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宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第三部

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32/47

32.追っ手の影

 マリアは刺繍をしながら、何度かボーッと手を止めては、我に返って再開することを繰り返していた。

 (シュティレちゃん、大丈夫かな)

 先週、庭で魔法の練習をした後から元気がないようだった。アダムに杖を作ってもらったと嬉しそうに話してくれたものの、その笑顔はどこか無理をしているようで、マリアは気掛かりだった。

 それで昨夜、マリアはアダムに話を訊きに行ったのだが――

 …

 ……

 ………

 

 「アダム。あなたシュティレちゃんに何かしたの?」

 夕食も終えて、一度はベッドに入ったものの気になって、マリアはアダムの部屋を訪ねた。

 ボルツの手帳の解読が終わったので、使い魔達はアダムの部屋に戻っていたが、シュティレだけはマリアの部屋で休ませていた。

 練習疲れか、シュティレはすぐに眠ってしまったので、シュティレから話を聞けなかったことも、マリアの不安を増長させていた。

 アダムはマリアに問われてもいつもの不機嫌そうな顔は崩さなかったが、諦めたように溜め息をついて、「リビングで話すか」とマリアを促して部屋を出た。

「"何かした"とは、なんの話だ?」

 リビングで向かい合って座ると、アダムは言う。

「なんだか、ずいぶんと厳しく魔法を教えてたみたいね?クローディアが複雑そうな顔していたわよ」

「クロが何かしゃべったのか?」

「いいえ。何も。ただ、シュティレちゃんが家に戻って来た時、クローディアが心配しているようだったし、シュティレちゃんの表情にもどこか影があったから、気になって…」

「別に姉さんが気にすることじゃない」

「気になるわよ!ここは私の家だし、私はあなたと協力関係でしょう?そういう細かいところも、ある程度は共有してほしいの」

「……シュティレが一人で行動出来るようにする為に、魔力をコントロールしろと発破をかけただけだ」

「それ、必要なの?確かにそのほうがシュティレちゃんの為になるけど、今までのあなたの関わり方って、ただ必要な時に使う為に自分の傍から離さない感じだったじゃない。どういう心境の変化よ?」

「思ったよりシュティレの状況が特殊だったからだ。前に説明した通り、シュティレはボルツの術式によって、エメラルドの魔力を書き込まれた。まだ生まれる前だったし、少しずつ魔力を写されたおかげで、自分の力として馴染んだのだろうが、元は魔力を持って生まれる筈ではなかった人間だ。どこでツケが回ってくるか分からない」

「どういうこと?」

「体が魔力の負荷に耐えられないのじゃないかということさ。サイズの合わない服を着せられているようなものだ。シュティレにとっては、魔力を持っているだけで生活し辛い状況なんだ。だから魔法を使えば疲れる。虚弱体質なのは、何も育った環境によるものだけじゃないのさ。あまり魔法を使い過ぎると、最悪死ぬかもしれない」

「……それと、魔力をコントロールすることって、どんな関係があるの?」

「魔力量の消費が多い魔法を使うほど体の負担は大きいから、命を縮めやすい。だから意識的に魔力の使用量を加減して、体の負担を軽減する。シュティレはもう、無意識に魔法を発動することが出来るからな。感情任せに強い魔法を使うことになるのは避けたい」

「なるほど……その話、シュティレちゃんにはしてないの?」

 だからこそ、シュティレの表情が芳しくなかったのではないかとマリアは思った。

「言ってない」

「はぁ!?なんで!」

「――これ以上、懐かれるのはご免だからさ」

「……へ?」

 マリアにはアダムの言いたいことが分からない。

 今まで散々、他者に比べて甘く接していたくせに、何を今更と思った。

「好かれたのは、あなたの態度のせいでしょうが!あんな……恋人みたいな可愛がり方しておいて…」

「前は、あいつをちゃんと使役しておく為にそうしていた……だが、今は――」

 なぜかアダムは、そこで言葉を詰まらせた。 

「今は…何?」

 それでマリアが焦れて催促すると、「何でもない。とにかく、何があっても姉さんは気にするな」と何だか慌てたように言葉を吐き捨てて、部屋に戻ってしまった。 

 …

 ……

 ………

 

 「はぁ~…」

 マリアの口から、本日何度目かの溜め息が洩れる。

 アダムは何を言いかけたのだろう?

 元から自分の気持ちを語る子ではなかったが、ボロを出す様子もなかった。それが、昨夜は何かを言いかけた……つまり、本音を話しそうになった……?

 マリアなりに、その理由を考える。

 マリアと話す時に気を張る必要がないということなのかもしれないし、だいぶ精神的に無理をしているのかもしれない。

("一人で行動出来るように"か……まさか、シュティレちゃんのこと、手放す気なのかしら?)

 自分が原因でシュティレがウィス・フォンスになったことを気にしているのだろうか?それで使うのが怖くなったのでは……。

「……それなら、シュティレちゃんの気持ちを汲んであげるべきでしょ…」

 勝手に惚れさせておいてから突き放すなんて、そのほうが残酷だ。余計に魔力が暴走しそうなものではないか。

  

「あの……店長。店長と話したいって人がいらしてるんですけど…」

 ふと声がして、マリアが驚いて振り返ると、店の従業員だった。

「何?衣装の依頼とか?」

「そういうのではない……らしいですけど……」 

 何だか歯切れの悪い返事に首を傾げつつ、マリアは店の玄関へと赴いた。

 戸口には、身綺麗に身なりを整えた男が立っている。長い黒髪を後ろで束ねた男。燕尾服という服装からして、執事のようだ。主人の使いで来たのだろうか?

「店主のマリア・ライズですが……私に何か?」

 声を掛ければ、丁寧なお辞儀が返ってきた。

「お忙しいところ、お手間をお掛けして申し訳ありません。私は、とある方の使いで人を探しておりまして……少しお話をお聞きしたかったのです」

「人探し…ですか?」

「はい。アダム・ウェスペルという人物を、ご存知ありませんか?暗い紫色をした髪色の二十代後半の男で、リィン国で複数人を殺害して逃亡した恐れのある魔法使いなのですが…」

「……いいえ」

 マリアは一瞬息を整えてから、落ち着いて返事をしたが、執事風の男はマリアの動揺に気がついたように、口の端を上げて笑みを深くした。

「そうでしたか。私は、あと二日ほどこの町に滞在して周辺の村や町に滞在して情報を集めるつもりですので、何か気がついたことがありましたら、この近くの『セイレーン』という宿に泊まっていますので、そちらに言付けて下されば助かります。……それでは、失礼致します」

 しかし男はそのまま、踵を返して去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、マリアは大きく息をついた。

「――バレたかな?」

 あの様子からして、何かに勘づいていたようだった。

(というより……分かってて訊いてた?)

 大通りに出ている店ならまだしも、この店は少し通りから外れた奥まった場所にある。地元の人間ならまだしも、他の土地から来た人間が立ち寄ろうと思うほどの店とは思えない。

(もし、私をアダムの親族と知ってて訊いたなら、狙いは何だろう?)

 アダムにはすぐに報せたほうが良いかもしれないが、その現場を押えてアダムを見つけるきっかけにするという罠だとしたら危険だ。

 ひとまず、今日はいつも通りの行動をして家に帰えるしかない。

「アダム……大丈夫かしら…」

 今朝もどこかに一人で出掛けていたけれど、ばったり鉢合わせたりしないだろうかと、マリアは気が気ではなかった。

「あ、そうだ。シロちゃん…」

 今日もシロは店を手伝ってくれている。シロなら、アダムにメッセージを伝えてくれるかも。

  

           ※

 

「もう、だいぶ良いみたいだな」

 そう声を掛けると、エイデンは明るく笑った。 

「うん!兄ちゃんのおかげだよ。変な薬を剥がしてもらってから、母さんは楽そうになったし、本当に野菜は速く育つしさ!」

「本当に、なんとお礼を言ったらいいのか…」

 エイデンの母親は、そう言って頭を下げる。

 以前は寝たきりだったのに、顔色も良くなり、今はもう、客に茶を出せるまでに回復している。

「俺は持っていた知識を披露しただけです。奥さんの回復は、エイデンの献身的な看病のおかげですよ」

 

 余談だが、俺はエイデンの母親の背に貼られていた魔法陣の描かれた湿布を元にグランチェ医師を憲兵に通報しておいた。

 姉さんにも捜査の手が及ぶかも知れないが、姉さんが森で栽培していた植物など、出来る限り痕跡は消しておいたし、グランチェ医師も姉さんの顔は知らないから、あまり心配しなくてもいいのかもしれない。

 それでも姉さんの家系が、転送系の魔法を得意とする一族であると知っている人間が居て進言すれば別だが、そもそもライズ家は、何代かに一人の割合でしか魔力持ちが生まれなかったし、魔法使い狩りを恐れて公に力を示すことはして来なかったから、当分は無事だろう。

 後はグランチェ医師から魔法薬を買った貴族連中が断罪されたりするのだろうと思う。

 乗り掛かった舟ということで、エイデンの母親の様子を見に来たが、元気になったのなら、もう来なくても良さそうだ。

 

 何か礼をと騒ぐ親子をやり過ごし、帰路につく。

(戻ったら、またシュティレの魔法を見てやるか…)

 そう思っていると、

 

 ――『ご主人様!』

 

 頭の中にシロの声が響いた。

 

 (どうした?)

 

 ――『マリアさんのお店に、ご主人様を探してる

   人が来たそうです。しつじ?さんみたいな

   男の人だったそうです』


 (分かった。気をつける。シロはそのまま仕事をしてろ)

 

 ――『はい』

 

 執事か……。誰の差し金だろう?ヒースだろうか。隣国にまで来るとは、よっぽどだな。やはり、狙いはシュティレか。憲兵から逃げた時にシュティレが時間停止の魔法を使っていたから、シュティレが件のウィス・フォンスだと勘付かれたのかもしれない。

 追って来ないなら、あえてヒースを殺す必要はないと思っていたのに、結局は避けては通れないようだ。

 

 (クロ)

 

 ――『はい。ご主人様。どうなさいました?』

 

 (俺を探す執事風の男が、姉さんの店に現れたらしい。念の為、シュティレ共々家を出るな。俺もすぐに家に戻る) 

 

 ――『承知致しました』

 

 クロとの念話を終えると、人気のない路地に入り込み、家にワープした。

 

           ※

 

 夕方。姉さんは帰ってくるなり、すぐに昼間の様子を話してくれた。

「店にわざわざ訪ねてきたのよ。なんかそこも可怪しくない?」

「確かに……ところで、名前は聞かなかったのか?」

「ええ。そういえば名乗ってなかったわね……『セイレーン』に泊まっているとは言ってた」

「……宿に来いってことか」 

「行くのは危険でしょ!捕まったらどうするの?」 

「姉さんの店に出向くくらいだ。俺がいる確証があるのかもしれない――ん?」 

「どうしたの?」

「ご主人様!」

 俺が違和感を感じたのと同時に急にクロが叫び、姉さんの背を引っ掻いた。

「え?な、なになに!?」

 狼狽える姉さんの背から、ころんと小さな物が転げ落ちた。どんぐりに見える木の実だったが、何やら細かい模様が書かれてある。

「これは…」

 魔法具だ。……これを持つもの同士は互いの場所を把握出来る……追跡に使われる魔法具……。

「わわわ!気が付きませんでした…」

 シロが驚いてはソワソワする。案外シロは、魔法の気配には疎かった。視線や悪意などには敏感なんだがな。

「チッ!」

 思わず舌打ちが洩れると、

 

 コン、コン、コン!

 

 家のドアをノックする音がした。

 皆一斉に身構える。誰もが動けずにいると、もう一度ノック音がした。

「…とりあえず、出るわね」

「ああ」

 頷くと、姉さんは慎重にドアに近づき、細くドアを開けた。

「……あなたは…」

 姉さんの驚いた声がする。やはり、昼間の追っ手のようだ。

「夜分にすみません。やはりもう少しお話をお訊きしたくて…」

 柱の影から相手の姿を窺う。長い黒髪を後ろで束ねた細身の男だ。細い目を更に細めて、どこか値踏みをする様な品のない笑顔をしている。……この顔、どこかで……。

「話?……というか、どうして家が分かったの?」

 少し強気で返す姉さんにも、男は臆する様子がない。姉さんの質問には答えず、ドアの隙間に足を入れてドアに手を掛け、大きく開いた。

「うわぁ!」

 ドアを押さえていた姉さんは、反動でバランスを崩す。そのまま尻もちをつきそうになったところに、すかさずシュティレが走って行って体を支えた。

「マリアさん!」 

「ありがとう…」

 男はそんな二人を横目に見ては、家の中をぐるりと見渡す。

「居るんだろ?アダム・ウェスペル!!隠れてないで、出てこいよ!」


「――ご主人様。刻みますか?」

 俺の横でシロが低く呟く。 

「いや。……俺が出る」 

 何か要求があるのかもしれない。殺すのは簡単だが、今殺せば、この男の主に俺の居所が知られる可能性がある。それは避けたい。

「私がご主人様に変身して出ましょうか?」

 クロの提案にも首を振る。 

「何をされるか分からないから、何かあった時の為に隠れていろ。シュティレと姉さんを頼む」

「分かりました」


 意を決して玄関まで出ていくと、男は一瞬目を見開いた後、嬉しそうに笑った。

「何か用か?」

 問えば更に笑みが深くなった。 

「久しいな。こんな田舎で隠れているとは、偉大なウェスペル家が聞いて呆れる」

 (ああ……思い出した)

 魔法学校時代の記憶の片隅に、この男を発見した。

 名前はクラウス・ディオン。うちのように、リィン国に古くからいる魔法使いの一族だった。得意魔法は、召喚だったと思う。

 俺とは同級生だったが、仲良くしたことはなかった。ただ、少しだけトラブルがあって、記憶には残っている。

「クラウス・ディオン…だったな。少し外で話そうか」

 声音だけは穏やかに、だが、意識的に睨むようにすると、クラウスは少し焦ったように「分かった」と外へ出た。

 尊大な態度を取る割に小心者という印象を過去に抱いていたが、今でもそれは変わらないようだ。

「ご主人様…」 

「大丈夫だ」

 心配そうに側に寄ってきたシロを一撫ですると、俺はクラウスを追って外へ出た。

 

 間もなく日が沈むという時間で、辺りは徐々に闇に包まれ始めている。

「それで?何の用だ?」

 再びクラウスに問うと、クラウスは何かを振り払うように一度頭を振った。

「あるお方からの命でおまえを探していたんだ。なんでも、貴族を複数人殺した容疑をかけられているそうだな?我が主は、おまえが大人しく罪を償うことを望んでいる」 

「ふーん。それでわざわざ隣国まで。――名のある魔法使いなのに小間使いとは、おまえこそ笑えないな」

「っ!?…おまえには言われたくない!この殺人鬼め!」

 クラウスは顔を真っ赤にして叫ぶ。

  

 クラウスは魔法使いの一族であるということで過剰なプライドを持っていた。それはけしてクラウス個人の格を表すものでは無いのに、ディオン家の者であることを鼻にかけている所があった。

 魔法学校にも一定数そういう輩が居て、ジャスパーのような、一般人から魔法使いになった生徒を見下していた。俺は基本的にはどちらの肩を持つでもなく、それなりに付き合っていた。

 けれどある時、図書室で一人の女生徒が、クラウスに執拗に纏わりつかれているのを見掛けた。所々聞こえた話を掻い摘むと、いくら勉強したところで、正当な魔法使いには敵わないだの、図書室にある魔導書も読み解けないだろうだのと、なんだか無駄な話を吹っかけていた。挙げ句、自分の傘下に入れば守ってやるし、卒業後はそれなりの地位につけてやろうと、要はすごく遠回しな難波のようなことだったようだ。

 その女生徒も奥手な性格だったようで、強くは拒めず、逃げようとする度進路を塞がれて顔面蒼白になっていた。

 他にもちらほらと生徒が居たが、皆見ないふりを決め込んでいた。

 そんな時、ジャスパーが声を掛けた。クラウスを宥めて女生徒から離そうとしたが、クラウスは逆上し、ジャスパーに杖を向けた。発せられた呪文は毒蛇を召喚する魔法で、とても学友に向けるものではない。

 危険と判断した俺は、クラウスが呪文を唱え終わる前に拘束の魔法でクラウスの動きを封じた。

 その間に女生徒が先生を呼びに行き、クラウスは停学処分を食らった。

 あれは確か、卒業する前の年……五年生の終わり頃だった。俺は六年の途中で退学したから、クラウスの停学が解けていたかどうかまでは気にする余裕がなかったので知らないが、こうして出てきている辺り、卒業は出来たのだろうか? 

 

「そんな格好をして、どこぞの執事か?かのディオン家の者が、使用人紛いとはな…」

「うるさい!学生時代、おまえが邪魔をして停学処分になったあと、俺は実家からも勘当された……それを拾ってくれたのが、今の主だ!こうして、おまえに復讐する機会も下さった。捕まえる前に多少痛めつけてもいいと仰せだ」

 なるほど……。俺を捕らえる為に、わざと俺に私怨のある者を探して来たというわけか。

 それにしても、実家から勘当か……家の権威を借りて難波という行為は、ディオン家の目に余る行為だったようだ。案外格式高い一族なんだな。

「息巻いているところ悪いが、それは単純に俺を捕まえる為の作戦に、おまえが利用されているだけに聞こえるぞ。きっと俺を捕らえたら、おまえは用済みだ」

 消されはしないにしろ、目を掛けてもらうことはなくなるかもしれない。

「それでも、俺は俺の人生を狂わせたおまえに復讐出来て満足だ」

 逆恨みもいいところだ。停学処分を食らうくらいのことをしたのはクラウスのほうだというのに……。

 そう思っていると、クラウスは懐からタクトのような細い棒状の杖を取り出し、俺に向けて構えた。

 指揮をする様に振ると、地面に散らばる落ち葉が舞い上がった。その葉の一枚一枚が空中を漂う内に、刃の様に鋭く尖っては、俺に向かってきた。

「――ぬるいな」

 俺は心の中で炎の呪文を唱えた。すると落ち葉は一瞬で燃え尽きる。

「まだだ!」

 クラウスは叫んで杖を真上に掲げてから、上下左右に滅茶苦茶に振り始めた。その動きに合わせるようにして、空中に拳大の魔法陣が複数現れる。その魔法陣の中から、剣や槍といった武器が飛び出す。それらがまた俺に向けて飛んできた。風の魔法で吹き飛ばそうとしたが――

「!?」

 俺の出した風の魔法をものともせず、武器はそのままの軌道で向かってきた。急いで身を捻ったものの、いくつかの武器が俺の体を掠めた。怪我をしたことで体の動きが鈍る。

「死ねっ!」

 クラウスは飛ばす武器の数を増やす。

 いつの間に殺したくなるほど憎まれていたのだろうか?プライドが高すぎると、大したことがなくても最高点になるほど、怒りの沸点が低いのか?

 俺は魔法は得意だが、体力には自信がない。怪我をした体で俊敏に動くことは難しい。

(魔法に耐性のある武器か…)

 魔法を使う魔物への対抗策で、魔法を跳ね返す術式を施した武器がある。これは恐らくその類いだ。だから魔法が通じなかったんだな。

「…おまえには、俺は殺せないよ」

「そんな傷だらけの姿でまだ虚勢を張るのか?見苦しいぞ」

「いいや。虚勢じゃない。俺を殺したかったら、攻撃すべきは俺じゃないという話だ」

「は?」

 俺の命はクロが握っている。元よりそういう契約だ。だから、クロが意図しない状況では、怪我はすれど命を失うことはない。だから、俺を倒したければクロを倒すしかないが、クロは人の心を読みながら巧みに翻弄する。正面から向かうのでは勝ち目はない。

「それに、俺を殺してしまっていいのか?おまえの『主』とやらは、俺を捕らえて来いと命令したんじゃないのか?」

「確かにそうだが――おまえが連れている桃色の瞳の少女を連れてくるのが、最大の目的だ。それを果たせるなら、おまえの生死は問わないと言われている」

「そうか…」

 なら、のんびりやり合っている場合じゃないな。

「……シロ」

 俺が呟くと同時に、背後から強い風が吹き抜けて行った。

「ッく!」

 クラウスは咄嗟に、自分の周りに透明なガラスのようなバリアを貼った。風はそんなバリアごとクラウスを包み込んで風速を上げる。バリアは風圧に耐え兼ねて、徐々にひび割れて行く。

「く、クソーッ!!」

 クラウスがそう叫ぶと同時にバリアが砕け散る。それと同時にザシュッ!と斬るような音がしたのち、クラウスの胸から鮮血が噴き出した。

「がはっ!」

 口からも血を吐きながら、クラウスは仰向けに倒れる。その側にゆっくりと近づくと、クラウスはぜぇぜぇと喉を鳴らしながらも俺を睨みつけ、杖を構えようとした。が、

「がぁああぁあぁ!?」

 杖を持つ手首が吹き飛んで、クラウスは痛みにのたうち回った。

「最期に聞かせてくれ。雇い主は誰だ?」

「……」

 クラウスは返答を拒む様に顔を背けた。

「教えてくれたら、命は助けてやるぞ。俺は別におまえに恨みはないし、わざわざ殺すような理由もない。傷だって治してやる」

「……」

「はぁ……強情だな。……分かったよ。証拠を見せればいいんだろ?――シロ」 

 シロを呼ぶと、シロは飛んで行ったクラウスの手首を持って戻って来た。 

「医療は専門じゃないが、切れたばかりの手首を繋げるくらいは出来る」

 手首を元の位置に持ってきて、再生力を高める魔法を使う。すると時間が遡るように傷口が縫い合わされ、手首がついた。

 クラウスはそれを仏頂面で眺める。胸元の傷はそのままだったから、苦しいのは変わらないのだろう。

「俺に協力してくれないか?――いや。協力しろ。クラウス。間諜になって雇い主の動きを探れ」

「!」

 クラウスが目を大きく見開いたが、やがて緊張が解けたように表情が消えた。

「――承知…致し、ました」

 そうしてそう呟くと、意識を手離した。血が流れたし、憔悴したようだ。

 使役魔法を掛ける条件は、相手の名前を正確に知っていることと、相手が刃向かってくることが出来ないほど、術者の立ち場が上位にある時にのみ可能だ。それ以外なら、上手くいかない。相手が魔法使いの場合、呪文を反転されてこちらが術に落ちる可能性がある。

 ただ、クラウスには難しかったようだ。きちんと術に落ちた。……まあ、傷が癒えたらどこまで使役出来るか分からないが……。

「よし。傷を治してやろう――シロ。運べ」

「はい」

 シロはクラウスを担ぐと、家の中へ入って行った。

「ちょっと!この人を使役したの?」

 姉さんが慌ててやってきては、責めるように俺を睨む。

「手っ取り早かったからな。……姉さん。明日俺はリィン国に戻ることにする」

「え?」 

「クラウスはリィン国の魔法使いだ。きっと雇い主は俺が敵対している貴族だと思う。だとしたら、どんな手を使ってくるか分からないし、これ以上姉さんに迷惑は掛けられない。姉さんとした契約も解除するから」

「ちょ、ちょっと待ってよ!何をするつもり?」 

「これまでと同じ。俺が自由に動き回る為に邪魔者は排除する」

「……一人で、しんどくない?」 

 一人…か。――いいや。俺は――

「一人じゃないですよ。ボクらがいます」

 ふとシロが言って、シュティレと黒猫姿のクロも家から出てきた。

「とは言っても、ご主人様はちっとも背負わせて下さいませんけど」

 クロがため息混じりに言っては、俺の肩に飛び乗る。

「私も、頑張ります!」

 シュティレが遠慮がちに俺の左手を取った。思わずシュティレの顔を見ると、シュティレはどこか強い光を称えた瞳で俺を見つめていた。いつも自信無さげに揺れていて、見つめれば逸らしてしまうほどに弱々しかったのが嘘のようだ。

(何が、そこまで…)

 そうは思ったが、俺はきっと、答えを知っている。さっき頭に浮かびかけた言葉だ。

 こいつらが居るなら、俺は大丈夫。使役魔法の範囲を超えて俺についてくると言っているやつらだ。

「そう。なら、安心ね」

 姉さんも穏やかに微笑んで、「さて。ちゃっちゃとクラウスを治療して、ごはんにしましょう!」と家に戻って行った。

「ご主人様。行きましょう」

 シュティレが俺の手を引く。それに抗わずついて行くと、「…ご主人様。クラウスはヒースの差し金ですかね?」とクロが訊いてきた。

「だろうな」

「じゃあ、ヒースとのことが終わったら、クラウスの魔法は解きますよね?」

「そのつもりだが?」

 答えれば、クロは心底ホッとしたように息をついた。

「良かった。私は、クラウスは好きにはなれませんから」

「俺もあんなのはいらないよ。人間性に問題がある。それに、人間を使役するなんて、シュティレだけで充分だ」

 人間は魔物以上に複雑で面倒臭い。好き好んで使役なんてしたくない。

 俺の返答の何が面白かったのか、何故かシュティレが嬉しそうに笑った。

お読み頂き、ありがとうございました。

今回から第三部になります。

ここまで長く書くことになるとは予想していなくて驚いていますが、それだけ彼らが語りたいことが多いのでしょう。作者として、きちんと向き合って行こうと思います。

さて、アダムが生きる上で最大の障害と言えるのがヒース卿です。願わくば、これ以上アダムに手を汚してほしくはなかったのですが、ヒース卿もしつこいので、簡単には行きそうにありませんね。

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