29.悪魔の子の真実
翌日。馬車…というか荷車に乗ってやって来たカント村は、砂埃の舞う、いかにも鉱夫の村という感じの村だった。
「ボルツさんと言うと……森の中に家を構えている家族のことですね。鉱山主とは知り合いみたいで、エメラルドの採掘権も持っているそうですが、富豪って訳じゃないですし、採掘してくるエメラルドも、宝石として売れない類の物ばかりですから、何というか……何をしているかよく分からない人ではあります。工作が得意で、よく石を加工した飾りを町に売りに行ったり、他の村人の依頼で建具の修理なんかもしてくれますけど」
ダニエル・ボルツについて尋ねると、親子の旦那からはそんな話が聞けた。
ボルツは、お祖母様の弟子と言うことで俺の実家の近くに妻子と住んでいて、よく家に通ってきていたが、俺が八歳の頃にはお祖母様の元を離れてしまったので、あまり記憶に残っていなかった。顔も曖昧なので、クロが頼りだ。
俺はカント村に着くと、家族に礼を言ってダニエル・ボルツが住むという家へ向かった。
聞いた通り、ボルツの家は森の中にひっそりと建っていた。母屋とは別に作業小屋や大きな竈がある。
家のドアをノックすると、やや間があって「はーい!」と若い女の声がした。躊躇いもなくドアが開いて、淡いブロンドの髪と鮮やかなブルーアイの女が顔を出す。年齢は二十歳前後といったところだろうか?
「……どちら様?」
見慣れない顔で驚いたのだろう。女は怪訝そうな顔をした。
「急な来訪で申し訳ありません。アダム・ウェスペルと申します。こちらは、ダニエル・ボルツさんのご自宅でお間違いないでしょうか?」
「は、はい……ダニエル・ボルツは私の父ですが……」
なおも娘が不思議そうにしていると、「どうした?」と家の奥から男が現れた。線の細い、内気そうな男だ。
男は俺を見ると驚いた顔をする。
「アスベル?!――いや、アダム君……か?」
「はい。アダムです。お久しぶりです。ボルツさん」
「驚いた……立派になって……ああ、立ち話もなんだから、さあ、入って」
ボルツに招かれてリビングに通される。勧められるまま椅子に座ると、お茶を持って来ようとする娘を制して、ボルツがお茶を淹れに行った。
では、ごゆっくりと、娘は俺に会釈すると家の奥に下がった。
(あまり警戒されてないな……お祖母様と確執が出来たわけじゃなかったのか?)
『ボルツは確か、鉱石の使い方についてクリスティアーネ様と揉めたことがあります。その後に、いつの間にか町を出ていたので、それからの足取りは不明でした。クリスティアーネ様も連絡を取ろうとしたのですが、捕まらなかったのです。……念の為、気を抜かないで下さい』
すかさずクロが念話して来た。
(分かった)
少しして、ボルツがティーセットを手に戻って来た。
「……あまり、君とは接点はなかったと思うけれど、何の用だい?」
ボルツは紅茶をカップに注いで渡してくれながら、優しげな笑みを称えつつも探るように俺の目を見つめた。
なるほど…警戒はしている…か。
「たまたま近くへ来たら、ボルツさんの名前を聞いたものですから、もしやお祖母様の弟子だったボルツさんではないかと思って訪ねてみたんですよ」
「なるほど。それで、わざわざ……。師匠は……お祖母様はお元気かい?」
なんだ。ボルツは知らないのか。なら、余計な言葉は不要だな。適当な会話をしながら探ればいい。
「祖母は十年前に他界しました。持病が悪化しまして……」
「十年前?そうか……弟子を辞めたとはいえ、葬儀に参列もせず申し訳ない」
「お気になさらず。――ところで、少し気になっていたのですが、ボルツさんは、なぜお祖母様の弟子をお辞めになったのですか?……見たところ、魔法使いとして活動しているようにも見えませんが…」
「それは……」
そこでボルツは気不味そうに視線を泳がせた。
ボルツに集中すると、ボルツの心に浮かんだ映像が俺の頭にも浮かんできた。それは、お祖母様のレシピ帳に封印されていたエメラルドだった。
(やっぱりな…)
俺は間接的にでもクロに触れていれば、相手の心が読める。上手く連想させれば、本音は聞きたい放題だ。ボルツはクロのことは知っているが、今俺が連れていることにはまだ気づいていない。
「思ったより、魔法の腕が上がらなくてね……妻子も居たし、仕事を優先したんだよ」
それなら、わざわざ遠くに行く必要はないように思う。実際ボルツは国を越えている。
俺の言いたいことが分かったのか、ボルツは顔を曇らせる。
「……本当の事を言うと、魔法が怖くなってしまったんだ。可能性が恐ろしい……というか……」
その時、再びボルツの内面が流れ込んできた。
――『魔力を高めようなんて…』
そう聞こえた言葉と共に浮かんだ情景は、どこかの家の中だった。妊婦が居て、定期検診だろうか?妊婦に話し掛ける医者の姿があった。
(なんの場面だ?)
魔力を高めるというのはエメラルドに籠めた魔力を使うということだとしても、それと妊婦の関連とは何だ?
「恐ろしい…ですか。確かに魔法は時に人の手には余るものだと思いますが、人間の魔力で出来る事など、たかが知れていますし、増幅する類の魔法陣でも使わなければ滅多なことはないですよね?」
カマをかけてみると、ボルツはますます落ち着かなくなってきた。元来、正直者のようだ。
「ああ、その筈なんだが……いや。こんな話は意味がない。せっかくアダム君が訪ねてきてくれたのに」
「構いませんよ。お祖母様も居ないことですし、愚痴の一つや二つ聞いたところで、俺は何もしませんから」
出来ればこの話を続けて欲しいところだったが、余程後ろめたいことでもあるのだろうか?
やはり『悪魔の子』と、魔力の籠もったエメラルドには関係性があるようだ。もう少し、踏み込んでみようか。
「そういえば……ある噂を聞いたのですが…」
「噂?」
「はい。なんでも、無限の魔力を持つ存在『ウィス・フォンス』が実在するとか」
「ウィス・フォンス?」
――『まさか……あの子はまだ生きていたのか?』
口では平常なボルツだったが、内面は酷く動揺している。
"あの子"……。やはり、シュティレのことだろうか。
「ええ。一部の貴族の間で囁かれている噂です。ご存知かもしれませんが、リィン国では今、魔法使いの軍隊を編成したり、どのレベルの魔法を扱えるかかが、貴族の格に影響するようになりました。名を上げたい下級貴族が、ウィス・フォンスを用いて一時的に魔力を高めているとか。とはいえ、ウィス・フォンスを欲して争いが絶えず、どこに居るのかは不明ですが」
「そんなことが…」
その時、ボルツの浮かべた情景が流れ込んできた。灰色の髪に桃色の瞳をした、幼い少女。
(やはり、ボルツはシュティレを知っているんだな)
「もしかして、ウィス・フォンスを探してこいと言われたのかい?師匠が亡くなったということは、君がウェスペルの当主なんだろ?」
――『探しているというなら厄介だ。適当なこと
を言って、私は無関係だと思ってもらわ
ないと……』
残念ながら、ボルツの本音はダダ漏れだ。
俺を国の回し者だと思っている割には、随分無防備だな……ウェスペルの当主なら、クロがついていると思ってもよいものだが。……もしかしてボルツはお祖母様亡き後はクロも死ぬという約束を知っているのだろうか?
「流石に国も、噂の域を出ない存在を探したりしませんよ。俺もそんなものは、優秀な魔法使いの噂に綾がついて話が大きくなっただけだと思っていますしね。今はどこの国も小競り合いばかりしていますから、ウィス・フォンスのような存在を求めたりするんでしょうね」
「そうだな。――アダム君は……いや、何でもない。ご両親は、元気かい?」
――『私や師匠を恨んでないだろうか?』
(恨みか……生まれを呪ったことはあるな)
俺の場合は運が悪かったようで良かったんだろう。今の時代、生まれた家で人生の大半が決まる。それを変えたければ多少痛手を被っても動くしかない。それこそ、死物狂いで……そこまでのリスクを背負っても変わらないこともあるのだから、本当に嫌な世界だ。
ただ、俺は力があった。魔力で多少のことは捻じ曲げられる。シュティレだって俺のものだ。貴族の玩具になんかさせるもんか。
「ええ。最近は会っていませんが、二人でのんびり暮らしていますよ」
知らないなら語る必要はない。どうせもう訪ねることはないのだから。
「そうか。君は――幸せかい?」
――幸せ…か……どうだろうな。
「まあ、好きにやらせてもらってますよ。小言を言う人も居ませんし」
面倒だから笑って返せば、ボルツは気遣わしげな表情を見せた。
「うちの娘は、近々結婚するんだ」
「それはそれは……おめでとうございます」
「ありがとう。君には、良い人はいないのか?余計なお世話だとは思うが、少し……心配だ。君が、何か無理をしているのじゃないかと…」
「当主って立ち場が面倒ですけど、協力してくれる連中も居ますから大丈夫ですよ」
「なら、いいんだが……」
言いながらボルツの心は、幼い頃の俺を思い浮かべ、やがてそれが幼少期のシュティレに変わった。そして、一瞬魔法陣が過る。
(これか!?)
そうか……魔力を移すのに術式があったのか。なら、図形さえ覚えれば理解出来る。自白させるか。
「ただ、ちょっと困ったことがありましてね」
「困ったこと?」
「はい。実はこの……お祖母様のレシピ帳の中に、膨大な魔力を籠めたエメラルドが封じてあるんですが、まだ一度も使っていないのに、エメラルドに干渉した跡が見られまして……これは勘ですけど、エメラルドの魔力が、何者かに勝手に移された可能性があるのではないかと……ボルツさんは、エメラルドの存在は知ってますか?」
「……ああ。知っている……そもそも、宝石に魔力を籠められるのを発見したのは私だ」
「そうですか。でしたら、この魔力の出所と使い道もご存知ですね?」
「……ウェスペル家が魔法使いとして有り続ける為に使うと言って、師匠が質の良かったアダム君の魔力を籠めたんだ」
――『アダム君は知っていたのか……師匠が遺言
で伝えたのか?……それにしても、魔力を抜い
たことが何故バレた?痕跡が残るのか?』
なるほど。ボルツは魔力の籠もったエメラルドを複製し、バレないうちに弟子を辞めて逃げたというわけか。
「では、エメラルドに干渉した人物に心当たりは?」
「――すまない……分からない。きっと私が弟子を辞めた後のことだろう」
「このエメラルドは大変危険な物です。どの程度使用できるか試していないのではっきりとは分かりませんが、それこそウィス・フォンスに匹敵する類の魔力は籠められています。それを使って魔法を使うだくならまだしも、任意の相手に渡せて、尚且つ複数回使用可能となれば、一気に均衡は崩れます。……本当に、心当たりは無いですか?」
「……」
ボルツは目を見開いて、冷や汗をかき始めた。
ふと、どこかの部屋の情景が頭に流れ込んできた。その部屋にある本棚の背板の一部に引き戸があって、中に一冊の本……もしくは手帳らしきものが収納されていた。ボルツの意識は、その書物に注がれる。
(そこに書いてあるのか……でも、どこだ?この家にある部屋か?)
――『やっぱり、燃やしておくんだった…』
ボルツの心の声が呟く。
「……残念だが、私にはさっぱりだ……」
心を読むまでもなく、ボルツの挙動はどうも怪しかったが、ここで探りを入れて証拠を消されるリスクを上げる訳にはいかない。ここは大人しく引き下がるか。
「そうですか。もしかしたら、俺が神経質過ぎたのかもしれませんね。……ただ、エメラルドのことは他言無用でお願いします。さっきも言った通り、危険な代物なので」
「……分かってる」
これにはボルツは力強く頷いた。
どうやら他人に伝授したりはしていないようだ。それなら、エメラルドの複製も、シュティレに魔力を移したのも、ボルツの仕業ということか。
「では、そろそろ帰ります。お元気なようなので」
「そうか?食事くらい、食べていけばいいのに…」
「突然やってきたうえに、そこまでご厄介にはなれませんよ」
そう言って戸口に向かう。
「お顔を見られて良かったです。お元気で」
「アダム君こそ、元気で。また、いつでもおいで」
出来れば来ないで欲しいとボルツの本心は言っていたが、それには気付かないふりをして笑顔で会釈して、ボルツ宅を出た。
しばし村へ戻る道を進み、ボルツの視線が無くなると、道を逸れて再び森の中に戻った。遠目でボルツの家が視認出来る位置にまで戻っては足を止める。
そうして、心の中だけで呪文を唱えた。
すると、ボルツの家と周囲の半径五十メートル以内に変化が現れた。風にそよぐ木の葉の動きも、周囲を飛ぶ鳥の動きもまるで絵画であるかのように不自然に止まった。
「ご主人様?」
クロが鞄から頭を出して俺を見つめた。
「さっき見えた本を覚えてるか?」
「はい」
「時を止めてあるから、取ってこい」
「承知しました」
クロは頷いて鞄から出ると、家の中へ入って行く。
ボルツの様子からして、あれは部屋の様子だと思われる。ご丁寧に本棚の裏であることまで見せてくれたからな。クロならすぐに見つけてくるだろう。
(それにしても…)
もしエメラルドの魔力の写しがあって、その魔力を直接人に移すことが出来たのだとしたら、シュティレはウィス・フォンスと言うよりは、俺のコピーのようなものだろう。
俺は魔力の質が良く、少量の魔力で高いレベルの魔法を使うことが可能だったが、他人に魔力を渡せばその分消耗するのは変わらない。魔力を与え続けることは不可能だ。渡す量にもよるがシュティレのように相手の魔力が向上したように見える程に渡した場合、一週間は魔法が使えない。
だが、シュティレは魔力の回復が速いと見紛うほど魔力量が多い。毎日魔力を吸われても体が怠いくらいで済んでしまう程には。ひょっとしたら、魔力が減った時だけでなく、常に大地や気流から魔力を吸っているのだろうか?
「ご主人様」
気がつくと、人型のクロが本を片手に目の前に立っていた。
「速かったな。やっぱり家の中だったか」
「はい。二階の、恐らくはボルツの部屋にありました」
「そうか」
「……ところで。始末しなくて良かったんですか?」
人気がないのを良いことに、クロは平然と言う。
「言ったろう。あと殺すのはヒースだけだ。殺すにしたって、何人殺せばいいんだ?ボルツを殺したら、ボルツの妻子も、なんなら、この村まで連れてきてくれた家族まで殺すことになりかねない。面倒だ」
「それもそうですね」
こいつ……分かっていて言わせたな……。
「では、シュティレには話すんですか?そういえばマリアにも協力をお願いしてましたね」
「詳細が分かり次第二人共に話す。どう受け取るかは、シュティレ次第だ。まずは、帰るか」
「ワープですか?」
「ああ。そろそろ時間停止の魔法も解ける。すぐにはボルツに気づかれないとは思うが、探しに来られたら厄介だ」
「一気にマリアの家に飛ぶんですか?かなり距離がありますけど……」
「何回かに分けて飛ぶから大丈夫だ。それに、家にはシュティレが居るだろ。疲労が強かったら、シュティレから魔力をもらう」
クロは呆れた様子で溜め息をつく。
「なんだよ。シュティレはその為の道具だろうが」
「まあ、そうでしょうけど……いいんですか?シュティレがウィス・フォンスになったのは、クリスティアーネ様が作った魔力入りのエメラルドのせいなんですよね?」
「それが?俺の魔力が元なら、シュティレは生まれつき俺の為の道具だったってことだろ。今まで以上に堂々と使える――というのは冗談にしても、シュティレが俺を選んでくれたのは事実だ。大丈夫だろう。……まあ、シュティレが"おまえのせいで今までの不幸があったんだ"と逆恨みして来たら、返す言葉がないが…」
「シュティレはそんな子じゃないですよ!それに、ご主人様だって好きでエメラルドに魔力を籠めたわけじゃありません。……クリスティアーネ様が、無理にやらせたことです」
「そうだとしても、元凶である俺に更に現在も捕らわれて使役されているとなったら、思う所はあるだろう?」
「それでも、シュティレがご主人様を見限ることは絶対にないと思います」
「何だ?さっきおまえ、シュティレが俺を恨む心配をしていたんじゃないのか?」
「そう思われるように振る舞っただけです。本当は、ご主人様が最初に仰ったように"大丈夫"と言い切ってほしかったのです」
「――俺は、そこにどんな意図があったにせよ、お祖母様を赦せなかった。シュティレだって、そう思う権利はある。……笑えるよ。俺はシュティレを救った気でいた。その対価に魔力を貰っていたのに、俺自身がシュティレの不幸の原因だったなんてな…」
「ご主人様…」
「だから、シュティレが俺を恨んで牙を向いても、俺を助けようとするなよ」
「えっ?」
「シュティレは思考も行動も、何一つ自由に選択出来なかった。だから、これからは自由にさせてやりたい」
理不尽に自由を奪われる気分は俺もよく知っている。シュティレが復讐すると言うなら、俺は甘んじて受けよう。俺もそうしたのだから。
「ご主人様……それでもきっとシュティレは――いえ。何でもありません。帰りましょう」
クロは何かを言いかけ、結局諦めて猫の姿になると、俺の肩に乗った。
「そうだな。まずは帰ろう」
なるべく疲労が少ないように、三回くらいに分けて飛ぼうか。
「……ご主人様。今日はずいぶんと素直ですね」
「そうか?いつも通りだと思うがな」
お読み頂き、ありがとうございました。
シュティレの出生についてが明かされたわけですが、なんだか余計に暗い話になってしまいました。
ただ暗いだけにはしないように頑張ります。




