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10.ご主人様の過去

 翌日。ご主人様と私はワープで、まるで森の一部のような、壁に植物の蔦が絡んだ古ぼけた家の前にやって来た。

 (誰の家だろう?)

 そう思っても、ご主人様は特に説明をしてくれない。ただ、「ひょっとすると戦うことになるかもしれないが、おまえは何があっても話したり勝手に動いたりするな。必要な時は合図するから」と、念を押した。それに頷いてみせると、ご主人様は私の頭を一撫でしては、私の羽織っていたローブのフードを被せて、私の顔を隠す。それから、どこか厳しい表情で家のドアを叩いた。

「……はい?」

 ややあってドアが開くと、大きな鷲鼻が特徴的などこかくたびれた様子の中年の男の人が顔を覗かせた。

「お久しぶりです。マレク先生」

 ご主人様はにこやかに挨拶したが、マレク先生と呼ばれた男性は、信じられないものでも見たように瞳を大きく見開いて絶句した。

「…あ、う…うわあ!」

 それから意味を成さない、うめきのような声を上げては、慌ててドアを閉めようとしたが、ご主人様が瞬時にドアの間に足を入れて阻止する。

「ッヒ!」

 マレク先生という人は、ドアを閉めるのを諦めて、そのまま家の奥に後退る。近くにあった置物などが床に落ちては、派手な音を立てて割れた。

「なぜ、ここが分かった?……わ、私を、殺しに来たのか!」

 ガタガタと震えながら、マレク先生は言う。それに対してご主人様は、どこまでも穏やかな笑みを浮かべていた。

「なんのことでしょう?」

「と、とぼけるなっ!学校長も、ヴィッツァー卿も、その他複数……"あの件"に係わった者はみんな死んで行った……おまえがやったんだろう?」

「それはどうでしょうね?そもそも、殺されるようなことをした人のほうが悪いのでは?」

「……おまえは、私たちに研究を横取りされたことを恨んでいたんだろう?おまえからの報復を恐れて、先手を打った筈だったんだが……生きていたんだな。それで、復讐を…」

「確かに、俺は貴方がたの陰謀を知らずに、魔法界の発展の為と思ってウィス・フォンスの研究をしていました。けれど、貴方がたは俺の研究をもっと邪なほうに使おうとした……先生も魔法使いなら分かるでしょう?魔法はけして人間にとって都合の良いだけのものではないと……ルールを曲げて使用するとどうなるか……仮説の段階だったと知っていて、生贄まで用意して使った挙げ句失敗して、発案者の俺ごと葬ろうとした。――ほんと、勝手なことばかりなさる…」

 ご主人様はゆっくりとマレク先生に近づいて行く。マレク先生は顔を真っ青にしながら下り続けて、やがて壁に追いやられた。

「わ、私は、逆らえなかったんだ!私もまた、利用されていたんだよっ!」

 必死に言うマレク先生を、ご主人様は冷たい瞳で見下ろした。

「そうですか。では、仕方ないですね。――だけど……ミアはそうは思わないでしょうよ」

「!」

 "ミア"という名を聞いた途端、マレク先生は床に崩れ落ちるように座り込んだ。体の震えは強くなり、全身汗でびっしょりだ。ご主人様は屈んで、マレク先生と目線を合わせる。

「ミアは今も植物状態ですよ。そんな彼女の前でも、同じ事が言えますか?」

「……お、おまえは…何が望みなんだ?」

 この状況が耐えられないといった様子で、マレク先生は言う。

「俺の書いた研究資料を入れたクリスタル、持っていますよね?」

「……」

 マレク先生は答えずにそっぽを向く。途端にご主人様の表情が暗くなり、スッと右手を床に翳した。すると、そこにあった大きめな壺の破片が浮き上がって、ご主人様の手に吸い寄せられる。ご主人様が右手を素早くマレク先生の左足に向け、何かを察したマレク先生が身動ぎしたが、

「ギャッ!」

 その頃には既に、壺の破片はマレク先生の左太腿に深々と刺さっていた。声にならない悲鳴を上げながら、苦痛で転げ回るマレク先生を、ご主人様は冷たく見下ろした。

(すごく痛そう――怖い……)

 痛みに苦しむマレク先生が、罰を受ける昔の自分と重なって、自分も息が苦しくなってきた。上手く息が吸えずに、浅く速い呼吸を繰り返す。堪らず胸を押さえながら、半歩後に下がると、ご主人様の左手が、私の右腕を掴んだ。

「っ!」

 驚いてご主人様を見上げると、ご主人様は一瞬横目に私を見た。少し柔らかい表情をすると、「大丈夫。おまえには何もしないよ」と小さい声で言う。

 そうは言われても、目の前の惨劇を簡単には切り離せない。体は悪寒に震え、立っているのがやっとだ。

「……すまない。もう少しだけ、耐えてくれ」

 ご主人様はそう言っては、再びマレク先生に目を向けた。

「素直に渡して下されば、このまま帰ります。先生はどうやら、手伝わされていただけとの事でしたので…」

 静かに言うご主人様を、マレク先生は見つめ、やがてか細い声で「……奥の部屋の机の……二段目の引き出しに…」と呟いた。

「ありがとうございます」

 ご主人様は私の腕を引きながら、奥にある部屋に向かう。

「……あった」

 引き出しを探り、細長い六角形の薄紫色をしたクリスタルを取り出した。その時、私はふと背後に寒気を感じた。ゆっくり振り返ってみると――

「ご主人様!危ないっ!」

 マレク先生がこちらに手を向けていて、床に散らばっていた置物の破片が複数、こちらに飛んでくる所だった。咄嗟にご主人様を庇うと、

「ったく!」

 ご主人様は苛立ったように言いながら、サッと私を引き寄せて私を自分の後ろへ立たせ、飛んでくる破片から私を庇った。破片はご主人様にあと数センチまで迫ったが、それ以上は進まずに止まる。

「……貴方にはがっかりしました。マレク先生」

 暗い声音でご主人様が言ったあと、止まっていた破片は、今度はマレク先生に向けて飛んでいった。しかし破片はマレク先生に刺さる前に粉々に砕け散る。

「私を、簡単に殺せると思うなよ!」

 先程まで怯えていたのが嘘のように、マレク先生は目を血走らせながらご主人様を睨んだ。

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 ご主人様も温度を感じない声音で応える。両者の間に、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 不意にご主人様が、正面を向いたまま、そっと背後の私の手を握った。

「!」

 ああ、きっとこれは、魔力を貸して欲しいということなんだろうなと察して、私はご主人様に魔力を流し込む。

 そうしている間に、マレク先生は何事かを小さな声で呟き始めて、すると突然、家の床や柱や天井から、太い木の枝が生え始めた。それらが四方からこちらを突き刺す勢いで伸びてくる。私は怖くなって、目をギュッと固く閉じた。

 

 ジュッ!

 

 しかし、一向に枝が刺さってくる様子がなく、代わりに何かが焼けるような音や匂いがする。私は恐る恐る目を開けた。

(すごい…)

 ご主人様がやったのだろうか?枝は炎に包まれて焼かれ、一瞬にして灰になっていた。

「クソッ!詠唱もなしにこの火力とは……流石はウェスペル家の者…というわけか…」

 悔しそうにマレク先生は言いながら、再び手を上に掲げたが、「茶番は終わりです。マレク先生」とご主人様が言うと、

「…っう!?」

 マレク先生の太腿に刺さっていた破片が抜けて、今度は胸に刺さった。マレク先生は一瞬苦しげに顔を歪ませた後、コトンと首を項垂れて、動かなくなった。

 「……さて。帰るか」

 ご主人様は、まるで散歩から帰るかのように軽い調子で言って、私の手を引いた。引かれるままに歩いて、家を出る。そのまま今の状況を心が処理する時間を取ることもなく、一気にワープした。

 

 

 屋敷の前に到着すると、「あ、お帰りなさい!」と、玄関先を箒で掃いていたシロが嬉しそうに声を掛けてきた。

「ただいま。……変わりはないか?」

「はい!いつも通りです」

「そうか。なら、俺はしばらく部屋にいるから、家のことは引き続き頼んだ」

「はーい!」

 シロが明るく返事をすると、ご主人様は私の手を引いて家の中に入って行く。クロは自分の部屋にでもいるのだろうか?見掛けなかった。ご主人様も特に気にしていない様子で、真っ直ぐ部屋に上がった。

 

「シュティレ」

 部屋に入るなり名前を呼ばれて、どうしたのかと思ってご主人様を見上げると、不意に体を引き寄せられ、抱きしめられた。

「ご、ご主人…様?」

 驚いて固まっていると、ご主人様はあやすように優しく私の背を叩く。

「さっきは、怖い思いをさせてすまなかった。…大丈夫か?」

「……はい」

 耳元に響くご主人様の声が心地良くて、安心する。それで大人しくご主人様に身を預けていると、ご主人様はフッと笑うように息を吐いた。

「それは良かった。……ただ」

 ご主人様は少し私から体を離し、私の目を見つめた。

「助けようとしてくれたのは嬉しいが、あんなふうに身を挺して庇ったりするな。あのままでは、おまえは死ぬところだったぞ」

「…ごめんなさい……危ないと思ったら、咄嗟に…」

 言いながら俯いてしまうが、ご主人様の指が私の顎に掛り、顔を上げさせられてしまう。

「俺の目を見ろ」

 言われた通りにご主人様と目を合わせる。ご主人様の瞳は、怒るでもなくただ静かに、私の不安そうな顔を映している。

「道具として主人を守ろうとしたのかもしれないが、おまえの代わりは居ないと言ったろ?魔力はあれど魔法も使えなければ、護身術も持たないのだから、行動にはもっと慎重になれ」

「……はい」

 確かに、浅はかな行動だった。ご主人様が、私でさえ感じた感覚に気がつかない筈がない。きっと私が動かなくても、なにかしら対処出来た筈だ。それでも……ご主人様が傷つくかもしれないという恐怖には抗えなかった……考えてみれば、他人の為に行動したのは、さっきが初めてかもしれない。

 ご主人様は、そっと私の頬に手を添える。顎を支えていた手も頬に伸ばされて、結果両手で顔を挟まれている格好になる。

「……分かりにくいかもしれないが、俺はおまえが大切だ。出来るだけ傷ついて欲しくない」

 どういうことだろう?今ひとつご主人様が言いたいことが分からない……。

 

 そう思っていると、ご主人様は私に顔を近づけて――唇を重ねた。

 

「!?」

(ま、魔力が欲しいの?でも……魔力は吸われていない…?)

 困惑しているうちに、ご主人様の右手はゆっくりと私の頭に伸ばされて、髪を梳くように頭を撫でられる。左手は私を離すまいとするかのように、腰に回された。

(なんだろう……気持ちいい……かも)

 頭の奥が痺れたようになっていて、何も考えられない。目を閉じてただ、ご主人様に身を委ねる。このまま、どうにかなってしまいそうだと思っていると……

 

 コン!コン!コン!

 

「ッ!?」

 突然響いた音に、急に意識を引き戻された。そしてその音が、部屋のドアを叩く音だと認識した瞬間に、私は思わず、ご主人様を突き飛ばしていた。

「…あ」

 突き飛ばした後でご主人様は大丈夫かと目を向けたが、幸いにも、ご主人様は軽く態勢が崩れてよろめいただけで、倒れはしなかった。何を思ったのか、いつものようにどこか余裕を含んで笑っている。

「ご主人様。クロです。入ってもよろしいですか?」

「ああ」

 クロの問いかけにも、ご主人様は特にいつもと変わらない様子で応えた。私は今にも心臓が飛び出そうな勢いで脈打っているのに、なんだか不公平だと思う。クロが入ってくるまでになんとか落ち着こうとしてみるが、なかなか上手くいかない。顔は赤いだろうか?何だか顔だけ異様に熱い感じがするのだけど……。

「帰ってきたなら、顔くらい出して下さいよ。気づかないまま、夕方になるところでしたわ」

 クロはそう文句を言いながら入ってきた。人型で、手にはティーセットを載せたトレイを持っている。 

「おまえは俺の気配が分かるんだろ?帰ってきそうな時間も当てるじゃないか」

「それはそれ!これはこれです!」

 クロはそう言って頬を膨らませながらも、トレイに載せてある砂時計の砂が落ちきっているのを確認して、ポットからカップに紅茶を注いだ。そして、部屋の隅にいる私を見て首を傾げる。

「シュティレ。そんなところで何をしているの?」

「え、あ…あの……」

 上手く答えられない。自分でも思った以上に今起きた出来事は衝撃的だったらしい。

「顔が赤いけど、具合でも悪いの?」

 なおもクロが心配そうに言う。

「ちょっと遠くまでワープしたからな。疲れたんだろ。シュティレ。そこに座れ」

 見兼ねたようにご主人様が言って、私はソファーに腰掛けた。すると、ご主人様も私の隣に座る。体半分ほど距離が空いているのに、緊張して背筋が伸びてしまう。ご主人様が座っているほうに近い左半身が、痺れている感覚にすらなっている。

 そんな私の様子も意に返さず、ご主人様はクロに淹れてもらった紅茶を啜る。

 クロは私にも紅茶を手渡してくれる。努めて平静に、ありがとうと言って受け取っては、一口飲んだ。

(あ…味が…しない…)

 緊張して味が分からない――なんて表現が書かれた本を最近読んだが、まさか本当にそんなことがあるなんて……。

 「で?今日はどうだったんです?」

 クロはご主人様の机のほうから椅子を引っ張ってきて、私達の対面に座り、自分もティーカップを手に取りながら訊いた。クロのカップの中身は白い。きっとミルクだろう。

「その様子だと、何をしに行っていたのか予想がついているのか?」

「さあ?ご主人様が何をしにどこへ行っているのか、今まで教えて頂けたことはないですが、今日はシュティレも一緒でしたし、教えて頂けるのではないかなと思ったのですが?」

「そんなにシュティレを連れて行ったことが不満か?」

「ふ、不満って……別にそうは言ってません!ご主人様は秘密主義でいらっしゃるので、使い魔としては、心配で仕方がないのです」

 はち切れんばかりに頬を膨らませて怒るクロを、ご主人様は面白そうに眺めては、服のポケットから、薄紫色の細長い水晶を取り出した。

「魔法学校時代に俺が研究していた資料が封じてある水晶だ。これを探しに行っていた。他人の手に渡っていたが、水晶の封印が解かれた様子はない。結構複雑な術式を組んでいたから、外せなかったんだな」

(外せなかった…?)

 封印というのは、恐らく鍵のようなものだろう。この水晶を持っていたマレク先生という人は、"先生"ということだったし、魔法学校の教師だったのではないだろうか?だとすると、ご主人様はマレク先生に教わる側の生徒だった筈で……

 

 ――アダムはね。魔法学校の中でも一、二を争う程に優秀な生徒だったんだよ!

 

 ふと、前にジャスパーさんが言っていたことを思い出した。

(先生より魔法が出来たってことなのかな?)

 それはとても凄いことだ……でも、きっとその魔法学校時代に何かがあった……何があって、今、何をしているのか……私はともかく、クロやシロも詳しいことは何も知らない……心配になるというクロの気持ちは、私にも分かる気がした。

「なるほど……で?何の研究ですか?」

「ウィス・フォンスについてだよ。魔法の優劣は、今や高火力、広範囲に及ぶものが基本になっているからな。強い魔法を使うには、多くの魔力が必要になる。ウィス・フォンス本人、あるいはウィス・フォンスが協力してくれれば、"優秀な"魔法使いが爆誕する……ということだ。だから俺は、意図的にウィス・フォンスを作れないか、試行錯誤していたんだ」

「なるほど……確かに、魔法を戦争や権力の象徴として使いたがる一般人には、喉から手が出るほど欲しい研究ですね」

 クロはそう言って苦い顔をする。ご主人様も頷いて同意した。

「ですが、意図的にウィス・フォンスを作るなんてことが、本当に出来るんですか?いたずらに魔力を高めすぎると、パンクしてしまいますよ?」

「ああ。だからこそ、この研究は完成していない。ある程度の仮説は立てたが、そこまで。机上の空論に過ぎない。第一、ウィス・フォンスという存在自体が謎だ――ただ、お偉方の中には、それを真に受けて、なんとか成功させようと躍起になる奴もいた。だからクリスタルに封じたが、盗まれてしまってな。やっと見つけた」

「……もしかして……ご主人様が学校を辞めたのは、それが理由ですか?」

 クロはいつになく真剣な様子で訊いた。私も同じく、息を殺してご主人様を見つめる。クロは、ご主人様の目的を訊き出そうとしている……はたして、ご主人様は答えてくれるだろうか?

 

 ご主人様は、フッと息を吐いては困ったように笑った。

「そうだよ。意図的にウィス・フォンスを作るなんて馬鹿げた話に乗っかってきた阿呆がいたのさ。俺はかなり実現可能なところまで方法は考えられていたが、仮説に過ぎないから危険だとして、研究は凍結するつもりでいたんだ。それを実際に行った奴がいた事に、事件が起きるまで気づかなかった…」

「事件?」

「ああ。公にはされていないし、表向きは原因不明の事故で片付けられている話だ。一人の女生徒が、植物状態になったのさ」

(ミア……)

 マレク先生との会話の中に出てきた名前……そのことだろうか? 

「原因不明の事故で植物状態って……そんなの、周りは納得するんですか?……もしかして…!」

 クロは驚いて訊いたが、すぐに思い当たることが見つかったようで、みるみるうちに顔が青褪めていった。ご主人様はそんなクロの言わんとすることが分かったように、慎重に頷いた。

「そうだ。事件に係わっていたのは、学校に援助をしている貴族数名、学校の教師、そして――当時の学校長だった…」

「!」

 クロは絶句し、ご主人様は暗い顔で淡々と事件の内容を語った。


 魔法学校に通う魔法使いは、将来国家の中枢や、それに近い位置にいる貴族の元で働くか、魔法使いのみで構成された軍隊に入る目的で、自分の強みを生かすための訓練めいたことを行なっていた。生徒のレベルは様々で、初めから魔法を扱える魔法使いの家系の出身者も居たし、魔法を使えないが魔力がある者も在籍しており、入学してからレベルに合わせてクラス割をする。

 アダムは前者、ジャスパーは後者だった。中でもアダムは、教師が教えることはない位に魔法の扱いが上手かったので、授業もあまり身にならなかった。そんな中、学校側がアダムに与えた課題が、『優秀な魔法使いを意図的に生み出す方法を考える』ことだった。願わくば、魔力のない者にも魔力を与えて、魔法使いに出来ないか?という無謀な課題だったが、アダム自身も興味があった為、真面目に取り組んでいた。

 

「そもそも魔法は、そんなふうに使うものじゃない…」

「その通りです!」

 ご主人様とクロが言うのに、私はついて行けない。それで黙っていると、私の様子を察したのか、「つまりね…」とクロが補足してくれた。

 

 魔法使いは、大雑把に言えば、自然や精霊の声に耳を傾けることが出来て、その力を必要な分だけ借りる代わりに、見返りも渡す……先祖などの霊の声を聴いて伝えることが出来るとされるシャーマンの分岐とも言われていて、魔法を使うとは、店で品物を買うことに似ている。洗濯物を乾かすために風を吹かせたいので、自分の魔力を対価に、都合の良い量の風を"借りる"。なので、魔力量が多ければ当然、より大きな力を借りる事ができる。だが、あくまで力は"借りている"に過ぎない。けしていつでも、人間都合で使える訳では無い。借りる力の同意が無ければ使えないし、強引に借りようとすれば、反発を受けて怪我をしかねない。最悪、命を奪われることもある。

 

「どの程度の魔力量で何が出来るかは、魔法使いそれぞれの力量によるから、一概には言えないけれど……でも、少なくとも国や貴族はその辺り、勘違いしているのよね。魔法をスプーンやフォークのような簡単な道具みたいに思っているの。自然界の力というものは、人間よりも格上の存在よ。その意識と、畏怖の念は忘れちゃいけない」

「そう…なんだ…」

 クロの説明で、なんとなく分かったような分からないような……。

「あ、話の腰を折ってごめんなさい。ご主人様、続きをどうぞ」

「…ああ」

 

 アダムは研究を続ける中で、人が扱える魔力量の限界値を探る必要性を感じ、自分の魔力量を調節するのが得意だった上級生のミア・ラクリスという女生徒に協力を依頼した。ラクリス家は、祖先が怪我をした精霊を助けたことがきっかけで、治療魔法に特化した一族で、精霊や使い魔の医者として、魔法使いの間では有名だった。

 アダムはミアに魔力を集め、限界値を探りつつ、他人に魔力を渡す方法も探した。そうしているうち、一時的だが魔力量を底上げする……言わば、一時的にウィス・フォンスに匹敵する魔力量を持つ魔法使いを生み出す魔法陣を思いついた。ただ、一気に魔力量が増えるので人体には負担が大きく、後遺症の懸念がある事から、アダムとミアの二人だけが知るものとして、発表はしないことにしていた。

 

「だが、ある日ミアがマレク先生に呼ばれて、学校の地下にある魔法の実践訓練にも使われるホールに向かった後、ミアの使い魔の蝶が、瀕死の状態で俺に危険を報せてくれた。慌ててホールに行ってみると、ミアは倒れていた。"極大魔法の練習中に反発を受けた"とマレク先生と学園長は言っていたが、ミアがそんな凡ミスをする生徒でないことは良く知っていたし、使い魔が瀕死という状態で俺を呼びに来たこと、そして何より、消されていたが一部チョークで書いた魔法陣の跡が現場にあったことで全てを察した」

「まさか……ご主人様が考えた魔法陣を使ったのですか?」

「そうだ」

「なぜ?だってご主人様は、魔法陣の存在を発表しなかったんですよね?どうやって存在が知れるんですか?……ミアが話したとかですか?」

 困惑しているクロに対し、ご主人様はどこまでも静かだ。

「ミアが話したんだろう。恐らくは、ミアの使い魔をダシにされ、脅迫されたんじゃないかと思う。ミアは使い魔や精霊を、家族のように大切にするタイプだったからな…」

「そういえば、その使い魔、どうなったんです?」

「……俺のところへ来てすぐ、死んだ。"学校は危ない。逃げて"というミアの伝言を伝えて……ミアはその後、生きてはいるが目を覚まさなくなり、どこぞの病院に入院中で話も聞けない。だから俺は、一人で何があったか探り始めたんだが……」

 

 ミアの事件から一ヶ月が経った頃、アダムが学校長に呼ばれて応接室に行くと、研究の進捗具合を尋ねられた。特に魔力量を上げる魔法陣の話を気にしていて、成功させる為に研究を続けて欲しいと言われた。

 なんでも、この国は周りを複数の国に囲まれていて、領土争いに巻き込まれることが多く、その当時でも、国境のあちこちで交戦中だった。魔法軍の導入もしているが、戦況は一進一退。相手国にも魔法使いは居たため、けして有利でもなかった。だからこそ、より強力な魔法を使い、他国を圧倒したいという話で、その為にアダムの考えた魔法陣の実用が望ましいということのようだった。

 

「学校長は何も言わなかったが、きっとミアを依り代に魔法陣を使ったんだとすぐに分かった。あの時の口調は、魔法陣が完全でないことを知っている口振りだったからな。……俺はなんてものを考えたんだとその時絶望した。俺はミアの敵を討つため、一緒に研究を続けようという学校長の誘いを表向きは受け入れ、あの事件に係わった人間を洗い出すことにしたんだ。

 それから一年後、ようやく容疑者を絞れた俺は、学校を退学して家に帰った。追手が来る前に研究資料を処分しようとしたが、相手の動きは速かった。…その後俺の身に起こったことは、クロも知っている通りだ」

「じゃあ……ご主人様のご両親の会社が倒産したのも、クリスティアーネ様が投獄されたのも、全部追手の仕業なんですか?」

「ああ。ちなみに、両親の事故死もだ。俺が後生大事に研究資料を持っていたせいで、巻き込まれた……俺は追手に襲撃されて、捕まるのは免れたが、このクリスタルは奪われてな。それから奴らに見つからないように隠れながら、復讐の機会を伺っていたのさ。それでその間に、クロやシロに出会った訳だ」

「そう…だったのですね……」

 クロはなんだか疲れたように椅子に凭れ、ハァと深い溜め息をつく。私も、本を読み終えた後のように、現実と本の中の出来事との間にいるようなフワフワとした疲れを感じていた。

「…少し話すぎたな。二人とも、下がって休め」

 ご主人様が言うのに、私は頷いて素直に立ち上がったが、クロはハッとして、ご主人様の方に身を乗り出した。

「じゃあ……シュティレを探して来たのってもしかして……」

「ああ。シュティレがいれば、魔法は使い放題だし、奴らが欲しがってたものを手に入れて、優越感に浸りたかったのもある」

「それだけですか…?」

 クロが首を捻ると、ご主人様はどこか陰のある笑みを浮かべた。

「まあな。要は、誰にも邪魔をされなければいいのさ」

 結局分かったのは、ご主人様の過去だけだった。具体的に誰に復讐するのかはまだ分からないままだ。けれど、ご主人様は今はこれ以上のことを話したくないようなので、私はクロと顔を見合わせては、ご主人様の部屋を後にした。

お読み頂き、ありがとうございました。

ようやくアダムが復讐に至る過去が語られました。

それにしても、アダムは言っていることが本心かどうか分かりにくいので、周りは苦労しますね。

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