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宵闇に捧ぐスノードロップ  作者: 空色 理
第一部

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14/47

14.側を離れて

 少しすると、人型のクロが部屋にやってきた。

「シュティレ。荷物をまとめるわよ」

「クロ……」

 その淡々とした様子に、不安になった。クロは怒っているのだろうか?

 私が呆然としていると、クロはタンスの抽斗から私の服を取り出して、持ってきたトランクに詰め込んでいく。

「クロ……私…」

「ご主人様も言っていたけど、あなたは少し、考える時間が必要よ。一度離れて、どこに行くべきか選ぶの。あなたはご主人様に出会うまでと違って、自分の意思がちゃんとあるから、その意思を明確に定めないと、良くないことになるわ。ただの人間なら、中途半端でも生きて行けるけれど、あなたはウィス・フォンスだから、中途半端では破滅を呼んでしまう。自分の魔力に飲まれてしまうか、しっかりとした意志を持って、自分の魔力を従わせるか……その二択。あなたがあなたの魔力をどう使うか決めるのよ。ご主人様の為か、それとももっと違うことの為か」

 分かるような分からないような……。クロの話は難しい……。

 そんな私の気持ちが読めたように、クロは微笑んだ。

「あなたは特別なのよ。まさに奇跡と呼んでいいほどに……。人間よりも私達や妖精に近いかもしれない。だから、私達はあなたが好きなのよ。あなたが望むなら、協力するわ」

「でも……クロはご主人様の使い魔だよね?」

「そうだけど、あなたには、その契約を書き換える力だってあるのよ」

「……私、そんな力は要らない…」

「そうでしょうね……だからこそ、ご主人様はあなたを傍に置いた。そしてあなたが、道具として使われないように、魔法の価値を下げるつもりなのよ」

「私が、使われないように?」

 ご主人様は、私が復讐に使えるから、側に置いていたんじゃないの?これじゃあまるで……。

「ご主人様もね。最初は復讐の道具としてしか見ていなかったみたいだけど……非情になりきれていないのよ」

「本当に?」

「ええ。かなり不器用だけどね……あなたのこと、大事にしたいんだと思うわよ。だから、ジャスパーのところで"普通"を体験させたいんでしょう」

「そっか……」

 なら、愛想をつかされたわけじゃないんだ……。

「うふふ……その様子なら、すぐに答えが出そうね」

 クロはどこか楽しそうに笑った。


 

「シュティレ〜!早く帰ってきてね〜!」

「う、うん…」

 玄関先でシロが私の両手を握って、目をうるうるさせている。

「今生の別れじゃあるまいし…」

 そんな横でご主人様が小さく毒づいた。

「どうかなぁ〜?案外、僕のところが楽しくて、帰りたくないって言うかもよ?」

 ジャスパーさんがふざけて言えば、シロが目を剥いた。

「そんなぁ〜!そうなったらボク、ジャスパーさんが嫌いになっちゃいます〜!」

「え、それはなんか嫌だなぁ」 

「ハイ、ハイ。玄関先でわちゃわちゃしない!」

 クロに嗜められて、シロは静かになった。

「……戻りたくなったら、チョーカーにそう願うといい。迎えに行く」

 ご主人様がそっと私に耳打ちした。

「はい…」

 頷きながら見上げたご主人様の顔は穏やかで、相変わらず何を考えているのか分からなかった。

 

           ※

 

 ジャスパーさんの家は、この町から馬車でも二日はかかる町にあるそうだ。

 普段は遠いのでワープを使っているそうだけど、今日は私も居るし、色々見たほうがいいだろうという話になり、馬車で移動していた。

 途中で馬車を乗り継ぎながら進み、夕方には宿を取った。道中のどれもこれもが新鮮で楽しかったが、私は宿の部屋に入るなり、ベッドに倒れ込むほどに疲れてしまった。

 

 翌日、ジャスパーさんの住んでいる町に着いた時、普段いる町との違いに驚いた。まず、人の数が倍以上で、背の高い建物が多かった。行き交う人々の服装も様々で、上等そうな服の人も多い。そういう人は大抵馬車で移動している。

(……貴族…なのかな)

 元ご主人様の中には、そういう身分の人も居た。

 私が呆然としていると、ジャスパーさんがクスリと笑う。

「びっくりした?ここは王都だからね。商人やら貴族やらが多い地域なんだよ」

「おう…と?」

「王様が住んでる城がある場所のことだよ。……ほら、あそこに見えるのがお城だよ。その辺りの領主の城よりも、もっと立派でしょ?」

 言われて前方を見ると、遠くからでも全貌が見渡せるほどに大きなお城があった。先が尖った屋根を持つ塔があって、その周りを囲む壁も分厚く立派で、街にあるどの建物よりも高かった。

「あそこに、王様が……」

 王様というのが居るのは知っていたけれど、実際には見たことが無かったから実感が湧かなかった。度々読む本の中に登場するが、大抵王様の出す御触れで国民が苦しめられたり、救われたりしていたから、王様次第で暮らしに影響が出るのだろうな。くらいの知識だ。ご主人様はよく新聞を読んでいたし、世の中の動きを分かっているのかもしれないけれど、私にはさっぱりだった。

「ちなみに、僕が勤めている魔法省はあっち」

 ジャスパーさんの指さす方向に従って目線を右にずらすと、レンガ造の建物が見えた。普段いる町にある役場より一回り大きな建物だ。ジャスパーさんに聞いた話で言うと、魔法使いの暮らしをサポートする仕事をしている所だったっけ。

「職場に顔を出すと、君のことをあれこれ聞かれそうだし、今は真っ直ぐ僕の家に向かっていいかな?」

 建物をぼんやり見つめていると、ジャスパーさんに声を掛けられた。それに頷くと、ジャスパーさんは賑わっている表通りを逸れていく。古びた民家の多い通りに入ると、奥まった所にポツンと小さな家があった。

「町中の華やかさからすると、だいぶみすぼらしくなっちゃうけど……ここが僕の家。アダムの家みたいに広くなくてごめん」

 そう言って謝るジャスパーさんに対して、慌てて首を横に振ってみせる。

「そんな……別に普通で良いんです。今までだって、豪華な暮らしをしてた訳じゃないですし…」

「そう?アダムも使い魔の二匹も、君のこと大事にしているみたいだったから、気をつけなきゃなって思ってたんだけど…」

(他の人には、そう見えるんだ…)

 シロとクロと同じで、道具のつもりでいたけれど、ジャスパーさんにそう見えるなら、やっぱり特別扱いだったのかもしれない。

(ご主人様、今頃どうしているだろう…)

 きっといつもと変わらずに新聞を読んでいるか、書庫に籠もっているかしているのだろうけど、ちょっとは私のことも気にしてくれてはいないだろうかと、期待しては慌ててその考えを打ち消した。

(せっかく外を見てこいと言われたのに、ご主人様のことを考えていたら、何も見えない)

 ご主人様の力になる為にも、世の中がどうなっているのか、ちゃんと知らなくては……。

「あら、ジャスパー。戻ったの?」

 すると、ジャスパーさんの家の中から若い女性が出て来た。栗色の長い髪で、鼻筋の通った顔立ちの、素朴だけれど綺麗な人だった。

「ただいま。ミア」

(ミア?)

 ミア……どこかで聞いた名前だ。誰だったっけ……。


 ――ミアはその後、生きてはいるが目を覚まさなくなり、どこぞの病院に入院中で話も聞けない。だから俺は、一人で何があったか探り始めたんだが――

 

「あっ!!」

 思い出した。ミア・ラクリス……ご主人様と一緒にウィス・フォンスの研究をしていた女生徒の名前だ。

「ど、どうかした?シュティレちゃん」

「…あ」

 気づけば、ジャスパーさんとミアさんが不思議そうに、私を見ていた。

「えっと……な、なんでもないです…」

 つい大声を出してしまった。恥ずかしい……だけどそれよりも……。

(名前が同じだけ?それとも、ご主人様が話していたミアさん?)

 だけどその問いを二人にして良いか分からなくて黙っていたら、ミアさんがゆっくり微笑んだ。

「ジャスパーの家から女が出てきて驚いたのかしら?」

「い、いいえ!そういう訳では…」

 なんと言い訳をしたらいいか分からなくて声が上擦ってしまう。私があわあわしていると、ミアさんはジャスパーさんに目を向けた。

「実は私も驚いているんだけど。二日も家を空けているし……ジャスパー。説明してくれる?」

「あ、えっと……この子はシュティレちゃんって言って、アダムが保護してた子なんだけど、訳あって一時的に僕の所に来ることになったんだよ」

「アダム?」

 ミアさんは驚いたように眉を上げて、しばし私の顔を凝視した。

「アダムが、この子を?……へぇ~。あの人、社交的に見えて秘密主義な所があったと思ったんだけど、人を保護したりするんだ…」

(ご主人様を知ってる……)

 今のミアさんの言葉で分かった。この人は、ご主人様が言っていたミアさんで間違いない。

(でもそれなら、植物状態で病院にいるはずじゃ…)

 ご主人様が知らないうちに治ったんだろうか?それとも、ご主人様が嘘を――いや。止めておこう。全部想像の話だ。想像したって、不安になるだけなんだから。

「とにかく、詳しくは後ででいい?シュティレちゃんも、慣れない長旅で疲れているだろうし」

「あ、そうね。ごめんなさい。どうぞ」

 ミアさんに促され、私はジャスパーさんの家に入る。ミアさんとジャスパーさんは、一緒に暮らしているのだろうかと考えていると、「あ、そう言えば紹介がまだだったね」とジャスパーさんが声を掛けてきた。

「ミアは僕の奥さんだよ。魔法学校時代からの知り合いでね。アダムとも友人なんだよ。アダムとミアは二人で一緒に研究もしていたんだ」

(奥さん…)

 二人は結婚しているんだと、本日二度目の衝撃を受ける。ますます話が聞きたくなったが、ご主人様の計画のこともある。万が一、二人に知られたら止められてしまうかもしれないし、私がミアさんの話を聞いていたことは、言わないほうがいいのかもしれない。二人が話してくれるのを待とう。

 

 

 そのままリビングに通され、ミアさんが紅茶とクッキーを出してくれる。お礼を言って紅茶を一口飲んで、驚いた。

(同じ味だ…)

 びっくりするほど、ご主人様が淹れてくれた紅茶と同じ味だった。屋敷では、茶葉は同じでも、クロが淹れるのとご主人様が淹れるのとでは、少しだが味が違った。それくらい、僅かな差で味が変わる飲み物なんだとクロが言っていたっけ。

 私が固まっていると、そうする理由を察したようにミアさんが悪戯っぽく笑う。

「アダムのと同じ味だと思った?」

「え!?…は、はい…」

「うふふ……そんなに緊張しないで楽にして。……実はね。アダムに紅茶の淹れ方を教えたのは私なの」

「そうなんですか…」

 何だか不思議で、私は暫くカップの中の紅茶を眺めた。

「僕はちょっと会社に用事があるから、シュティレちゃんは家でのんびりしてて。…任せていいよね?ミア」

 ジャスパーさんが言うと、ミアさんは肩をすくめて見せる。

「忙しい人ね……いいわ。行ってらっしゃい」

 

 ジャスパーさんが家を出ると、一瞬沈黙が下りる。一人でいる事が多かったし、沈黙は苦手ではなかったけれど、今の状況では別だった。何か話したほうが良いだろうかと頭を回していると、ミアさんは私の向かい側に座ってクッキーを食べ、「おいしい」と満足そうに呟いた。それから私に笑顔を向けて、「シュティレちゃんもどうぞ。これ、近所でも評判なのよ」と、クッキーの入った皿を少しだけ私の側に寄せた。

「いただきます」

 勧められるままクッキーに手を伸ばして一枚取っては口に運ぶと、優しい甘さが口いっぱいに広がった。

「おいしい…」

 思わず呟くと、「でしょ!」とミアさんは嬉しそうに笑った。

(なんか…ジャスパーさんみたい…)

 自然と距離を詰められる感じが、ジャスパーさんに似ている気がする。

「そういえば、アダムは元気?しばらく音信不通だったから心配していたんだけど…」

「はい。元気です」

「そう。良かった。アダムには一度ちゃんと会って話がしたかったんだけど……ジャスパーが許してくれなくて…」

「ジャスパーさんが?」

 なんだが意外な気がして訊き返すと、ミアさんは困ったように眉尻を下げた。

「そうなの。なんか、"僕が見つけた時も家に上げるまでかなり掛かったから、昔馴染みに会いたくなかったのかもしれない"って。だから、止めたほうがいいって話なんだけど……たぶん、理由はもう一つあるわね」

 分からなくて黙っていると、ミアさんは少し口角を上げた。

「私ね、アダムのことが好きだったの」

「え…」

 今日は驚かされてばかりだ。具合が悪くなりそう……。

 私の表情に何を見たのか、ミアさんは可笑しそうにする。

「とはいっても、見事にフラられて失恋したんだけどね。だからってジャスパーに切り替えた訳じゃないよ。ちゃんと、ジャスパーのことを愛してたから結婚したし、今アダムに会ったからってどうって訳じゃない。友人として、心配なだけよ……て、誰に言い訳してるのかしらね。私……ごめんね。変な話聞かせて」

「いいえ…」

「シュティレちゃんは……私やジャスパーのことって、どこまで知ってる?」

「ええっと…」

 魔法学校時代の友人で、ミアさんとはウィス・フォンスの研究を一緒にしていたと聞いていると、事故や復讐云々は抜かして話した。

「そう。じゃあ、シュティレちゃんにはあれこれ話しても大丈夫ってことなのかな?」

「よく…分かりませんけど……たぶん大丈夫です」

「そう……じゃあ、シュティレちゃんのことも訊いてもいい?」

「はい…」

「……シュティレちゃんは、魔力がかなり高いみたいだけど……アダムの弟子なの?」

「……ちょっと違いますけど……拾ってもらって、側でお手伝いさせてもらってます」

 こういう言い方なら、大丈夫だよね?

「お手伝いね……変なこと訊くようだけど、大丈夫?」

「え?」

「その……なんていうか……シュティレちゃんは、控えめすぎる気がして……ひょっとして何か困ってない?嫌な仕事を無理矢理やらされてるとか…」

「そんなことはないです」

「なら、良いんだけど……」

「ご主人様は、いつも優しいです」

「ご主人様?」

「あっ、えっと……アダム様のことです」

 私が説明すると、ミアさんは目を剥いた。

「あの人、"ご主人様"なんて呼ばせてるの?それじゃあまるで、使用人の扱いじゃない!」

「実際そうなので……えっと、ただお世話になってるのも申し訳ないので、私のほうからお願いしたんです」

「そう…」

 なんとか取り繕ったけど、ミアさんはまだ険しい顔をしていた。

「私もジャスパーも、アダムのことは良く知っていたつもりだったけど、正直、今のアダムが何をしようとしてるのか分からない。何か困ってるなら力になりたいんだけど……」

「……」

 ご主人様が二人に話さないなら、私から言えることはないけれど、こんなに心配してくれる友達を切り離してまで、しなければならないことなんだろうか……復讐なんてしなくても、生きてはいけるわけだし……。

「――ご主人…様は……」

「え?」

「ご主人様は……どんな人でしたか?」

 復讐しようとしてる……と言おうとして、やっぱり言えなかった……。

「アダムはね……物腰柔らかで、どんな人にも平等に接する子だった。魔法の才能が先生達よりあるから、僻まれたりもしたんだけど、そんな連中にも笑って返すような……平たく言えば、良い子だったかな」

 そう語るミアさんの表情はどこか陰がある。そうする理由が何となく分かる気がして黙っていると、ミアさんは小さく笑う。 

「正直、出来過ぎてて、変な子だなって思ってた。だから、無理してない?って聞いたことがあったんだけど、彼、なんて答えたと思う?」

 分からなくて首を傾げていると、ミアさんは更に笑みを深くする。

「"こうしていたら、頭の悪い奴は安心して仲良くしてくるし、頭の良いやつは気味悪がって距離を置くだろうから、立ち回りやすい"って言うのよ。当時十三歳の子どもがよ?私、びっくりしちゃって……それで俄然興味が湧いたんだけどね」

 なんだかご主人様が言いそうなことだと思っていると、ミアさんは嬉しそうにする。

「その様子だと、今でも変わらないみたいね……アダムはね、魔法を知ったり極めたりすることは好きだったけれど、それ以外のことが面倒だと思うタイプの人だったのよ。だから、シュティレちゃんを保護してるっていうのも、信じ難かったんだけど……」

「……私、ウィス・フォンスなんです」

「えっ!?」

 ミアさんは驚いて椅子から落ちそうになった。

 ジャスパーさんにも言ってあることだし、ミアさんに伝えても大丈夫だよね。

「な、なるほど……ほんとに居たんだ。ウィス・フォンス……でも……そんなに魔力量があるように見えない…」

「抑え方を教わったので…」

「あ、そっか……」

 そう言ったきり、ミアさんは少し考え込んだ。やがて顔を上げると、「……アダム、何か悪い事企んでないよね?」と呟いた。

「さ、さあ…」

 毅然としていたかったのに、心の内の動揺が口をついて出てしまった。それで察したのか、ミアさんが厳しい顔をする。

「まさか、まだ復讐とか考えてるんじゃ…」

「まだ?」

 ミアさんは復讐のことを知っているんだろうかと驚いて訊き返すと、ミアさんは額に手をやりながら頷いた。

「在学中に実験中の事故で私の意識が戻らなくなったことがあって……目覚めるまでに数年かかったらしくてね。目覚めた時、アダムが会いに来て、私がこうなったのは、学校長達が無理に実験したせいだって教えてくれて……仕返ししないかって言われたことがあるの。私はどんな経緯で事故が起きたか忘れちゃってたから、その時は、事故はよくあることだし、恨んでもしょうがないって答えたんだけど……」

 そこでミアさんは辛そうに顔を歪ませた。

「事故のせいでフラン――私の使い魔が死んだって聞いた時はさすがに迷った。フランは、私が小さい頃から一緒だった子だったし……でもね。復讐したからってフランは戻らない。それに復讐することで、私まで自分の我を押し通して他人に苦痛を強いるような人間になる気がして、そうはなりたくないって思ったから……まあ、アダムには納得いかなかったみたいだけど……」

(ミアさんは強いんだな…)

 私ならどうだろう?自分が大切にしていた人が傷つけられたら、黙っていられるだろうか。

「復讐するしないはアダムの勝手だけど、経緯はどうであれ、ウィス・フォンスを側に置いてるって言うのが引っかかるわね……シュティレちゃんに言うことじゃないけど……やっぱり、あなたをいいように利用してるんじゃない?」

(確かに、利用されてる……)

 そうだ。私は道具だ。ご主人様の都合で働くだけの……だけど、今の私はそうせざるを得なかったというより、私自身もご主人様の傍に居たいと思っている……離れてみて、余計にそう思う。確かに屋敷の外には魅力的なことがたくさんあって、身の守り方さえ知っていれば、別の生き方も出来るのではないかと希望が持てる……ただ、それ以上にご主人様や使い魔の二匹が恋しかった。どうせ自由に生きるなら、ご主人様達とその自由を楽しめないかと思ってしまう。

「私は……ご主人様になら、利用されていてもいいんです」

 ミアさんやジャスパーさんのような普通の人からしたら、利用されていることは不自然で良くないことなんだというのは分かってきた。私は普通じゃないんだと思う。

 だけど、普通じゃない状況でも、どんな目的があったにせよ、最初に私に手を差し伸べてくれたのはご主人様で、私はそのことで救われたのが事実。周りがどう思おうと、私がご主人様に報いたいという気持ちは変わらない……。

(なんだ。簡単なことだった……)

 ご主人様が怖いと思ったこともあるし、協力したのちに私が死ぬかもしれないと言われて迷ったけれど、それでも、ご主人様の元を離れたほうが辛かった。今だって、帰りたくてしょうがない。私にとっては、ご主人様に助けてもらったあの日から、答えはとっくに決まっていたんだ。

「シュティレちゃんは……アダムが好き?」

 ミアさんは、まだ心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「はい」

「アダムがあなたに優しくするのが、偽りだとしても?」

「はい」

「そう…」

 私の瞳に何を見たのか、ミアさんは一度大きな溜め息をついた。

 

           ※

 

 ジャスパーさんが帰ってきたのは日が落ちてからで、それから三人で夕食を食べた。

「最近、貴族殺しの犯人探しで憲兵が殺気立っててさ。犯人があまりにも尻尾を出さないから、魔法使いの仕業じゃないかって、魔法省にまで捜査の協力依頼が来ちゃって、忙しいんだよね……」

 夕食のシチューを食べながら、ジャスパーさんが愚痴を零すと、ミアさんは笑いながらジャスパーさんの肩を揉んだ。

「それはご愁傷様。貴族はプライドにうるさいからね。その犯人、見つかったらどうなるか分かんないわね」

「うん……普通に裁かせてくれればいいけど、なんか過剰に重い刑になりそうだよね…」

「犯人の狙いは分かってないの?」

「う〜ん……私怨じゃないかって言うんだけど……なんでも、どの貴族も魔法学校と繋がりがあってね。だから、学校長を殺した犯人と同一じゃないかって言われてる」

「そこまで仮説が立てられてるのに、犯人像が浮かんでこないの?」

「うん……なんたって、目撃情報もなければ、殺し方もバラバラ。ただ、事件が魔法使いに関係ありそうだから、同一犯って思われてるだけで、そうじゃない可能性も捨てきれないみたい」

「ふ〜ん。ジャスパーは、登録されてる魔法使いの中に、目ぼしい人は見つけられないの?」

 私は黙々と料理を食べながら、二人の会話をぼんやりと聞いていた。ひょっとすると、ご主人様が起こした事件かもしれないと思いながらも当然、口には出さない。

 ミアさんに訊かれて、ジャスパーさんはなぜだか一瞬私を見た。それから押し殺すような声で小さく、「登録されてないけど、怪しい人ならいるよ」と言った。

「え?誰?」

「――アダム」

「!」

 ジャスパーさんの言葉に、一瞬場の空気が凍りついた。

 少しの沈黙の後、ミアさんは止めていた息を吐き出すように大きく息をした。

「まさかとは思ったけど……確かに、アダムならやりかねないわね。確か盗まれた研究って、学校長に言われてしていた研究よね……」

「そうだったね。それを聞いて、単純にアダムの研究に興味を持った誰かの単独の犯行かと思っていたけど、アダムが学校を辞めた時期と校長の死んだ時期が重なるし、アダムは明らかに誰かに狙われていた。家族も家も、全て失ってる…」

「……目覚めた私の所に来ては、復讐を唆してたしね」

「シュティレちゃん」

 ジャスパーさんは再び私に目を向ける。

「告げ口させるような真似して悪いけど、アダムから何か、聞いてない?」

「……わかりません」

 ジャスパーさんには悪いけれど、ご主人様を捕まえさせる訳にはいかない。ジャスパーさんがご主人様の味方でないなら、私に言うべきことはない。

「シュティレちゃん。恩義があるアダムを庇いたい気持ちは分かるけど、これは立派な犯罪よ。許されないことなの」

("庇いたい気持ちは分かる"?)

 ミアさんの言葉を頭の中で反芻すると、体の奥から苦い水が湧き上がってくるような、酷く不快な気分になった。

「――そんなわけ…ない」

 (私の、ご主人様に対する気持ちが、ミアさんにわかるだなんて…)

 気づけば、体が震えていた。感情を抑えようと拳を強く握ったけれど、あまり効果がなかった。

「シュティレちゃん?…っ!?」

 私は、肩に置こうとされたミアさんの手を振り払った。驚くミアさんを睨みつける。

「――暗い……部屋に閉じ込められて、魔力を吸われる時だけ外に出されて、体に歯を立てられる痛みを知ってますか?飢え死にされたら困るからと、腐りかけの残飯を無理矢理流し込まれる苦しさは?魔力が足りないと気を失うまで殴られ、蹴られる痛みは?熱した火かき棒で肌を焼かれる痛みは?その時の私の気持ちが……ミアさんには、理解出来るんですか!?」

 

 今までの人生で、こんなに感情を曝け出したことがない。体は震え、涙が止まらない。

 何がそうさせたのかも、私には分かっていなかった。

 

「何度も、何度も何度も何度もっ!!助けて下さいと叫んだって、誰も助けてくれなかった。辛かった……いっそ死ねたらどんなに楽だったか……でも、私には死ぬ自由すら与えられなかった……だけど、仕方がないんですよね?私は、"悪魔の子"だから……親にも化け物扱いされるくらい、悪い子だから……でも……それでも……ご主人様だけは、私を――」

 だんだん、自分でも何が言いたいのか分からなってきた。悔しいのか、苦しいのか、悲しいのか、はたまた怒っているのか……自分の感情すらよく分からない。

「シュティレちゃん、ごめん!ごめんね…」

 嗚咽を上げて泣くだけで何も言えなくなってしまった私を、ミアさんが強く抱きしめる。

「辛かったね……助けてあげられなくて、ごめん。でも……今からでも、間に合わないかな?」

 ミアさんの言葉の意図が分からなくて、顔を上げると、ミアさんは涙を流しながら笑っていた。

「今こうして、あなたはここにいる。これからは、私とジャスパーがあなたを守るから」

(これからは……)

 ではもう、ご主人様と一緒には居られないんだろうか……。

 「――ウィス・フォンスの魔力を吸って、一時的にでも魔力を高めたって意味ないのにね…」

 不意にジャスパーさんがそう言って、眉を顰める。

 それにミアさんが頷いた。

「そうね……使ってしまえば魔力はなくなるし、溜めておこうにも、入れておける魔力量は生まれつき決まっていて、あまり多くはないしね…」

 急に大声を上げたのと泣いたせいで疲れて、体がなんだがフワフワするので、私はミアさんに抱かれたまま、何も言えずにぼんやりとしていた。

「確かにアダムは、シュティレちゃんを救ったのかもしれない。でも、それはきっと、善意じゃない。アダムもまた、扱い方は違えど、シュティレちゃんの魔力が欲しいだけだよ。あまり親友を悪くは言いたくないけれど、騙されちゃダメだ」

 私はゆっくりと首を横に振った。

 それを見て、ジャスパーさんは悲しそうな顔をする。

「……シュティレちゃん。今のままでは良くない事が起こる。アダムだけならまだしも、君が加わることによって、本当に何でも出来てしまうんだ。アダムはその辺の魔法使いとは格が違う……僕だってアダムのことは信じたいけれど、君を使えるアダムは、復讐だけじゃなく、もっと大きなことをやるだろう。今ならまだ間に合う。今アダムを止めれば、まだ何年か牢屋で過ごすだけで済むかもしれない。でも、これ以上何かしたら、死刑は免れない。アダムを救う為にも、シュティレちゃんは、今はアダムの側にいたらダメだ」

(ご主人様を救う…)

 私もクロも、きっとシロだって、どこかでご主人様を止めたいと思っていた。でも、道具だからこそ、それは出来なかった。ご主人様がノーと言えば、それまでだから……

「シュティレちゃん。一緒にアダムを止めよう」

 ジャスパーさんはそう言って私に手を伸ばす。

 しばしその手を見つめて考えた。この手を取ってしまえば、ご主人様を裏切ることになる……でも、それでご主人様を止められるなら――

(でも、ご主人様に捨てられるかもしれない…)

 一緒にいたくて、助けるつもりで裏切ったと言っても、ご主人様は許してはくれないだろう。それでも構わないと言えるほど、私は強くない。やっぱり、ご主人様と今まで通り、一緒にいさせてほしい。

 

 ――『シュティレ。おまえは誰のものだ?』

 

「!?」

 私が迷っていると突然、ご主人様の声がした。近くにいるのかと周りを見渡したけれど、姿が見えない。

 

 ――『お前の頭に直接話しかけている。口に出さなくていいから答えろ。おまえは誰のものだ?』

 

(……ご主人様のものです)

 

 ――『なら、俺の言葉だけ聞いていればいい』

 

 いつもの命令口調を聞いていると、なんだか安心する。

 

(はい)

 

 心の中で返事をすると、突然私の両手が勝手に動いた。ミアさんの腕の中から出ると、真っ直ぐミアさんの首へと手を伸ばし、両手で首を掴む。

「シュティレ…ちゃん?…っぐ!!」

 そうしてそのまま首を絞めた。

(え…何?なんで?)

 手を離したいのに、離すことが出来ない。それどころか、どんどん締める力が強くなる。

「シュティレちゃん!何を!……まさか…アダムっ!おまえか!?」

 ジャスパーさんが叫ぶと、私はミアさんの首を絞めながら、ジャスパーさんに顔を向ける。

 これも、私の意思じゃなかった。更に、「俺に構うなと言ったろう?」と、口が勝手に動く。

(ご主人様だ…)

 どういうわけか、ご主人様が私の体を動かしているようだ。

「やめろアダムっ!ミアは関係ないだろ!それに、シュティレちゃんにやらせるのはもっとダメだ!」

 ジャスパーさんは私に掴みかかるが、突然動きを止めた。額に汗を垂らして唸りながら体を動かそうとしていたが、指一本動かない。

「くそぅ!なんだこれ!卑怯だぞ!アダム」

「俺に構わないと約束するなら、すぐにでも解いてやる」

 再び私の口が、ご主人様の言葉を伝える。

「もうやめろ!これ以上何もするな!昔されたことを恨んでもどうにもならない。むしろおまえが手を出したことで、ますます状況は悪くなるんだぞ!それこそ、魔法使いがまた虐げられる」

「今だって優遇されてるとは言い難いだろ。皆魔法使いを忌避するクセに、困った時だけ寄ってくる」

「それは仕方ない。人間は弱いから、理解できないものが怖いだけだ。だから、ゆっくり時間を掛けて話し合って、理解を深めればいい」

「……おまえとは本当に意見が合わないな。……わかった。どうあっても俺の邪魔をすると言うなら仕方がない」

(また、手の力が強くなった!)

 私の手は、ミアさんの首をさらに強く絞め上げる。

「…っが」

 苦しそうな音を洩らして、ミアさんは意識を失う。「ミアっ!!」とジャスパーさんの悲痛な叫び声が響く。ミアさんが意識を失っても、私の手の力は緩まらない。

(本当に殺すつもりなんだ。……ダメ……ダメです!ご主人様!ミアさんは、悪い人じゃないのに!)

 

 ――『俺に逆らうのか?』

 

 何とかミアさんから手を離そうとしていると、ご主人様の冷たい声がした。

(ち、違います!逆らいたいんじゃありません。ただ……ミアさんを殺したくないだけです!)

 

 ――『同じだろう。俺は殺せと言っている』

 

(嫌です。ミアさんも、ジャスパーさんも、ご主人様を心配しているだけ……敵なんかじゃありません。……もう、やめましょう?ご主人様)

 

 ――『おまえまで、そんな事を言うのか』

 

 (……ご主人様。私はご主人様の道具です。逆らったり裏切ったりしません。でも……ご主人様を、誰でも殺す殺人鬼にはしたくないんです。これが最初で最後のわがままです。後はもうけして意見したりしません。お願いです!ミアさんを、殺さないで下さいっ!!)

 精一杯念じていると、ピキッ!と小さな音がした。そうして、何か小さな物がコトンと床に落ちる。それと同時に、手の力が抜けた。慌ててミアさんから手を離すと、ミアさんは床に崩れ落ちる。

「ミア!」

 倒れる寸前、ジャスパーさんが動いてミアさんを支えた。

「……良かった。生きてる…」

 ジャスパーさんがほっと大きく息をつく。それを見て、私も気が抜けてその場に座り込んだ。

「シュティレちゃん。大丈夫?」

 ジャスパーさんが心配そうに私の顔を覗き込む。その顔を見た瞬間、どうしようもない罪悪感に襲われて、涙が溢れてきた。

「…ごめんなさいっ!ごめんなさい!」

「もういいよ。シュティレちゃんは、悪くない」

「でもっ!」

「大丈夫だから…」

 そう言ってジャスパーさんは、泣きじゃくる私の頭に手を置いて撫でた。落ち着かせようとしてくれているのだろうけど、その手の温かさに、余計に自分のしてしまった事を思い知らされる心地がして、辛くなった。それで俯いてしまうと、ふと足元に転がっている物が目に入った。

「……これ…」

 それは、私の首に付いていたチョーカーだった。

お読み頂き、ありがとうございました。

可愛い子には旅をさせろという言葉がありますが、今回はそんな話なのだろうと思って書いていました。それにしても、アダムのやりようはちょっと酷すぎるというか……作者としては、あまりシュティレを虐めたくないのですが、上手くいかないです……。

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