令には絶対服従しますから、ご安心を」

「そうですか……なら話しますが、これからする話は、他言無用でお願いします。領民にあらぬ不安を抱かせないためにも」

「良いでしょう。お約束致します」

「ありがとうございます……実は私は、現在、今までのように五家を存続させるのは、厳しいのではないかと思っています。私も先程あなたが言われたように、他の家の事を詳しく知らない。それこそ、どこで何をしているかということも。それに加え、我が一族に於いては、代を経る毎に魔力が落ちているように感じています。テトが滅んだように、他家でも同じことが起きているのではないでしょうか」

「そうかもしれませんね。ウェスペルだけを見ても、俺以外に魔法使いはいない状況ですから」

「やはり、そうなのですね……」

「それが、何か?」

 アダムが訊けば、ラウレンスは一瞬目を見開いては笑った。

「あなたは、危機感を覚えてはいないのですね…」

「俺は、あまり伝説に傾倒していないので」

 アダムは多くを語らなかったが、その短い言葉の中で、ラウレンスはアダムが思うことが理解出来たようだった。それで「…あなたにとっては、ウェスペルの名は重石なんですね…」と呟いた。

「私の一族も、後継者には難儀しました。単純に当主の子の中から選んでいましたが、魔力のない子どもが生まれて来たり、あってもあまり多くはなく、継承魔法を扱えるかどうか怪しい者もいました。かく言う私も、あまり魔法が得意ではないのです。そして、妻のナターシャは魔法使いですが、五歳の娘には魔力はありませんでした。今妻が妊娠中の赤子もどうなるかと思うと、不安で仕方がない……しかし……」

 そこでラウレンスの目は明るく輝き出す。

「ウェスペルだけは違う。当主になる者は、クローディアに振るいを掛けられ、必ず継承魔法を扱える者のみに渡されていたと聞きます。ウェスペルは元々、女神様に最も信頼されていた弟子でした。女神様の操る魔法を、ほとんど再現出来たと言われています。それに加え、ウェスペル家は、クローディアに当主を選ばせることで、必然的に初代に近い魔力量を持つ者が当主になっている……ウェスペルが居れば、再封印も夢ではないでしょう」

「――お言葉ですが……本当にドラゴンが封印されていると、信じていらっしゃるんですか?」

 アダムが訊けば、ラウレンスは剣呑な目つきになる。

「信じているのではなく、確実に"居る"のです。ドラゴンが封印されている山には、ドラゴンの力を欲しがる魔物がウヨウヨしていまして、兵士や冒険者に依頼して、封印の周囲の魔物を討伐してもらっているのです。……そこまでになると、信じざるを得ません」

「なるほど…」

「明日にでも、封印の場所へご案内しますよ」

 

 ラウレンスはなかなかに用意が良いというか、押しの強い男で、その後は豪華な晩餐会を開き、アダムが頃合いを見て帰ろうとすれば、旅の疲れもあるだろうから、まずは休息をと、屋敷の風呂を勧めてきて、風呂から出れば部屋が用意されており、あれよあれよと言う間にアダム達は、客間の中に居た。

「……」

 アダムは無言で部屋の椅子に凭れる。

「何だか、大変なことになりましたね♪」

 そうは言いながら、シロは楽しそうだ。

 人目があるからと、ずっと人の姿をしていたシロは、アダムと寝室に入った途端に変身を解いていた。疲れを取るように体を大きく伸ばしている。

 クロとは違い、変身の魔法の扱いに不慣れなシロは、長時間変身すると疲れてしまうのだった。

「そうだな。おまえは、楽しかったようだが…」

 皮肉も込めてアダムが言うと、「はい♪」とシロは悪びれずに笑った。

「こんなに長い時間、みんなとあちこち行けて楽しいです。これが、"りょこう"ってやつですか?」

「旅行とは少し違うが……まあ、少々気楽なのは確かだな。ただ……俺は少し仕事をしないといけないようだ。じゃないと、気楽な旅はここで終了だ。俺が仕事をするまで、ここに縛り付けられるだろう」

「ドラゴンの封印をし直すってやつですか?」

「ああ」

「なら、さっさとやっちゃいましょう!ボクも手伝います」

 どこまでもシンプルなシロに、アダムは苦笑する。シロを見ていると、出来事に対して常に最善を考えて動くことより、自分の気持ちを優先する動きのほうが自然なのではないかと思えてくる。あれこれ思い悩むアダムからすれば、シロは危うくも羨ましい存在だった。

 それでアダムは表情を和らげて、「そうだな」とシロの頭を撫でた。

「ただ、シュティレがウィス・フォンスと五家の連中に気づかれるのはまずい。だから、シロとクロには、シュティレの助けになってもらいたい」

「……五家の人も、シュティレを使おうとするってことですか?」

「いや。使うというか……神格化して、干渉したがるだろう」

「?」

「大事にしすぎて、閉じ込めてしまうかもしれないってことだ。特にこの国では、ウィス・フォンスの伝説は神話だ。他の家はまだしも、フォクス家はそうだろうな。だから、シュティレが悪用されないように守ると言いながら、閉じ込めるだろう。不自由はないだろうが、シュティレは自由に出歩けなくなる。もしかしたら、ドラゴンを倒す為に再来したマグノリアの生まれ変わりだとか、言われてしまうだろう」

 言いながら、自分も同じことをしていたなと、アダムは思った。やはり自分も、シュティレを幸せにはしない。真にシュティレの幸せを願うなら、シュティレの自由意思に任せることが必要だった。

「そんなぁ!なんとかならないんですか?」

「だから、シュティレの本当の魔力量を知られてはならないんだ。その為に、また口裏を合わせないとな」

 アダムは言いながら、この客間の隣、続き部屋になっている部屋へ通じるドアをノックする。すぐに「はい」とシュティレの声がした。続き部屋には、クロとシュティレが居る。

「少しこっちへ来て話せるか?クロも一緒に」

「はい。行きます」

 すぐにドアが開いて、シュティレとクロが入ってきた。

「今度は、なんと言って誤魔化すおつもりですか?」と、クロは楽しい話をねだる子どものような明るい瞳をしている。

「誤魔化すも何も、シュティレはフォクスの勘違い通り、使い魔ということにする。そうすれば、魔力があるのも不思議には思われない。少し抑える力が緩んでも、誤魔化せる」

「無難ですね」

 流石に魔法使いの所有する使い魔のことを深掘りしてくる者は居ない。特に使役魔法の名士のウェスペルなら、他者が知らないような珍しい使い魔が居ても驚かれない。

(ジャスパー達や姉さんにも、最初からそう言っておけば良かったな…)

 今更ながら、アダムはそのことに気がついた。ウィス・フォンスだ道具だと言いながら、アダム自身が一番、シュティレを人間扱いしていたようだ。

「私は、クロたちと同じ、使い魔……分かりました」

 シュティレは真面目に自分の役割を確認する。

「そうだ。ただ、注意しろ。これからこの屋敷で会う人間は、優秀な魔法使いがメインだ。フォクスのことだ。他家にも報せを送って、この屋敷に五家を集めるに違いない。そいつらの目に触れれば、おまえが人間であることに勘づく者も現れるかもしれない。たがら、クロとシロの側を離れるな。必ずどちらかと一緒に行動しろ」

「はい」

 神妙な顔で頷くシュティレを見て、アダムは笑う。

「そんなに構えなくていい。封印さえ終われば、またウェスペルの本邸で、ひっそりと暮らせばいいのだから」

 アダムがそう優しい声音で言うと、強張っていたシュティレの表情が緩んだ。

 

 翌日。優雅な朝食を取った後、アダム達はラウレンスと共に、屋敷の裏手にある山の中へと足を踏み入れた。封印を守る為か、基本的に道は舗装されていなかった。草も刈り取られていない、自然そのもの山の様子に、どうやって迷わずに封印の場所へ行くのかとアダム達が思っていたら、ラウレンスは槍のような魔法の杖を取り出して、小さく呪文を呟いた。すると、地面に転がる石のいくつかが、薄赤く発光し始めた。それが山の奥まで続いている。

「この山の中に、私の魔力を写した石が複数あって、その石を目印にしているんです」

「それは便利だ」

 アダムが感心すると、ラウレンスは照れて、はにかんだ。

 なかなかに急峻な山道に苦労しながら山頂付近に差し掛かると、

「!」

 山の気配がそれまでと一変するのが、アダムには分かった。

「ご…ご主人様……ここ、は……」

 珍しくシロが立ちすくみ、体を震わせる。

「シロ…」

 青い顔をして冷や汗を流すシロに、シュティレはそっと寄り添った。余程の恐怖なのか、シロの変身魔法が解けかけ、顔の形が元のイタチのようになりかけていた。

「おまえが恐怖するのは珍しいな。やはり、それだけの存在なのか…」

 魔物ゆえ動物的本能が強いシロは、瞬時に相手の力量を測る。そのシロが、自分では敵わないと恐怖する程の何かが、ここにはあるようだ。

 アダムは、シロを安心させるようにその背を軽く叩きながら、眼前を睨む。

 確かにアダムも、息苦しい程の威圧感を感じていた。何者かにじっと睨まれているような居心地の悪い気配だ。

「これはなかなか…」

 そんな中、クロは場違いな笑みを見せる。それが可愛らしい少女の顔とあって、見る者の目には異様に映った。

「その余裕……まさか、あなたが『クローディア』ですか?」ラウレンスが驚いて声を上げる。

「ええ。如何にも。……ですが今は、『クロ』で通しております」

 クロは笑みを深くして、優雅に礼をして見せた。

「それはそれは……流石は初代からウェスペルに仕える使い魔だ。これほどの気配に恐れを抱かないとは…」

 ラウレンスが感嘆している中、「この岩山が、そうですか?」とアダムが訊いた。

 皆の目の前には、見上げる程の岩が見える。かなりの幅と奥行きがあり、デコボコとしている。所々雑草が芽吹いて、花を咲かせている箇所もあった。そんな岩山から、強い気配を感じる。

「そうです。以前はここまでの気配はなかったのですが、予言通り五百年目だからか、最近はどんどん気配が強く感じられるようになりました。それに応じて、何者も側へ寄り付かなくなったのです」

 ラウレンスは言いながら、辛そうに額を押さえる。

「大丈夫ですか?」

 アダムが声を掛ければ、ラウレンスは微かに笑って頷いた。

「はい……私には、封印から漂う力が強すぎて、不調になってしまうのです……アダムさんは平気なようですね…」

「少し居心地は悪いですが、大丈夫です」

 答えながらアダムは、シュティレに目を向ける。シュティレはアダムと目が合うと、小さく頷いた。シュティレも問題ないようだ。

「そうですか……流石ですね……ですが、これでお分かりでしょう?どんな姿にせよ、こんなものを解き放ったら、大変なことになるに違いありません」

 これにはアダムも、黙って頷いて同意するしかなかった。

「実は今、各地に遣いを飛ばして、五家の皆を集めている所なのです。今朝もディオン家から返信があって、こちらに向かっているとのことでした。皆が集まったら、再封印を試みましょう」

「分かりました」

 

 一行はその後、山を下りた。

 他家が集まるまでの間、好きに過ごしていいと許可を貰ったアダム達は、少し町に出てみることにした。

「封印より、倒してしまったほうが良いのでは?ご主人様とシュティレの力があれば可能でしょう」

 クロは何でもないことにように言ったが、アダムは首を捻った。

「本当にそうか?なら、暁の女神が倒せなかった理由はなんだ?初代が一番魔力があっただろ。……さてはおまえ、ドラゴンがどんな姿か見たいだけじゃないか?」

「……バレましたか」

 テヘッと戯けて見せるクロに、「それは危ないよ!」「あんなのが起きたら、大変だ!」と、シュティレやシロから野次が飛んだ。アダムもそれに合意する。

「シュティレとシロの言う通りだ。リスクが大き過ぎる」

「……せっかく五百年間、楽しみにしてきたのに…」

 クロはとても残念そうに俯いて、トボトボと歩く。「何のために今まで、ウェスペルに従っていたと思っているの……」と、ブツブツと文句を言う。

「俺と共に居ることと、ドラゴンを見ること。どちらが大切だ?」

 問われてクロは、ハッと顔を上げた。

「それはもちろん、ご主人様の使い魔でいることのほうが、重要に決まっています!」

「そうか。なら、異論はないな」

「……はい」

 それきりクロは大人しくなったが、再封印は難しいかもしれないと、本当のところは、アダムも薄々感じているのだった。

お読み頂き、ありがとうございました。

魔法は受け入れられ、発展しているようだったのに、古の魔法使いの力は失われつつあるようです。

それが凶と出るか吉と出るか……。

復讐を止めたのに心労の絶えないアダムでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。