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宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第二部

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23/48

23.マリアの思惑

 それからは特に動きもなく、夕方には姉さんとシロが帰宅した。

「少しは慣れたかと思いましたけど、まだまだですね…」

 シロは変身を解いてイタチに戻りながら言った。

「変身しっぱなしは疲れます。だけど、裁縫はすぐ出来るようになりましたよ!今日も五着は仕上げました」

 疲れを解すように、嬉々として俺に報告してくる。

「そうか。ご苦労」

 そう言って撫でてやれば、シロは目を丸くした。

「……ご主人様。今日、すごく優しいですね――何かありました?」

 シロにしては、珍しく察しがいいな。だが、姉さんもいる状態で出来る話じゃない。家の中では念話が出来ないからな。

「いいや。良さげな仕事も家も見つからないから少々疲れた」

「そうですか……お疲れ様です!ボクとマリアさんで、おいしいごはんを作ってあげます♪」

 シロは姉さんとキッチンに立っては調理を始めた。クロとシュティレも自然と手伝い始め、俺は一人、取り残される。

「本当に良い子たちね……アダムには勿体無いわ」

 姉さんはそう言って笑う。

「俺の躾がいいんだよ」

「どうかしらね?不出来な主人を支えるのに必死とか?あなた、魔法以外に取り得ないからね」

「……」

 悔しいが、その通りなので言い返せない。

「そんなことは、ないです……アダムさんは、ものを教えるのが上手…だと思います。私は、アダムさんに読み書きを教わりました。勉強したことがない私でも、分かりやすかったです……それと、ピアノも上手です」

 ジャガイモの皮を剥いていたシュティレが手を止めて言う。思わぬ援護射撃に、姉さんも俺も目を丸くした。

「ごめんね。シュティレちゃん。久しぶりに会えたのが嬉しくて、ちょっとからかっちゃった……でも、フィアンセの前で言っていい冗談じゃなかったわね」

「い、いえ……私こそ、むきになっちゃって、ごめんなさい」

 シュティレは顔を真っ赤にして首を振る。

(芝居か?それとも、シュティレの意思か?)

 シュティレが意見するのは珍しいが、さすがに芝居ではないか。姉さんの反応が自然だ。

「良かったわね。アダム……羨ましいわ」

 そう言う姉さんの瞳は、どこか哀しげだった。

 

          ※

 

 その夜。

 ベッドに入ると、すぐに眠気がやって来た。

 クロとシロも、部屋の隅のクッションの上に丸くなっている。

 隣国に逃げたというのに、なかなか気が抜けない毎日だ。少し休めればと思って姉さんを頼ってみたが、休んでいる場合じゃないようだ。

(いや……これは、俺が焚き付けてしまったのか?)

 俺が現れたせいで、姉さんはあらぬ夢を見てしまったのかもしれない。元々、魔法も魔術も好きな人ではなかった。

 それでもそれらを使う決断をしたのは、姉さんを抜いて唯一母さんと血の繋がりがあるのが俺だという事実があるからだ。

 もしそうなら、姉さんが狙っていることは――

 

「アダムさん……」

 

 シュティレに呼ばれて目を開けると、シュティレは俺にピタリと体を寄せてきた。

 吐息すらも感じる至近距離。

 普段は俺が意図的に距離を詰めることはあっても、シュティレの方から詰められることはなかった。そういうことはしない娘だと思っていたのに……掛けられた暗示のせいだろうか?

「…どうした?…っ!」

 少し動揺する心を落ち着かせて訊きながらシュティレの方へ顔を向けると、唐突にキスをされた。それと同時に、魔力が抜けていく。

(なるほど。ハニートラップってやつか?)

 しかし、俺から魔力を抜いてどうなる?まさか、殺すつもりじゃないよな?

 抵抗しようとしてみたが、魔力が抜けていることの弊害として体が怠く、思うように動けなかった。

 そんな様子を見て取ると、シュティレは俺から体を離し、どこからか長細いものを取り出した。暗がりでよく見えないが、掌に収まる程の小さなものだった。

 シュティレはそれを、俺の腕に向けた。

(ああ…そうか……抵抗されないように魔力を抜いたんだな…)

 朧気にそんなことを思ったその瞬間、シュッ!と風が通り、シュティレがベッドから転げ落ちた。


 グルルゥ〜……

 

 低い唸り声がする。転げ落ちたシュティレを毛を逆立てたシロが床に押さえつけていた。

 その隙にゆっくりと起き上がる。

「ご主人様!大丈夫ですか?」

 クロがそう言ってベッドに乗ってきた。

「ああ。少し怠いが、大丈夫だ。それより…」

 俺はベッドから出て、シュティレに近寄った。

 シュティレは押さえ込まれたことで観念したのか大人しい。

「ご…ごめん…なさいっ」

 そう泣きながら謝った。もう、暗示は解けたようだ。

「シュティレ…」

 シロもいつもの様子に戻り、押さえていた体を放す。慰めるようにシュティレの頬の涙を舐め取った。それでもシュティレの涙は際限なく零れ続けていて、譫言のように謝り続けている。

「シロ。下がってて良いぞ」

「……はい」

 シロは心配そうにシュティレを見ながらも、大人しく下がった。

「シュティレ」

 名を呼ぶと、シュティレはビクリと体を震わせては、慌てた様子で体を起こし、俺に向かって頭を下げた。

「ごめんなさい!私……」

「悪いと思っているなら、顔を上げろ」

「…っ」

 シュティレは涙に濡れた顔を上げ、怯えの浮かんだ瞳で俺を見つめる。

 俺は逃げ場を奪うようにシュティレの両頬に手を添えて挟み込んだ。

「おまえは誰のものだ?」

「ご、ご主人様…の、もの…です…」

「ならなぜ、姉さんの暗示に掛かるようなマネをした?」

「…ごめんなさい」

「それはもういい。理由を話せ」

「……マリアさんが…かわいそうに、思ったからです…」

「姉さんが可哀想なら、俺を裏切ってもいいのか?」

「っ!…いいえっ!裏切るなんて…そんな……私は、ただ、ご主人様の血を少し持ってきてほしいと言われて…」

「それが裏切っていると言うんだ」

「!」

「暗示に掛かったふりをして、俺に相談すれば良かっただろう?それをわざわざ操られたりして……意思が弱すぎる。おまえが有無を言わずに聞くべきは俺の言葉だけで、他の奴の言葉に従う必要はない。おまえは、誰にも負けないだけの力を持っているウィス・フォンスであることを、そろそろ自覚しろ」

「……はい」

「分かったならいい。……血が欲しかったんだったか」

「え…」

 シュティレは驚いたように口を開けたまま固まった。

「姉さんの動きを探るためにも、やられたふりをしよう。だからおまえは、予定通り俺の血を姉さんに届けろ」

「…でも」

「大丈夫。姉さんがやりたい事は大体分かった。だから、知らないふりをして、現場を押さえる」

「わかり…ました」 

「ご主人様。これ…」

 クロが先程シュティレが持っていたものを持って来る。それは注射器だった。

「これに血を入れて持って行くんだな?」

 シュティレに確認すると、「…はい」とシュティレ消え入りそうな声で答えた。

「クロ。出来るか?」

「はい」

 クロは荷物から包帯を取って来ると、人型に変身し、注射器を使って手早く俺の腕から血を抜いた。シリンジ一杯に血を取ると針を抜き、包帯を腕に巻いて止血する。

「手慣れてるな…」

 針の刺さった痛みすら感じなかった。クロにこんな特技があるとは驚きだ。

「昔、見たことがあったんです」

「見ただけで出来るものか?」 

「私は、優秀なので」

「そうか」

 得意気に笑うクロの頭を撫でると、シロの視線を感じた。

「シロ」

 それで手招けば、シロは嬉々として傍へやってくる。

「さっきは助かった。ありがとう」

「えへへ……当然のことをしただけです」

 シロも念入りに撫でてやると、嬉しそうに喉を鳴らした。

「さて。シュティレ。これはもう渡しに行くのか?」

「は、はい…」

 シュティレはまだ怯えたように小さくなっている。

「なら、行ってこい。暗示が解けたことは悟らせるな。……出来るな?」 

「が、頑張り…ます…」

「シュティレ……俺はもう怒っていないから、そんなに怯えるな」

「ごめんなさい……でも、私のせいで、ご主人様に苦労をかけました…」

「そう思うなら、これからの働きで挽回すればいい。必要以上に落ち込むな。俺には、おまえが必要だ」 

 俯くシュティレの頬に手を伸ばして触れると、シュティレは驚いたように顔を上げた。また瞳に涙が浮かぶ。

「だから、泣くな。姉さんが勘づくだろ?」 

「…はい」

 シュティレは自分の手で乱暴に涙を拭っては、表情を引き締めた。

「それでいい……行ってこい」

「はい」

 シュティレは注射器を持って部屋を出た。

「シュティレ…大丈夫でしょうか?」

 シロが心配そうにシュティレの消えたドアの先を見る。

「大丈夫だ。早ければ明日には動きがあるだろう。いつでもフォロー出来るように構えておけ」

「はい」

 

           ※

 

 翌朝。

 ベッドで寝ていると、人の気配がしたので目を開けた。

「アダム。具合悪いって本当?」

 姉さんが腰に手を当て、心配そうに俺を見下ろした。

「……ああ。ちょっと、怠い。軽く目眩もするから、落ち着くまで寝てていいか?」

「それは、構わないけど……寝てるだけで大丈夫?医者に見せたほうが良くない?」

「治らなかったら、そうする」

「それがいいわね。……何か、欲しいものある?」 

「大丈夫。クロに動いてもらう」 

 そう言うと、姉さんは呆れた。

「使い魔ってのは便利ね。じゃあ、私は仕事行くけど、またシロちゃん、借りてっていい?」

「ああ」

「ありがとう。じゃ、お大事に」 

 姉さんは俺の頭をポンポンと撫でては部屋を出て行った。

「……もう子どもじゃないんだけどな…」

 姉さんの中では俺はいつまでも"可愛い甥っ子"なんだろう。

(けれど、姉さんは…)

 姉さんの心の中にはいつまでも母さんへの執着がある。俺の事も、母さんを通してしか見ていない。気丈に振る舞っているが、本当は心に大きな穴を抱えている。その穴を埋めようとして、がむしゃらに何かを求めている内に、引き返せない泥沼に嵌ってしまうのだ。

 そうなる前に、過去と決別して自分の未来に目を向けなければならない……。

 俺も似たようなものだから強くは言えないが、幸か不幸か、今この時に、俺が居合わせた。

 人助けをしようと思える程善人でもないが、身内の事くらいには、首を突っ込んでもいいだろう。

 

 ――『アダムは本当に、本が好きね』

 

 幼い頃に見た、姉さんの笑顔が頭を過る。

 会いに行けば必ず、暖かい笑顔で出迎えてくれた。お菓子をくれて、本を読んでくれた。

 家ではお祖母様と魔法の特訓をするばかりで、母さんに甘える暇さえなかった俺には、姉さんの家に行く時間が唯一の癒しだった。

 たとえ姉さんが俺を見ていなくても……自分の姉との関係を切らないために必死に取り繕っていただけだったのだとしても、俺が姉さんに救われていたのは事実だ。

(だからこれは、恩返しだ)

 俺が出来る、最大限の。

 

           ※

 

 今日は、仕事をしてもなんだか落ち着かない。

 ――理由は分かっている。今が物凄く、ツイてる状態だからだ。

 私はそっとスカートのポケットの中の物を確かめるように触る。それは人差し指の長さ程の細長いガラス管だった。

(うん。夢じゃない)

 昨日、忘れ物を家に取りに行ったら、シュティレちゃんが私の日記を読んでいる所に出会した。

 始めは気不味さや怒りが込み上げたけど、ふと冷静になってみれば、これはチャンスだった。

 私の日記には、幾つかの魔術を掛けて封印をしてあった。魔力のない者は解除出来ない。それを解いたのだから、シュティレちゃんは魔術か魔法の心得があったことになる。しかも、相当優秀に違いない。だって、二度と見ないようにと思って、掛けた私ですら解除には半日掛かるようにしてあった。仮に私が仕事に行った後から解読を始めたとしても解除するのが早すぎる。

 それに、そんなに早く見つかる場所には置いていなかった。家の中をクローディアと一緒に掃除していたはずだから、掃除の最中、もしくはそれが終わってから見つけたということだろうと思う。

 そして、きっとシュティレちゃんの性格なら、鎖を巻かれて封をしてあるものを、勝手にこじ開けるような性格はしていないと思う。アダムやクローディアならあり得るけど、あの時クロは傍に居なかった。なら間違いなくシュティレちゃんが解除したのだろうし、だとしたら本人も意図しないうちに解除してしまったと思われる。

 そんなことが出来るからには、きっと相当な魔力の持ち主だ。

 だから私は、一か八かシュティレちゃんに暗示を掛けることにした。魔力が高い人にとって暗示は簡単に解けるほどの拙いものだけれど、シュティレちゃんは日記を読んでいたこともあって私に同情的だったから、すぐに掛かった。

 ――アダムから血を盗んで来て欲しい。

 それが私が掛けた暗示だった。

 本当かどうかは知らないけど、アダムはシュティレちゃんをフィアンセだと言っていたし、同じベッドで眠っていたから、親しい間柄なのは間違いない。だったら、アダムの油断した隙に血を抜いて来ることも可能かもしれないと思ったけれど、本当に出来て驚いた。

(そのせいか分からないけれど、アダムは体調が悪いみたいだし…)

 ――さっきから心臓の鼓動が煩い。こんなにも目標に近づいたのは初めてだ。

 

 姉さんが死んだ日。私も死んだ。

 何をする気力もなく、毎日泣いては疲れて眠るの繰り返し。その頃既に両親は他界していたし、他に心配してくれる人も居なかった……いや。お店の従業員のみんなは毎日家に通ってくれたっけ。さすがにみんなには悪くて、空っぽのまま仕事の指示だけは飛ばしていた。

 何度も忘れようとしたけれど、ふとした瞬間に姉さんが浮かんでしまって、その度にもう会えないという現実に打ちのめされた。その度に死んでしまいたくなったけれど、悪運が強いのか、自殺はどれも成功しなかった。

 そんな日々が一年続くと、お店の仲間のおかげもあって、次第に姉を失ったことを考える時間が減ってきた。狂ったように仕事に打ち込んだせいもあるかもしれない……。

 そんな時、アダムが未だ行方不明なのだと、ウェスペルの分家の人から聞いた。魔法学校を中退してから行方が知れないと。

 それで暇を見つけてはアダムを探し歩いた。魔法学校、姉さん達の家があった場所、昔一緒に遊びに行った場所など、アダムが興味を持ちそうな場所を探した。

 けれど、なかなかアダムは見つからなかった。その代わりか、私は隣国でとある魔導書に出会った。

 私の国とは違って、魔法使いを大々的に使っている国だけあって、魔法具や魔導書を扱う店が多かったから、つい興味を引かれて見て歩いたのだけれど、その中に一際目を引く魔導書があった。

 それは召喚の魔法と、呼び出せる精霊の名前の書いた魔導書だった。実家が時々転送の魔法の才能を持つ人が生まれる一族だったこともあって、召喚には興味を持った。

 何となく中を流し読むうちに、死者を召喚出来る魔法を見つけた時には、心臓が止まったかと思うほど驚いた。正確には、霊魂を呼ぶことが出来るという魔法だったけど、この魔法を見つけたせいで、私は再び姉に会いたい衝動に駆られることになる。

 呼び出しの条件が難しくて、それからの私は、アダムを探すことよりも、この魔法を実行することに注力した。

 

 「マリアさん。大丈夫ですか?」

 横から声が掛かり、私は物思いから覚めた。

 顔を上げれば、シロちゃんが首を傾げていた。今は変身の魔法で青年の姿をしているけれど、この仕草と丸い瞳は、イタチの姿の時のそれと変わらなく可愛らしい。それでこちらも自然と笑顔になった。

 こんな可愛らしい使い魔を連れているだなんて、アダムも案外昔と変わらないのかもしれない。

 アダムは、読書と動物が好きな子どもだったから。

「ごめん。ちょっと考え事してて……あ、そうだ」

 シロちゃんには悪いけど、やっぱり今が好機だと思う。

「ちょっと家に忘れ物してた。取りに行って来る」

 そう言って腰を浮かしかけると、シロちゃんが止めた。

「それなら、ボクが行ってきますよ。足には自信があるんです♪」

「気持ちは嬉しいんだけど……どんなものか説明するのは難しいから、やっぱり私が行く」

「そうですか……なら、お気をつけて」

「うん。ごめんね」

 シロちゃんに見送られて店を出ると、私は早足に道を戻り、人通りが少なくなってくると、駆け出した。

(私も魔法、使えたら良かったんだけどな…)

 以前は少しなら使えた転送の魔法も、姉さんの死後使えなくなった。けれど魔導書が読めるくらいなんだから、まだ魔力はあるのだと思う。

「ハァ、ハァ、ハァ――すぅ〜……」

 家まであと百メートルを切った辺りで走るのは止めて呼吸を落ちつける。寝ているはずのアダムを起こさないようにしたいし、走って来たことを悟られたくない。アダムは時々勘が鋭いことがある。何事かと聞かれて言い訳するのは面倒だ。

 ドアを開けて家に入ると、一階はしんと静まりかえっている。人の気配がしない。

「二階かな?」

 アダムが寝ているのだし、看病をしにシュティレちゃんもクロもアダムの所にいるのかもしれない。

 そう思ってゆっくりアダムに貸している部屋にやって来ると、ドアをノックした。すぐに「はい」とシュティレちゃんの声がする。

「マリアだけど……アダム、大丈夫?」 

 声を掛けながら部屋に入ると、ベッドの横に佇むシュティレちゃんの姿があった。アダムはまだ横になっていて、静かな寝息を立てている。クロの姿は、見当たらない。

「マリアさん…わざわざ様子を見に戻られたんですか?」

「うん。まあね。そんなところ…」

「そうですか。アダムさんなら、さっきまで起きていたんですけど、"眠い"と言われて眠ったところです」

「その様子なら、大丈夫そうね。……そういえば、クロは?」

「アダムさんに食べさせる果物を買ってくると言って、十分ほど前に出ていきました」

「そう」

 ――なら、すぐには戻らないか。

 市場へは歩いて三十分はかかる。猫の姿で走るにしても、帰りはそうはいかないだろうから、どんなに速くても一時間は戻らないとみたほうがいい。

 アダムは寝ているし、今なら……。

「ねぇ。シュティレちゃん」

「はい?」

「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、一緒に来てくれない?」

「はい」

 私はシュティレちゃんを連れて、一階に降りると、家を出て隣の小屋に向かった。普段は庭掃除用の箒とか、草刈り用の鎌が置いてあるだけだけど、今は少しスペースを作って、"別の物"も置いてある。

「少し埃っぽいけど、我慢してね」

 シュティレちゃんが小屋に入ったのを見届けて、小屋の中に置いていたランプに火をつけた。そうして小屋のドアを閉める。

「…え」

 ランプの灯りに照らされた小屋の中……正確にはその床に目を向けてシュティレちゃんは小さく声を上げる。

 そこには、魔法陣が描かれていた。

「あの……これは…?」

 シュティレちゃんは動揺していたけれど、私は何だか気分が上がっていた。

「見ての通り魔法陣よ。これはね、召喚に使うの」

「しょう…かん…?」

「特定の誰かを呼び寄せるのよ。やってみたくて今日まで準備をしてきたの。シュティレちゃんのおかげで、ようやく叶うわ!」

 自分で言いながら更に興奮してきて、今までにないくらい口角が上がっているのが分かった。

 

 ――ようやく、姉さんに会える……。

 

 この召喚にはいくつか条件がある。その一つが、『血縁者の血』だった。召喚する際に、陣の中央に血の入った盃を置く。その血の情報から、霊魂を呼ぶそうだ。これは私の血でも良かったけれど、ちょうど良く居たし、私ので上手くいかなかった場合の保険にアダムの血も貰っておいた。

 ただ、ここまでだと死者を呼べても、一分間現世に留めるのが限界らしい。更に、一度呼んだ死者は二度と呼べない。

 ――なら、長く現世に留めるにはどうするのか?

 それは、霊魂の依代となる人間を用意すること。

 要は、呼んだ霊魂を取り憑かせるのだ。

 性別が同じで、年齢はなるべく死者の死亡時の年齢に近ければ近い程良いとされている。髪の色や肌の色など、生前の死者の特徴と似ている所があればあるほど成功しやすいそうだ。

 依代にすると、もうその人は元の人格には戻らない。完全に憑依させた死者そのものになる。だがらこそ、居なくなっても心配されない類の人間が必要だったけど、そんな都合の良い人間がなかなか見つからなくて焦っていた。

 一度は死体を復活出来ないかと思って、町医者を唆して作った、他人から生気を吸い取って万病に効く薬とした霊薬も試してみたけれどダメだった。 

 

 ――そんな時に現れたのはシュティレちゃんだ。

 

 年齢は若いけれど女の子だし、アダムに会うまでは奴隷同然だったと言うから、居なくなっても騒ぐ家族もコミュニティもない。気にするならアダムだけだけど、今は寝込んでいるし、ちょうどいい。文句を言われる前にやってしまおう。

(アダムだって、お母さんに会えるんだから、嬉しいはずよ)

 そう。結婚なんかするから不幸になるんだ。私がアダムを守らなきゃ――。

 

「あの……私は、何をしたら?」 

「ああ、そのままそこで待っていて。まずはちゃんと召喚出来るか試さないと…」

 私は魔法陣に手を翳して、呪文を唱えた。すると、魔法陣が赤く光始めた。

「よし!私でも召喚出来た!……後は情報として私と、念のためアダムの血を入れて……」

 陣の中央に血の入った盃を置くと、そこからゆらゆらと煙が上がった。天井付近まで伸びた煙は、やがて少し縮んでは、何かを形作り始めた。それが人のようだと思った時……

 

 バンッ!

 

 勢い良く小屋のドアが開いた。

「俺のシュティレをどうする気だ?姉さん」 

 そこには険しい顔をした、アダムの姿があった。

お読み頂き、ありがとうございました。

皆さんには、「もう一度会いたい」と思う人はいますか?――と、使い古された言葉を置いてみます。

この物語の世界では、この願いを叶えてしまえる方法が存在するそうです。それは救いなのか、それともより深い絶望に繋がっているのか……。

次回も読んで下されば、嬉しいです。

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