04:ずっと夢の中にいたい
「……フツーに生きてんだよなあ、これが」
玄関で掃き掃除をする婦人を見て、ガインはそう呟いた。
昨夜、濁流を起こした家には、日常があった。
誰かが噂している様子もなければ、水が流れた跡ひとつさえない。
「おはようございます」
ガインが声をかけると、ふくよかな婦人は顔を上げた。
「マーテルから派遣された騎士です。昨日の夜、どこにいました?」
ガインたちの制服を見た婦人は、不安そうに眉を潜めた。
「ずっと、家に居ましたけど……」
ロアとルイスは視線を合わせた。
昨日家の中には、あの水の女以外は誰もいなかった。
「……じゃあ、家になにか異変はなかったですか?」
「なかったと思います、なにも……異変があれば気付くと思いますし」
「家の中に魔法石は置いていますか?」
「ええ、居間にひとつ。……あの、なにかありましたか?」
「調査中でして。ご協力ありがとうございました」
ガインはそう言って頭を下げると、家を後にした。騎士たちは婦人に頭を下げて、ガインに続いて坂を降りた。
「昨日の夜の水の女は、あの人だな」
ガインはあっさりとそう言い切った。
夜になるとあの婦人は、どうして家の中を歩いているんだろう。
なにかを探しているように見えた。腕に抱いたなにかを、守っているようにも。
ロアは先を歩くガインを見た。
「あんな簡単な話でよかったんですか?」
「俺たちの任務は〝魔法の暴発の解消〟だ。一般人をわざわざ混乱させなくていい」
「でも、もっとあの人の話聞いたりとか……」
食い下がるロアを見て、アメリアが口を開いた。
「魔法の暴発は共鳴者と共鳴源がセットなの。共鳴者は確実にあの女の人。あとは居間の魔法石が共鳴源か調べるだけよ」
「そういうことだ。夜まで待機! 二度寝も許す! 以上!」
そういうもの、なのだろうか。
ロアはガインたちと別れたあと、ベルトラード邸から少し降りた丘からレイラの村を眺めていた。
昨夜の水の女が、あの婦人なら。
夜に彷徨っていた理由があるのではないか。
隣に腰を下ろしたルイスに気付いて、考える事をやめた。
なにを言うでもなく二人でレイラの村を眺めると、トアルの村の展望台から見える景色を思い出した。
ロアはゆっくりと息を吸って、ルイスを見た。
「ルイス、昨日はありがとう。守ってくれて」
「ううん。無事でよかった」
穏やかなルイスの表情は、少しだけ悲しそうにも見えた。
ロアが口を開くより前に、ルイスは瞬きを一つして、ロアの目を見た。
「考えごとしてる?」
「うん。いろいろ、ぐるぐるしてるの」
「僕でよかったら、聞かせて」
「……ガインさんたちは、ああ言ってたけど、私はなんか……ちゃんと話を聞いた方がいいんじゃないかなって。でも、正しいかどうかは分からないし、自信もない」
「ロアは、どうしたいの?」
ルイスに問いかけられてすぐ、答えが出た。
ずっとこの問いを、待っていたみたいに。
「……私、あの人と話してみたい」
「じゃあ、僕も行く」
あっさりしたルイスの言葉に、ロアは驚いた。
「いい? 一緒に行っても」
ルイスの問いかけに、ロアは頷いた。ルイスがいると、心強い。
婦人のところへ向かうと、彼女は花に水やりをしているところだった。
「あら、あなた達さっきの」
そう言われてロアとルイスは軽く頭を下げた。
「こんにちは」
「騎士って若い子もいるのねえ」
「初めての任務なんです」
ロアがそう言うと、婦人は優しい顔で笑った。
「ねえ。もしかして、この家で魔法が暴発しているの?」
ロアの表情を見た婦人は、納得したように頷いた。
「よかったら、家の中に入って」
婦人に促されて、二人は家の中に入った。
昨夜、泥だらけだった家の中は、埃ひとつない。
「この辺りではね、魔法の暴発はそんなに珍しいことじゃないの。この前は坂の下の加工場で、火が盛って鉄が燃える事件があってね」
婦人の話を聞きながら廊下を歩き、居間に入った。
促されるまま、ルイスと向かい合わせにソファに腰を下ろした。
「今、お茶を入れるからね」
居間は温かく、懐かしい雰囲気を持っていた。
広すぎない部屋の中に、ものがたくさんある。しかしきっとこの部屋のどれもが、彼女に愛されたものたちだ。
暖炉の上に、加工前の鉱石が置いてあった。硬そうな石の隙間から、緑色の光が溢れていた。
どうして未加工の鉱石が、家にあるのか。
「詳しい話をしてくれるのかと思ったら、あっさり帰っちゃったから。騎士って話に聞いた通り、あっさりしているのね」
そう言いながら婦人は、二人に紅茶とビスケットを差し出した。
「……あの石は?」
「これ? これはね、私の息子が初めて取ってきた魔法石。私の宝物よ。息子はもう、死んじゃったんだけどね」
悪いことを聞いた。そう思ったロアだったが、婦人はロアの問いかけを気にしていない様子で椅子に腰を下ろした。
「失礼ですが、どうしてお亡くなりになったんですか?」
「落石事故よ。パムール鉱山では多いの」
ルイスの問いかけに答えたあと、婦人は未加工の鉱石を見た。
「最近ね、よく息子の夢をみるのよ。幸せなの。もうずっと、夢の中にいたいって思うくらい。……変ね、私」
そう言って婦人は笑う。何事もなかったみたいに、戯けた様子で。
ずっと夢の中にいたい。その感覚が分かる気がした。
子どものころ、図書館でシェルが初めて五色の魔法を見せてくれたとき。
あの時間が終わらなければいいと思った。
まだシェルに会える。でもこの人はもう、大切な人に会えない。
まだシェルを救える。でもこの人はもう、大切な人を救えない。
息子との幸せな夢を見ながら、彼女は、現実で息子を探しているのだろうか。
微笑む女性。揺れるお茶。埃一つない部屋。
もしもシェルを失ったまま、あの人生が続いていたら。
こんな風に日々を生きて、こんな風に笑えただろうか。
「どうして話を聞きたいと思ったの?」
帰り道の坂を下りながら、ルイスはロアに問いかけた。
「昨日の水の女の人。なにかを探しているように見えた。ガインさんが手を伸ばした時、なにかを守っているみたいに見えたの。だから、あの人が水の女なら、なにを探して、なにを守っているのかなって気になったの」
「僕は最初、ガインさんの意見に賛成だったんだ。無理に引っ掻き回す必要もないと思ってた。でも、ロアの考えを聞いて、別の見方があるんだなって勉強になったよ」
ルイスの隣にいる。二度目の人生でも、三度目の人生でも。
今は、彼と同じ制服を着ている。
隣に立って考えを認めてもらえることが、嬉しかった。
ロアはゆっくりと息を吸って、前を見た。
暖炉の上にあった、質のいい布の上に置かれた、未加工の鉱石。
それがずっと、頭の中に残っていた。




