02:馬車と夕暮れの丘
〝ここから先、ベルトラード公爵邸〟
加工場と住宅から横にそれた山道を馬車で進んでいると、そう書かれた木の板と、道を塞ぐ鉄門が現れた。
「このパムール鉱山一帯の土地を治めているのは、ベルトラード公爵です」
現地支援官の言葉で、ロアはベルトラードに気圧されるような感覚を思い出した。これから彼に会うと思うと、緊張する。
鉄門が開き、馬車はさらに山を登っていく。
「ベルトラード公爵は、この辺りで任務に就く騎士たちを積極的にご自分の屋敷に迎えていらっしゃいます。ですから今夜はみなさま公爵邸に、」
ガタン! と大きな音を立てて馬車が止まった。
ドアを開けた御者は、申し訳なさそうに言った。
「故障したみたいなので、一度降りてもらえますか」
馬車から降りると、湿った熱気が身体を包んだ。
前を走る馬車が止まり、ガインと他二人の騎士が下りてきた。御者から事情を聞いたあと、ガインは踵を返した。
「じゃあお前ら。直ったら上がって来いよ。ベルトラード公爵の屋敷で待ってるから」
「さすがに新人おいて行くのはまずくないですか?」
「……確かにそうか。おい。三人でじゃんけんして決めるぞ」
ガイン、戦闘防衛課の騎士、医療推進課の騎士。
三人でじゃんけんをして負けたのは、ガインだった。
ガインは不服そうに下唇を突き出しながら、日陰にしゃがみこんだ。ガラの悪いヤンキーみたいだ。なんて大人げない人なんだろう。
見かねた戦闘防衛課の騎士が、ガインに恐る恐る声をかけた。
「あの、ガインさん……俺、変わりましょうか……?」
「いーですいーです。どーぞ上へ行かれてください。涼しい場所で一休みされてください。ここはぜーんぶ俺がやっときますんで!!」
嫌味ったらしい圧を掛けるガインにしばらく迷っていた戦闘防衛課の騎士だったが、医療推進課の騎士に「せっかくの気遣いですので、ありがたく頂戴しましょう」と促され、馬車に乗って上がっていった。
五人は木陰で、御者の修理が終わるのを待った。
御者は馬車の底と、運転席とを行ったり来たりしている。
静かな環境の中でぽつりと浮かんだ疑問を、ロアは口にした。
「これ、魔法石で動いてるんですよね。馬いないのに、どうして馬車って言うんだろう」
「……寄り道することを、道草食うって言うだろ」
ロアの疑問に口を開いたのは、意外にもガインだった。
「けど、実際に道に生えてる草は食わねーじゃん。それと一緒じゃね?」
「なるほど。……ん? なんか違くないですか?」
「いーんだよそれで。難しく考えんなよ老けんぞ」
おとなしく待つルイスとアメリアとグレイヴをよそに、あってもなくてもいい時間を過ごしたロアとガインは、無音に身を晒す。
嫌味なくらいの晴天だった。
木陰に座っていると気分がいい。
しかし、この村は、とても熱い。
「……暑ぃ」
グレイヴはそうボヤくと、制服のボタンをはずし始めた。
彼の首から覗いたのは、入れ墨。しかし意味を持った柄ではない。縦一本線、点線、円に四角。いろいろな色で、模様ともいえないものが入っている。
グレイヴはフラりと立ち上がると、制服の上着を木陰に放り投げて今来た坂を降り始めた。
ロアはグレイヴを視線で追ったあと、空を見上げながら目を閉じるガインを見た。
「あの人、いいんですか? いなくなったんですけど」
「ほっとけほっとけ。そんなことより、あいつの制服の方見張ってろよ。コレ、高ぇんだから」
この制服高いんだ。そんなことを考えながら、ロアは空を眺めた。
太陽は、段々と傾き始めていた。
しばらくして戻ってきたグレイヴは、車輪付きの板を握っていた。
「おい、どけ」
グレイヴが車輪付きの板を地面に放ると、御者が馬車の側から離れた。グレイヴは板に背中を預け、地面と馬車の間に滑り込む。
いつも興味無さげな彼が、なにかを始めようとしている。気になったロアは、グレイヴに近づいてしゃがみ込んだ。
「ねえ、なにを見てるの?」
「石の配置」
ロアは顔を地面に近付けて馬車の底を覗き込んだ。様々な色の魔法石が埋まっているのが見える。
「これが配置魔法ってやつなの?」
「って言うらしいな」
グレイヴは片手間な様子でそう言うと、石の一つに軽く触れる。
彼の首にある四角の入れ墨が、色を変えた気がした。
柔らかい起動音が聞こえて、ロアは身を起こした。
馬車は、小さく揺れている。
「動いた」
ロアはもう一度、馬車の底に配置された魔法石を見た。
どういう意味があるのか、全くわからない。
でもグレイヴには、意味が理解できる。
「……すごい」
グレイヴは馬車の下から出ると、汗を拭って立ち上がった。
「お前さあーマジで!」
ガインは不服そうに言って立ち上がった。
「グレイヴ! 一時間待ってたんだぞ!? 直せるなら最初から言えよ!」
「じゃあ最初から直せるヤツいる? って聞けよ」
「そういう問題じゃねーんだよ! お前が! 俺できますって! 手ェ上げろよ!」
グレイヴは木陰に投げ捨てていた制服をひっつかむと、馬車に入って行った。
「おい! 先輩の話は最後までちゃんと聞け!」
ロアたちが騒ぐガインを置いて馬車の中に入ると、彼は慌てた様子で馬車に入ってきた。
動き出した馬車に揺られて、また坂を上る。
丘には爽やかな風が吹いていた。素朴な白と黄色の花が咲いている。
ゴーンと鈍い鐘の音が鳴った。
丘からレイラの村を見下ろすと、パムール鉱山の方からたくさんの人が下りてくるのが見えた。
鉱山に続く門のようなアーチの前には、女性や子どもが立って、降りてくる男に手を振っている。
鐘が鳴り終わるころ、ベルトラード公爵邸についた。
公爵邸の前には、ベルトラードと一人の従者が立っていた。
「こんにちは、みなさん。よろしくお願いします」
ベルトラードからの挨拶に、騎士たちはそれぞれ頭を下げた。
「お世話になります。ベルトラード公爵」
「ああ。ご苦労様、ガイン」
ベルトラードはそう言うと、アメリアに視線を移した。
「ごきげんよう、アメリア嬢。今後のご活躍を期待しています」
アメリアが深く頭を下げると、ベルトラードはグレイヴに「君もだ」と言った。
グレイヴは返事をすることなく、興味なさげに立っている。
それからベルトラードは、ロアとルイスを見た。
「合格おめでとう」
ロアとルイスが「ありがとうございます」と返事をすると、ベルトラードはロアの目を見る。
縛られたような緊張が走った。
しかしベルトラードは、少しだけ表情を緩めた。
「よく頑張ったな」
ロアが返事を考えるより前に、ベルトラードは沈んでいく夕日に視線を移す。それから、もう一度ロアたちを見た。
「滞在中、屋敷は自由に使ってくれて構いません。では、私はこれで」
ベルトラードはそう言うと、ロアたちが馬車で登った坂を、一人歩いて下り始めた。
ロアは、オレンジ色の夕日に向かって遠ざかるベルトラードの背中を眺めていた。
「では、どうぞこちらに」
屋敷の従者に案内され、一行は食堂で早めの夕食をとった。
「あの家には今、女性が一人で住んでいるようです。ご主人は十年前に亡くなっていて、一か月前に息子が亡くなったんだとか」
えっ、じゃあ本当に幽霊?
ロアはナイフを握る手を止めて、現地支援官を見た。
そんなロアをよそに、ガインは肉の塊を頬張りながら口を開く。
「旦那と息子はどうして死んだんだ?」
「そこまでは分かりません」
「魔法適性は?」
ガインと現地支援官の会話に、グレイヴが割って入る。
ロアは珍しいと思いながら、大きめに切った肉を口に運んだ。
「魔法適性は三人ともないようです」
「落石事故だろ。魔法使えねーなら」
ロアは肉を飲み込むと、グレイヴに問いかけた。
「どうしてわかるの?」
「よく死ぬんだよ。石掘ってたら、石が降ってきて」
ロアは坂から見えた、アーチの前で帰りを待つ家族を思い出した。
朝送り出した人が、無事に帰ってくるとは限らない。
二度目の人生で死んだ、大人になったシェルを思い出した。
「そういやお前、この辺り出身だっけ」
ガインの言葉に、グレイヴは返事をすることなく、いつも通りの無表情で食べ物を口に運んでいた。
夜を待ったロアたちは、馬車に乗り込み、ベルトラード公爵邸からレイラの村へ降りた。
丘から見えるレイラの村は眠っていた。
馬車を降りて、徒歩で坂を上る。
――ぴちゃ
水音が聞こえて、ロアは坂道を見上げるように視線でなぞった。
水が流れている。
薄い膜を張ったみたいな水は坂に広がり、月明かりを反射して、鋭く光っていた。




