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01:シェルとアメリアとの再会

 視線は無意識に、アメリアを探していた。


 紺の制服を身に着けたロアとルイスは、マーテル城の門をくぐり、前庭に出た。

 二人と同じ真新しい制服を着た騎士が二十人ほど、まとまりなく集まっている。


 辺りを見回すロアに、ルイスが言った。


「オズワルドさんがいるね。声かけにいこうか」

「ルイス・ミレインー。ロア・リーヴー」


 誰かに大声で名前を呼ばれて、二人は振り返った。


「おー、いたいた。いるならさっさと返事しろよ」


 赤髪の男はめんどくさそうにそう言いながら、こちらに向かって歩いてくる。

 男の白いマントが、彼の大股で大きく揺れる。その様子がすごく似合っていた。


 彼のすぐ後ろを歩いているのは、アメリア。


 心臓が、大きく音を立てた。

 彼女も合格したんだ。

 そんなことを考えて、アメリアから目を離せなかった。


 ロアの視線に気付いたのか、アメリアは瞬きをひとつすると、ロアの目を見た。

 なにか語るでもなく、ただじっと、ロアの目を見ている。


 たった数秒の出来事。しかし、先に目を逸らしたのはロアの方だった。


「一般枠、もう一人いるんだけど……。まあ、あいつはいいや」


 赤髪の男は辺りを見回した後でそう言うと、ロアとルイスとアメリアの顔を見た。


「新任騎士代表の宣誓(せんせい)、一般枠の合格者が言うことになってるんだけど、誰が言う?」


 代表の宣誓(せんせい)って。唐突にそんなこと言われても――


「私に言わせてください」


 ロアの思考をさえぎって、アメリアが言った。

 アメリアはルイスに視線を移して、口を開いた。


「いいかしら。ルイス・ミレインさん」

「どうぞ」

「ロア・リーヴさんはどう?」


 テンポよく進む会話に気を取られて、すぐに反応できなかった。


 アメリアは、ロアの目を見ていた。

 ロアはやっとこくりと一度頷く。それから返事をしようと口を開いたが、その頃にはもうアメリアは赤髪の男を見ていた。


「私に決まりました」

「はいっ。じゃー移動~。俺に続けー」


 赤髪の男は人差し指をマーテルの門の方へふいっとふって先を歩き出した。

 男の声で、真新しい制服を身に着けた騎士たちは、彼に続く。


 湾曲した階段を上り、大きく開いた門の中へ向かった。

 門番の男は、赤髪の男を見て、深々と頭を下げた。


「ご苦労様です。ガインさん」


 ガインは「お疲れ」と返事をして、門番の隣を通り過ぎた。


 門の向こうは、おとぎ話に出てくるような庭が広がっていた。


 左右対称に植えられた背の低い木。

 腐敗を知らない様子で咲き誇るバラ。

 背の高い台座の上にある水盤で、小鳥が水浴びをしている。


 光に愛されたその庭の中央を通り、城内に入った。


 ホールは見上げても足りないほど天井が高く、青地に金の刺繍が施された布が下がっていた。

 壁をくりぬいて作った空間には、大きな時の魔女の彫刻があって、こちらを見下ろしている。


 これが、マーテル城。

 辺りを見回しながらしばらく歩くと、手すりで四方を囲まれた大きな吹き抜けがあった。


 クロスロードだ。

 そう思って、ロアは吹き抜けを覗いた。


 一瞬だけ、呼吸が止まった。

 目が、合ったからだ。


 クロスロードの中心にあった、五人の女の像。

 その像の一体が、こちらを見上げていた。


 紫色の宝石が両目に埋め込まれた女の像は、薄く微笑んで胸に手を当て、こちらを見上げていた。

 まるで〝忠誠をお誓いします〟とでも言いたげに。


「お二人なら合格すると信じていました」


 聞き覚えのある声に視線を移すと、ルイスに笑いかけるオズワルドがいた。


 ロアの視線に気付いたオズワルドは、ロアに手を差し出した。


「共に頑張りましょう」


 オズワルドの手を握ると、彼は力強く、短く握り返し、手を離した。

 オズワルドは軽く会釈をすると、少し前を歩くアメリアに声をかけた。


「ごきげんよう、アメリアさん」

「お久しぶりです。御父上も、お変わりありませんか」


 知らないわけではないが、親しいわけでもない。

 距離の取り方を礼儀として守る態度は、お互いがお互いに寄り掛かる村の距離感とは違う。

 オズワルドとアメリアの距離感は、王都・マーテルの空気をまとっている。


 オズワルドの腕には、〝魔法研究課〟の青い紋章。

 アメリアの腕には、〝戦闘防衛課〟の赤い紋章。


 ロアが二人をぼんやりと眺めていると、ガインが縦に長い門の前で振り返った。


「右から戦闘、魔法、医療、歴史の順番一列な」


 ガインはそう言うとアメリアに一枚の紙を差し出した。


「ほら。宣誓のカンニングペーパー」

「必要ありません。規定のものは覚えてきましたから」


 ガインは「お前、まじ?」とアメリアに呆れ笑いを浮かべている。


 彼女を見ていると、自分の無力を痛感させられる気がした。

 戦闘防衛課出身の有能な王妃。

 彼女でも救えなかったシェルを、自分が助けたいなんて。

 それは無謀な願いなのではないか。


 二人の門番はガインに深く一礼すると、門を開けた。


 門の先は、大広間。

 ――ここ、知ってる。


 二度目の人生で、檻を出てから見た絵画だ。

 赤ちゃんを抱いた美しい女性と、国王と、三人を見守るたくさんの人たち。

 その背景に描かれていたのは、この豪華な大広間だった。


 シェルはその絵画の下で、人生を終えた。


 懐かしくて、苦しい。


 深く感傷に浸る間もなく、身なりのいい人たちが大広間に入ってきた。


 そこには、シェルがいた。

 三年ぶりに見る彼は、子どもでも、大人でもない。


 今ここに、シェルがいる。

 それだけで、世界が一層分、華やいで見えた。


 シェルはきょろきょろと辺りを見回して、ルイスとロアを見つけると、笑顔で手を振った。


 ああ、よかった。シェルはなにも変わってない――


「ダメだよ」


 ロアが上げようとした手を握って、ルイスが言う。

 ルイスは正面から目を離さないまま、静かにロアの手を離した。


 王族に個人的な思いで手を振る。

 それは、重罪なのだろうか。


 シェルを見ると、彼はすぐ後ろに立つベルトラードに耳打ちされて苦笑いを浮かべていた。


 ベルトラード公爵。

 シェルを連れ戻しにトアルの村に来た時から、なにも変わっていない。

 〝本物の貴族〟。

 小さな所作からも浮かび上がる怖いくらいの品格は、少しも失われていない。


「私たち新任騎士一同、賜りました紋章の重みを忘れずに――」


 アメリアの宣誓の言葉が始まると、シェルは彼女の方を見た。


 そして、軽く頷きながら彼女の話に耳を傾けている。


 二度目の人生でも、アメリアは代表の言葉を述べたのだろうか。

 そしてシェルはこうやって、真剣に話を聞いたんだろうか。


 シェルとの再会で晴れた世界に、暗い霧が漂うのがわかった。


 ルイスと結婚する人生を、選びきれなかった。

 三度目の人生でも、シェルはアメリアを選ぶのだろうか。

 二度目の人生で死ぬ未来があるなんて知らないまま、アメリアと、幸せな人生を――


 そこまで考えて、意図的に意識を逸らした。

 自分には、到底、関係ない話だ。


 なんのためにここまで来た。

 シェルに生きていてほしいからじゃないのか。


 ロアは呼吸に意識を向けて、落ち着きを取り戻す努力をした。


 形式ばった短い式典が終わった後、王族や貴族が先に大広間から出た。

 シェルはロアとルイスに向かって小さく手を振って去って行った。


 ガインに声をかけられて、ロア、ルイス、アメリアの三人は集まった。


「今度はこいつも一緒な」


 ガインにそう紹介されたのは、黒い髪を無造作に一つに結んだ男だった。

 興味なさげに突っ立っている男の腕には、歴史保全課の黄色の紋章がある。


「よし、行くぞ~」


 それ以上の紹介はなく、ガインに続いて四人はマーテル城を出た。


 気付けばロアは、少し前を歩くアメリアを目で追っていた。


 視線を逸らして、地面を見つめる。

 覚悟していたはずなのに、悔しいという気持ちすら起きなくて。悲しい。

 近くで彼女のことを見ているのさえ苦しいなんて、どうかしていると思う。


「ガインさん。これからどうするんですか?」


 ルイスの声で、ロアの思考は現実に引き戻された。


「お前らをそれぞれの課に送ってく。まずルイスからな」


 ガインに連れられて、ロア、ルイス、アメリア、そして黒髪の男は門を出た。

 階段を降りてクロスロードへ入り、五人の女の像がある噴水の前を横切って、緑の紋章が示す案内に従って進む。


 医療推進課の大聖堂のような建物を通り過ぎ、ガラスドームに覆われた薬草園に入る。半球に区切られた世界の中で、蝶はひらひらと舞い遊んでいた。


 ロアが蝶を目で追っていると、ふと、視界に人影が入り込んだ。


 天使のようだと思った。


 ピンクゴールドの髪を後ろで一つに三つ編みにした女が、花に手を添えている。

 乱反射する陽光も、舞い遊ぶ蝶も、控えめに咲く花も、全部、彼女のために存在しているみたいだと思った。


 視線に気付いた彼女は、ゆっくりとロアたちの方を振り返った。

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