11.魔女の家と花の精
その夜、ベッドに横になりながら、なかなか寝付けなかった。
(私って、なんなんだろう?)
生まれながらに無限の魔力を生むことが出来るなんて、一体どういうことなのか。私のような人間は他に例がないくらい珍しいらしいというのは、なんとなく分かっていたが、ご主人様の研究の話を聞いた今、"珍しい"では済まないような不思議さを感じる。なぜ、私はそういう状態で生まれたのか――
考え出すとますます眠れなくて、私はとうとうベッドから出た。
「……風にでも当たろうかな」
窓を開けると、ひんやりとした夜風が部屋に入ってきた。軽く目を閉じて風を感じていると、あれこれ考えて熱くなっていた頭が冷やされるようで、心地良い。
「シュティレ?」
すると急に横から声がして、驚いて咄嗟に、声のした左側に目を向ける。隣のご主人様の部屋の窓の前はバルコニーになっており、ご主人様がそんなバルコニーの柵に凭れて、こちらに目を向けていた。
「あっ……ご主人様…」
ちょうどご主人様のことを考えていたので気まずかったが、無視をするわけにもいかない。それで言葉を続けられずにいると、「眠れないのか?」とご主人様の方から話しかけてきた。
「は、はい……ちょっと、風にでも当たろうかと…」
「そうか……なら、こっちに来ないか?」
「え?」
「俺も眠れなくて暇だったんだ。晩酌の相手でもしてもらえると助かるんだが…」
「わかりました。行きます」
窓を閉めて部屋を出る。ご主人様の部屋へ向かうと、ご主人様が部屋のドアを開けて中へ入れてくれた。椅子に勧められるまま座ると、湯気の立つカップを渡してくれる。カップの温かさと、ミルクティーだろうか?優しい甘さの香りで、気持ちが落ち着いた。隣に座るご主人様の側にはワインのボトルとグラスがある。ミルクティーは私の為に淹れたようだ。この短時間にどうやって?と思ったけれど、それよりも……
(……お酒、飲めるんだ)
いつも紅茶を飲んでいるので、お酒を飲む姿は何だか意外だった。
「……フフ…俺が酒を飲むのは意外か?」
「あ…いや…その――ごめんなさい」
表情に出ていたらしい。恥ずかしくて目を背けるが、ご主人様は「気にするな。……実は、酒はそんなに得意じゃない」と言った。
「え?」
驚いて思わず顔を上げると、ご主人様は少し決まり悪げに頭を掻いた。
「あまりたくさんは飲めないんだ。すぐ酔うから……眠れなかったし、飲めば眠れるかと思ったんだが……シュティレも起きてるなら、無理に眠らなくていいな」
何故だろう?何となくだが、ご主人様がいつもより本音で話しているように見える。それに、いつもは近くにいるのにどこか距離があるような接し方をされてきたが、今はなんだか、実際の距離以上の距離はないような気がする……。
「……それなら、クロやシロもいれば良かったですね」
その不思議な感覚に戸惑い、つい話題を別のところに向けたくなって二匹の名前を出すと、ご主人様はクスリと笑った。
「あいつらがいたら、徹夜確定だな。喧しくて眠れない。今は……おまえくらいが丁度いい」
「そう…ですか…」
ご主人様は自分でワイングラスにワインを注いで、一口飲んだ。
「今日した話が気になって、眠れなかったのか?」
「……はい」
少し違うが、そのことも考えてはいたので頷くと、ご主人様はまたしても笑った。
「急に重い話をしたからな。……だが、あそこまで人に話したのは初めてだ」
(ああ、それで…)
なんとなくだけど、分かってきた。今まで使い魔の二匹にすら話してこなかった内容を今日、私とクロに話したから、ご主人様も私達の反応が心配になっているのかもしれない。
「私は……話してもらえて、嬉しかったです」
正直に気持ちを伝えると、ご主人様は一瞬目を丸くした。
「おまえは本当に従順だな……こっちの調子が狂う」
「す、すみません」
「謝らなくていい。……ちょっと、安心した」
そう言うご主人様の表情は穏やかだ。少しでも、ご主人様に寄り添うことが出来ているだろうか?
「おまえは……優しいな。俺だっておまえを束縛して使っているのに、従うだけでなく、気遣ってくれる」
「優しいだなんて…」
たぶん、それは違う。
私だって、今の関係が心地良いから、それを壊さないようにしているだけだ。ずっとこのまま、ここに居たいからこそ、愛想を尽かされないように必死になっているだけ……。
「いや。優しいよ。少なくとも、俺なんかよりはずっと……俺はただ、自分のされたことに腹を立てて、癇癪を起こしているだけだ」
どこか自嘲するように言うご主人様が珍しくて、つい黙って見つめてしまった。本当に、どうしたんだろう?お酒のせいだろうか?
「ご主人様…」
あまり自分を悪人のように言わないでほしい……そう思って声を掛けると、ご主人様は私の顔の前に手を翳した。それで言おうとした言葉を飲み込む。
「悪い。変なこと言ったな。気にするな」
ご主人様はそう言いながらも、思い詰めたように俯いたままだった。
(ご主人様、本当は……)
苦しいのだろうか?
復讐は全て自分の勝手な想いだと言って、復讐の為に集めた道具にすら本心を明かしてこなかった。それはもしかすると、本心を知られて裏切られるのが怖いということの裏返しで……でもきっと、そうやって一人で抱えるのが、辛くなってきているんじゃないだろうか?
クロもシロも私も、ご主人様のことが好きだ。ご主人様のしようとしていることを聞いても、それは変わらない。きっと、大多数の人がご主人様を非難しても、私達はご主人様の味方をすると思う。それは、道具として逆らえないからではなく、きっと自分の意思だ。
「ご主人様。私は…」
「やめろ」
「!」
味方であると伝えようとしたら、ご主人様の声が割って入った。静かだが有無を言わせない圧を感じて押し黙ると、ご主人様は困った顔をする。
「それ以上は言うな。……抑えが利かなくなる」
「……はい。ごめんなさい」
何を抑えているのかは分からなかったけど、とりあえず言われた通りに黙る。
「……ご主人様は……不安…なんですか?」
どうしても気になって訊いてしまうと、ご主人様は目を見開いて固まった。
「――そうかもな」
ご主人様は言いながら俯いては、何かを振り払うように首を振った。
「さて。だいぶ夜も更けてきたし、寝るか。……眠れそうか?」
そう言うご主人様の表情にはもう、迷いを感じない。瞳もいつものように、考えが読めない明るくて深い色をしている。
(やっぱり、全部を教えてくれるわけじゃないんだ…)
心の中にどんな想いを抱えているのか、どうして、私にキスをしたのか……小さい子どものように訊いてみたいけれど、ご主人様の雰囲気はそうさせてはくれない。近づいたと思ったのに、やはりまだ遠いところにいるのだと実感する。
「……はい」
結局大人しく返事をしながらも、ふと気になった。
「あの…」
「ん?」
「ご主人様は、眠れそうですか?」
ご主人様は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに意地悪そうに笑った。
「なんだ?添い寝でもしてくれるのか?」
「え!?……あ……お、お望み…でしたら…」
いつものようにからかっているだけだと思いながらも、素直に反応してしまう。平気なフリをしていたかったが上手くいかない。
これではご主人様の思うつぼだ。いつも翻弄されている分、毅然とした態度で仕返しをしたかったのに……。
「ハハハ!…嫌だって断ったって構わないんだぞ。ほんと、従順だな」
(…ご主人様、こんなふうにも笑えるんだ)
ご主人様が声を上げて笑う。その本当に楽しそうな様子に、ご主人様の飾らない姿を見た気がして、一瞬息が止まった。
「――嫌では、ないです。どうしても不安な夜ってありますし……そんな時、誰かが"大丈夫だよ"って言いながら側に居てくれたら、救われることもあると思うんです…」
なぜだかご主人様ともう少し会話がしたくて言うと、ご主人様は笑いを収めて、真面目な顔をする。
「おまえは、そうしてもらいたかったのか?」
「っ!……た、たぶん…」
「そうか…」
顔が熱い……私は、何を言ってるんだろう?そんなことをご主人様に言ったってしょうがないのに……。
「……じゃあ、甘えさせて貰おうかな」
「え?」
私が戸惑っていると、ご主人様は立ち上がり、ベッドに向かう。途中で私を振り返っては、手招きをする。
「ほら。こっち来い」
「は、はい…」
恐る恐るご主人様の側へ行くと、ご主人様はベッドを示して、横になるように促した。少し迷ったけれど、言われた通りにベッドに横になる。すると、ご主人様もベッドに入ってきた。シングルベッドなので、体を密着させないと落ちてしまう。そう思っていると、ご主人様は私を抱きしめた。
「っ!?」
「そんなに緊張するな。何もしないから…」
そうは言われても、なかなか緊張は解けない。しかし、そんな私とは違い、ご主人様はリラックスしている。
「おまえは温かいな……確かに、これなら眠れそうだ」
そう嬉しそうに呟いては、私の背を撫でた。
ご主人様の吐く息が首にかかって、どうにも落ち着かなかったけど、あやすように優しく背中を規則的に叩かれているうちに、段々と気持ちが静まってきた。
(ご主人様…)
その緊張を解こうとしてくれる行為が嬉しくて、なんだか泣きそうだ。
ご主人様はどうしていつも、私が安心出来る方法を知っているんだろう?
それとも、私が分かりやすいのだろうか?――
そんなことを考えているうちに、段々と瞼が重くなってきて、私は抗わずにそのまま目を閉じた。
※
野鳥の鳴き声がして、私は目を覚ました。
「あ…れ…?」
ぼんやりした視界に広がる部屋の様子に、違和感を覚える。私の部屋じゃない……ここは――
「っ!?」
唐突に思い出して飛び起きると、隣から「ん〜?」と声が聞こえた。
「なんだ。もう起きたのか。早いな」
ご主人様が目を擦りながら体を起こした。
(そうだ。昨日私は、ご主人様と一緒に寝たんだった…)
「お、おはよう…ございます」
昨夜の緊張が蘇って、上手く挨拶出来ない。そんな私を見て、ご主人様は可笑しそうに笑った。
「なんだ。まだ緊張してるのか?その割には、ちゃんと眠れたようだが」
確かに、いつの間にか眠れていたようだ。すっきりしている……そう思っていると、ご主人様は私の頬に手を伸ばして、優しく撫でた。
「!」
それに驚いて固まっていると、ご主人様は柔らかく微笑んだ。
「シュティレのおかげで、俺もよく眠れたよ。ありがとう」
「それなら、良かったです」
ご主人様の微笑みに当てられて、私も自然と笑顔になった。役に立てたようで、良かった。
その時、ドアをノックする音と共に「ご主人様〜。起きてますか〜?朝ですよ〜」と、歌うようなシロの声がして、ドアが開いた。
「あれ?」
シロはベッドの上のご主人様を見て、更にその隣にいる私を見て目を丸くする。
(ど、どうしよう?私がご主人様の部屋にいることは、どう説明すれば…)
変な誤解を生まないようにと思いながら必死で頭を回しながら、そもそも変な誤解とはなんだろう?なんて考え始め、私は顔から火が出そうなほどだった。きっと顔を真っ赤にしているだろうと思う。
「シュティレ。ご主人様と一緒に寝てたの?いいなぁ〜!ねえ、ご主人様!今夜はボクとも一緒に寝てくださいよ」
「おまえは寝相が悪いから、嫌だ」
「えー!」
「……」
シロとご主人様のやり取りを聞いて絶句する。どうやら、言い訳の必要は無さそうだ。
(起こしに来たのがクロじゃなくてよかった…)
ホッと胸を撫で下ろしながら、ふと、シロならクロに話してしまうかもしれないという可能性を思いついて、再び緊張した。クロならきっと、"道具の立場でご主人様と一緒にに寝るなんて!"と怒り出しそうだ。
(胃が痛い…)
昨日から驚いたり安心したり、また驚いたりの繰り返しで、精神が安定しない。このあとクロからのお説教があるのかと思うと、憂鬱だった。
(だけど…)
そもそも、ご主人様が私を誘ったのだから、私だけのせいじゃないはず……。そう思ってご主人様を見るが、ご主人様は「どうかしたか?」と首を傾げただけだった。
「なんでもないです…」
溜め息交じりに答えると、ご主人様は「さて。着替えて下に行くぞ」と私の頭を一撫でした。
身支度をしてキッチンへ向かうと、シロが鍋でスープを煮込んでいて、クロが食器を並べていた。もう少し早く起きて、次は朝食作りを手伝わなければと思っていると、クロがいつものように「おはよう」と声をかけてきた。
「お、おはよう」
(シロから聞いてないのかな?)
そう思ってホッとしかけたが、クロは続いて現れたご主人様を見ては、険しい表情をした。
「ご主人様」
その咎めるような鋭い声にも関わらず、「何だ?」と、ご主人様はのんびり答えて椅子に座った。
「"何だ?"じゃないですよ。昨夜、シュティレと寝たそうですね?」
(やっぱり聞いてたんだ…)
途端に居心地が悪くなったけれど、クロはあくまでご主人様に矛先を向けていた。
「そうだが、それがどうかしたのか?眠れなくて酒を飲んでいたら、たまたま起きていたシュティレを見掛けて、付き合ってもらっただけだ」
「だからって…」
「普通に隣で寝ただけだ。別に何もしていない」
「本当でしょうね?」
「そんなに心配なら、シュティレに聞いてみればいいだろ?」
「う〜ん……ボクにはよく分からないけど、一緒に寝るのって、悪いことなの?」
シロが私に訊いてくる。
「わ、悪いっていうか…」
「悪いわよ!」
戸惑う私の言葉を遮って、クロが吠える。
「私たちは主従関係でしょ?対等じゃないんだから」
そう言われても、シロにはピンと来ないようで、目をパチクリしている。
「確かに主従関係ではあるが、俺は悪戯にお前たちを従わせたりはしないで、ちゃんと意思を確認しているだろ?別に無理矢理シュティレを引き込んだわけじゃない」
「そうでしょうけど……ちゃんと線引きして下さいよ」
なおもご主人様を睨むクロだったが、「分かってるよ」とご主人様がきちんとクロの目を見て言ったことで、少し気持ちが収まったらしい。食事の用意を再開した。
「ねえ、シュティレ」
「うん?」
ふとシロに呼ばれてシロを見ると、「眠れない時、今度はボクのことも頼っていいよ。一緒に寝てあげる」と、キラキラした瞳で言われた。その邪気のない様子に安心感を覚えて、笑顔で頷く。シロはフカフカしているから、きっと一緒に眠ったら気持ちがいいだろうなと想像していると、「私も頼って良いわよ」と、クロも割り込んできた。それに驚いていると、ご主人様が顔を顰めた。
「お前ら、俺にはシュティレに甘いだのなんだの言いながら、自分たちだって同じじゃないか」
「私たちの立場は対等ですし、なによりシュティレは、妹みたいなものですからね」
クロがなんでもないことのように言って、シロも「そうだね!」と同意する。
(妹…)
二匹が私のことを、そんなふうに思ってくれていたなんて知らなかった。素直に嬉しくて、胸が一杯になる。
そのあと、朝食のパンが上手く喉を通っていかなかった。
※
「今日は、みんなで出掛ける」
朝食の後、ご主人様は唐突にそう言った。
「わ~い!」
「ちょっと!遊びに行くんじゃないのよ」
シロは素直に喜び、クロはそんなシロをどついた。
「え、違うの?」
シロが首を傾げると、ご主人様はクスリと笑う。
「残念なから、な。計画の一部だ」
「なぁーんだ。残念」
いくらかしょんぼりするシロ。そんなシロの背を、ご主人様は優しく撫でた。
「早めに用が済んだら、少し散歩するか」
「え!いいんですか?」
「ああ」
現金なもので、それでシロはパァーっと笑顔になった。
「それで?どこまで行くんですか?」
クロが尋ねると、ご主人様は「実家だ」と、どこか含みのある笑顔で言った。クロはそれを聞いて目を丸くする。
「実家って……お屋敷はもう…」
「ああ、"俺の実家"はない。ただ、ウェスペル家の本邸……お祖母様の家なら、あるだろ?」
「あ…」
クロが合点のいったように声を洩らす。私はよく分からなかったので黙っていた。
「ウェスペルの本邸は、魔法使いの家らしく隠されていてな。血族か、特別に招待されていないと見つけられないんだ。お祖母様が亡き後も、そういった魔法だけは残されているはずだから、無傷で残っているだろう。変わったものがたくさん置いてあって、面白いぞ」
私を気遣ってか、ご主人様は説明してくれる。魔法使いの家がどういうものか興味を惹かれて、思わず、へぇーと声が洩れた。
「さて。では行くか。ワープするから、俺に掴まれ」
ご主人様に言われて、私とシロはご主人様と手を繋ぎ、クロはご主人様の肩に跳び乗った。
すると、それが合図かのように一瞬視界が揺らいだ。軽く目眩がするような感覚に陥って、揺らぎが収まる頃には、目の前に木造の小さな家が現れていた。色とりどりの花が花壇や植木鉢に植えてあり、玄関前にあるアーチ型の門にも、植物の蔦が絡んでいる。
ご主人様の口振りでは、誰も住んでいないのだろうに、よく手入れされた綺麗な家だった。
「懐かしい……何も変わってない…」
クロが嬉しそうに言う。シロも、お花の甘くていい香りがしますねと、興味深そうに鼻をヒクヒクさせながら家を見回した。
「とりあえず、中に入るか」
ご主人様に促されて門を潜ると、一瞬花の香りが強くなり、複数人から見られているような感覚に陥った。驚いて周囲を見渡すが、誰もいない。
「大丈夫。シュティレは新顔だから、家も気にしてるだけだから。ご主人様も一緒だし、何もして来ないわよ」
いつの間にか人型になっていたクロが、私の背に手を置いて擦ってくれる。
「……この家って…生きてるの?」
"家が気にしている"という言葉が不思議で訊き返すと、クロは頷いた。
「簡単に言うとそうね。家主の許可がない者が近づけば、門に絡まっている蔦が襲って来るの」
「そう…なんだ…」
本当に、世の中には不思議なことが多い……私は怖い反面、どこか気持ちが昂ってもいた。
家の中も、庭に負けず劣らずの華やかさだった。ダイニングがあって暖炉やキッチンがあって、奥にベッドが置いてある部屋が一つあり、レースのカーテンで仕切られている。二階への階段もあった。あちらこちらに花や花をモチーフにした飾りや食器があって、持ち主の趣味が伺える。
「ご主人様のお祖母様って、お花が好きだったんですか?」
シロが尋ねると、「そうよ」とクロが答える。
(クロ、なんだか嬉しそう…)
この家に来てから、クロはずっと瞳を輝かせている。口角も上がっていて、普段見るクロより幼く見える程だ。元はご主人様のお祖母様の使い魔だったというし、やはり特別なんだろうか。
「用があるのは二階の書斎だ。ちょっと見てくるから、俺が戻るまで寛いでいろ。クロの声になら、他の妖精も応えるだろ?」
ご主人様はそう言うと、一人で二階に上がって行った。
「他の妖精…?」
クロに訊くと、クロは悪戯っぽく微笑んだ。
「ええ。クリスティアーネ様の協力者の花の精よ。この家の花は、彼らの為のものでもあるの。魔力のあるシュティレになら、花の精も見えるでしょう」
言いながらクロは、私とシロを促してテーブルの側の椅子に座らせる。それから「出てきていいよ」と、声を掛けた。
「…あ」
すると一瞬、花の甘い香りが強くなり、ぼんやりとした赤や黄や青の丸い光が現れては、テーブルに集まった。光は徐々に小さくなり、消えたと思った頃には、小さい何かが立っていた。大きさはニセンチ程。チューリップのような髪型をした小さな人間で、背中に蝶のような羽がある。髪の色や着ているワンピースの色が違うだけで、顔形は見分けにくい。そんな妖精が三人、不思議そうに、または興味深そうに目をパチクリしながら私達を見ていた。
「アラ?クローディア。オ久シ振リネ!」
赤いワンピースを着た妖精が、甲高い声で話すと、クロは頷いた。クロは、本当はクローディアという名前なのだろうか?
「そうね。しばらく顔を見せていなくてごめんなさい。ここを出てからも、色々あって……」
「今モ、アダムト一緒ナノネ」
赤いワンピースの妖精はサッとシロと私にも目を向けて、眉を顰める。
「アダムハ、大丈夫?」
すると今度は、黄色いワンピースを着た妖精がクロに訊いた。
「大丈夫って……どういう意味?」
「随分、呪いヲカケテイルカラ…」
「呪い?」
「白イ悪魔ニ、悪魔ノ子……ドチラモ側ニ置クノハ、難シイ……ダカラ、呪イガ増エルノネ」
「……」
クロは無言で顔を曇らせる。そんな中、シロはピン!と尻尾を立てては、黄色いワンピースの妖精を睨んだ。
「ボクは"白い悪魔"じゃないよ!"シロ"って立派な名前があるんだから!それに、シュティレは人間だよ。悪魔の子どもなんかじゃない!」
「シロ…」
思わず名前を呼ぶと、シロは私を見て「ねぇ?シュティレも、文句言ったほうがいいよ」と意気込んだ。
「私は……」
シロは庇ってくれたけど、私は普通の人間ではない自覚はあったし、今更否定する気は起きなかった。それで俯いていると、「大丈夫よ」とクロが言った。
「ご主人様にはやるべきことがある。その為には二人は必要だから……だから私は、側で支えるの」
「ソウ……デモ、アダムニハ、クローディアニモ、話シテイナイ秘密ガアルミタイ」
今度は青いワンピースの妖精が言う。
「そんな筈はないわ!私は人の考えが読めるんだから」
とうとうクロまでムキになって語気が強くなった。
「ソノ傲リガ、一番ノ落トシ穴ヨ」
青いワンピースの妖精は、どこか心配そうに言う。
(人の考えが読める……)
なるほどそれで、いつも見透かしたようなことを言っていたのかと、納得出来た。それと同時に、私は本当に何も知らないんだと実感する。ご主人様のことも、クロのことも、シロのことも……それは知らないほうがいいことなのかもしれないが、知らないということは、手助けも出来ないのではないかとも思う。むしろ、何もするなと、ご主人様は言いたいのかもしれない。そうすると私はやっぱり、ただの道具なんだろう。言われてからでないと、行動が出来ない……。
(悪魔の子……だからかな)
ご主人様もどこかで私を気味悪がっているんじゃないかと、久しく忘れていた不安が頭をもたげた。それと同時に、私はまだ、自分も普通の人間として生きていきたいと思っているのかと呆れもした。どう足掻いたって、私の人生は変わったりしないのに――
「面白そうな話をしているな」
そのとき、頭上からご主人様の声が降ってきた。まずい!とでも言うように、慌てて妖精達は花に隠れる。
「なんだ?お前達。そんな変な顔して…」
ご主人様はクロとシロを見ては首を傾げた。仕草はどこか間が抜けた感じだったけれど、その瞳は射貫くような鋭さがあった。それでクロもシロも背筋が伸びた。
「いえ!何でもないです」
「そ、そうです!妖精さんに何か言われたりなんてしてません!」
「…バカ!」
シロの言葉に頷こうとして、クロは慌ててシロを叩く。
「へぇ~……何を言われたんだ?シロ」
ご主人様は可笑しそうに瞳を細くして、口角を上げる。
「……ご主人様には、クロにも話していない秘密があるみたいだって…」
シロは居心地悪そうにしながらも、正直に言う。
「―――フフ…」
ご主人様は一瞬目を丸くして黙ったが、やがて笑った。
「俺が、クロに隠し事が出来るほどに優秀な魔法使いだと思われているのは大変光栄だが、それは無理だ。まあ……欺いたり、相手を意のままに操る魔法が得意なのは認めるが」
「で、ですよね~…」
シロは、ほっと胸を撫で下ろす。しかしクロは、まだ固い表情のままだった。
「――本当に、そうですか?」
「ん?」
「正直、ご主人様の心は私には覗けません。簡単な考えが読めるだけです。それはご主人様が主として私にそれを許可しないからですが、そうまでして私に隠しておきたいことがある、ということでしょうか?」
クロが言い募ると、ご主人様は鼻で笑った。
「隠しておきたいことがあるかどうかはともかく、おまえは、お祖母様の使い魔だからな」
「わ、私はっ!」
「いや。使い魔って奴は本来、他人に譲渡なんてしないものだ。おまえはお祖母様の力あってこそ、俺に付いているだけだ。俺が血縁だからっていうのも強いだろうが……だからおまえは、本当なら俺の命令では動かせない」
「……たとえそうでも私は、ご主人様の使い魔でいるつもりです」
クロは真っ直ぐにご主人様を見つめる。ご主人様もクロを見つめ返すが、その瞳はどこか翳りがあった。
「お祖母様の代わりのつもりか?」
「いいえ!それだけではありません」
しばしご主人様とクロは睨み合うように見つめ合っていたが、やがてご主人様が表情を和らげた。
「……冗談だよ。おまえも自分の意思を持って俺の側にいるのは分かってる。だから、あまり心配するな」
「……へ?」
唐突な冗談発言に、クロは気の抜けた声を出して目を瞬かせた。
「ただ、この家の妖精はそうでもないらしい。もうこの家に住む人は居ないのだし、おまえたちも自由にすればいい」
ご主人様は妖精たちに向かって話し掛ける。
「アラ?私達ト関ワリタクナイノハ、アナタノホウデショ?」
赤いワンピースの妖精が現れて言う。
「ソウヨ、ソウヨ!クリスティアーネヲ、殺シタクセニ!」
黄色いワンピースの妖精が囃し立てたその瞬間、場の空気が凍ったように感じた。
「殺したって何よっ!!」
クロが黄色いワンピースの妖精に向かって吠える。それに怯えた様子を見せながら、黄色いワンピースの妖精は、「私ニ言ワナイデヨ」と呟いた。
「お祖母様は病死だ。確かに、俺が原因で投獄されていたが、だからと言って俺が殺したと言われるのは心外だな」
ご主人様は大袈裟に溜め息をついて、肩を落とした。
「――ご主人様。こいつら、敵ですか?」
突然シロが、全身の毛を逆立てながら低い声で訊いた。触れたら切れてしまいそうな程、鋭い気配を放っている。殺気……と言うのだろうか?それくらい油断ならない気配だった。
(あの時と一緒だ…)
ダッツ男爵という、元ご主人様を殺した時も、こんな気配だった。ご主人様は落ち着かせるようにシロの背中を撫でた。するとシロの気配が少しだけ和らぐ。
「俺はこの家を継ぐつもりはないから、家はおまえたちの好きなようにしてくれて構わない。その代わり、お祖母様の魔法が書かれたレシピ帳を貰っていく」
「レシピ?」
妖精たちが首を傾げる。
「そう。これだ。他の物はいらない」
ご主人様はそう言って、茶色の革表紙がついた本を掲げて見せた。題名も、作者名も書いてはいない。
「ソレハ!……ソノ本ハ、誰ニモ触ラセルナト、言ワレタコトガアルケド…?」
青いワンピースを着た妖精が慌てたように言う。
「大丈夫。お祖母様には、クロ同様、"アダムに譲る"と言われてある」
「……分カッタワ。ナラ、アゲル……デモ、アマリ悪サヲシタラ駄目ヨ」
赤いワンピースの妖精が言って、ご主人様は軽く頷いて見せる。それからクロに目を向けて、「おまえは何か欲しいものとかはないのか?俺はたぶん、もうここへは来ないから、気になるものがあるなら今のうちだぞ」と声を掛けた。
「……いえ。特には……お気遣いありがとうございます」
クロは少し迷うようにしながらも、きっぱりと言い切った。
「分かった。なら、帰るぞ」
ご主人様に促され、クロとシロは家から出た。それに続いて出ようとしたら、
――悪魔の子。あなたは騙されている……
「…え?」
頭の中に直接声が響いた。落ち着いた女性の声のようだったけれど、クロでも、妖精達の声でもない。それで辺りを見回してみたけれど、他に話をしそうな者の姿は見当たらなかった。
「どうした?」
ご主人様が訝しんで声を掛けてきた。クロもシロも、妖精達でさえ、不思議そうに首を傾げていた。
(私にしか、聞こえてない……?)
「い、いえ……なんでもないです」
気のせいかもしれないし、とりあえず今は黙っておくことにした。
「そうか……行くぞ」
ご主人様はそう言って私に手を差し伸べる。頷いてその手を取ると同時に景色が歪み、一瞬にして見慣れた屋敷の前に立っていた。
「あーッ!やっと帰ってきた!」
屋敷の前にはジャスパーさんがいて、私たちを見るなり、走り寄ってくる。
「なんだ。またおまえか…」
ご主人様が呆れると、「なんだとはなんだ!せっかく親友が会いに来ているというのに!」とジャスパーは頬を膨らませる。
「わかったから……それで?何の用だ?」
「え?別に……遊びに来ただけだけど?」
「……」
「うわっ!怒るなって!おいしい紅茶とケーキを買ってきたから、機嫌直せって!」
お読み頂き、ありがとうございました。
シュティレが人間らしく生きられて良かったなと思う反面、アダムは善人というわけではないというのが、手放しで喜べない部分ではあります。どうしても日陰者になってしまう主従ですが、温かく見守ってくれると幸いです。




