15.自分の気持ち
そのあと、ジャスパーさんはミアさんを寝室に運んだ。目覚めるまで側についていることになり、私は、好きに使っていいと言われた部屋に下がった。
ベッドに腰掛け、手に持ったチョーカーを眺める。特に壊れた所は無さそうで、ただ普通に留め具が外れただけだった。
「なんで外れたんだろう?」
自力では外せないはずのチョーカー。これがあれば居場所が分かると言われたし、ひょっとしたら、命令に逆らえなかったりするのも、チョーカーのせいかもしれない。
「……もう、要らないってことなのかな…」
口に出すと、より不安になった。帰りたくなったらチョーカーに念じろと言われたけれど、もしチョーカーの効力が無くなったのなら、念じても意味がないんじゃ……。
(ご主人様……ご主人様)
チョーカーを付け直して念じてみるけれど、ご主人様からの反応はない。
「……っ!」
堪えきれずに涙が溢れる。喉の奥から嗚咽が上がってきたが、声を出すとジャスパーさんに心配されると思って、急いで口を手で塞いだ。それでも小さく声が洩れてしまう。
逆らったから?ご主人様の言うことを聞かなかったから、私は捨てられたんだろうか?
(ご主人様、ごめんなさい!ごめんなさいっ!!もう逆らったりしません。だからどうか、許して下さいっ!)
ダメだと分かっているのに、語り掛けることを止められなかった。
「屋敷に、帰りたい……」
ご主人様に直接会って謝りたい。次はもう迷わない。誰が何と言ったって、ご主人様の言う通りに動く。人を殺せと言うなら殺す。だから――
「……捨てないで…」
ご主人様に捨てられたら、私は一体、何のために生きればいいのだろう?私はもう、前とは違う。どうにでもなれと、諦めていたあの頃とは――
ここに居たいと初めて思えた場所があったのに、私は、その場所を自分の手で壊してしまった。
きっと、甘やかされ過ぎて、気持ちが大きくなっていたんだと思う。
私は、本当にバカだ。
(こんなバカな道具なんて、捨てられて当然だよね…)
魔力量しか取り柄がないクセに、何をつけ上がっていたんだろう?口ではご主人様に従うと言いながら、他人に影響されて簡単に裏切った。自分の浅はかさが嫌になる。
(おまえの代わりは居ないって、言ってもらえていたのに…)
泣いたって何も変わらないのに、私は結局、泣くことしか出来なかった。―――
…
……
………
窓から差す朝日を感じて、私は目を開けた。いつ眠ったのか覚えていないけど、いくらか眠っていたらしい。一瞬ここはどこだろうと考えてみて、やがて思い出した。
「……ジャスパーさんの家か…」
いっそ、全て夢だったら良かったのに……。
いつも通りに自分の部屋で起きて、支度をして、シロやクロを手伝って朝食を用意して、ご主人様を呼びに行く。それからみんなで朝食を食べて――そこまで考えていると、また涙が溢れてきたので、慌てて袖で目元を拭った。
「泣いてたって始まらない。どうしたらいいか、考えるんだ」
もう鎖はついていない。少なくとも、ジャスパーさんやミアさんは、私を縛らない。なら、私は私の望むことをすればいいんだ。
「まずは、帰り方を教わらないと」
ご主人様のようにワープは使えない。ここへ来た時の逆をすればいいんだというのは分かるけど、宿の取り方とか、乗合馬車の乗り方とか、料金とか……一度見ただけで詳しくは覚えていない。ジャスパーさんに訊いたら、教えてくれるだろうか。
部屋を出てダイニングに行くと、ミアさんがキッチンで調理をしていた。ミアさんはすぐ私に気づいて振り返ると、にっこり笑う。
「おはよう。早いのね」
「お、おはよう…ございます」
昨夜のことが後ろめたくて声が震えてしまったが、ミアさんはちっとも気にした様子がない。それどころか、「…あら?目元が赤いわね。……昨日はびっくりしたでしょう?ごめんね」と、なぜか謝ってきた。
「え…なんで……謝るんですか?それなら、私が――」
「ううん。シュティレちゃんは悪くない。あれは、アダムの魔法を跳ね返せなかった私のせいよ。……まったく、ジャスパーも私なんかについていないで、シュティレちゃんを慰めてたら良かったのに……結構泣いたでしょ。かわいそうに」
ミアさんは私に近づくと、抱きしめて頭を撫でてくれる。その温もりに当てられて、また涙が溢れてきた。
「シュティレちゃん。これからは、ここで一緒に暮らさない?」
「……え?」
「アダムはけして非情な人間ではないと信じたいけれど、シュティレちゃんとの関係は、良いものではないわ。アダムの所にいたら、シュティレちゃんは真っ当な人間ではなくなってしまう」
「……」
「そんなに、アダムが好き?」
「……好き…といえば、好きですけど……」
ご主人様に対する気持ちをなんと表現したら良いのか、よく分からない。
「私を道具だと冷たく言うのに、同時にすごく優しくて、それは私が離れていかないようにするためだって言うんですけど、無理矢理魔力を取られたりすることはなくて、いつも私の意思を確認してくれるし、私の気持ちを大切にしていいと言ってくれるので……やっぱり、優しいんだと思います。だから……私もご主人様に協力したいんです。いつかちゃんと、お礼を言わないとって思ってます。だけど――」
捨てられてしまった。屋敷に帰ってみても、もう会ってくれないかもしれない……。
「それが、利用されている状態だって、私には思えるんだけどな…」
「……」
ミアさんはそこで悲しそうな顔をした。
「シュティレちゃんの喜ぶことを言って、自由にさせているようでいて、最後はちゃんとアダムに都合の良いように思考を誘導する――立派な詐欺師だよ」
「……分かって……います…」
私は道具。どうせ使われるなら、せめて少しでもましな『ご主人様』がいい……。
「シュティレちゃん。あなたはどうして、自分を大事にしてあげないの?」
「…え…」
「確かにシュティレちゃんは、生まれた頃から大切にされてこなかったのかもしれない。だからって、あなた自身まであなたを粗末に扱っていいの?」
「でも……私には……」
抗う術なんてなかった。
いくら嫌だと叫んでも、誰も助けてくれなかった。力だって無い、ありあまる魔力も自分では使い方さえ分からない……そんな状態で、どうやって逃げることが出来ただろう?どうやって自分を守れば良かったと言うんだろう?
「分からない?今のシュティレちゃんなら、アダムに抗えるんだよ!」
「!」
私が驚いていると、ミアさんは私の肩に手を置いた。少し厳しい顔をする。
「シュティレちゃんは、もう非力じゃない。昨日の夜、私の首を絞めるよう命令したアダムの力を跳ね除けたのは、シュティレちゃんだよ。シュティレちゃんは、自分の力で、アダムの魔法を破ったの」
「……私…が……?」
言う事を聞かない私に嫌気が差して、ご主人様が魔法を解除したのではないの?
「今ならまだ間に合う。私が、あなたを守るから。ウィス・フォンスだとかはどうでもいい。ただの、普通の女の子として生きていこう?」
「でも……ご主人様は…」
裏切りたくない……シロもクロも、良くしてくれたのに……。
「――あなたはあの時、私を殺したいと思っていた?」
「い、いいえ!」
それは違う。絶対に……。
私が首を振って否定すると、ミアさんは嬉しそうに笑った。
「そうよね。……でも、アダムは嫌がるあなたに、人殺しを強要したわ」
「!」
「人は、大切にして想っている相手に、そんなことはさせない。あなたにとってアダムは特別でも、アダムにとってあなたは――」
「やめてくださいっ!!」
私は咄嗟にミアさんから離れては、両手で耳を塞いでしゃがみ込み、痛いくらいに目を固く瞑った。
(もう、何も聞きたくない!)
「シュティレちゃん…」
ミアさんは同じくしゃがみ込んで、私の背中に触れようとしたけれど、私はすぐさま距離を取った。
大切にされていないなんて、分かっている。ご主人様は、私が道具として使えるから傍に置いて世話をしてくれただけなんだ。
(でも、きっと私は……)
私は、ご主人様が大切だった。感謝していた。
優しくしてくれた時のことがいつまでも頭から離れなくて、嬉しくて、また褒めて貰いたくて――。
ご主人様の傍にいる時が、一番"生きている"気がしていた。だから、力になりたい。
ご主人様がくれた言葉も、優しく触れてくれたことも、全てが嘘なのかもしれない。
(でも、そうじゃないかもしれない…)
――今度こそ、自分で答えを見つけたい。
選んで良いと言うなら、誰かに言われたからではなく、自分の意思で、これから先の生き方を決めたい……。
「……私……屋敷に…帰りたい、です……」
また涙が頬を伝う。
「――シュティレちゃん……あなた…」
ミアさんは、何かを言いかけては止めて、再び私の肩に手を手を伸ばす。
今度は逃げなかった。
ミアさんはそのまま抱きしめてくれる。
「ごめんね。追い詰めるようなことを言って……私だってジャスパーだって、あなたを助けたいと思ってる。それだけは、信じてほしい」
「……」
「最終的には、シュティレちゃんがどうしたいか決めればいいけれど、アダムの目がない今、別の生き方も探してみましょう?」
(別の生き方…)
想像しにくいけれど、そういえば、ご主人様も外を見て来いと言っていたし、知らなかったことを知って、もっとご主人様の役に立てるようになれば、ご主人様も機嫌を直してくれるかもしれない。
「少し表情が良くなって来たわね。……よし!シュティレちゃん。ごはんを食べたら、一緒に買い物にでも行きましょう」
ミアさんはそう言って私に笑い掛けた。
「はい」
※
初めて歩く王都は、驚きの連続だった。
道を歩く人の数も、家の数や大きさも、市場の広さも……何もかもが目新しくて、目が回る。
「大丈夫?」
「すみません…」
よろめいた私をミアさんが支えてくれる。
「そうよね。こうやって外を歩くこと自体、シュティレちゃんには慣れないことだもんね」
「…いえ……時々クロと市場まで買い物に行っていたので、外に出ること自体は何ともないんですけど……いつもの町よりずっと広くて、驚きました」
「ああ……なるほどね。確かに、地方から来た人はびっくりするね。私も最初はそうだった」
「ミアさんは、ここの出身じゃないんですか?」
「ええ。もっと南の町の出身よ。魔法学校に通うためにここへ来て、卒業してからここで仕事をするようになったの」
「……仕事?」
「うん。知識を生かして、薬剤師をね。一般人用のもあるし、魔法使い向けの薬も扱ってる」
「へぇ~」
そういえばご主人様も、魔法薬を売っていたっけ。
それから幾つか日用品を買ってから、「お茶にしようか」とミアさんに連れられて喫茶店に入った。
店中に植物の鉢植えが置かれている店で、一見すると花屋のようだったが、"カフェ・カノン"と木で出来た看板が吊り下がっていたから、喫茶店なのだろうと分かる。
店に入ると、紅茶の香りが鼻をくすぐった。
「おや。ミアじゃないか!」
「こんにちは」
店員らしき男の人が声を掛けてきて、それにミアさんが笑顔で答える。親しい間柄と見えて、二人はしばし世間話をする。内容は共通の知人や近所の人の話のようだったが、私が居るからか、ミアさんは早々に話を切り上げて、手近なテーブルに私を誘う。
「見ない子だね。新しいお客か何かかい?」
「まあ、そんなとこ」
店員の男の人は、私を気にしていたが、ミアさんが上手く答えると、「ではごゆっくり。注文が決まったら、呼んでね」とテーブルを離れて行った。
「このお店には、よく来るんですか?」
「うん。ここのワッフルが美味しくてね。疲れた時とかによく来るの……はい。好きなの頼んで良いからね」
メニューを渡されたが、どれにしたら良いか悩んで、結局ミアさんが頼むワッフルと同じものにした。
それから話しながら食事をしていたのだが、不意にミアさんの表情が固くなった。
「……どうしたんですか?」
「しっ!……こっちをずっと見てる怪しい人がいるの。気づかないフリをしてくれる?」
「は、はい…」
言われた通り、そのまま食事を続けたけれど、もはや味を感じている余裕はない。ただひたすらに、早く食べ終えようと、黙々とワッフルを口に運んだ。
(誰なんだろう……)
ミアさんを気にしているのだろうか?それとも――
「さて。行きましょうか」
私が食べ終わると、ミアさんは声を掛けて立ち上がる。
「はい」
それに倣って立ち上がると、私たちの座る席の二つ隣の席の客も立ち上がった。スラリと背の高い女の人と、少し太めな男の人の二人組で、私たちが店を出ると、何でもないように店を出た。たまたま同じタイミングで店を出たのかと思ったけれど――
(ついてきてる!)
二人組は、私たちから離れすぎず近づき過ぎず同じ方向に歩いてきた。
「……大丈夫。そのまま普通にしていて」
ミアさんは私と腕を組んで歩きながら小声で言った。それに頷くと、ミアさんは口の端を僅かに上げて笑う。
ミアさんはそのまま、家の方向とは別方向に歩く。より人が多く歩いている方向へ進む。人混みに紛れようという作戦らしい。
けれど、どれだけ複雑に角を曲がろうが、二人組は付いてきた。
「しつこいな…」
ミアさんの声音に怒気が交じる。
「……狙いは私……でしょうか?」
先日誘拐されたばかりだしと思って訊けば、「そうみたいね」とミアさんは頷く。
「ごめんなさい…」
いつも私のせいで、問題が起こる。私が何か望む度、周りが混乱してしまう。
やっぱり、私は――
「違うよ」
私の心を読んだようなタイミングに驚いてミアさんの顔を見ると、ミアさんは険しい顔で前を向いたまま、「シュティレちゃんは、何もしてない。周りがシュティレちゃんを見る目がおかしいんだよ」ときっぱりと言い放つ。
そう言ってくれるのは嬉しい。だけど、私の存在は人を狂わせる。人も魔物も……だからこそ、一緒にいる人は選ばなくちゃいけない。
本当は、一人で生きていければいいのだけれど、十年以上もずっと閉じ込められていたせいで、右も左も分からない。悲しいけれど、こうやって誰かに教えてもらわないといけないことが、たくさんある。
「怖いよね。ごめん。私、ワープは使えないから……仕方ないけど、迎え討つしかないみたい」
ミアさんはそう言うと、私の手を引いて走った。
打って変わって、今度は人気のない方へ。
そうして家と家の間の細い路地に入り込むと、ミアさんは足を止めた。
「そろそろ教えてもらえませんか?あなた達が、何者なのか」
背後を振り返ると、二人組が少し離れた所に立っていた。
「……失礼しました。私共は、魔法省の者です」
少し太めな男の人が、そう言って着ていたコートを軽く捲ると、服の右胸の辺りに箒のような形をしたブローチが付いているのが見えた。一緒に居た女の人の服にも、同じブローチがある。
何だか見覚えがある……あ、そうか。ジャスパーさんも確か、こんなブローチを付けていたんだ。
ミアさんはそれで少し警戒を緩めたようだったけれど、まだ険しい顔をして二人を睨んでいた。
「魔法省の人間が尾行…ですか?」
「なんと声を掛けようか迷っていたものですから…」
「それで?要件は?」
「ミア・ラクリスさん……ああ、失礼。今はウィットマンさん、でしたね。お連れの方も魔力があるようでしたが、私の記憶違いでなければ、魔法省に登録がありません。それで、どなたなのかとお尋ねしたかったのです」
今度は女の人のほうが話し始めた。
「この子は友人の家族で、遠方からたまたま遊びに来ただけです。魔法使いでもなんでもありません」
ミアさんが言うが、女の人は無表情に首を傾げただけだった。
「魔法使いの心得がない少女が、そのように魔力を抑える事が出来るでしょうか?……お嬢さん、本当はもっと魔力量がありますよね?」
女の人の目が真っ直ぐに私を見る。
(私が魔力を抑えているのが、バレてる…)
私の抑え方が下手なのか、見抜く魔法があるのか……どちらにしても、私について追求されるのはマズい……。
「困りますよ。これほどの魔力の持ち主で登録されていないなんて……。特にここは王都です。登録のない魔法使いを自由にしておくことは出来ません」
「そうは言っても、まだ子どもですよ?」
「子どもでも…です」
ミアさんが苦笑するが、魔法省の女の人は表情一つ変えない。
「私に免じて許していただく訳にはいきませんか?」
ミアさんが頼んでも、二人の様子は変わらない。
「まずは魔法省に来て頂き、検査を受けて下さい。そのうえで危険がないと判断できれば、王都での滞在を許可しましょう」
男の人がそう言って、一歩私達に近づいた。
(検査…)
何をするんだろう?……痛いこととか、されるだろうか?もしそれで、ウィス・フォンスだと分かってしまったら、どうなるんだろう……。
(……嫌だ)
私は思わずミアさんの腕にしがみついた。
「!……シュティレちゃん?」
ミアさんは驚いた様子で私を見たが、私の表情に何を見たのか、決意するように一つ頷いた。
「この子は魔法使いじゃないので、魔法省に登録する必要はありませんよね?滞在するだけなら、問題無いはずです。私が監督します」
「そうするにしても、検査が必要です。まずは魔法省にいらしてください」
女の人は表情を変えずに話す。その頑なな様子には違和感を覚えた。それはミアさんも同じだったようで、警戒の色を濃くする。
「随分と熱心ですね?この子が何かしたとでも?」
「最近では"貴族殺し"のこともあるので、見知らぬ事柄には敏感にならざるを得ないのです。無害だと仰るなら、魔法省に出向くことに抵抗なさるほうが矛盾していると思うのですが?」
男の人も表情を険しくして私を見る。それに恐怖を感じて首を竦めた。久しく見ていなかった、私の価値を計っているような……人間を見ている目ではない、どこか冷めた目だ。
(私、どこに居ても……)
普通には見てもらえないのかもしれない――
きっと言葉で言っても、分かってもらえない。
魔法使いには都合の良い道具に見えて、普通の人にも髪や瞳の色が珍しいことから気味悪がられたこともある。
だいたい、誤解を解こうにも、私自身が人との関わり方を知らない……。
今は、いつもだったら助けてくれるクロもシロも……ご主人様も、いない……。
(帰りたい――)
助けようとしてくれているミアさんには申し訳なかったけれど、今すぐここから駆け出して逃げてしまいたくなった。怖くて、不安で堪らない……。
ここ数ヶ月、ご主人様に守られながら平和に暮らしていたから、本来自分が物凄く怖がりだったということをすっかり忘れていた。
他人が、自分をどういう目で見ているのか考えるだけで怖くなる。
優しくされるのも、本当は怖い。
私にとって"人間"は、いつも私を傷つける存在だったから……。
アダム様に安心出来るようになったのは、きっとチョーカーのおかげだったんだろうと思う。
――悪魔の子
そうだ……きっと私は、人間じゃないんだ。
人間だと勘違いしている悪魔なのかも。
人間じゃないのに、人間の中にいようとしているから、嫌われるんだ。だけど……私は――
私はそっと後ろに下がった。
「シュティレちゃん?」
「……ミアさん。私……」
たとえ悪魔でも、私はもっとこの世界で生きていきたい。もっと綺麗な物も、おいしいものも、楽しいことも知りたい。……"生きていて良かった"と言ってみたい。だけど、だからこそ迷惑は掛けたくない……。
「魔法省に…」
「おや?こんなところで何してるんですか?」
行きますと言おうとした時、私の言葉に被るようにして、この場の状況に不釣り合いなくらいに明るい声が響いた。
魔法省の二人組の更に後ろ。逆光で顔が見えにくいが、その声はジャスパーさんのものだった。
「うちの妻が何か?」
笑顔で話すジャスパーさんだが、言葉にはどこか有無を言わせない強さを感じた。
それは魔法省の二人組もそうだったようで、一瞬動きが止まった。やがて男の人のほうがジャスパーさんに向き直って話し出す。
「ウィットマンさんでしたか。……いえ、我々は奥様ではなく、その後ろの少女のほうに用があったのです」
「……その子が何か?」
ジャスパーさんの顔から笑みが消える。こんな顔は初めて見る……。いつも笑顔のジャスパーさんでも、こんなに怖い顔が出来るんだ……。
「見たところ相当な魔力の持ち主です。少し制御している様子もあるので、無自覚ではないのではないかと」
「それが、何か?」
「何か?って……あなたも今の情勢をご存知でしょう。魔法使いに関係のある有識者が次々殺害されている中、登録のない魔法使いが王都にいるのは危険因子と捉えられる。せめてしっかり検査なり登録なりしておかないと…」
「話は分かりました。確かに警戒すべき事態なのは理解出来ますが、こんな路地に追い込むのはいささか乱暴では?」
「私たちが追い込んだわけではありません。声を掛けるタイミングを計っているうちに、ここへ来てしまっただけです」
今度は女の人が話す。けれど、ジャスパーさんは更に首を傾げる。
「仮にその子が登録が必要な魔法使いだとしても、追いかけ回すのはどうなんでしょう?あんなに怖がらせて……僕ら魔法省は、魔法使いの味方でしょ?それとも――魔法使いを手駒にしたいどこかのお偉いさんの命令ですか?誰かから、その子を連れてこいと言われましたか?」
「……」
二人は押し黙る。その気まずそうな様子は、ジャスパーさんの言っていることが真実のように思わせた。
「その子は訳あって家で預かっているんです。まだ未成年ですし、何かするにも親の許可が要りますよね?なので、許可が取れるまでは僕に預けてもらえませんか?僕も魔法省の人間として、必要なら彼女を検査なりなんなりに連れていきましょう。今は、僕に免じて引いてもらえませんか?」
二人はお互い目配せしていたが、やがて男の人が「分かりました。任せましたよ」とため息混じりに言って、二人は道を戻って行った。
「二人とも、大丈夫?痛いこととかされてない?」
二人組が見えなくなると、ジャスパーさんは小走りに近づいて来ては、私たちの全身に目を向けた。
「大丈夫。助かったわ。ありがとう。……でも、なんでこんな所に?」
ミアさんが訊くと、ジャスパーさんは少し困ったような顔をした。
「ちょっとミアに話しておきたいことがあって、探してたんだ。家にはいなかったから、買い物に出てるだろうと思って……そうしたら、さっきの二人組がこの路地に入るのを見掛けて、こんな何もない所になんの用だろうって気になってついてきたら、君たちが居たってわけ」
「なるほど…」
「シュティレちゃん、ごめんね。びっくりしたでしょ?」
「いえ……」
「無理しなくていいよ。……あの二人は別に怖い人ではないんだけど、さっきも話してたみたいに、ちょっと今難しい状況でさ。だから魔法省のどの職員も、どこかピリピリしてるんだ」
「そうなんですか…」
「だとしても、何だか妙だったわよ」
ミアさんは眉を顰める。
「うん……もしかしたら、シュティレちゃんのことを知っている人の差し金かもしれない」
「え?」
「取り敢えず、家に帰ろう。順を追って説明する」
(私を、知っている人……)
また、私の知らないところで、私の取り合いをしているんだろうか……。
(もう、放っておいてくれないかな…)
アダム様ならともかく、誰かに使われるのはもう懲り懲りだ。
お読み頂き、ありがとうございました。
生きてきた環境は、価値観や考え方に大きく影響するというのがよく分かる回でした。
自分の意思が出てきたシュティレが、これからどうなって行くのか……見守って下されば幸いです。




