31.魔法の杖とアダムの本音
アダムはそのまま、昼を過ぎても眠っていた。
「ほんっと!自由よね」
呆れた様子でマリアが言って、使い魔達は苦笑いする。
今日は仕立て屋は定休日ということで、マリアも自宅にいたが、新しい服のデザイン画を描いていたりと、あまり休日になっていない。
「お休みでもお仕事なんですね〜」
それに感心してシロはデザイン画を覗き込む。
「まあね。親から継いだ店だけど、なんだかんだ言って私も服作りが好きなのかも。ついつい新しいデザインを考えちゃうのよ」
「……私も、魔法の練習をしようかな…」
そんなマリアの様子を見て、シュティレも魔導書を引っ張り出してきた。
「なら、私が見てあげるわ」
それに嬉々としてクロが名乗りを上げて、二人は庭に出て行く。
「ところでシロちゃん」
そんな様子を横目に見て、マリアはシロに話し掛ける。
「はい?」
「アダムは誰から逃げてるの?」
「あぁ…」
言っていいのかどうなのか、シロには判断が難しい。それで首を捻っていると、マリアは笑って声を潜める。
「誰にも言ったりしないなら大丈夫よ。私も、アダムと契約してるし……ね?せっかくだから、協力させてよ」
「う〜ん……ご主人様に訊いてからでもいいですか?」
「シロちゃんも真面目ねぇ〜」
「真面目というか、ボク、難しい話は苦手で……クロのほうがきちんと話せると思いますけど…」
シロが言うと、今度はマリアのほうが顔を曇らせた。
「クローディアは、側近って感じでしょ?なんか軽くあしらわれそうで……あの子、心が読めるし」
「そっきん?」
「ああ、えっとねぇ……一番近い部下って感じかな?」
「ああ、確かに……ご主人様と一番付き合いが長いですね〜。でも、ボクだって負けてないですよ!」
シロは胸を張って言う。それにマリアは微笑んで、「本当にアダムってズルいわよね。こんなかわいい使い魔を従えちゃって…」と言っては溜め息をつく。おもむろにシロの頭に手をやって、もふもふと触った。
「えへへ……ボク、褒められてますかね?」
「うん。褒めてる」
そのままマリアはしばらくもふもふとシロを触っていた。
「シロで遊ぶな」
その時、ふらりとアダムが二階から降りてきた。
「あら、やきもち?」
そうマリアがからかえば、アダムは鼻を鳴らす。
「やきもちも何も、シロは俺のだ――シュティレはどうした?」
「シュティレなら、庭でクロと魔法の練習をしてますよ♪」
「そうか」
「そういえば、解読は出来たの?」
「ああ…」
アダムは二人に、解読出来た内容を語る。
アダムが語り終わると、二人とも苦しげに顔を歪めた。
「人のこと、なんだと思ってるのかしら……アダムのこともそうだけど、魔法って、そんなに大事なものなのかしらね…」
「一部の人間にとってはそうなんだろうさ。……そう言えば姉さん。魔法使いの知り合いには聞いてみたのか?」
「ああ、うん。なんか、ボルツさんの話ばりに胸糞悪い返事だったわ」
「なんて?」
「悪魔の子の噂は聞いた事があるって。そして、魔法使いの間では『禁忌』として捉えていて、見つけたら処分するってさ」
「処分…」
処分と聞いて、シロは耳も尻尾も垂れてしょんぼりとした。
「そうか……やっぱりシュティレはしっかりと防衛する力が必要だな……よし。なら、杖でも渡しておくか」
「杖?」
「ああ。シュティレは魔力はあるが、制御が上手くできない。意図せず火力の高い魔法を使ってしまうからな。そこを杖で調整する」
「なるほど…」
「材料は何を使うかな……木の枝でもいいが……」
アダムは顎に指を当てて独りで呟きながら、そのまま家を出て行った。
「……なんか、置いていかれたんですけど?」
マリアは呆気に取られて、シロに目を向けた。
「ですねぇ〜。でも、なんかご主人様は楽しそうでしたね!」
「え?楽しそう?」
「はい!ご主人様はシュティレのことになると、いつも楽しそうです」
「それ……本人は自覚あるのかしら…」
「さあ?クロは、"見て見ぬふりをしてる"って言ってますけど。だから、執拗に"道具だ"って言うんじゃないかって」
「なるほど…」
アダムはシュティレをどう思っているのだろう?
マリアは再会した頃の様子を思い出しては、複雑な気分になった。何となく距離が近いのを誤魔化す為にフィアンセだと言ったのだと思うが、今思えば、かなり的を射た発言だったのかもしれない。
少なくとも、シュティレはアダムをかなり慕っているように見えた。
「アダムは本当に不器用ね……自分が後ろ暗いことをしている自覚があるから、周りを遠ざけるのかしら?」
「たぶん…」
「――私がもっとちゃんと愛してあげていたら、アダムは人を殺すような無茶はしなかったのかしらね…」
姉に好かれるための通過点という愛し方ではなく、アダムそのものに目を向ける愛し方をしていれば――。
口に出してみると、マリアはより一層そうだという気がしてきた。
アダムは困難に直面した時に、頼る相手を見つけることが出来なかった。それはアダムの周りの人間が、打算的な愛情しか与えなかったからだ。
クリスティアーネだけでなくヘレナも、きっとそうだったのだろう。ヘレナは母親としてアダムを心配していたが、終ぞクリスティアーネに意見したことはなかった。
(子どもっていうのは敏感だから)
ヘレナはアスベルを心から愛している様子だった。マリアは直接聞いたことはないが、もしかしたら、アダムを通して、クリスティアーネの目を自分達から逸らす意図もあったのかもしれない。
「でも…」
物想いにふけるマリアの耳に、唐突にシロの声が割って入った。いつの間にか俯いていた顔を上げてシロを見ると、シロは何だか晴れやかな顔をしていた。
「もしそうなったら、ボクはご主人様に会えていなかったと思います。……ちょっと自分勝手ですけど、ボクは今のご主人様で良かったです。もしかしたら、シュティレも」
「そう…」
意識的なのか、無自覚なのか――。
過去を知るマリアからはアダムは闇に墜ちたように見えるけれど、シロやシュティレからすれば、アダムは光なのだ。
そして、使い魔達とシュティレだけが真っ直ぐにアダムを見ている。きっとアダムは、ずっと欲しかったものが急に目の前に差し出されて戸惑っているのかもしれない。一度は絶対に手に入らないと、諦めたことがあるから……。
「ねえ、シロちゃん」
「はい?」
「アダムのこと、お願いね」
自分が出来なかったことを他人に託すのは虫が良すぎるとは思ったが、きっとアダムを救えるのは使い魔達だけなのだろうという気が、マリアにはしていた。
『救い』とはなんなのか、マリアには定義出来ないけれど。
「もちろんです!」
曇のない表情で真っ直ぐに頷くシロに、マリアも笑顔を返した。
※
「魔法の威力は案外、気持ちに呼応することが多いから、詠唱する時は平常心を大切にね」
「はい」
クロの言葉をしっかりと胸の奥に落とし込みながら、私は呟くように呪文を唱える。
すると、左手に持った木の枝の先に火が灯った。篝火に丁度いい火力だ。
「よし!」
さっきやった時は、枝を灰にしてしまった。今度は上手く調節出来たようだ。
「うん。上手ね」
クロも満足そうに尻尾を左右に振って目を細めた。
前に無意識に時間を止める魔法を使ってしまったし、呪文を唱えなくてもイメージだけで魔法を使えると言われたけれど、なぜか今の私は、詠唱無しには魔法が使えなくなっていた。
それは精神的なものが大きいと思うとクロは言う。あの時と今との違いに気づく必要があるらしい。
(よく分からないな…)
あの時は必死だったから、何をどうしたのか覚えていないし――
――ヒュン!ヒュン!
その時、背後から風を切る音がした。驚いて振り返ると、私に向かって細かい茶色い石?のようなものがたくさん飛んでくるのが見えた。
「…え?」
「シュティレ!…ッ!?」
クロが咄嗟に私の前に出ようとしたが、何故かその場を縫い留められたように動きを止めた。驚いた顔をして、石が飛んできた方向を見た。釣られてクロの視線の先を見ようとしたけれど、その前に石が体に当たってしまうことに気がついて、咄嗟に頭を抱えて蹲った。
(……あれ?)
てっきり石が降ってくると思ったのに、いつまで経っても石が体に当たるどころか、近くに落ちた音すらもしない。
「――違う」
「…え?」
急にご主人様の声が聞こえたので恐る恐る顔を上げてみると、マリアさんの家のドアの前に険しい顔をしたご主人様が立っていた。
「違うって、どういう……!」
訊こうとして途中で気がついた。
さっき飛んできていた石が空中で静止していて、今それがご主人様が翳す右手の周りに吸い寄せられるように集まっている。どうやらこの石は、ご主人様が操っていたものだったようだ。
「魔法使いなら、瞬時に跳ね除けるか打ち消す魔法を使え。そうじゃなくても逃げろ。何が飛んできてるかも分からないのに、受けるつもりで蹲るな。下手したら死ぬぞ」
「ご、ごめんなさい…」
なぜかご主人様の言葉がいつもより冷たく聞こえて萎縮してしまう。
「ご主人様!」
「クロは黙っていろ。手を出すな。命令だ」
「!」
何か意見をしようとしたクロに対して、ご主人様は刺すような視線を向ける。
"命令だ"なんて、強い言葉でクロを諌める姿は初めて見る……。
「呆けている暇はないぞ。シュティレ」
「えっ…」
ご主人様が言ったか言わないかで、また石が私に向かって飛んできた。
(どうしよう?なんの魔法を使えば…)
石の速度がさっきより上がっている。あまり考えている時間はなさそうだ。けれど、咄嗟に使えそうな呪文が思い浮かばない。いくつか魔法は思い浮かぶけれど、呪文が思い出せない……。
考えている内に石は目の前に迫って来た。慌てて横に移動したけれど、
「痛っ!」
私が避けた瞬間、石も軌道が変わって私にぶつかって来た。頭なら足にかけて、拳で殴られたような衝撃を受けて、地面に倒れ込んでしまう。
「シュティレ!」
緊迫したクロの声がして、クロが側へやって来る足音がしたが、「ちゃんと魔法を使え。もう一度行くぞ」とご主人様の声が聞こえて、私は慌てて立ち上がる。全身が痛くて、思ったより速く動けない。焦る反面、なんだか懐かしい感覚がして、妙に頭が冴えてくる気がする。
「ちょっと待って下さい!ご主人様!」
「下がれ。クロ」
「ですが!」
「……だい、じょうぶ、だよ。きっと、意味があるから…」
ご主人様は、私に何かを伝えたいんだ。きっと教えてもらうんじゃなくて、自分で気づかないといけないこと。
「……シュティレ…」
クロはまだ心配そうにしていたけれど、大人しく下がった。
その様子を見たご主人様は、今度は何も言わずにまた石を飛ばして来た。
(逃げても追って来る……打ち消すイメージはよく分からないけど……風で吹き飛ばすようなことは出来ないかな?)
シロが変身する時に起こる、全身を包み込むような旋風を起こせたら……でも、そんな呪文は知らない。なら、イメージが大事かもしれない。
(魔法の威力には気持ちが影響する……)
それなら、シロが私を助けに来てくれるような……風が、私を守るイメージを浮かべて――
(お願い!)
風にお願いしてみた。――しかし、何も起こらない。
「キャッ!」
当然石は私にぶつかって来て、また倒れてしまった。
「今度は棒立ちか?俺は容赦しないぞ」
ご主人様は言葉通りに、また石を複数空に浮かべる。
「シュティレ。自然相手には、強気でいかないと駄目よ」
クロがそっと私に耳打ちする。
「強…気?」
強気と言われて、なんとなくご主人様を見る。
「そう。風を使うなら、風は自分の所有物だと思うの。……きっとあの時のあなたは、そうしたはずよ」
(あの時の…)
きっと時間を止めた時のことだ。あの時私は必死だった。斬られそうなシロを見て、止めてと叫んで駆け出した。だから、私が到着するまでシロが斬られないように、時間が止まった?
(それなら…)
――吹き飛ばせ!!
ご主人様が命令する時の堂々とした態度を思い出して、心の中で叫ぶ。自分の言葉を信じて疑わない。上手く行くと分かりきっている態度……それを、真似る。
すると、石が私にぶつかる直前、強い風が私を囲うように渦巻いて、石を散らした。散らされた石は、逆にご主人様へと飛んでいく。風に煽られたせいか、私に飛んできた時よりも更に速い。
「あ!」
なんとかしなければと思っていると、ご主人様の前で石は砕けて砂になった。その間、ご主人様は表情一つ変えなかった。
「よかった…」
ご主人様に石が当たらなかったことにホッとしていると、ご主人様は私の側にやって来た。
「まあまあだな……怪我は?」
そう言って私の腕に触れる。あまり強い力で触れられた訳じゃないのに、少し痛んだ。
「どうでしょう……大したことはない……と思います」
これくらいで弱音を吐いているのは情けないと思い言わないでいると、「大したことあるわよ!」とクロが割って入った。
「ご主人様。石を当てるなんて、いくら魔法の特性を気づかせるとはいえ、やり過ぎです!」
クロが毛を逆立てて、噛みつきそうな勢いでご主人様を見ている。
「それくらいしないと気づかないだろ。こいつは気が優しすぎるから」
「それでも、です!」
「大丈夫だよ。クロ。おかげで、分かった気がするから…」
「シュティレ…」
「クロ。おまえは家に戻ってろ。言われなくてもちゃんとするから」
「……頼みますよ」
クロは不服そうながら、言われた通りに家の中へと入って行った。
クロがいなくなると、「そのまま家に戻ると面倒だからな。ちょっと来い」と、ご主人様は私を手招く。
ついて行こうと立ち上がったが、
「…痛っ!」
思ったより打ち身が痛んで、足が止まる。
「……チッ」
「!」
小さく舌打ちが聞こえて、余計に体が強張った。
愚図だと怒らせてしまっただろうか?何か、罰があるかも……。
そう思って目を固く瞑っていると、不意に体が浮き上がった。
「…へ?!」
驚いて目を開けたら、ご主人様の顔が間近にあって驚いた。いつの間にか、横抱きにされている。
ご主人様は私を抱えたまま小屋に向かう。小屋の中に吊るされていたランプに火を入れると、小屋のドアを閉めた。そうして、私をゆっくりと床に下ろす。
何をするのだろうと思っていると、
「服を脱げ。怪我の様子を見たい」
「は、はい…」
肌を見られるのは恥ずかしいけれど、躊躇っていたら怒られそうな気がして、私は服のボタンを急いで外す。
「……慌てなくていい」
ふと、ご主人様が静かな声で言った。
「はい」
返事をしながらご主人様の顔を盗み見ると、ご主人様は苦痛を堪えるような、どこか辛そうな表情をしていた。
どうしてご主人様が辛そうにするのか分からなかったけれど、なんとなく訊いてはいけない気がして、私は服を脱ぐことに意識を戻した。
恥ずかしさを何とか堪えて下着姿になってみると、思ったよりあちこちに内出血の痣が出来ていた。こんな怪我をするのは、何だか久しぶりだ。
それでついまじまじと自分の痣を見ていると、「――悪かった」とご主人様の声がする。
「あ、いえ……気にしないで下さい。避けられなかった私が悪いんです。…私こそ、ごめんなさい」
容赦なく攻撃してきたご主人様は正直怖かったけど、あれぐらいされなければ、私は魔法を上手く使えなかったと思う。でもまだ、きちんと使えたとは言えない。私はただ石から身を守りたいだけだったのに、思いの外風の威力が強くて、反撃もしてしまった。
「おまえは悪くないよ。ただ、やはりまだ魔法の威力はコントロール出来ていないようだったけどな」
ご主人様はようやくいつもの優しい声音で言って、私の体に手を翳す。手の平がオレンジ色に輝いて、細かい光の粒が私の痣を消していく。体にぬるま湯をかけられているようで、すごく心地良い……。
いつも思うけど、すごい魔法だ。どうやって使うんだろう?
「よし。……もう服を着ていいぞ」
「はい」
私が服を着ると、ご主人様は「少し付き合え」と言って、小屋を出る。それに続くと、ご主人様は森の中に入って行った。
「おまえに、魔法の杖をやろう」
「杖?」
「そうだ。杖があれば、杖が媒介になって上手く力が伝わるだろう」
言いながらご主人様は辺りを見回して、木の枝を拾った。それを叩いたり振ってみたりして「よし」と呟いた。
「素材はこれで良いだろう。あとは…」
それから私に手を伸ばして、髪に触れた。何度か撫でてから手を離す。何をしていたのだろうと思ったら、ご主人様の手には長い髪が一本握られていた。その髪を枝に巻きつける。
「それから…」
ご主人様はおもむろに足下の小石を拾うと何言か呟いた。すると小石の角が鋭く尖って、ナイフのようになった。その尖った先で、ご主人様は自分人差し指を切りつけた。すぐに赤い血が盛り上がって滴る。
「ご主人様!?」
心配で駆け寄れば、「大丈夫」と短く言って、髪を巻いた枝に数滴血を垂らした。そして血の滴る指を口に咥える。
「ご主人様。さっきの魔法は使わないんですか?」
「さっきの?」
「私の怪我を、治してくれた魔法です」
「ああ。…こんな小さな傷に使うまでもない。そのうち血も止まる」
「でも、傷口から菌が入るかも……そうだ!これ…」
私はスカートのポケットからハンカチを取り出す。それを細く割いた。
「手を貸して下さい」
「いい」
「ダメです」
私はなんとかご主人様の手を捕まえては、指に割いたハンカチを巻きつける。
「いいと言ったのに……強引だな」
言いながらも、ご主人様の声は穏やかだ。
「ご主人様は、怪我をした私を放って置かないじゃないですか。それと同じです」
「おまえは替えがきく道具じゃないからな」
「ご主人様だって、替わりなんていません」
「……言うようになったな…」
呟いてはご主人様は私から目を逸らす。懐から透明な丸い拳大の硝子玉の様なものを取り出して、枝を地面に置いて、その横に硝子玉も置いた。そうして呪文を唱える。すると、枝が変化した。
鉄のような銀色で、私の身長くらいある。下から上に向かって渦を巻くような捻れた模様が入っていて、枝の先は鉤爪の様に曲がり、アーチの内側には四方から細い恐らく杖の素材と同じものが伸びて硝子玉のようなものを支えていた。何故か色が紫色になっていたけれど、それはただの紫色ではないのか、まるで星空のように、角度を変えると所々が金色にキラキラと輝いた。
「きれい…」
思わず声が洩れる。
「これをおまえにやる。俺の力も込めてあるから、おまえの魔力も調節してくれる筈だ」
「あ、ありがとうございます!」
手渡された杖は見た目に反して軽い。最初に拾っていた、枝くらいの重さしかない。気になっていた硝子玉は、触ると滑らかでひんやりとしていた。
「それは水晶だ。魔法を良く通すが、浄化の力もあるから、毒や呪いを受けにくいし守りにも適している。邪気を吸うこともあるから、たまに朝日に当てて浄化してやれ」
「はい」
まじまじと杖を眺める。なんだか一気に魔法使いらしくなった気がして、嬉しかった。
「ほら。見てないで練習するぞ」
「はい!」
それから夕方になるまで杖を使う練習をした。
ご主人様はどこか淡々と、必要なことだけ伝えて見守る。どこか厳しい表情をしているので、私も終始緊張していた。
(ご主人様、どうしたんだろう?)
夜明け前に私の秘密を話してくれた時から、何だか距離が開いたように感じる。
私をただの道具と割り切ったのだろうか?それとも、私がご主人様を恨むと思ったんだろうか?
どちらにしても、これ以上親密になりたくないと言われているようで、悲しかった。
「あの…ご主人様」
それでも私は気にしていないし、これからも何とも思わないと伝えようと思い隙を見て声を掛けると、
「なんだ」
ご主人様は冷たい目で私を睨んだ。
「…わ、私…は……これからも、これまでと変わりません…から……だから…」
その視線に怯んで、距離を置かないでほしいという、一番大事な部分が言えなかった。
「おまえ、可怪しいとは思わなかったか?」
「…えっ…?」
「おまえの存在は隠されてきたし、噂もごく一部の人間で共有されていた。魔法界の動きに詳しいジャスパーですら知らないくらいには、おまえはマイナーだったんだ。そんなおまえを、どうやって俺が見つけられたと思う?」
「……え」
ご主人様が何の話を始めたのか、私には分からなかった。けれど、予感があった。何か、聞きたくないことを聞かされる予感がする……。
「知っていたんだよ。最初から。ボルツがエメラルドの写しを作って盗んだことも、その先でおまえに魔力を定着出来たことも、全部」
「……」
「その後すぐにでもおまえを手に入れることも考えたが、お祖母様の目もあったし、貴族が取り合いをしていたと聞いたから、丁度いいと思ったんだ」
「ちょうど…いい…?」
そこでご主人様は、どこか楽しそうに笑った。
「色んな人間の好き勝手にされて、辛い経験を積めば、簡単に命令を聞くようになるだろうと思った。思った通り、ちょっと優しくしてやったら、簡単に俺のモノになっただろ?一から育てるのもありだったが、それをしてたら、ここまで俺に執着はしなかっただろうな。……我ながら、いい作戦だった」
「…作…戦?……最初、から…?」
「ああ。そうだ。最初からだ。おまえがいつ、誰に所有されていたか、俺はずっと把握していた。頃合いだと思ったところで、おまえを回収したのさ」
――嘘だ。嘘に決まっている。
ボルツさんに盗まれた鉱石の存在をご主人様が知っていたのだとしたら、ご主人様のお祖母様だって気づいたはず。きっとボルツさんが私を作る前に止めに入った筈だ。
「嘘だと思うか?……もっと言うなら、おまえの元主人、ダッツ男爵が屋敷に来ておまえを襲っただろ?あれも俺の仕込みだ。わざと居場所をバラした」
「…え…」
「あの時は俺が言った通り、ちゃんと助けが入って安心しただろ?ダッツ男爵もおまえを返せとしつこかったから、始末出来てちょうど良かった」
ご主人様は嘘が多い。どこからが本当で、どこからが嘘か分からない……どっちだったとしても、ご主人様の言葉はいつも、それなりに納得出来てしまうものばかりだ。
(分かってた…)
ご主人様は私を上手く使いこなす為の行動しかしていない。優しくしてくれるのも、たまに厳しいのも……きっと私はいつも、それに上手に乗せられて、ご主人様の都合の良い反応をしてきたんだろう。
分かっているけれど、それでもご主人様を好いてしまうのは、使役魔法のせいだろうか?
なんだか視界が歪むと思ったら、自分の涙のせいだった。涙が溢れて、止まらない。
「…悔しかったら、早く魔法を制御出来るようになるんだな」
そう言っては、ご主人様は私を残して家の中に戻って行った。
「…ちがう…」
悔しいんじゃない。
あんな嘘まで吐かれて、遠ざけられたことが――ご主人様にあんな嘘を吐かせた私の未熟さが、ただ辛かった。
本気で好きになられるくらいなら、恨んでほしいのかもしれないけれど、それは無理だ。ご主人様を恨むには、ご主人様を好きになりすぎた。
ご主人様はいつも、自分だけが悪いと思っている。確かに人を殺しているし、悪い事をしているのだとは思うけれど、それは仕方のないことだったのじゃないだろうか?私が助けを求める声を上げることを諦めたように、ご主人様にとっては、それ以外の方法がなかっただけでは?
私については、私はご主人様を恨む気持ちはない。むしろご主人様は、私の救いだった。だから、ご主人様が罰を受けるなら、私も受ける。
(どうしたら、受け入れてくれるかな?)
私は涙を袖で拭いながら、貰った杖を握り締めた。
「私が、上手く魔法を使えるようになって、ご主人様と肩を並べられたら……」
その時は、対等な人間同士として、話を聞いてくれるだろうか?
お読み頂き、ありがとうございました。
使い魔達とシュティレが、とにかくアダムに真っ直ぐなので、だんだん私も影響されて、アダムに対して早く素直になれよ!と思ったりしていますが、周りに押され過ぎて、アダムというキャラクターが歪まないように頑張ります。




