番外編①あの日の風の、その続き 〜戦う公爵様〜
※本作は本編完結後の後日談(番外編)です。
公爵は、戦わないものだと思っていた。
そして女は、戦場に立たないものだとも。
それが、当たり前だと。
誰に教わったわけでもないのに、そういうものだと信じていた。
——けれど。
「戦う公爵様、って呼ばれてるだろ」
夕暮れで赤く染まった訓練場で、リクはそう言って、先ほどまで使っていた練習用の剣を腰にしまう。
ずっと気になっていたことだった。
母上に聞いても笑うだけだし、父上にいたっては、そうだな、しか言ってくれなかった。
だから。
この2人なら、リクの知りたい答えを、教えてくれるかもしれないと、そう、思ったのだ。
リクの視線の先にいた二人は、すぐには何も答えなかった。
「……なによ、急に」
少し遅れて、そばにいたエレーナが口を開く。
呆れたような声音だった。
けれど、その視線はわずかにこちらを見ていた。
リクは、視線を逸らす。
うまく言葉にできなかった。
「……母上ってさ」
ぽつりと続ける。
「女なのに公爵だし、公爵なのに戦いにも行くだろ……?」
それは、幼い頃からずっと見てきた光景だった。
普段の、母親であり、公爵としての姿。
そして、
どこかで戦いが起きれば、母親から騎士の目に変わる、その背中。
その姿を思い出して、指先に力が入る。
「それって……おかしいよなって。」
言ったあとで、自分でも分からなくなる。
“おかしい”のか?
じゃあ、“普通”ってなんだ?
「……」
沈黙が落ちた。
風が吹く。
隣で、エレンが小さく息を吐いた。
「……あの人だからだろう。」
エレンは、ただまっすぐにリクを見る。
リクは顔をしかめた。
「なんだよそれ。それじゃわかんねーよ。」
思わず、言葉が強くなる。
エレンは肩をすくめるだけで、それ以上は何も言わなかった。
代わりに。
「“普通”じゃないからよ」
静かな声が、横から落ちた。
「エレーナ。その言い方は伯母様に失礼だろ。」
エレーナは、リクの方は見ていなかった。
遠く、どこか別の場所を見るような目で。
「確かに、普通の公爵は、前に出ないかもしれない。普通の女は、戦わないかもしれない。」
淡々と、言葉を続ける。
「でも、あの人は違う」
その目には、尊敬と憧れが満ちていた。
「誰かに普通じゃない、おかしいって言われて、やめるような人じゃない。」
言い切る。
リクは、何も言えなかった。
知っているからだ。
あの人が、剣を握る時の、その顔を。
「……でも」
それでも、言葉は出てくる。
「女なんだし、戦いに行くのは危ないだろ」
小さく、絞り出す。
それが一番、言いたかったことだった。
エレーナは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そして。
「確かに、危ないわね。……でも、危ないからなに?」
その一言に、言葉が詰まる。
答えられない。
答えが、分からない。
「……」
沈黙が落ちる。
風が、また吹いた。
そのとき。
ふと、視線を感じて顔を上げると、エレンが、こちらを見ていた。
何かを言うでもなく。
ただ、静かに。
「……なんだよ」
思わず、ぶっきらぼうに返す。
エレンはほんのわずかに目を細めて、
「別に。」
それだけ言って、視線を外した。
まるで、“自分で考えろ”と言われたみたいに。
「……っ」
リクは小さく息を詰める。
分からないから聞いているんだろ。
その言葉は、発することなく飲み込んだ。
ただひとつ、わかったことがあった。
——二人は、その答えを知っている。
ただ、それだけは分かった。




