12: 〝ロア・リーヴの好奇心に期待します〟
シェルの妻になる人が、騎士採用試験を受けていた。
貴族の彼女が、どうして〝貴族枠〟で騎士にならないのか。
そもそも、彼女はどうして騎士になりたいのか。
彼女は、合格しているだろうか。
合格通知は、いつ届くんだろう。
またあの図書館で、ラミアの本を読みたい。
村に帰ってから一週間。今日もロアは、自室のベッドに寝転がって天井を見上げていた。
そして、ふと思う。
「あれ、私……」
ロアはまさかと思い、考えた。
マーテル城の前庭からクロスロードに入って、四つの課を回った。
時々、質問をした。
魔法試験に一人だけ参加できなくて、図書館の中を見せてもらった。
ラミアの本を読んで、面接官の人と楽しく話して、アメリアを見かけて、観光して、帰ってきた。
時系列でなぞった後、ロアはベッドから起き上がった。
「私、なにもしてなくない?」
魔法での有能アピールも、していない。
面接でマーテル文化への尊敬も、語っていない。
ただ楽しんで帰ってきただけじゃん。
その結論に至ると、ロアはいてもたってもいられず、部屋を出て、廊下を進んだ。
どうしよう、どうしよう。
ただ、遊んで帰ってきただけじゃん。
目的もなく家の外に出てすぐ、こちらへ向かってくるルイスが見えた。
駆け寄るロアの様子に、ルイスは不思議そうな顔をした。
「ねえ、ルイス、どうしよう。私、怖くなってきた」
「昨日まであんなに楽しみにしてたのに?」
「だって私、なにもしてない」
ルイスは自分の手元を見て、それからロアを見た。
「もう届いてるけど」
「え?」
ルイスの手には、時の魔女が刻まれた蜜蝋で閉じられた封筒が二通。
心臓が大きく、規則的な音を立てている。
「……どうしよう、ルイス」
「僕は開けるしかないと思うけど」
声を震わせるロアをよそに、ルイスは平坦な口調で言う。
「……ルイスが先に開けてくれない?」
ルイスは「うん。いいよ」と軽く返事をして、指先で封筒をなぞった。
はさみで切ったように封が開くと、ルイスはためらう様子もなく、封筒に入っていたクリーム色の紙を取り出す。そして、三つ折りになっていたそれを開いた。
「……どうだった?」
「うん。合格だって」
ルイスはロアに開いた紙を見せた。
クリーム色の紙の上には、コンピューターで打ったような濃く、規則正しい文字列。
〝ルイス・ミレインの合格を認め、医療推進課へ配属とする。〟
それだけの、シンプルな言葉。
「おめでとう、ルイス」
「ありがとう。じゃあ、次はロアだね」
ロアはルイスから受け取った封筒を見つめた。
時の魔女が刻まれた蜜蝋。それを開いて、書いてある文字が〝不合格〟だったら。
ロアは震える喉元で息を吐き切った後、ルイスを見た。
「ルイス。勇気、くれない?」
「うん、いいよ。じゃあ、よく考えてね、ロア」
ルイスは封筒に合格通知をしまうと、ロアの目を見た。
「いまさら、中に書いてある内容は変わらない。引き延ばす意味、あると思う?」
「……うん。ない。開ける」
ロアは覚悟を決めて、勢いに任せて封をちぎった。
三つ折りの紙を開いて見えたのは、やはり濃く規則正しい文字列。
しかし、長かった。
ルイスのシンプルな通知とは、まるで違う。
〝このたびのマーテル騎士採用試験において、あなたの試験結果について慎重に協議した結果――〟
その文言に始まり、上から下まで、文字が埋まっている。
途中見えた文字で、ロアは思わず息を詰めた。
〝あなたには魔法の発動経験がなく、実技試験への参加が認められませんでした。〟
魔法使えなくてもいいんだよね?
実技試験って、やっぱり重要だったの?
ルイスの簡素な通知とは違う、この文章量。
全部、なんでお前レベルが採用試験受けたんだよ、って文句だったりして。
ああ、終わったかも。
そう思ってロアは、通知から目をそらして正面を向き、目を閉じた。
「……心が、抉られる」
「ちゃんと最後まで読もうよ」
いつもよりもっと落ち着いた様子のルイスに言われて、ロアはしぶしぶ通知に視線を戻した。
『しかしながら、上記を踏まえた上でなお、あなたの学ぶ姿勢に将来性があると判断しました。よって、ロア・リーヴの合格を認め、歴史保全課へ配属とする。』
「……歴史保全課へ、配属?」
その下には、サインのような、直筆の細い文字。
〝ロア・リーヴの好奇心に期待します。〟
ステンドグラスを背に出窓に寄り掛かる、黄色の紋章の男が、ロアの頭の中に浮かんだ。
戦闘防衛課で返された問い。
魔法研究課で向けられた視線。
図書館で与えられた自由時間。
バラバラだったはずのものが、ひとつの意味を持ち始める。
『さて。君は今日、なにに心が動いたかな』
『君は、どこに行きたい?』
あの施設案内そのものが、試験だった?
「おめでとう、ロア」
全部、見てくれていたんだ。
そのうえで、選んでくれた。
マーテル騎士採用試験に、合格した。
「ありがとう、ルイス! やったー! 合格した!!」
ロアはそう言って、合格通知を大きく空へ掲げた。
クリーム色の分厚い紙に、太陽の光が透けている。
〝合格を認め、歴史保全課へ配属とする。〟
〝ロア・リーヴの好奇心に期待します。〟
心臓が大きく打って、現実が相応する重みを持ちはじめた。
「おおーい」
ロアとルイスが振り返ると、農夫のベードが少し離れたところから大きく手を振っていた。
「二人とも合格したか!?」
「はい。合格しました」
ルイスが返事をすると、ベードは向きを変え、井戸の方へ向かって声を張り上げた。
「おーい。合格したってよー! ルイスも、ロアもー!」
井戸端会議をしていたマルタとエルナは洗濯ものを放り出し、前掛けで手を拭きながら、家を振り返って声を張り上げた。
「おばあちゃんに見せてくるね!」
ロアはルイスの返事も待たずに、踵を返し、合格通知を胸に抱いて自宅へと走った。
「おばあちゃん、見て!」
家中に響き渡る声でそう言いながら、玄関を通り過ぎた。
廊下を走り、居間のドアを開ける。
窓から部屋に満ちた光と、落ちて揺れる木漏れ日。
木々の騒めき、小鳥のさえずり。
リディアは、いつものロッキングチェアに座っていた。
ページをめくる音だけが、部屋の中で響いていた。
リーヴ家のいつもと変わらない、全て脱ぎ捨てたような静寂だった。
合格の高揚が、余熱を残しながら、一点に向かって収束していた。
やがてそれは密度の高い塊となって、ロアの腹の奥に沈んだ。
「合格したよ。騎士採用試験」
リディアはゆっくりと、本からロアに視線を移す。
そして、口角を上げた。
「よくやった」
泣けばいいのか、笑えばいいのかさえ、分からなかった。
人生を三度生きてきて、これほど嬉しい出来事は、他になかったから。
誰かの笑い声が聞こえて、ロアは現実に引き戻された。
窓の外には、今夜は祝いだ、酒だと騒ぐ村人たちがいる。
生まれ育った故郷を離れる寂しさと、横並びにある未来への喜び。
一度目の人生。
あの汚い現代社会も、今ならもしかすると、違う見え方があるかもしれない。
そう思うほど、今日の目に見える世界のすべては、輝いていた。




