番外編③あの日の風の、その続き 〜王女の決意〜
※本作は本編完結後の後日談(番外編)です。
ゼンとエリシアが去ったあとも、ざわめきはしばらく収まらなかった。
リクは、しばらく言葉が出なかった。
その時、ふいにエレンとエレーナがリクの隣に立った。
エレンは立ったまま、エレーナはリクの隣に腰を下ろした。
3人の間に、静かに風が吹いた。
……2人に、どうしても聞きたいことがあった。
「……なあ」
ぽつりと、口を開く。
「聞いてもいいか?」
隣に座るエレーナが、わずかに眉をひそめる。
「……なによ」
少しだけ面倒そうな声だった。
リクは、ほんの一瞬だけ言葉に迷ってから、思い切って口を開いた。
「……なんでエリシア様が女王で、ゼン様は王様じゃないんだ?」
その瞬間。
エレーナの目が、わずかに見開かれた。
「……はあ」
次に落ちたのは、呆れたようなため息だった。
「あんた、本当に、何も知らないのね」
呆れながらも、怒っているわけではなく、むしろ、どこか納得したような声音だった。
エレーナは、ゆっくりと腕を組む。
「いいわ。話してあげる。」
そして一瞬、そばに立つエレンの方に視線を向けた。
「……。」
エレンは何も言わずにうなづいた。
その横顔は、いつもよりも少しだけ大人びて見えた。
「私も直接見たわけじゃないわ。生まれる前の話だもの」
エレーナはエレンの承諾を得ると、再びリクに向き直り、エリシアにそっくりな大きな瞳を揺らした。
「でも、ずっと聞かされてきたの」
誰に、とは言わない。
けれど、すぐに分かった。
侍女たちだろう。
エレーナに仕える話好きの侍女の姿を思い浮かべる。
「そこに、あんたが知りたい答えもあると思うわよ」
エレーナは静かに、言い切り、そして
………
「あの日………」
静かに、話し始めた。
—リクは、無意識に息を呑む。
遠くの話のはずなのに、
なぜか、すぐそばで起きているみたいに感じる。
ーーーー
ーー
重い扉の前で、エリシアは一度だけ息を整えた。
「……失礼いたします」
静かに扉を開ける。
中にいたのは、国王と王妃。
そして、もう一人。
宮廷護衛隊総長を退き、公爵家を継ぐために今は城を離れているはずの、ゼン・クラウディアだった。
その顔ぶれだけで、ただ事ではないと分かる。
「来たか、エリシア」
国王の声は、いつもより少し低かった。
エリシアは一礼し、ゆっくりと顔を上げる。
「お呼びでしょうか」
「……ああ」
短く応じてから、わずかに間が落ちる。
言葉を選んでいるようだった。
その沈黙が、妙に重い。
やがて。
「まずは、伝えねばならぬことがある」
静かに、しかし逃げ場のない声。
「長女アレシアのことだ」
その名に、エリシアの表情がわずかに揺れた。
「結婚し、夫とともに王位継承者として学んであったが、お前も知っている通り、あれは昔から体が弱かった……。」
そして。
「……容体が、悪化した」
その一言に、空気が止まる。
「これ以上、公務に耐えられる状態ではない」
はっきりと、告げられる現実。
「王妃、そしてアレシアの夫とも協議した結果——」
一拍。
「王位継承権を外し、領地を与えて静養させることとなった。」
その言葉は、決定事項だった。
覆らない。
エリシアは、何も言えない。
ただ、静かにそれを受け止める。
「……」
頭では分かっている。
それが最善だということも。
けれど。
胸の奥が、わずかに軋む。
「あれは、最後まで……王になろうと、頑張っておった。」
ぽつりと、国王が零す。
父としての声だった。
エリシアは、ゆっくりと目を伏せる。
「……はい」
それしか言えなかった。
沈黙が落ちる。
そして。
国王は、まっすぐにエリシアを見る。
「次女フレイシアは、すでに他国の王妃だ」
淡々と、状況が並べられていく。
「この国に戻すことはできぬ」
「——ゆえに」
国王は、その言葉の続きをなかなか言い出せないようだった。
今日、自分がここに呼ばれた意味。
すべてが繋がる。
「エリシア」
名を呼ばれる。
「お前に、王位を継ぐ意思はあるか」
その声には、父としての迷いと、国王としての覚悟が混じっていた。
エリシアには、父の気持ちが痛いほど伝わってきた。
部屋の空気が、張り詰める。
誰も、口を開かない。
王妃も。
……ゼンも。
ただ、エリシアを見ている。
「……」
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
怖い。
——その感情は、はっきりとあった。
けれど。
「……私は」
唇を開く。
わずかに震える声。
エリシアは、ゆっくりと顔を上げた。




