↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/47

37.静かなる反逆

 ――起きて……起きて……。

 

 頭の中で声がする。女性のような優しい声だが、眠気が強い。声に応えたくなくて、蹲った。

 

 ――起きて……起きて……。

 

 無駄とは分かっているけれど、反射で耳を両手で塞ぐ。それでも声は容赦がない。哀願するように、または急かすように呼びかけ続ける。

 

 ――起きて……アダムに、会いたくないの?

 

「っ!?」

 "アダム"という名に反応して、目を開けた。

 目を開けたのに、開けていないのではと錯覚するほど、辺りは闇に沈んでいる。それでまだ深夜と分かる。今夜は新月だから、余計に暗く感じた。

「……」

 シュティレはゆっくりとベッドから体を起こした。まだ頭がはっきりとしない。それで自然と動作はゆっくりになっていた。

 

 ――おいで……おいで……"当主の部屋"へ…。

 

「とうしゅの……部屋?」

 そんな部屋があっただろうかと考えていると、シュティレの頭の中に、この家の映像が浮かんでくる。シュティレがいるのは階段を上がってすぐにある二階の部屋だ。その部屋の向かいは書斎。その横にもう一つ部屋があった。映像がその部屋の前で止まる。

「でも、その部屋は鍵が…」

 その部屋のドアには、他の部屋にはない、錠前がついていた。この家のどの部屋にもドアに鍵穴があって施錠出来るようになっていたが、その部屋だけには、鍵穴とは別に、錠前もついていた。なんの部屋なのか不思議だったが、アダムやクロがその部屋に出入りする様子もなかったので、今まで訊かずにいたのだ。


 ――鍵は、開けてあるわ。安心して、おいで…。

 

 シュティレが不思議に思っていると、再び声がした。

(行っちゃいけない…)

 シュティレは咄嗟にそう思ったが、好奇心に駆られてもいた。

(家の言葉を聞いちゃいけないって、クロが言ってた…)

 アダムがいないせいなのか、二ヶ月前にこの家に来てからずっと、事ある事に"家"の声がしていた。それも、決まって側に人がいない時や、一人で眠っている夜に多い。心配したクロが一緒に寝てくれたこともあったが、そういう時は大抵クロが徹夜で見守ってくれていたので、流石に悪いと思ってここ数日は断っていた。

 実際、何か害があるわけでもなかったし、名を呼ばれるだけで、無視していればどうということもなかった。

 しかし、今夜は様子が違った。

 

 ――大丈夫。大丈夫。見せたいものがあるの……。

 

 声は宥めるように優しく響く。

 

 ――勝手に入ったからって、怒られないわ。誰も、見ていないもの……。

 

「い…行かない!」

 シュティレはそう言って毛布を被った。そうやって拒絶の意思を示したのに、声は止まなかった。

 

 ――アダムに、会いたくないの?

 

 誘惑するように、どこか含みのある調子で家は言う。

 ご主人様は大事な仕事中だから、今は会うわけにはいかない。とシュティレは自分を戒める。ジノン卿の屋敷にいるのだから、気軽に会ったりしては、シュティレを狙うジノン卿の思う壺だ。

 

 ――アダムが、死んじゃうかもしれないのに?


「へ?」

 "アダムが、死んじゃう"……そう聞こえて、シュティレの心臓が大きく脈打った。無視をしようと決め込んでいた心が揺れる。

 

 ――今なら、その未来を回避出来る。

 

 シュティレの動揺を悟ったように、声は続ける。

 

 ――"当主の部屋"にある水晶を覗けば、全てが分かるわ。だから、見においで……。

 

「――わかった」

 アダムに危険が迫っていると言われては黙っていられない。

 シュティレはベッドから出て、"当主の部屋"に向かった。

 

「開いてる…」

 確かに、部屋のドアについていた錠前が外れて、ぶら下がっている。きちんと見た記憶はないが、少なくとも外れていたら気がつく筈だ。しかし、昼間は外れていたことに気づかなかった。いつから外れていたのだろう?

「まさか……"家"が?」

 

 ――そうよ。ここは私の体の中なんだから、出来ないことなんか無いわ。

 

 シュティレが疑問に思っていると、すぐに家が答えた。見張られている気がして、些か気分が悪くなったが、気を取り直してドアノブに手をかけた。開くと、ギィーとかなり大きな音がして、シュティレは竦み上がった。誰か起きやしないかと、周りを見渡す。

 

 ――大丈夫。みんな、ぐっすりよ。 

 

 再び家が言う。

 ひとまずそれを信用して、シュティレはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。

「ッゲホ!ゲホ!」

 長らく誰も入って居なかったのか、部屋の中はかなり埃っぽい。服の裾で鼻と口を押さえながら、シュティレは部屋の中を見渡した。

 椅子や机、書棚に加えて、置物や宝石が置いてある。石や粉や植物が一つ一つ小瓶の中に容れられて棚に並んでいたり、立派な装飾のついた量りが置いてあったり、大きな釜があったりと、何だか薬剤師の調合部屋のような様子だった。

 

 ――机の上に、赤い布の掛かった置物が見える?それが水晶よ。布を取ってみて。

 

 声に促されるままに布をめくると、透明な球体が姿を現した。以前、杖を作ってもらった時に使った水晶よりも大きい。人の頭の大きさ程もある水晶だった。

 布を被っていたからか、透明度が高く、綺麗だった。思わず水晶をじっと見ていると、水晶が一瞬キラリと光った。それに驚いていると、水晶に映る景色が変わる。

 石畳の敷かれたどこかの庭…だろうか?整地された広場の周囲には花壇が配置されている。そんな石畳の上に、人が立っている。こちらの視点では、その人物が背を向けているので誰だか分からない。

 やがてその人物がこちらを振り向く。

「ご主人様…」 

 その顔はアダムのものだった。どこか驚くように目を開く。すると、右横から誰かの手が映り込んだ。その手には短剣が握られていて、その短剣をアダムの胸に向かって突き立てた。

「ッグ…!」

 アダムは苦しげに呻いて倒れ込む。

「ご主人様っ!!」

 シュティレはそれが水晶が見せる映像であることを忘れて水晶に手を掛けて叫んだが、その瞬間映像は歪み、光を失った。それから水晶は"当主の部屋"の室内と、青褪めたシュティレの顔を映すのみになる。

「今のは何?ご主人様は?!」

 答えて欲しくて、水晶を強く掴んで声を上げるが、水晶は沈黙したままだ。

 

 ――今のは、これから起こり得る未来の話……。現実になるかどうかは、これから次第……。

 

「ご主人様が死んじゃうってこと?どうしたらいいの?教えて!」

 

 ――教えたら、話を聞いてくれる?もう、無視しない?

 

 「しない!しないから、教えてっ!」

 

 ――それなら……

 

 「シュティレ!」

 

 その時、シュティレの背後から声がした。シュティレが驚いて振り返ると、そこには人型のクロの姿があった。

「クロ!どうしよう!ご主人様が!ご主人様が、死んじゃう!」

 シュティレは目に涙を浮かべてクロに縋り付く。

「どうしたの?一体…」

 戸惑いながらもクロは、正面の机の上にある水晶を見つけて、顔を顰めた。

「……水晶を見たの?」

 そう静かな声でシュティレに問うと、シュティレは弾かれたように顔を上げては、何度も頷いた。

「ピカって光って、庭が映って、それで、ご主人様が…!」

 後は声にならずに、嗚咽に変わった。

「大丈夫。大丈夫だから、泣かないで…」

 クロはシュティレを宥めながら、虚空を睨む。

(アンタの仕業ね。"家")

 確かに水晶は、過去、現在、未来の様子を見ることが出来るが、それなりに練習が必要だった。魔力があれば誰でも水晶を扱えるが、自分が見たいものが見られるかどうかは練習次第。慣れないうちは、現実ではない適当な幻影を見せられてしまうことも少なくない。

 家は、シュティレに何を見せたかったのか……。

 クロには、家の声は聞こえて来ない。シュティレが不思議な声がすると言った時から、会話出来ないか試みたが、クロの問い掛けには応えなかった。ただ、クロがシュティレの側にいれば、シュティレが声を聞くこともなかったので、シュティレに話し掛ければ、クロにも聞こえる声なのではないかと思っていた。

(この部屋には、鍵が掛けてあったはず…)

 しかし、家の中のことだ。鍵を開けるなど、造作もないのかもしれない。

(当主不在で、家も好き放題のようね……やっぱり、ご主人様に正当に家督を継いでもらうしかないかしら…)

 それか、家に掛けた魔法を解くか……。

 クロが睨み続けても、家は何も言ってはこなかった。

 「すごい騒ぎだったな」

「そうだな」

 サンルームの入り口に体を預けて、クラウスがウエスに話し掛ける。対してウエスは、花壇の花と花の間の雑草を抜いていた。

「屋敷中が大騒ぎだって言うのに、おまえは随分落ち着いているんだな」

 今から一時間前、ジャスパーとの対話中に突如として突風が巻き起こり、ガスパールは負傷し、ジャスパーとミアが姿を消した。 

 それからはガスパールの治療や突風で壊れた応接間の窓の修復や荒らされた部屋の掃除などで家人は大忙しだった。クラウスも逃げた二人の捜索を任されたが、当然アダムの命による出来事であるから、探すフリだけをして、屋敷に戻ってきたのだ。

 別にクラウスは、スパイとしての功績を果たしたとして褒美が欲しい訳ではなかったが、何となく、この場所に足が向いた。

「私はただの庭師。私に出来るのは、花木のことだけだよ」

 しかしあくまで淡々としたウエスの様子に、クラウスは鼻白んだ。

「そういえば、上手く逃げたようだぞ」

 クラウスは不機嫌さながら、ぶっきらぼうにそう言った。言わなければならないから言ったと、その顔は物語る。

 それにもウエスは「そうか」と顔を上げずに答えた。クラウスは更に気分が悪くなって、「放って置けば良かったんじゃないか?」と言った。

 それでようやく、ウエスの瞳がクラウスを見つめた。その瞳は、奇妙な光を称えている。

「放っては置けない。あの場では、始末するか逃がすかの二択だった」

「っ!」

 予想だにしなかった言葉に、クラウスは息を呑む。目の前の人物の心の内が分からない。発せられた言葉があまりにも感情を欠いていて、クラウスを恐怖させた。しかし――

「ただ、殺すのは良くない気がした」

 そう言った声は一転して、柔らかい。  

「え…」

 驚くクラウスに、ウエスはようやく笑みを向けた。

「次誰かを殺したら、見たくない泣き顔を見そうだから…」

「それは、どういう…」

「さて。私の役に立ってくれる気があるなら、この花をお嬢様の部屋に頼む」

「お嬢様って……リディアお嬢様か?」

「そうだよ」

 ヒースには子どもが三人いる。長男カスピアン。その一つ下に長女ナタリア、五つばかり離れて次女のリディアだ。そのうち長女ナタリアは結婚して家を出ている。リディアは今年で十三になるが、幼少の頃から体が弱くて、ちょっとしたことですぐ熱を出して寝込んでしまう。故にほとんど部屋から出ていない。王子の側室にという話もある娘だったが、このまま病弱では、その話も白紙になりそうだと、ヒースは焦っているらしい。

 クラウスは花をしげしげと眺めて首を捻る。

 どこか不思議な光沢のある、青い花弁の花だった。

「なんだ?この花……こんなの、この屋敷にあったか?」

「妖精花。妖精の花園に咲いているという魔力を吸う花だよ」

「よ、妖精花!?なんでそんなもの、おまえが…」

「この屋敷の庭園には色んな種類の花の精が居たからね。彼らに交渉してみたんだ」

「妖精と交渉……流石だな…アダム」

 アダムと呼ばれて、ウエスはクラウスの足を叩く。

「痛っ!何するんだよ!」

「この屋敷でその名を呼ぶなと言ったろう」

「わ、悪かったよ…ウエス」

「よろしい」

「……で?妖精花なんて、何に使うんだ?選りに選って、お嬢様の部屋なんかに…」

 クラウスが訊くと、ウエス――アダムは、大袈裟に溜め息をついた。

「おまえが気づかないと言うことは、ガスパールも気がついていないのか?どう見てもリディア嬢には呪いが掛かっているだろ」

「え?呪い?」

「本当に分かっていなかったんだな……とにかく、この花を使って呪いを吸い取る。完全に吸い取りきれなくても、何の呪いか分かる程度に取れればいい」

「……調べて、どうするんだよ?おまえ、ヒース様に復讐したかったんじゃないのか?」

「まあな……ただ、娘には罪はないだろ?」

「おまえ……変わってるな……これでお嬢様が死んだりすれば、ヒースの野望は打ち砕けるだろ。逆にお嬢様が元気になったりして、本当に王子の側室になったら、ヒースは王族の末席に名前が載るんだぞ?今よりもっと手を出しにくくなるじゃないか。おまえ、なんの為にここに来たんだよ!」

 言葉に熱が入るクラウスとは逆に、アダムは冷静だった。

「ヒースの出方次第と言うわけさ。その為の交渉材料にうってつけだろ?」

「そう…だろうが……」

「いずれにしろ、おまえは気にする必要がないことだ。いいから、黙って言われた通りに動け」

「……花を置いてくるくらい、おまえでもいいだろ」

 クラウスが不機嫌そうに言えば、アダムは怒るでもなく「じゃあ、オゼットに頼むか」と言って立ち上がった。

「へ?」

 そのあっさりとした態度にクラウスは戸惑っていると、アダムは短く溜め息を吐いた。

「なんだ?やりたくないんだろ?」

「いや、そうだけど……」

 使役しているのなら、問答無用でやらせるのではないのかとクラウスは思いかけて、慌ててその考えを打ち消した。

(いやいや!俺は何を考えた?案外優しいとか思ったか?)

 優しいわけがない。アダムは目的の為の駒として人を使う。ウェスペル家は悪魔に魂を売った一族だ。ろくな人間じゃない……それがクラウスの認識している常識だ。

(そうだ。俺は魔法使いだから、あまり俺が反発するようなことを命令したら、使役魔法が解けてしまうと心配しているんだ。だから、気遣っているフリをしているんだ)

 クラウスは気を引き締める。

(うかうかしていられない!俺は、速く使役魔法を解いて、ウエスの正体がアダムだと教えなければならない)

 そんなクラウスの様子を、アダムは相変わらず余裕の笑みで見ている。それがクラウスは気に入らないが、まともに魔法でやり合っても勝てないのは分かっている。

(いや、待てよ……魔法を使わなければいいんじゃないか?)

 例えば寝込みを襲うとか、意識のない時なら、反抗は可能なのではないだろうか?痺れ薬でも飲ませて拘束すれば――。

「何か楽しいことでも、思いついたのか?」

 アダムに訊かれて、クラウスの顔に笑みが浮かぶ。

「いいや。オゼットに渡すなら、俺がオゼットに渡しに行こうかと思っただけさ」

 それを聞いてアダムは鼻で笑った。

「おまえはオゼットが好きだものな。だが、長くこの屋敷に居たければ、諦めたほうが賢明だと思うぞ」

「余計なお世話だっ!」

 クラウスはアダムの手から妖精花を引ったくると、そのままサンルームを出て行った。

 

           ※

 

 その日の夜。皆が寝静まった頃、しんとした離れの廊下を歩く者があった。クラウスだ。物音を立てないように慎重に、灯りも持たずに歩く。

 離れは二階建てで、主に厩番と庭師が生活している建物だった。メイドやコックなどの側仕えは、皆本邸のほうに部屋があてがわれている。とはいえ離れも一人一人に部屋が充てられていて、暮らし向きは良いほうだ。ヒースはその辺りはしっかりしていた。故にヒースに不満を持つ家人はいないわけだ。

 

 さて。クラウスはそんな離れの一階の奥の部屋にやって来ると、これまた慎重にドアを開けた。

 本邸と離れの違いと言えば、部屋に鍵がついているか否かだった。離れは玄関にこそ鍵はついているものの、各部屋にはついていない。側仕えでない分、裏切りを心配されてなのか、玄関の鍵ですら本人達には預けられていない。いつも本邸に住まう執事が時間で施錠し、開けていた。そんなことだから、この屋敷の執事は誰よりも遅く寝て、誰よりも早く起きている。

 クラウスはたまたま忙しそうに書類仕事をしていた執事に代わり、自分が鍵を閉めに行くと言って鍵を預かっていた。

 

 そうしてやってきた部屋は、ウエスの部屋だ。

 

 ウエスは、規則正しい寝息を立てて眠っていた。

「……流石に変装も解かずに寝るんだな…」 

 アダムはしっかり老人ウエスのまま、眠っていた。動物の皮か何かで作ったと思われる皺のある皮膚を体に纏わせ、老人に見せているのだ。

 魔法で別人に化ける方法もあるが、それだと魔法の気配でガスパールに怪しまれかねないと警戒してのことなのだろう。

 よくやるものだと、クラウスは感心する。しかし、きちんとアダムが眠っているようだと確認すると、懐から粉の入った瓶を取り出した。

 中には、毒薬が入っている。毒と言っても、数十分麻痺をさせるだけの軽いものだが、何も殺すのが目的ではないので、これで充分だった。 

(アダムが麻痺している間は、使役魔法が緩む。その隙に解術して、アダムを縛り上げる…)

 クラウスは頭でシミュレーションをして、よし!と頷くと、瓶の蓋を開けてアダムの口元へと瓶を近づけた。しかし――

「っ!?…く、くそう!」

 飲ませようとしたら、それに抗うように体が一ミリも動かなくなってしまった。主人に危害を加えられないという、使役魔法の効果が発動したのだ。

「ん〜!……この!……もう少し……っ…!……だめだ…」

 しばらく抗ってみたが、体は石のごとくぴくりとも動かない。

「方法を変えるか…」

 クラウスは諦めて、部屋を後にした。

 

 クラウスが出ていくと、アダムは薄目を開けた。

「なるほどな……」

 そう呟いては、口の端を上げた。 

 

           ※

 

 翌日の夕方。クラウスは屋敷の厨房に足を踏み入れた。

「やあ、ニック。今日の夕飯は何だ?」 

「ん?……何だクラウスか。珍しいな。こんな所に顔を出すなんて…」

「ちょっと気が向いたのさ」

「そうか……ちなみに今日はシチューだ」

「おお!それは美味そうだな。楽しみだ」

 クラウスは言いながらさり気なく使用人達用のシチューの鍋に、パラパラと粉を入れた。無事入れることが出来ると、クラウスは微笑んだ。

 使用人達が食べる物と、ヒース達主人の家族が食べる鍋は始めから分けてある。使用人達は、主人家族の給仕をした後、離れにある食堂で食事をする事になっている。

(みんなには悪いが…)

 ピンポイントでアダムの分のみに薬を入れようとすれば、昨夜と同じ結果になるに違いない。それで不特定多数に的を広げることで誤魔化せるか試したのだ。狙い通り、この方法なら禁を破らなかったようだ。

(だが、アダムに運ぶのは難しいだろうな…)

 アダムはいつも、食事は部屋で食べていた。表向きの理由は肥料作りなどに没頭してしまうからだが、本当はクロと念話して状況報告をする時間に充てるためだそうだ。毎日ではないが、二、三日に一度くらいは念話する。そうしないと、使い魔達が心配するのだ。その様子が、何だか家族のようだとクラウスは思う。

 アダムは道具扱いを崩さないが、使い魔達は妙にアダムに懐いているように見えた。始めのうちはアダムの使役魔法の力が強いのかと思ったが、同じく使役魔法を掛けられたクラウスは、他の使い魔達のような気持ちは持たなかったし、隙あればこうして使役魔法から逃れようとしているので、恐らく彼らが特殊なだけなのだろうと結論づけていた。

 とはいえ、シチューに痺れ薬が入っているのが分かっている状態で、仮にも主人であるアダムに手渡すことは出来ないだろうと思われるので、頃合いを見て、誰かに頼んだほうが良いだろう。

 

 

 それから二時間後、それぞれの仕事が一段落し、ニックの声掛けで、使用人達も夕食を取ることになった。

「ウエスの爺さんはまた部屋か?」

 ニックが呆れたように言って、「なら、俺が持っていくよ」と、壮年の庭師の男が手を上げた。

「おう。頼んだ」

 その様子をクラウスは横目に見ては小さく笑った。

 クラウスは配膳を手伝ったりしながら、上手くシチューを食べないようにしていた。先にパンをかじる。そうしながら食事をする皆の様子を見る。特に、シチューを食べた後、どうなるかを……。

「ん?なんか、体が……」

 すると、始めにニックが違和感を訴え出したのを皮切りに、他の者の様子も変わった。手が痺れてスプーンを落としたり、呂律が回らなくて上手く話せなくなる者が続出した。

「何だ?食中毒か?」

 クラウスは、なるべくわざとらしくならないように驚いて見せる。他に頭痛や腹痛など、別の症状がないか聞いて回り、予め用意していた解毒薬を飲ませて回った。

「ウエスの爺さんのところにも行ってくる!」

 そうして、かなり自然な流れでクラウスはアダムの元に行くことが出来た。

  

 

 果たして、ウエスの部屋は静かだった。話し声も物音もしない。クラウスはゆっくりとドアを開けた。

「……ウエス?」

 小声で呼ぶが返事がない。それで扉を大きく開けると、

「ウエスっ!」

 アダムは、床に倒れていた。クラウスは駆け寄って膝をつき、アダムの顔を覗き込んだ。

「おい!大丈夫か?」

「…から、だが……しびれ…て……」

「どうやらシチューに問題があったみたいでな。今、他のみんなも同じ症状なんだ。とりあえず、痺れを取る薬で落ち着いた」

「…おま…えは…?」

「俺は食べる前だったら助かった。だから――」

 そこでクラウスはにんまりと笑った。懐からロープを取り出す。

「おまえを拘束して、ヒース様に正体をバラしてやる!」

「!」

 アダムは体を捻って逃げようとしたが上手く行かない。クラウスは素早くアダムを捕まえると、ロープで縛り上げる。

「さて。せっかくだから素顔を拝ませて頂こうか。そのほうがヒース様も分かりやすいだろう」

 クラウスがアダムの顔に手を伸ばし、マスクを剥ぎ取る。アダムは恨みがましい目でクラウスを睨んでいた。

「フフ……どうだ?飼い犬に手を噛まれる気分は――くぅ〜!一度言ってみたかったんだよなー!こういう台詞!」

「……」

 上機嫌なクラウスに対し、アダムは体の痺れも相まって大人しかった。

「ここまで出来るなら、使役魔法は解けたと見ていいな!」

 しかし、有頂天になるクラウスの足元で、アダムは微かに笑った。

「……そんなん、だから、実家、から、勘当…される、んだよ……」

 しかしその呟きは小さくて、クラウスには届かない。

「ん?何か言ったか?」

「……いいや……連れて、行く…なら……さっさと、しろ…よ…」

「負け惜しみか?強がるなよ。犯罪者が」

 ガン!とクラウスはアダムの体を蹴る。アダムが痛みに呻くと、クラウスは懐から杖を取り出す。軽く振りながら呪文を呟くと、床に魔法陣が現れて、陣の中から、黒い犬が現れた。短い耳をピンと立てた凛々しい顔立ちの犬だ。犬は威圧する様にアダムを睨む。

「俺はガスパール様に報告してくる。そいつを見張ってろ」

 犬はワン!と行儀よく吠えた。クラウスは満足して、部屋を出て行った。

 

「…おま…えも……苦労…するな……いつも影…の中、に、居る…のか?」

 アダムは犬に話し掛ける。犬は見張りらしく、軽く耳を動かすだけで微動だにしない。その様子に、アダムの笑みは深くなる。

「……利口、だな……使い魔…か?……あんな、やつには、勿体無い、な…」

(この程度で、使役魔法を解けたと喜んでいるようなやつなのに…)

 実家から勘当されたと言っていたが、杖も使い魔も取り上げられていないので、口で言うほど見捨てられてもいないのだろうなとアダムは思った。 

 旧家と呼ばれる魔法使いは、魔法使いの祖であったウィス・フォンスの弟子達の子孫にあたる。それだけ伝統を継いでいたし、周りにも重宝されてきたから、貴族の様な暮らし向きの者も多い。クラウスは相当甘やかされてきたのかもしれない。

「…だから……気づか、ない…」

 使役魔法を使う時には、媒介となる道具を使う。クロにも首輪があるし、シロには蝶ネクタイ、シュティレにはネックレス……クラウスには何も使っていない。それだけ、弱い掛け方しかしていない。簡単に解けて当たり前だった。よく今まで解けなかったと言ったほうがいいくらいだ。

 そこに気づかず、魔法を破ったと喜んでいる姿が、アダムには滑稽に映った。

 しかし、アダムは逃げ出すつもりはなかった。良い機会だとさえ、思っている。だから、使い魔を呼ぶことはしなかった。

 主人が使い魔の行動を把握できるなら、逆も然り。普通なら、アダムの異変に気がついてクロなりシロなりが飛んでくる。

 シュティレが欲しいヒースは、簡単にはアダムを憲兵に渡さない。恐らく、憲兵に渡す前にシュティレの居場所を吐かせようとするに違いない。

(そうなれば、後は交渉次第だ)

 少々不格好ではあるが、クラウスが動いたなら、それに便乗したほうが警戒されない。

「にしても……痺れで、上手く、口が…回らないのは、面倒…だな……体も…痛、いし……」

 せめて解毒薬ぐらい貰えないだろうかと、アダムはのんびり考えていた。

お読み頂き、ありがとうございました。

なんだか余裕そうに構えているアダムですが、果たして思い通りに行くのでしょうか?

次回も楽しみにして下されば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。