01:国で一番、幽霊がでる場所
長い時間揺れていた馬車が止まった。
「到着しました」
御者が馬車のドアを開くと、アメリアに続いて、ルイスが馬車を降りる。
ルイスは振り返ると、ロアに手を差し出した。ルイスの手を握り、馬車からひょいっと飛び降りたロアの頬を、生ぬるい風が撫でた。
「ここが、レイラの村です。パムール鉱山麓の鉱山村です」
村というには活気があり、商人たちが行きかっていた。
村の入り口でもわかる、鉄のような香りに、ぬるい熱気。
建物と建物の間にある急な坂道は、山の奥まで続いている。
「邪魔」
「あ、ごめん」
ロアが反射的に返事をして馬車の入り口から離れると、グレイヴが地面に足をつけた。
やはり彼は、興味なさげに突っ立っていた。
別の馬車からはガインと他二名の騎士が出てきて、長い間揺られて凝り固まった体を伸ばしていた。
「騎士のみなさま、ようこそ。レイラの村へ」
現地民の一人にそう言われて反応に困っていると、ガインがこちらに向かって歩きながらぺこりと頭を下げた。
「どうも。世話になります。おいお前ら、挨拶しろ。騎士の現地活動を支援してくれる、現地支援官さんだ」
聞きなれない単語に戸惑いながらも、ロアは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「よろしくお願いします。ではさっそく、現場に移動しましょう」
ロアたちが現地支援官に続いて歩き始めた後ろでは、御者たちが一行から離れて馬車を移動させていた。
ロアたちは整った石畳の坂を歩いた。
狭い坂道はやはり活気にあふれていて、道を挟んで左右に鉄鉱石の出店が並んでいる。
木と鉄でできた建物は、見るからに頑丈そうでサビや腐りがほとんどない。
麻袋を抱えたり、荷車を押す人に道を譲りながら、坂道を上った。
「ねえ、ルイス。なんか新しい所だね。もっとこじんまりした古い町だと思ってた」
「レイラの村は、シェルのお母さん、故ペルラ王妃の出身地なんだよ」
「シェルのお母さんの出身地が、町が新しいことと関係があるの?」
「あるんだよ。でも国の動きは、僕よりきっと彼女の方が詳しい」
ルイスはそう言うと、アメリアを見た。
ロアもアメリアを見ると、彼女はやはり真っ直ぐに前を見ている。それから口を開いた。
「パムール鉱山の麓は長い間、鉄や鉱石を加工する加工場と住居しかなかった。だけど王妃が誕生した村として注目されて、もともとの鉱物産業に観光業が加わったの。山を下るように観光客向けに宿や店が増築されていった」
アメリアのいう、増築された観光エリアは過ぎたらしい。
すぐ横の建物の木は、煤で黒ずんでいた。油を吸ったように木に艶がでている。
ロアは後ろを振り返った。
規格に沿ったように、真新しい建物が並んでいる。
「だから、村の入り口は新しいのよ」
「すごい……」
思わず漏れたロアの本音にも、アメリアは愛想笑い一つ作らない。
気付けば山肌をなでるぬるい風は、熱風に変わっていた。
鉄と、焦げた匂いが強くなった。
色の違う木で継ぎ足された建物。建物の外にまで飛び出したハンマーや何に使うかわからない道具。
石畳の端は所々はがれていて、砂が固まっていた。
「このエリアは加工場です。鉄を打ったり、宝石を加工したりしています」
なにかを削る音、打ち付ける音。
開け放たれた建物の中で、ごうごうと音を立てて燃える火。立ち上がる蒸気に、泡立つ水。
目を閉じて聞こえる音と、肌を撫でる熱風は、まるで地獄を巡っているような気持ちにさせる。
「ちなみに、レイラの村は、〝国で一番、幽霊がでる場所〟と呼ばれています」
現地支援官の言葉に、ロアは焦って目を開けた。
どうして幽霊が出るんだろう。
死者が多いのだろうか。
「〝魔法の暴発〟って、聞いたことあるか?」
ガインは先を歩きながら顔だけをロアたちに向けて口を開いた。
「マーテルには魔法が使えない国民の方が多いが、みんな魔力は持っていると言われている。それが魔法石に反応して、現象を引き起こすことがある。それが〝魔法の暴発〟だ」
ロアは迷いの森を抜けた先にある、ポワの幽霊屋敷を思い出した。
ルイスが鉄柵に触れた途端、湖が怒るように揺れたあの現象。
「レイラの村にはパムール鉱山がありますので、国で一番、魔法石が多いんです。必然的に発生率が上がるので、〝国で一番、幽霊がでる場所〟と呼ばれています。みなさんに見ていただきたいのも魔法の暴発です。夜になると、この坂を水が下る現象が起こっています」
ロアは坂を見た。乾いた砂が抉れた石畳を撫でている。
分かれ道をさらに進むと、住宅地が現れた。
どの家にも、修繕された痕跡があった。
ある家の窓枠は、色の違う木で補修されていた。
また別の家では、古い扉に新しい蝶番がつけられている。
剥げた外壁を塗り直したのか、一部だけが真っ白に浮いていた。
「着きました」
顔を上げると、正面に一軒の家が建っていた。
「夜になるとこの家から、水が溢れてくる。そして朝になると、何もなかったように水が消えるんです」
古い一軒家だった。
外壁の一部がはがれて赤レンガが覗いてはいるものの、丁寧に管理された形跡がある。
ロアは辺りを見回してみた。
周りも同じような家ばかりだ。どうやらレイラの村ではごく一般的な住居らしい。
怪奇現象が起きた家の二階の窓が開いた。
恰幅のいい婦人が、木の手すりに溜まった煤を手慣れた様子で掃き出している。
怪奇現象が起きる家に、普通に生活している人がいる。
世界がまた、色付いてきた。
おもしろい。この家はどんな理由で、魔法の暴発が起きているんだろう。




