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三度目の人生は、キミのために。  作者: 野風まひる
マーテル騎士採用試験
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09:歴史保全課の図書館

 歴史保全課は、遺跡のようだ。


 低地にある前庭は、都度増築された石段が、階段にも、壁にも、通路にもなっていた。

 高い場所には草花が植えられ、小さな庭のようになっているが、その端には手すりも柵もない。

 細いツルが、石壁に薄く貼り付いている。


 受験者たちは黄色の紋章の男に連れられ、前庭を進んだ。


「歴史保全課が他の課に提供しているのは、知識。本です。あれは図書館」


 黄色の紋章の男が歩きながら指さしたのは、正面の大きな建物。

 頭上では、大きな秒針が静かに時を刻んでいる。


 ――図書館。

 その言葉を聞いただけで、恋をしているような気持ちになる。


 村の小さな図書館で、シェルとルイスと三人で、〝知りたい〟に、夢中になった。

 この図書館には、なにがあるんだろう。心臓がトクンと鳴って、もっと先を知りたいとロアをせかした。


 図書館の中に入ってまず見えたのは、半円形に大きく開けた空間。

 真っ直ぐ伸びる通路の両端には、修道院の食堂にあるような長机が整列している。

 騎士たちはそこに座り、静かに本を読んでいた。


 半円形の壁に沿うように、アーチの入り口が八か所見えた。

 黄色の紋章の男に連れられて、真っ直ぐな通路を通り、一つのアーチをくぐった。


 アーチの先はひとつの広い部屋になっていた。

 重厚感のある壁のような本棚が並んでいて、側には一人用のソファがひとつ。

 二階部分には回廊があり、壁際に本が並んでいる。


 その部屋の四方にあるアーチの一つを進むと、次の部屋に続いていた。

 その先も、さらにその先も。本の部屋はどこまでも続いていた。


 どのアーチも同じ形をしていて、振り返っても入口がわからなかった。


「離れないでくださいね。本当に出てこられない人も珍しくありませんから」


 ロアは、迷いの森で迷った時のことを思い出した。

 それは恐怖だった。同時に穏やかな沈黙と、少しの高揚感。


 この図書館でなら、迷ってもいい。

 迷った分、きっと、別のことを見つけられる。


 ずっと、ここに居たい。


 ロアはこの世界に生まれて初めて、誰かのためじゃない願いを抱いていた。


 黄色の紋章の男は、とある一室で足を止めると、受験者たちを振り返った。


「さあ、どうぞ。自由に見て回って」


 受験者たちは少し戸惑いながらも、散り散りになって本を眺めた。


「見て、ルイス。あの本、村にもあった」


 ロアが本棚の一角を指さすと、ルイスはゆっくりと視線を移した。


「うん、あったね」

「でもなんか、雰囲気が違う。なんて言ったらいいのか、わからないんだけど」

「うん。ロアの言いたいこと、わかるよ。でも、どうしてかな。村ではあの本の隣に、薬草の本と昔話が並んでたね。でもここには地方の口承とか地誌が並んでる」


 ルイスの言葉に、ロアはすこし俯いて考えた。

 その様子を見たルイスが、また静かに口を開く。


「村の図書館は便利だった。だけど、〝この本を読みたい〟って思った時には、探すのが難しかったね」


 ルイスの言葉に、ロアはもう一度、本棚を見た。


「……そっか。おばあちゃんは、村の人たちに合わせてたのかも。暮らしに必要かどうかで本を分けていたんだ」


 ロアはそう言うと、一歩大きく下がって本棚全体を視界に収めた。


「うん。絶対そうだ。この図書館は、村のものとは全然違う。すごく探しやすい。同じ話がどこでどう違うのか。なにが同じでなにが違うのか。比べられるように、考えやすいように、並べてある」

「どうしてそんな風に並べる必要があるのかな?」


 ルイスの問いかけに、ロアは本棚を視界に収めたまま、大きく息を吸った。


「環境が、〝今知りたい〟を、殺さないように」


 黄色の紋章の男は、ほんの少しだけ口角を上げた。

 青い紋章の女は、肩越しに一度だけ二人を振り返る。

 緑の紋章の女は興味がなさそうな顔で、視線だけを二人に向けた。

 赤い紋章の男は欠伸を噛み殺し、歩みを止めた。


「そろそろ、次に行こうか」


 黄色の紋章の男に促され、本の部屋を抜けて、広間を通り過ぎた受験者たちは、図書館の外に出た。


「お疲れ様でした。これで四つの課の施設案内は終わりです。次は魔法試験に移ります」


 まだ図書館に居たかった。

 そう思うロアの気持ちは、これからが本番だという受験者たちの雰囲気に呑み込まれた。


「魔法を発動させたことがある人はこっちー」


 赤い紋章の男は手を挙げて、受験者たちから距離をとる。

 彼に続いて、ぞろぞろと受験者たちが移動した。


「あとでね、ロア」


 ルイスはそう言い残して、赤い紋章の男の元へ移動する。

 ロアの周りには、数人の受験者が残っていた。


「どんだけ小さな魔法でも、今はもう使えなくてもいい。とにかく魔法が使えた事があるヤツはこっちだ」


 残っていた数人は、安堵の息を漏らして赤い紋章の所へ移動する。


 心臓がバクバクとなっていた。

 周りに、誰もいない。


 受験者の中で魔法を使えないのは、自分一人だけ。


「じゃ、行くぞ~」


 赤い紋章の男は、ロア一人が残ったことなど気にも留めず、クロスロードの方へ歩く。

 ロア以外の受験者たちは、彼について行った。

 黄色の紋章の男、青い紋章の女、緑の紋章の女、そしてロアの沈黙。


「魔法が使えないのは、君だけだったね」


 黄色の紋章の男の言葉が、ロアの胸をグサリとさす。


「……そうみたいですね」


 ロアが蚊の鳴く様な声で返事をすると、青い紋章の女が薄く笑った。


「落ち込まなくて大丈夫よ。面接試験、頑張ってね。でもその前に、一緒に魔法試験を見にいきましょう」


 青い紋章の女は、穏やかで凛とした声でそう言うと、踵を返した。

 緑の紋章の女は、興味無さげにクロスロードの方へと歩きながら口を開く。


「行くぞ」

「僕たちはいいや。魔法試験」


 黄色の紋章の男はそう言うと、ロアへ視線を移して小首をかしげた。


「他人の魔法自慢なんて見ても、なにも面白くないよねー?」


 ロアはそこで初めて〝僕たちはいいや。魔法試験〟の〝僕たち〟の部分に自分が含まれていることを知った。


 緑の紋章の女はやはり興味が無さそうに歩き出し、青い紋章の女は「それじゃあ、後でね」と言い残して、緑の紋章の女を追った。


「えっ、私はどっちに……!?」

「僕と一緒にいればいいんだよ」


 ロアは遠くなる二人の女性に叫んだつもりだったが、返事をしたのは黄色の紋章の男だった。


 え、これからこの人と二人きり……?

 そう思いながら横顔を見る。彼は薄く笑ってクロスロードの方を見ていた。


 穏やかなのに、笑顔の裏に危険な香りがある。しかしその危険は、強い意思のもとで完璧に制御されているように思えた。


「さて。君は今日、なにに心が動いたかな」


 黄色の紋章の男は、クロスロードから視線を逸らすと、ロアを見て薄く笑う。


「君は、どこに行きたい?」


 そう問いかけられると、ロアは彼への疑念をひとまず脇に置き、今日見たものを頭の中でなぞった。


「もう一回、図書館に行きたいです」


 黄色の紋章の男は笑顔を浮かべ、脇へよけた。

 そして、劇場の案内人のように、片手で背後の図書館へ続く道を示す。


「どうぞ。案内するよ」


 ひとりだけ魔法が使えなくて落ち込んでいたのが嘘のようだ。

 胸の奥が静かに熱を持っていく。

 不安が消えたわけじゃない。でも今は、図書館へ戻れることの方が嬉しかった。


 黄色の紋章の男に連れられて、ロアは再び図書館の中に入った。

 机が並ぶ通りを通り過ぎて、アーチの先の部屋へ。


「なにか知りたいことがある?」

「ラミアが知りたいです」

「……へえ、そう」


 黄色の紋章の男は含みを持ってそう呟いた。

 それっきり二人は何も喋らないまま、前へ、左へ。

 同じ景色の本棚ばかりの部屋を、いくつも通り過ぎた。

 きっともう、一人で外に出る事は出来ないだろう。


 黄色の紋章の男だけが頼りだった。

 本の森を進む。

 それは、不思議の国に誘われているような、腹の奥を握りしめられるような高揚だった。


 たどり着いた区画は、外壁のすぐ側にあった。

 正面の細長い出窓の側には、クッションと本が重ねてある。


 両端の壁には、本棚が並んでいた。

 ロアはその本を視線でなぞった。


 〝夜を渡る蛇〟

 〝人を喰らう女〟

 〝彼女を愛した末路〟

 〝聖女と呼ばれた魔女〟

 〝境界神話としてのラミア〟

 〝ラミア口承集〟

 〝その名はラミア〟


「もしかして、ここにある本、全部、〝ラミア〟の本?」

「そうだよ」


 伝記から小説まで、村にたった一冊しかなかった本が、ここには読み切れないほどある。


「村にはラミアに関わる本は、一冊しかなかったのに」


 ロアはとある一冊で視線を止めた。

 〝蛇を従える魔女――ラミア伝説I〟。

 心臓が大きくなった。その隣には、〝蛇を従える魔女――ラミア伝説Ⅱ〟。


 ずっと読みたいと思っていた本が、すぐそばにある。

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