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03:この嘘つきは、世界をおもしろくする

「性格悪いってバレてる。ちょっと嬉しい」


 魔法を使ったシェルを連れ戻すために、トアルの村へ来た騎士。

 八年の年月か、月の祝福か。

 目の前の彼は、以前にもまして美しい。


 彼は笑っていた。

 美しいものほど、性格が悪くても許されると思っているような顔で。


 ルーンは少しの間ロアを見つめて、それからその笑みをさらに深くした。


「大きくなったね、ロア。八年ぶりかなあ?」

「嘘つき」


 ルーンは刺すようなロアの言葉を聞いても、表情を崩さない。

 ただ黙って、言葉の続きを待っているように見えた。


「あなたですよね? 施設案内のとき、私をここに連れてきてくれたのは」

「アーネルはなにも教えてくれなかった?」


 ――アーネル。

 それが〝黄色の紋章の男〟の名前ということは、すぐに分かった。


「なにも聞いていません。ルーン元帥に聞けと言われました」

「そっかあ。じゃー……内緒」


 ルーンは笑みを貼り付けたまま、戯けたように言った。


 『きっと説明してくださいますよ。いや、もし隠すようなら説明しろと迫ってください』

 アーネルの言葉を思い出して、ロアは口を開いた。


「……もし隠すようなら、説明しろと迫れって言われました」

「じゃあ、迫ってみる?」


 ルーンは待っていましたとばかりに楽しそうに目を細めると、小首をかしげた。


「いいよ。おいで、ロア」


 『僕にしっぽふっておこうって、思わない?』

 この感覚だ。色気交じりの、核心に触れさせない、口術。

 間違いない。施設案内のときの、〝黄色の紋章の男〟だ。


 ロアは小さく息をつくと、しっかりとルーンの目を見た。


「子どもの頃の私を知っているのに、どんな気持ちで〝おいで〟って言うんですか?」

「今の僕には、今のロアがひとりの素敵な女性に見えるから」

「じゃあ私が、本当にその気になったら? あなたは、私の直属の上司になるんですよね。どうするつもりなんですか?」

「今夜は僕の部屋においで。まずは美味しいワインを飲もう」


 どれだけ押しても引いても、同じ場所に戻されてしまう。そんな感覚だった。

 きりがない。どこが終わりなのかもわからない。

 ただ、〝じゃあお願いします〟と言えば、彼はきっと自室で、まずは美味しいワインを振る舞ってくれるだろう。


 ロアはじっと、ルーンを睨んだ。


「ごめんごめん。ちゃんと話すよ。ここにどうぞ」


 本棚のそばにあった椅子が、カタカタと音を立てて、自ら歩くようにロアの前へやってきた。


「騎士採用試験のとき、僕は魔法でアーネルの身体を借りてたんだよ」


 ロアはルーンを警戒しながら、その椅子に腰を下ろした。


「じゃあ、やっぱりあなたなんですか?」

「そういうこと。あの施設案内が試験だったんだよ。だから施設案内の時点で、誰を採用するのかはだいたい決まってた。面接、すぐ終わったでしょ?」


 施設案内が楽しかったという話を、笑顔で聞いてもらっただけで終わった、あの面接試験を思い出した。


「だから、施設案内に参加しない人は絶対に受からないんだ。機密情報だから、外部に漏らしちゃだめだよ?」


 機密情報をさらりと漏らし、部下の女を平気で誘惑しようとする男。

 この人は、本当に施設長として適性があるのだろうか。


「じゃあやっぱり、〝八年ぶりだ〟って嘘ついたんじゃないですか」

「僕はとびきりの嘘つきだから、嘘を本当にできるんだ。魔法みたいに」


 ルーンは、試してみようか、とでも言いたげに口角を上げると、足を組み直した。


「ロアが施設案内のときに会ったのは、本当に〝僕〟かな?」


 ぽつりとひとつ、問いが落ちる。


「ロアは施設案内のとき、ずっと案内人の男と一緒にいた。でも、僕だとは考えもしなかったね。気付いたのは、ついさっき。つまり、ロアの中には〝案内人がアーネルでもない、ルーンでもない、完全な別人だった時間〟が存在する」


 アーネルの容姿に、ルーンの性格。

 二人のどちらでもない、〝黄色の紋章の男〟。


「僕だと言い切っていいのかな。君は、どう思う?」


 今日、初めてアーネルを見たとき、確かに施設案内のときとは雰囲気が違うと思った。

 考えもしなかった問いを前にして、思考がぐるぐると回っている。


「僕は本当に、ロア・リーヴの好奇心に期待しているんだよ。……ねえロア」


 ルーンに呼びかけられて、ロアの思考はピタリと止まった。

 ルーンはロアに視線を戻すと、薄く笑った。


「君は、この深さまで、潜って来られる?」


 世界はすばらしく、おもしろいものだよ。

 もっと、この世界を知りたくない?


 ルーンの声か、あるいは自分自身の声か。心の薄い膜の内側で、問いかけが反響する。

 気付けばもう、その問いに囚われていた。


 こんな問いを落としてくれる人は、今までこの世界にいなかったから。


 この人について行けば、きっと――


「たのしいです。すごく」


 ――きっと世界はもっと、おもしろくなる。


 答えにならない答えを聞いて、ルーンはまた、笑みを深くした。


 時間を知らせる鐘が、遠くで控えめに鳴った。


「そろそろ帰ったほうがいい。騎士は、時間に誠実なほうがいいらしいからね」


 ルーンはそう言うと、出窓に腰かけたまま背筋を伸ばした。

 彼との世界が、切り離される予感がした。


「おやすみ、ロア。また明日ね」

「待って、」


 ルーンは、指を鳴らした。


 気が付くと、世界は変わっていた。


 ――遺跡。

 辺りを見渡して、歴史保全課の前庭にいると分かった。


 草が風に揺れる音。ぬるい風。


 振り返ると、図書館の扉が見えた。


 月に祝福をうけたような、美しい人。

 本に囲まれた部屋。


 体はここにあるのに、心はまだ、あの部屋にあった。


 おとぎ話の世界に迷い込んだみたいな夜。


 図書館の扉に触れてみる。

 もう、開かなかった。

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