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宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第二部

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18/48

18.最後のターゲット

 シュティレの魔力を使って飛んだのは、かつてのお祖母様の家だった。


 「アラ?モウ来ナインジャナカッタノ?」

 家の前に現れた俺達を見て、赤い花の精――"リー"は驚いていた。

「事情が変わった。案外、追っ手が面倒臭い」

「アダム!オカエリ〜!」

 更に青い精"プゥ"もやって来た。この前来た時は俺を邪険にしていたくせに、こいつらもクロにも負けず劣らずの気分屋だ。

「おまえら二人だけか?"チュイ"は?」

 チュイとは、残る黄色の花の精のことだ。こいつら三人はいつも一緒で、チューリップに似た頭をしていることから、お祖母様がそれぞれ名付けていた。

 名付けることによって使役出来るのが、使役魔法の基本だ。

 この三人の花の精の場合も、お祖母様が亡きあとは自由になる筈だったが、この家が気に入ったらしく居座っていた。

「ココデスヨ。オ帰リナサイ」

 チュイはキッチンの方から現れた。

「少しの間、匿ってくれ」

 三人に向けて言うと「ハーイ」「アダムハ、イツモ突然ネ」「家ヲ汚サナイデネ」と反応は様々だったが、異論は無いようだった。

 それに安堵しながら、クロとシュティレに寛いでいるように伝えてシロを呼んだ。シロをバスルームに連れて行く。

「……ご主人様。あいつらは、信用できるんですか?」

 シロは先程の戦闘の興奮が冷めない様子で、緊張が解けていなかった。体のあちこちから出血しているが、あまり気にした様子がない。毛を逆立て、荒い呼吸をしている。傷ついた分、より神経が鋭敏になっているようだ。

「大丈夫だ。……それよりシロ。まずは手当てが要るだろ」

 魔法でシロの傷を治癒すると、ようやくシロの殺気は落ち着いた。

「……ありがとうございます」

 シロは嬉しそうに目を細める。背中を撫でてやると、喉を鳴らして擦り寄って来た。

「ほら。怪我が良くなったなら体を洗うぞ」 

「……ご主人様が、洗ってくれるんですか?ご主人様だって、お怪我をされたんじゃ…」

「今日は特別だ――俺のせいで怪我をさせたからな。俺の怪我なら心配ない。掠り傷だ。魔法を使うまでもない」

「そうですか?ちゃんと、治療して下さいよ」

「ああ」

 シロの性格上、シュティレを連れてくるのは分かっていたが、思ったよりも早かった。予想では、駐屯地に捕らえられてからだと思っていたが……そのせいで怪我をさせたのだから、これは俺のミスだ。

「うれしいなぁ〜……今日のご主人様は、すごく優しいです♪」

「わかったから、じっとしてろ!お湯が跳ねる」

 シロが喜んで尻尾を振るものだから、お湯がいくらか俺にも掛かる。

「あ、ごめんなさい」

 シロは全く悪びれる様子なく言いながら、それでも大人しくなった。

 

「あの……ご主人様…」

 少しすると、不意に背後から声が掛かかった。シュティレだ。なんだか、申し訳なさそうに立っている。

「どうした?」

 察しはついていたがあえて訊くと、シュティレは言いにくそうにしながらも、「……私のせいでシロは怪我をしました……ごめんなさい」と謝った。

「それは――」

 シロが話そうとするのを手で制す。シロに軽く頷いて見せてから、シュティレを振り返った。

「シロにそうさせるに至ったのは主人の俺のせいだ。おまえが謝ることじゃない」

「でも……」

「気にするな……と言っても、気にするか。――なら、働いて償ってもらおうか」

「…はい」

 シュティレは服の裾を握りしめながら、少し震えた声で言った。

(怖がりながらも従うか――良い傾向だ)

 シュティレはもう、俺に使われる覚悟を決めたようだ。

「そんなに構えるな。辛い仕事じゃない。いつものように、俺に魔力を貸してくれればいい」

 あと一人……今回俺を捕らえるに至った経緯に関係のある貴族。彼を殺して復讐は最後だ。

 しかし、彼はなかなかに優秀な魔法使いを使っている。そもそもその魔法使いがウィス・フォンスの存在を仄めかしたという話もあり、それもあって俺はウィス・フォンスが実在する可能性を感じて探したのだ。

(恐らくは、シュティレが居ることを知っていたんだ)

 ただ、シュティレを使う貴族は、いつも巧妙にシュティレを隠していたから、きっとその魔法使いも、シュティレを見つけられなかったんだろう。

(なら、丁度良い。……嫌がらせだ)

 俺がシュティレを伴って現れれば、面白い反応が見られるだろう。シュティレがいる限り、俺は魔法では負けない。せいぜい悔しい思いをしてから死んでもらおう。

「……あの…」

 暫し物思いに耽っていると、控えめなシュティレの声がした。

「ん?」

「えっと……シロのおかげで、私はご主人様の所に帰って来られたんです。だから、シロにご褒美をあげたいんですけど、どうしたらいいですか?」

「ああ…そのことか」

 妙に緊張しているから、何を言い出すのかと思ったが、いかにも真面目なシュティレらしい話だ。

 シロにちらりと目を向けると、シロは何だかバツが悪そうに首を竦めた。さてはコイツ……シュティレに報酬を要求したな。

「分かった。シロには良く働いてもらったからな……シロ。何が欲しい?」

 名を呼ぶと、シロは更に首を縮めた。ええっと…と、言葉を詰まらせる。

「遠慮するな。確かにおまえには、報酬が必要だ」

「――じゃあ……シュティレの血か魔力を少し――」

 相変わらず縮こまったままでシロは言う。後半に従って声はどんどん小さくなり、窺うように俺を見つめた。

 なるほど。予想はしていたが、血か魔力……か。

 シロはどうあっても、シュティレが欲しくて堪らないらしい。

「そんなの、ダメに決まっているでしょ!」

 その時、人型のクロがやって来た。腕を組んで肩を怒らせながら、シロを睨む。

 

 クロの言うように、確かに良くない事ではあった。主人ならまだしも、シロとシュティレの立場はまだ対等だ。それが魔力や体の一部を渡す事で、シロを優位にさせてしまうか、またはシュティレが渡したものを対価に支配することも出来る。特にシロには一度シュティレの魔力を分けている。あの時は俺が間に入って量の調整をしたが、やり方を間違えば、シュティレはシロの所有物になってしまいかねないほど、本来は危険な行為だ。

 

「魔力は俺の物だから、血なら良いぞ」 

「え…」

「ご主人様っ!」 

 驚くシロと怒鳴るクロの声が重なった。

「とは言っても、少しだけな」

「は、はい!」

 シロの表情が明るくなる。対照的にクロは大袈裟な溜め息をついた。

「いいんですか?シュティレは誰かを使役出来るような性格ではないですし、シロが調子に乗りますよ?」

「乗らないよ。シロは。シロは……シュティレを傷つけない」

 シロは俺を助けに入る時、シュティレの言葉を聞いて憲兵や魔術師を殺さなかった。その事実が全てを物語っている。

 シロは、シュティレを自分の支配下に置こうとは思っていないし、仮にチャンスがあってもしないだろう。信じ難いが、シロは本能より感情を優先する性質なのだ。愛情深い……と言うのかもしれない。シロにとってシュティレは、可愛い後輩で、守るべき者という認識のようだった。

 常に他者に敵意を剥き出して、近づく者を風の如くに切り刻んでいた頃が嘘のような変わりぶりだ。

 それとも、本来シロには今のような性質が備わっていたのだろうか?よく、優しい人ほど怒らせると手が付けられないと言うが、シロもそんなものだったのかもしれない。

 懸念するなら、シュティレのほうだ。

 シュティレは無自覚にシロを従えてしまった。シロはシュティレの魔力が欲しいという気持ちから、無意識にシュティレと距離を縮めていた。だからこそ、シュティレの意に反することをして、シュティレから距離を取られることを、何より恐れていたのだ。今回の一件は、そこを逆手に取ったことになる。俺はそういうことを意図的に行うが、シュティレはそんなつもりはなかったのだろう。

 だが結果として、今のシュティレの下僕としての順位は、クロの下、シロの上と言って相違ない状態になっている。

「――ご主人様がそう仰るなら、止めませんけど…」

 クロも思い当たる節があったのか、口を尖らせながらも黙った。

 先程は魔術師に不覚を取って捕まってしまったから、彼女なりに反省しているのだろう。いつもより言葉に覇気がない。

(仕方ない……後で慰めてやるか)

 使役の魔法にはそれなりの強制力があるが、それでも掛けられている相手が心底解放されたいと願えば、そう出来てしまう危うさがある魔法だ。だからこそ魔法で作った首輪に頼り過ぎず、心の繋がりを作ることで、喜んで下僕になっていてもらわなければならない。

 こうした相手の心の変化を察知して、飴と鞭を使い分ける毎日なのだ。下僕の気を引きつつ、けしてこちらが心を奪われないようにする――説明すればするほど、厄介な魔法だ。非常に疲れるが、俺が成したいことを成すには、味方が必要なのだから仕方がない。

 

 俺は緊張した様子で佇むシュティレを手招いた。シュティレは大人しく傍へ来たが、不安そうに顔を顰めている。

 シュティレには、そろそろ本格的に魔法を教えたほうが良さそうだ。無意識に使ってしまうのでは、リスクが大き過ぎる。

 もともと、感情的な性質を持つ女と魔法は非常に相性が良いが、女の魔法使いは感情やら体調の加減がコロコロ変わるせいで力が安定しない。その代わりベストなコンディションで魔法を使うことが出来れば、男の魔法使いに勝ち目は無いと言われている。ましてやシュティレは伝説のウィス・フォンス……正しく魔法を使えれば、この世で出来ないことはない。

「怖がらなくていい。少しだけ、血を抜くだけだ」

 俺は努めて優しく声を掛ける。

 無意識に魔法を使うようになってしまった今のシュティレに対しては、極力感情を揺さぶるようなことはしないようにしなければならない。心のままに、どんな魔法を発動するか分からないからだ。

 それに、シュティレにとって不安や痛みは、過去の恐ろしい体験に結びついてしまう恐れがある。それでパニックにでもなられたら、手が付けられない。

「手を貸せ。指先を軽く傷つけて血を出すから」

 シュティレはコクンと頷いて右手を差し出した。自分が報酬をあげたいと言った手前、怖がっている場合ではないと思ったのだろう。先程より表情が落ち着いている。

 差し出された手を取りながら、シロに視線を送ると、シロはおすおずと近くへやって来た。

「あまり大きな傷にするなよ。おまえなら、分かるよな?」

 訊けば、シロは神妙な顔をして頷いた。

「シュティレ。少しだけ痛いけど、すぐ終わるからね」

「……うん」

 シロはシュティレに声を掛けると、シュティレの手を見つめる。一瞬風が吹いたように感じた間に、シュティレの人差し指の先に切れ目が入り、血が滲む。それを見るや、シロはシュティレの人差し指を軽く咥えて、血を舐めた。

 一瞬驚いて体を強張らせたシュティレだったが、それでもされるがままになっている。

 俺に医学の知識があれば、注射器で血を抜いて――なども出来たんだろうが、あいにくそちらは専門外なので、少々荒っぽいがこれが一番だ。

 

 やがて血が止まったタイミングでシロは咥えていた指を離した。

「ありがとう。シュティレ。……痛くなかった?」

「うん。平気。でも、こんなに少しで足りたの?」

 シュティレが尋ねると、シロは困ったように頭を掻いた。

「好きなだけ飲んだりしたら、シュティレの具合が悪くなっちゃう……それは、イヤだ」

「そっか…」


 「下手したら死ぬわよ」

 その時、クロがサッと二人の間に割り込んで来た。手に茶色の瓶と包帯を持っている。

 驚く一人と一匹をよそに、「ちょっと染みるわよ」と瓶の中の液体をどこからか持ってきたコットンに染み込ませ、シュティレの人差し指の傷に当てる。室内にアルコールの独特な臭いが広がった。

「傷が化膿したら困るからね。消毒よ」

 クロがそう言ってシュティレに笑いかけると、シュティレも「ありがとう」と微笑んだ。

「それに、汚い唾液で汚れたし」

 更にクロは余計なひと言を追加する。案の定、シロがピンと耳を立てて反応した。

「き、汚いなんてヒドい!」

「他人の唾液なんて、汚いでしょ」

 クロは平然と言いながら、シュティレの指に包帯を巻いていく。

「ちゃんと歯磨きしてるもん!汚くないよ!……もう!ご主人様も笑ってないでなんとか言ってくださいよ!」

 バレたか。笑いは噛み殺したつもりだったんだが。

「悪い。だが、唾液がどうとかはさておき、消毒は大事だ」

「……まあ、そうでしょうけど…」

 シロは恨めしそうな目をしている。ちょっと面白いから、放って置こうと思ったが……

「大丈夫。私は汚いなんて思ってないよ」

 優しいシュティレが微笑みかけると、シロはそれで気分を良くして、瞳を輝かせては尻尾を左右に振った。

「シュティレは本当に優しいね。大好き!」

 そう言ってはシュティレに抱きついた。

「ちょっとッ!!シュティレにアンタの毛がつくでしょ!離れなさい!」

 クロが目を吊り上げてシロを叩く。

「私は大丈夫だよ」

 シュティレは相変わらず笑っている。

「まったく……甘いんだから…」

「なぁに?やきもちぃ〜?」

 クロの不満そうな顔を見て、シロは先程の仕返しとばかりに、にんまりと笑った。

「はぁ?!違うわよ!」

 よせば良いのに、クロもすぐに反応する。おかげで間に挟まれたシュティレが困っていた。

「二人ともそこまでだ。シュティレが困ってるぞ」

 言われて二匹は大人しくなった。

 

 強い魔力を求める魔物としての本能か、単純にシュティレが好きな故か、シロもクロも、シュティレに関することには聞き分けが良くなる。

 ひょっとしたらクロも、既にシュティレより下位になっているのかもしれない。口ではお義理で俺に従っていると強がりなからも、結局は俺に理不尽な事を言われても従うように、シュティレの事も気に入っているのかもしれない。

 クロは本来、人に縛られる程弱い魔物ではないが、使い魔としての生が長すぎた故に、本人も気付かぬうちに力を封じてしまったのだろう。

「シュティレ。ちょっと来い」

 俺はシュティレの手を引いて、階段に足を掛ける。

「少し上の部屋に籠るから、後はよろしく」

 そう二匹に声を掛けると、二匹は「はい」と声を揃えて返事をした。


 二階は書斎のような扱いになっていて、魔導書と普通の本が混在して本棚に収められている。俺はその辺りきっちり片付けたいほうだが、お祖母様はズボラなほうだった。

 おかげで前にレシピ帳を見つけるのにもかなり苦労した。まさかそうやって重要な物を隠していたのかと思ったこともあったが、考えてみれば普段から、同じくキッチンで使うものだからと、食器棚にエプロンやレシピ帳まで仕舞い込み、母さんが困っていたところを見るに、そんなに深いことは考えていなさそうだ。

「……本棚に……お菓子?」

 シュティレが不思議そうに本棚を見ている。本の間に埋もれるように、砂糖菓子の入った瓶が置いてあった。

「恐らく、本を読みながら食べるからだな」

「?」

 シュティレはいまいち理解出来ていないように首を傾げた。

 まあ、それが常人の反応だろうな。

「お祖母様は、そういう人だったんだよ。それに影響されて、あの妖精たちも無頓着なんだ――とはいえ、その菓子は食べるなよ。置いた場所はたまに忘れるくせに、入っていた個数は正確に記憶していたりするから」

「はい」

 シュティレは神妙に頷いて、本棚から離れた。

「えーっと……どこだったか――あ、あった」

 俺は本棚から一冊の本を取り出す。それは、幾つかの魔法を収めた魔導書だった。シュティレも興味深そうに、俺の手元を覗き込む。

「ここには、基本的な魔法の呪文が書かれている。上級者は詠唱無しに魔法の発現が出来るし、シュティレはむしろ呪文を必要としないレベルなんだが、理屈を理解する為にも読んでおけ。一般人には読み解けないように暗号化されているが、おまえなら、読めるはずだ」

 本のページを開いて見せると、シュティレは半信半疑な様子ながらも、集中して文字列を見つめた。

 びっしりと書いてある文字の並び順は妙で、単語は読み解けても、文章としては意味を成さないものばかりだ。

 しかし、その魔法を使える力のある者が見れば、魔法の呪文は自ら姿を現す。

 最初こそ顔を顰めていたシュティレが、不意に息を呑んだ。

「ご主人様……文字が、所々光って見えます…!」

「その光っている文字を順番に読めば、魔法が発動する。……それは、水を呼ぶ魔法だ。唱えてみろ」

「はい!えっと……」

 一音一音、辿々しくもシュティレが音読すると、部屋の空気が変わり始めた。まるで雨が降る前触れのような、湿気った空気が漂い始める。

(……ん?これは……少しマズいか?)

 そう思った刹那、シュティレが最後の言葉を読み上げるのと同時に、魔導書のページから突如として大量の水が噴水のように噴き出した。それは天井にぶつかり、部屋中に雨のように降り注ぐ。その勢いたるや、流れ落ちる滝のようだった。

 俺もシュティレも、水圧で立っていられず床に蹲った。

「…鎮まれッ――!!」

 俺が叫ぶと、水は魔導書に吸い込まれるように消失した。

「――ごめんなさい」

 シュティレは床に座り込んでは肩を落とし、謝った。全身ずぶ濡れなのも相まって、とても痛々しい。

「気にするな。加減の仕方を伝えそびれた俺が悪い…」

 やはりウィス・フォンスの魔力は凄まじい。初めて唱えた魔法でこの威力とは――。

 

「ご主人様!シュティレ!大丈夫ですか!?」

 その時、部屋のドアが勢い良く開いて、シロが飛び込んできた。後から階段を登る音がして、クロもやって来る。二匹は、部屋の様子を見て目を剥いた。

「大丈夫だ。ちょっとやり過ぎた」

「どこもかしこもベチャベチャですね……なら、ボクの出番です!」

 シロは胸を張ると、大きく息を吸い込んでからフゥ〜っと吐いた。

 すると、部屋中を暖かい空気が流れ、一瞬にして服が乾く。周りの家具や本も同様だ。

「――すごい」

 シュティレが目を丸くして驚く。それを見て、シロは「でしょ!」と嬉しそうにした。

 風に関する魔法なら、シロの得意とするところ。風の魔法は切り裂くだけでなく、こうした使い方も出来る。

「その魔導書にある魔法なら、そんなに大惨事にはならなそうだけど……シュティレが使うと凄まじいのね…」

 クロがぽつりと呟いた。

「…ごめんなさい」

 それが聞こえていたのか、再びシュティレは謝った。

「だから、気にするなと言ったろう?水浸しにしたのだって、もう乾いたんだから……あとは、練習あるのみだ」

「そうよ。力があるのだから、コントロールの仕方を学ぶだけよ」

「うんうん!シュティレなら、すぐ出来るよ」

「……はい」

 皆にフォローされて、シュティレは恥ずかしそうにしながらも、笑って頷いた。

「よし。そうと決まれば、庭で練習だ」

 何か魔法を発動する度に家の中が荒れるのは避けたい。しかし、庭とはいえ家から出れば、家に掛けられている物隠しの魔法の効力が少し弱まる。簡単には見つからないにせよ、集中して見つけようとすれば探知に引っ掛かってしまう恐れがあった。

「クロ、シロ。念の為、周りを警戒していてくれ」

 そう声を掛けると、二匹は神妙な顔で頷いた。

 

 それからいくつかシュティレに魔法の呪文と、その呪文に見合うだけの魔力量の調整の仕方を教えた。

「魔法はイメージも大切だ。その魔法がどんなふうに発現してほしいか、イメージしながら唱えろ」

「はい!」

 シュティレはとても素直に、真面目に魔法を練習した。元の魔力量が異常な為に、難易度の高い魔法も難なくこなした。

 ただ、少し疲れやすいのが玉に瑕だ。広範囲の魔法を使うと、脱力したようになってしまう。

 コントロールの練習はまだまだ必要だ。

 

           ※

 

 復讐の最後のターゲットは、ヒース・ジノンと言う。

 年は四十代前半だったかと思う。鋭い目つきと威風堂々とした立ち居振る舞いで、気の弱い者なら、声を掛けるのに気後れする雰囲気の持ち主だった。

 元から伯爵家の分家にあたる家の生まれで、成人してから魔法の才覚を見出されて以降、あらゆる魔法を習得した上に貴族社会の困り事の解決策の中に魔法を取り入れたことから、現代の魔法使いの在り方に大きく影響を与えた人物だ。

 平たく言えば、ヒースのせいで魔法使いは貴族や国に便利に使われる存在に成り下がり、地位や名誉に目を眩まされたと言って相違ない。けれど、おかげで魔法使いに対する偏見や差別が減ったと喜ぶ人間も居るから、世間一般的には善人という認識だ。

 

 そんな人物と俺にどんな因果があるかと問われれば、答えはやはり、魔力量を上げる研究絡みだという話になる。

 危険と知りながらミアに対して俺が考案した魔法陣を用いることを推奨した人物が、ヒースだった。貴族社会や魔法学校をはじめ、政治にも影響力のあったヒースに推された話は、そう簡単には取り下げられない。だからこそ、マレク先生は"私も逆らえなかった"と言っていたのだ。

 ヒースは魔法に魅入られたと言って良いかもしれない。

 彼の行動や言動は国の為に魔法を使うためのものだったが、それ以上に彼自身が魔法界のトップとして魔法を極めたいと思っている所があったのだろうと思う。その証拠として、ウィス・フォンスについて、かなり調べていた様子だったし、学校長同様に、俺に研究の進捗を訊きに来ていた。

(もしかすると……)

 その頃には既にシュティレの存在を知っていて、手に入れる為奔走していたのかもしれない……。

 恐らくはもう俺がシュティレを手に入れたのを知っていたからこそ、執拗に追跡してくるのかもしれなかった。

 あの路地裏で捕まったのもそうだ。もしかしたら、以外と近くに間諜がいたのかも知れない。

 

「シュティレは手に入ったし、あとはヒースをなんとか出来れば追手はなくなりそうだが…」

 一度手放したフリをしたシュティレは、ちゃんと俺の傍を選んで帰ってきたから、これからも、余程嫌がることを強制しない限りは反発される心配はない。

 俺はそっとベッドで眠るシュティレの髪を撫でた。

 夕方。練習疲れで眠るシュティレの傍らで、俺はクロとシロにヒースのことについて話していた。

「今までのようにサクッと殺してくるわけには行かないんですね…」

 シロが渋面を作る。

「まあな。ヒースの差し金で捕まりかけたし、当分は派手な動きは控えたほうが良いだろう。そこで、シュティレがウィス・フォンスとなった原因を明らかにしようと思う」

「ウィス・フォンスとなった原因?」

 今度はクロが首を傾げる。

「ああ。シュティレの生まれた村ではまず魔法使いは生まれそうになかった。なのにいきなりウィス・フォンスとして生まれるのは、やはり人為的なものを感じる。そして自然ではないなら、シュティレの今後にも影響があるかもしれないからな。きちんと明らかにしておきたい」

「そうですね」

「いいと思います!」

 二匹もシュティレを心配しているのか、異論はない。

 「シュティレのことが分かったら、シュティレの魔法の特訓の続きだな。それまでに新しい拠点が見つかればいいが……」

「この家じゃ駄目なんですか?」

 クロが不思議そうに首を傾げる。

「……魔力が高すぎて、シュティレには良くない。こいつは素直だから、家や花の精に惑わされそうだ。俺は正当に家督を継いだりしていないし、基本的には俺は受け入れられていないから、俺に準ずるおまえ達も、煙たがられているだろうしな」

「そうかもしれませんね…」

 長らくウェスペル家に仕えるクロならまだしも、シロやシュティレは新参だからな。隠れ家にはもってこいだが、万が一にもウェスペル家の誰かに見つかるリスクは避けたい。当主不在で、家の中は荒れていそうだし。

「ボクはよく知らないですけど、ご主人様はお家の人と仲が悪いんですか?」

「そういえば話してなかったな。仲が悪いというか、俺が一方的に距離を置いてるんだよ」

 お祖母様が居ない今、俺以外は魔力が無いとは聞いているが、実際はどうだか分からない。『ウェスペル』を名乗れるのは現時点では俺だけだから、再興を願って分家筋があれこれ言って来るかもしれない。俺は家なんてどうでもいいから、本当は名前も捨てたいが、名乗る名前が思いつかない。

 そんなことをつらつら語ると、シロは渋い顔をした。

「人間は色々ややこしいんですね……ボクには難しいことは分かりませんが、ご主人様の好きなようにするのが一番だと思います」

 そうして、いつものように瞳を輝かせる。

 本人には言っていないが、シロのこういうシンプルな所が気に入っている。

 それで手を伸ばして頭を撫でると、シロは嬉しいそうに擦り寄ってきた。

「……」

 するとクロは無言で膝に乗ってきた。自分も撫でろということらしい。

 まったく。うちの使い魔達は甘えたがりばかりだな。

お読み頂き、ありがとうございました。

この話から[第二部]として、メインの語り手をアダムに変更しています。視点がアダムになったので、より動きが出てくる予定です。アダムの事や、シュティレの謎を追っていく話にしていくので、お付き合い頂けたら、嬉しいです。

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