08:騎士という仕事
前庭の石畳。
青い屋根。
石造りの白い外壁。
青いマークを辿った先の建物は、マーテル城や戦闘防衛課と同じ、〝マーテルの色〟をしていた。
しかし、この区画の外壁は、透き通るように白い。
中央のガラスドームに、光が薄く揺れている。
噴水の水盤には、頭ほどの球体がいくつか浮かんでいる。金属のような球体は、落ちる水滴を受けて、規則正しく震えた。
「ここは、魔法研究課です」
青い紋章の女はそう言った。
彼女と同じ紋章をつけた騎士たちが、庭や全面ガラス張りの廊下を歩いているのが見える。
ロアはまるで、現代の科学館を見ている気分になっていた。
今までこの世界で見てきた景色とは、全く違う。
「ここでは日々、魔法を研究しています。みなさんが日常生活で使う〝魔法石〟は、全て、ここで作られています」
建物に近付くと、正面の入り口が自動で開いた。
ドアには、魔法石が埋め込まれている。
建物の中は、一階から上層部まで、全て吹き抜けになっていた。
一角には、科学館のおみやげコーナーのような、開けた売店がある。
なにに使うのかもわからない、様々な魔法道具が並んでいた。
青い紋章の女は売店を見る受験者たちを見て、口を開いた。
「魔法研究課は、他の課に魔法道具を提供しています。入口の自動ドアは、先ほど説明があった配置魔法。歴史保全課の力を借りて動いています」
それぞれの課が、自分の持つ技術を惜しみなく提供する。
騎士の世界はもしかすると、マーテルの城下町のように冷たくはないのかもしれない。
受験者たちは青い紋章の女に連れられて、二階に上がり、トンネルのような渡り廊下を歩いた。
渡り廊下を過ぎると、両端にガラス張りの部屋が並んでいた。
「ここは研究室。みなさんの身に着けている魔法石、私たちは〝加工石〟と呼びますが、それはここで作っています」
白い壁、白い床の研究室にいる研究者たちは、廊下が騒がしくなっても表情一つ変えず石を見つめている。
「加工石は、簡単に言うと粉砕して、混ぜて、定着させて作られています」
ロアは人差し指を飾る指輪を見た。
正八面体の石がはめ込まれた指輪。
どこから来たかなんて、考えたこともなかった。
常に側にあって、生活に必要不可欠なものだったから。
蝋燭やランプに一つずつ火をともすのが面倒だから、魔法石をかざして火をつける。
井戸の水をすくうのが面倒だから、魔法石をかざしてロープを引く。
生まれてから今まで、それがこの世界の当たり前だった。
だからこの世界に、こんな〝現代的〟な場所があるなんて、少しも考えたことがなかった。
二度目の人生では感じたことのない感覚だ。
しかし三度目の人生では何度も、こう思った。
――この世界を、もっと知りたい。
ロアのそんな考えは、すぐに逸れた。
視線を感じて振り返ると、黄色の紋章の男と目が合った。
黄色の紋章の男は、ロアと目が合うと、人懐っこい笑顔を浮かべる。
施設案内開始前に目が合って、議論がしたいと言われ、今、また目が合っている。
しかも、彼は目をそらさない。それどころか、笑顔を向けている。
なんで。という疑問に仮の答えがあっさりと導き出された。
――もしかしてこの人、私のこと好きなの?
我ながら馬鹿らしく、なんなら恥ずかしくすらなって、その考えを打ち消した。
次に思いついたのは、〝彼と知り合い〟という線。
しかしすぐにそんなはずないと思い直した。
前世の現代社会じゃあるまいし。
トアルの村でしか生活していないんだから、騎士に知り合いがいるはずない。
いや、一人だけ知っている。
ベルトラード公爵がシェルを連れ戻しにトアルの村へ来たとき、付き添った騎士。
ロアは笑顔を向ける黄色の紋章の男をまじまじと見た。
彼はミルクティーのような甘い髪の色に、甘く綺麗な顔立ちだった。
もしも髪色を変える技術がこの世界にあるのだとしても、あのとき村に来た騎士とは顔立ちが違いすぎた。
――もしかして、弄ばれてる?
その答えが現状に一番近い気がしたロアは、弄ばれて堪るかという気持ちで、しかし最低限の礼儀だけ残して、黄色の紋章の男に軽く頭を下げて視線を逸らした。
受験者たちは魔法研究課を後にして、またクロスロードを歩いた。
次は緑のマーク。医療推進課へ移動した。
医療推進課は、大聖堂のような見た目をしていた。
細い屋根がいくつも空を向いていて、いたるところに緑が植えられている。
クロスロードの方から、騒がしい声が聞こえてきた。
何事かと視線を向ける受験者たちを見向きもせず、緑の紋章の女は大聖堂のような場所を指さして言った。
「この医療推進課は、他の課に医療を提供している。任務中に怪我をして運び込まれるのがここだ」
騒がしいクロスロードの方向から現れたのは、緑の紋章をつけた騎士たち。
彼らが囲む担架には、赤い紋章をつけた男が横たわっていた。
男は、取れかけた血だらけの腕を抑え、うめき声をあげている。
「だから戦闘防衛課と関わる機会が多いな」
受験者たちはみな、グロテスクな光景に顔を歪ませ、息を詰めていた。
そんな彼らをよそに、緑の紋章の女は自分の隣を通り過ぎる怪我人を視線で追ったあと、顔だけを受験者の方へ向けた。
「お前ら。腕や足が落っこちることがあったら、ちゃんと拾って来いよ。簡単に生やせると思ってるバカが多すぎる」
任務で腕や足が落ちることがあるのだろうか。
ロアは急に、騎士になることが恐ろしくなった。
「あれが薬草園だ」
緑の紋章の女が指さす先は、大きなガラスのドーム。
受験者たちはガラスドームの中に入った。
中は温室になっていて、うとうとと居眠りをしたい心地よさだ。
「魔法薬をつくるときに必要な薬草は、ここで育ててる。ちなみに、治験は随時大歓迎だ」
受験者たちは自分が標的にならないように息をひそめ、医療推進課を後にした。
クロスロードを抜けて、最後の課へ向かう。
受験者たちは、黄色いマークの先へ案内された。
「ここは、歴史保全課」
『絶対学者向きだよ。歴史保全課にいそうだもん』
図書館でそう言ったシェルの言葉を思い出す。
ここが、シェルの言っていた、歴史保全課。
「国の歴史を守っている場所です。歴史の研究、破れた本や絵画の修繕。配置魔法を専門に扱っているのも、この課です」
分厚い石壁の内側に、アーチの回廊と中庭が幾重にも噛み合っている。
所々を覆う緑。
時代を閉じ込めた、石の箱のような中庭。
歴史保全課は、まるで時代を経て増築された遺跡のようだった。




