12.クリスティアーネのレシピ帳
「今日は珍しく全員で出かけたんだな」
ジャスパーさんは私たちと一緒に屋敷に入りながら、ニコニコと話し続ける。
「ああ。ちょっと用事があってな」
「ふぅ~ん?用事、ねぇ…」
「なんだ?」
「いや。世捨て人みたいな暮らしをしているアダムにも用事なんてものがあるんだなぁ〜と思っただけだよ。……あ、そうだ!久しぶりにチェスでもしようよ!おまえ、好きだったろ?」
「……俺はやることがあるから、他の奴としろ」
「つれないなぁ〜」
「しばらく書斎にいる」
ジャスパーさんの呟きを無視して、ご主人様はさっさと書斎に向かった。
「行っちゃった……後で紅茶とケーキを持っていかなくちゃ!」とシロが言って、「きっとレシピ帳の解読をするんでしょうね。ほんと、凝り性なんだから…」と、クロが溜め息交じりに言った。
「レシピ帳の解読?それなら、僕も手伝うのに…」
ジャスパーさんはつまらなそうにしている。
そもそもレシピ帳とはなんだろう?"カイドク"とは何だか難しそうな響きがするが、大変なんだろうか?と思っていると、私の気持ちが分かったように、「ああ、レシピ帳っていうのはね…」とジャスパーさんが説明してくれた。
なんでも、魔法使いが魔法の呪文や扱い方を書いたレシピ帳もとい、魔導書というものは、大体は普通に読んでも意味が分からないものが多く、特定の言葉をヒントにパズルのように読み解かなければならないものがほとんどなのだという。それは単純にそこに書かれている魔法を悪用されないためでもあるし、多少の魔力があれば、唱えるだけで発動してしまうものもあるので、危険ということもあるそうだ。
「まあ、シュティレちゃんくらいに魔力があれば、発動できない魔法はないと思うから、余計にレシピ帳は危険なんだけどね…」
「そうなんですか…」
「まあ、それはいいとして……シュティレちゃん。チェス出来る?」
ジャスパーさんは期待を込めた目で私を見つめる。けれど、私はチェスがどういうものか分からなかった。それで首を横に振ったが、ジャスパーさんは落ち込むどころか、より楽しそうな笑顔になった。
「そっか、そっか!なら、教えてあげる!ねぇ、クロ。チェス盤ある?」
「ええ。確か、ご主人様の部屋に……取って参ります」
クロは頷くと、さっと二階に上がって行った。
「――で、こうやってキングを囲って動けなく出来たらチェックメイトと言って、勝ちになるんだよ。…じゃあ、ちょっと勝負してみようか。習うより慣れろって言うしね」
ジャスパーさんは一つ一つの駒の動き方やルールを教えてくれる。ルールはともかく、様々な形をした駒は見ていて楽しい。教えてもらったことを思い返しながら、慎重に駒を進めた。
「ふふ……ボクもご主人様に教わって何回か勝負したけど、全然勝てないんだよねぇ〜」
シロが紅茶とケーキを運んできて、盤面を覗き込んでは笑った。
「アダムは負けず嫌いだからね。初心者にも容赦ないんだよ。こういうゲームって、本性が出るっていうからね。学校では物腰柔らかで社交的だったのに、チェスでは相手を突き放してくる感じなのが、当時は不思議だったな……案外、アダムはみんなで楽しくってよりも、一人の時間のほうが好きなタイプなのかもね」
「私には、社交的っていうほうが、イメージ出来ません。優しいとは、思いますけど…」
正直に言うと、ジャスパーさんは笑った。
「やっぱりそうか。じゃあ、今のあいつのほうが、本来の姿に近いんだろうな……ところで、シュティレちゃん」
「はい?」
「ここでの暮らしは楽しい?」
チェスの駒を動かしながら、ジャスパーさんは言う。
「え?…まあ…はい」
私も答えながら、自分の駒である白のボーンを一マス動かした。
「そう?アダムにこき使われてない?」
「いいえ……むしろ、自由にさせてもらっているほうだと思います」
「そっか。なら、いいんだけど…」
ジャスパーさんは少し考えるようにする。確かに、普通の暮らしとは少し違うかもしれないけど、私の能力を隠しでもしない限り、普通の女の子では居られない自覚はある。その点では、私の事を理解したうえで優しくしてくれるご主人様の存在は大きいと思う。今までの私の扱われ方とは雲泥の差だ。
「えっと……」
再び自分の手番が回って来たが、どう置いたものか悩んだ。あまり進みすぎると、こちらの陣営にナイトなど、跳び越せる能力を持った駒が侵攻してきそうな気がする……。
「ゆっくり考えていいよ。いくつか逆転する方法はあるから」
ジャスパーさんは余裕の笑みで、ケーキを頬張った。
「……今はシュティレの番か?」
集中して自分の駒とジャスパーさんの駒を見比べていたら、不意に頭上からご主人様の声がした。驚いて顔を上げると、いつの間にかご主人様が側に立っていて、盤面を見つめている。
「はい」
頷くと、ご主人様はスッと手を伸ばして、白の駒を一つ動かした。
「あーっ!!」
途端にジャスパーさんが悲鳴を上げる。
「お、おまえ……助言やサポートはルール違反だぞ!それに、そこは…」
よく分からないが、ジャスパーさんにとっては難しい切り返しだったらしい。そんなジャスパーさんに、ご主人様は不敵な笑みを返した。
「初心者をカモにして優越感に浸っているようだったので、仕返しだ」
「うぅ~ん……」
ジャスパーさんは腕を組んで考え込む。やがて、「ここだ!」と黒の駒を一つ動かした。
「シュティレ。次はどこに置く?」
ご主人様はそう言って私を振り返る。
「えっと……これを、こっちに置くのは……どうでしょう?」
自信がなくて声が小さくなるが、ご主人様は優しく微笑んだ。
「それはちょっと素直過ぎるな。こちらの意図がバレバレだ。そうだな……思い切って、こうしよう」
ご主人様は再び白の駒を動かす。するとジャスパーさんの眉がピクリと動いた。
「なんだ?それ……囮か?いや……でも……」
何やらすごく迷った末にジャスパーさんは駒を動かしたが、ジャスパーさんが駒を置いた瞬間、ご主人様の笑みが深くなった。
「なんだよ。笑って……ん?……あぁーっ!」
盤面を見直して、ジャスパーさんは悲鳴を上げた。
「今更気づいても遅い。……シュティレ、おまえでも次に打つべき手は分かるだろ?」
「え?……あ…」
盤面を隅々まで見て、やがて気がついた。いつの間にか白の陣営は、黒のキングの逃げ場を塞いでいる。あと一手進められれば、チェックメイトだ。
「チェ…チェック」
王手宣言をして駒を進めると、ジャスパーさんは諦めたように項垂れた。申し訳程度に黒のキングを動かしたが、状況は変わらない。
「トドメだ。シュティレ」
ご主人様の声に押されて、最後の一手を打つ。
「チェックメイト」
「ぎゃあー!」
ジャスパーさんは叫びながらテーブルに突っ伏した。けれどすぐに顔を上げると、ご主人様を睨み付け、「アダム替われ!今度は本気でおまえを倒してやる!」と意気込んだ。
「仕方ないな…」
ご主人様は口では迷惑そうだったが、表情はどこか楽しげだ。それで私が席を立つと、代わりにご主人様が椅子に座る。
「ご主人様。解読は終わったんですか?」
シロが訊くと、ご主人様は首を振る。
「なかなか進まないから、一旦切り上げた」
「それなら、僕が勝つまで勝負してくれるな?」
ジャスパーさんがキラキラした目で会話に割り込むと、「何戦する気なんだ」とご主人様は呆れながら駒を並べ直した。
「長くなりそうね。……シュティレ。お菓子の追加を買いに行きましょう」
「あ…うん!」
クロに誘われてその場を離れる。部屋を出る前にちらりと二人を振り返ると、お互い減らず口を叩きながらも、すごく楽しげに笑っていた。そんな様子に、復讐を考える前のご主人様の姿を見ている気がして、何だか胸が苦しくなってきた。
「……復讐なんて、止めてしまえばいいのにね…」
クロがボソリと呟くのが聞こえて、驚いてクロに目を向けたが、クロはそれ以上は何も言わなかった。
※
その夜。私はティーセットを持って、ご主人様の部屋を訪れた。
あのあと、ご主人様とジャスパーさんは五戦ほどしたそうだが、いずれもご主人様の勝ちだったそうだ。ジャスパーさんが「次は勝つ!」と悔しそうながらも、どこか嬉しそうに言って帰ったのはだいぶ日が傾いてからのことで、そのあとからご主人様は再び解読に取り掛かると言って、部屋に引きこもっていた。夕食の時間にも降りて来なかったので、シロに頼まれて、サンドイッチを差し入れに来たのだった。
なぜ私なのかと訊けば、ご主人様は集中している時に声を掛けられるのを嫌がるからだということだったけど、それなら私が行っても同じではないかと思う。
「ふぅ~」
私は扉の前で深呼吸をしてから、ドアをノックした。少し待ったが返事がない。どうやら、余程集中しているようだ。
「…ご主人様。軽食をお持ちしました。入ってもよろしいですか?」
もう一度ノックして、今度は声も掛けてみたが、やはり返事がない。
「もしかして、寝てるのかな?」
眠っているのならいいけれど、まだ解読をしているなら、やっぱり軽食は置いてきたほうがいい。いくら集中しているとはいえ、長時間飲まず食わずでは体に悪いもの。
「……よし!」
怒られたら、そのときはそのときだと、私は覚悟を決めて、ゆっくりとドアを開けた。
部屋の中は薄暗い。光源が机の上の燭台しかないからだけど、その燭台の上の蝋燭もそろそろ取り替えたほうが良さそうなほど短くなっている。
床には何やらびっしりと文字が書かれた紙が散乱していて、私はそれらの紙を踏まないように気をつけながら机に近づいた。
ご主人様はペンを握り、紙に何かを書き付けている。たまに手を止めては、机の端に置いてある本をめくって読んで、また書くことを繰り返している。私が入ってきたことすら、気がついていないようだ。
どこかにトレイを置いてから部屋を出ようと、置く場所を考えていると、ふとご主人様の手が止まった。腕を伸ばして、大きく伸びをする。それからふと後ろを振り返っては私に気づき、驚いた表情をした。
「シュティレ?いつの間に…」
「ご、ごめんなさい!声は掛けたんですけど、お返事が無かったので……」
「そうか。それは悪かったな……ところで、何をそんなに怖がっているんだ?」
「え?あ……えっと……ご主人様が集中している時に声を掛けたら怒られると聞いていたので、お邪魔をしてしまったかと思って…」
「ああ、なるほど。……大丈夫だよ。今は怒ってないから。大体、シロもクロも変なところで遠慮がないからな。俺が何をしていようがお構い無しで遮ってくるんだ。それでよく叱っていただけのことさ」
「そうですか…」
安心して肩の力が抜けたが、そのせいでトレイを落としそうになって慌てて持ち直した。
「わざわざ持ってきてくれたのか?ありがとう」
「は、はい。お腹が空くだろうと思って」
ご主人様は私からトレイを受け取ると、机の上の紙を避けて、空いたところに置き、サンドイッチを食べた。
「解読は順調ですか?」
思わず訊いてしまうと、ご主人様は困ったように笑った。
「半々だな。大雑把には読み解けたが、肝心なところが分からない。色んな暗号を組み合わせて巧みに隠してある……お祖母様は温和で他人との間に壁を作らない性格の人だったが、この魔導書は簡単には読み解かせたくなかったらしい。それだけ危険なものなのか、或いは……」
そこでご主人様の顔に暗い影が落ちる。
「お祖母様も案外、後ろ暗いところがお有りだったのか」
ご主人様はそう言ってそっと魔導書を撫でる。その表情はどこか、遠いところを見ているようだった。今は亡きお祖母様を思い出しているのか、どこか哀しげに見える。
「私に……出来ることはありませんか?」
魔法に関係することなら、私にも協力出来るかもしれない……むしろ、協力させてほしいと思った。そんな私の想いが伝わったのか、ご主人様は柔らかく微笑んだ。
「そうだな……おまえを使うのも、ありかもしれない……また魔力を貸してもらえるか?」
いちいち確認をしなくても、私の役割はご主人様に魔力を渡すことなのだから、勝手に使えばいいのにと思いつつも、こうやって気遣ってくれることがとても嬉しかった。
「はい!もちろんです」
それで気合いの入った返事になってしまうと、ご主人様は可笑しそうに笑った。
「いい返事だな。よし、なら手を繋いで俺に魔力を流せ。ちょっと魔力量の多い魔法を使う」
「わかりました」
ご主人様と手を繋いで魔力を流すと、ご主人様は魔導書のとあるページを開いて、その上に手を翳した。淡い青の光が、魔導書を包む。すると、魔導書の中に書いていた文字が移動を始めた。上下左右、様々に動いては、文字が入れ替わっていく……。
(すごい……)
その不思議な光景に目を奪われていると、急に体が怠くなってきた。どうやら、ここまでする為に、かなり魔力を消費しているようだ。
(ご主人様の魔力も同時に使っているはずなのに、私が疲れているってことは、ご主人様は大丈夫かな…)
そう思ってご主人様の顔を見ると、ご主人様も辛そうに顔を歪めていた。額からは汗が流れている。
「ご主人様。少し、休まれては?」
「いや、あと少し―――解けた」
そうご主人様が言った途端、移動していた文字が動きを止め、本の真ん中に文字列を使った円が現れていた。そしてその円の中から、深い緑色をした石が現れる。
「宝…石?」
キラキラとガラスのように輝く石が現れたと同時に、ご主人様は本に翳していた手を下ろす。すると本を覆っていた青い光は消失し、私から流れ出る魔力の動きも止まった。
「ったく……解除の魔法でこの魔力量……これなら最悪、魔法で解除したら死ぬな。だとしても、自力で解いたらどれだけ掛かっていたのやら…」
額の汗を拭いながら、ご主人様は呆れたように呟く。
「シュティレも疲れたろ。ベッドを使っていいから、少し休め」
椅子に掛けながらご主人様は言うが、さすがにそれは悪い気がする。
「いえ。それなら、自分の部屋で休みますから、大丈夫です……っ!?」
自分の部屋に戻ろうと体の向きを変えようとした瞬間、急な目眩に襲われた。そのまま倒れてしまうかと思いきや、寸前のところで、ご主人様の腕に抱えられて助かった。
「無理をするな。おまえは特に、元から体力のないほうなんだから」
「…ごめんなさい」
「謝らなくてもいい。俺のほうこそ、たくさん魔力を使って悪かったな」
「いいえ」
ご主人様は私をベッドに横たえてくれる。横になると急激に睡魔に襲われた。けれど、眠ってしまえば朝まで目覚めない気がして、それではご主人様に悪いと思ってなんとか抗う。
「眠ってもいいぞ。俺は平気だから」
「でも……ご主人様だってお疲れですよね?」
「俺はもう少しやる事もある。なんなら、椅子でも眠れるし、平気だ」
「椅子で寝るなんて、そんな…」
「おまえもしつこいな……俺がいいと言ったんだから、いいんだよ。さっさと寝ろ」
「……」
それでも眠気に抗う私を見て、ご主人様は溜め息をつくと、ベッドの側へやって来た。
「……少し場所を空けろ」
「え?…あ…はい」
私が少しベッドの端に寄ると、ご主人様はそのまま私の隣に横になった。
「これで文句ないだろ?早く寝ろ」
そう言って、ご主人様は目を閉じる。
(結局、また気を遣わせちゃったな…)
申し訳ないと思いつつも、一緒に眠れるのは何だか嬉しくて、つい笑みが溢れた。その後は、もう抗うことは出来なくて、私はいつの間にか眠っていた。――
「……うーん…?」
目を覚ますと、窓から差す光の強さが真っ先に目に入って、顔を顰めた。やがてそれが朝日であることを認識して目が慣れてくる。ゆっくりと体を起こしてみて、
「あ…」
(やっぱり朝まで寝ちゃった…)
昨夜のことを思い出した。
「起きたか?」
ご主人様は椅子に座り、手に深緑色の宝石を持って眺めていた。
「あ、はい!おはようございます」
慌てて居住まいを正して返事をすると、ご主人様はこちらに目を向けては微笑んだ。
「回復したようだな」
「はい。…ありがとうございました」
「別に俺は何もしていないよ。……さて。クロが怒鳴り込んで来る前に下に行くか」
そう言ってご主人様が立ち上がった途端、ドアをノックする音が響いた。
「ご主人様。クロです。入ります」
そう声がして、こちらの返事も待たずにドアが開いた。怒ったような顔をした人型のクロが、ズカズカと大股で歩いて、ご主人様の前にやって来た。
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
「ご主人様…」
「分かってるよ。皆まで言うな。シュティレだろ?」
「はい」
「ハァ〜……おまえは俺の妻か何かか?俺がシュティレをどう扱おうと、俺の勝手だろ」
「そうですけど……以前も話しましたが、ちゃんと線引きを…」
「ご、ごめん!クロ。私が悪いの!」
慌てて起き上がりクロに声を掛けると、クロは私を見て眉を上げた。
「私が魔力を使い過ぎて疲れちゃって……フラフラしていたから、ご主人様はベッドを貸してくれたの……だから、ご主人様が何かしたわけじゃないよ」
クロはしばらく私の顔をじっと見ていたが、やがてふぅーっと長い息を吐いた。
「……そのようね。それで?ご主人様がお持ちになっているその宝石はなんです?なんだか、魔法の匂いがしますが…」
「ん?おまえ、知らないのか?」
「え?」
「これはお祖母様のレシピ帳から取り出したものだ。使い魔だったおまえなら、見たことあるんじゃないのか?」
「……初めて見た……と思います…」
クロが首を傾げると、ご主人様は笑ったが、それはゾッとするような冷たい笑みだった。私はおろか、クロまでギョッとして動きを止めた。
「なるほど……お祖母様は、なかなかの人だったようだ」
「ど、どういうことですか?」
クロが震える声で尋ねると、ご主人様は「魔法使いも業が深いということさ」と答えたが、クロにも、もちろん私にも、その言葉が意味することが連想できなかった。
ご主人様はサッと魔導書に手を翳し、触れることなく魔導書を開くと、空白のページに向けて宝石を放った。宝石はまるで水の中に入るかのように魔導書の中に溶け込んで消えた。宝石が消えると魔導書は独りでに閉じる。それを確認しながら、「さて。朝食にするか」と、私とクロに笑いかけた。
その笑顔は、いつものように優しかった。
三人で階下に降りると、シロがキッチンから顔を出しては、前足を振った。
「ご主人様、シュティレ!おはよう〜!」
いつも通りのシロに安心して、笑顔で挨拶を返す。
「今日は、ご主人様が好きなキッシュを焼いてみましたよ!クロにレシピを訊いて、初めて作りましたけど、綺麗に出来てるでしょ?」
そう言ってシロが見せてくれたキッシュは、円形の生地が皿のようになっていて、中にベーコンやブロッコリー、カボチャも入った具沢山な料理だった。香ばしいチーズの香りもしている。
「おいしそう…」
思わず呟くと、シロはにっこり笑った。
「でしょ、でしょ!ご主人様、昨日は解読を頑張ってたみたいだったから、疲れてると思って」
「そうか。ありがとう」
ご主人様はシロの頭を撫でる。するとシロは「えへへ」と、嬉しそうに笑って、気持ち良さそうに目を細めた。
「ご主人様」
そんな中、クロはまだ硬い表情のままだった。
「なんだ?」
「さっきの宝石。何に使うものなんですか?」
「さあな」
「はぐらかさないでください。ご存じなんでしょう?」
「知ってどうなる?お祖母様が何某かの意図があっておまえには話さなかった…或いは、それに関しての記憶を消したかのどちらかだろ?あえて俺がその禁を破る必要もない」
「では、ご主人様はあれをどうなさるおつもりですか?」
「そうだな……ちょっと厄介な代物だから、調べるだけ調べたら破壊するのが良いだろうな」
「…それほどまでに危険ですか?」
「ああ。あれ自体と言うより、あれを使った先にある人間社会に多大なる影響がある。だからお祖母様も封印したんだろう。かなり厳重に鍵を掛けてあった」
「そう…ですか…」
「こういう答えで満足か?」
「――はい」
クロはまだ何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
「なら、俺に任せろ」
「はい」
私は、返事をしながらも、どこか落ち込んだ様子のクロが気になったが、今話を蒸し返すのもどうかと思い、黙っていた。
「ほらほら!そんなことより、ごはん食べよう!ボクとクロ用に調味料を加減したキッシュも作ったんだから」
なんとなく重苦しい空気になったところに、シロの明るい声が飛ぶ。それでご主人様もクロも表情が和らいだ。
「私、切り分けるの手伝うね」
「うん!」
シロに声をかけて一緒にキッチンに立ちながら、この家の中が程良く明るくいられているのは、ひょっとしたらシロの存在が大きいのかもしれないと思った。
お読み頂き、ありがとうございました。
アダムにとってネックになっている祖母のクリスティアーネも、なかなかに掴みにくい人物のようです。そのうち、掘り下げていけたらと思っています。




