番外編④あの日の風の、その続き 〜王位継承〜
※本作は本編完結後の後日談(番外編)です。
「……私が、継ぎます」
その声は、思っていたよりもずっと静かで、張り詰めた部屋に国王と王妃、そしてゼンに、まっすぐに響いた。
第三王女。
本来、王位からは遠いはずの存在。
それでも――
「他に継ぐべき方がいない以上、国を空位にはできません」
怖くないわけではない。
それでも、逃げる理由にはならなかった。
この国で生まれ、この国で生きてきた。
守られてきたすべてを、知っているから。
「私は、この国を守りたい。」
その一言に、嘘はなかった。
静寂が落ちる。
その中で、一歩、前に出る影がある。
「……陛下。」
今まで、言葉を発することなく、エリシアを見つめていた。
ゼンだった。
「……アレシア様の容体が戻るまで、私が国王の補佐としてお支えすることも可能です」
その言葉は、誰よりもエリシアを思うが故の、言葉だった。
王になる。
その危険も、重さも、すべて分かっている。
だからこそ―
エリシアは、ゆっくりと首を振る。
「ゼン……それでは、だめなの」
静かに、でもはっきりと。
「これは、私が選ばないといけないことだから」
ゼンの言葉が止まる。
エリシアは一歩だけ、彼に近づいた。
「ずっと、みんなに守ってもらってきたわ」
優しく、でも逃げずに。
「でもね、ゼン」
その名を呼ぶ声は、昔と変わらない。
「今度は、私がこの国を守りたいの」
一瞬だけ、沈黙が落ちる。
その言葉の重さを、誰よりも理解しているのは――彼だった。
「……っ」
何かを言いかけて、飲み込む。
本当は、止めたい。
危険な道だと分かっているから。
それでも。
それでも――
「……そうか。決めたんだな、エリシア。」
絞り出すような声だった。
ゆっくりと、ゼンは一歩下がる。
そして。
膝をついた。
その動きに、国王と王妃が息を呑む。
ゼン・クラウディア
かつて近衛騎士団を率いた男が、頭を垂れている。
「――ならば、俺は」
低く、揺るがない声。
「あなたの剣となりましょう」
それは、誓いだった。
エリシアの目が、わずかに揺れる。
「……ゼン」
その名を呼ぶ声は、少しだけ震えていた。
けれど。
彼は顔を上げない。
「お一人では、立たせません」
静かに、確かに告げる。
「あなたが選んだその道を、隣で支えます」
その言葉に、迷いはなかった。
エリシアは、ゆっくりと息を吸う。
そして。
「――ありがとう」
それだけを、まっすぐに伝えた。
その日。
第三王女として愛されてきた少女は——
次期国王として、立った。
そしてその隣には――
誰よりも強い“支え”がいた。
ーーー
ーー
「――そしてそのあと、すぐにお兄様が生まれたの」
エレーナは、エレンの方を一瞬だけ見る。
「だからあの人、よく言われてるのよ」
少しだけ、いつもの調子に戻る。
「"新しい王と新しい時代の象徴"だって。」
リクは何も言えなかった。
ただ、その言葉を反芻する。
選んで、
隣に立って、
その先に、続いていくもの。
「……そっか」
小さく、呟く。
胸の奥で、何かが繋がった気がした。
「……まだ続きがあるわよ。」
まだ話は終わってないわ。
そう言ってエレーナは、
「ここからは、あなたにも関係がある話よ。」
そう言って再び話を始めたー。
ーーー
ーー
「ゼン、お前がエリシアと結婚し、王配となってくれるのであれば……これほど心強いことはない」
王の声は、重く静かに響いた。
「だが——クラウディア公爵家はどうする。父の跡を継ぐ者が、いなくなるであろう。」
その言葉に、国王の隣にいた王妃も、そしてエリシアも、はっ、としたようにゼンを見た。
しかしゼンは、まっすぐに国王を見て、そして言った。
「……リゼがいます」
はっきりと、そう言った。
国王が、少し驚いたように王妃と目を合わせた。
「あの子は、ずっと戦場に立っていた。だからこそ、まだ政治も、領地のことも何も分からない」
ですが。
ゼンは、静かに、そしてここにはいない妹を思うように、穏やかな口調で続けた。
「それはこれから教えればいい。
父上と——私で」
視線が、まっすぐ前を向く。
「時間はかかるでしょう。ですが、あの子なら大丈夫です。」
一瞬、言葉を区切る。
そして。
「それに——」
わずかに、息を落とした。
「クロードがいます。」
その名に、エリシアの顔に笑顔が戻った。
「……あいつは、不器用ですが…。」
ゼンの、声音が柔らぐ。
「隣に立つことを、知っている男です」
静かに、言い切る。
「きっとリゼを支えてくれる。
……クラウディアの名は、あの二人に託します。」
その言葉に、迷いはなかった。
開け放された窓から、優しい風が、吹き抜けた。




