町の散策と勇者一行
修行を終えた午後。
四人はイザナに連れられ、町へ出ていた。
通りの両側には、いくつもの店が並んでいる。
木箱に積まれた野菜。
氷の上に並べられた魚。
吊るされた肉。
樽に入った酒。
服や日用品を扱う店もあり、道を歩く人々がそれぞれの店先で足を止めていた。
テン、タケミ、フレイの三人は、そんな町の様子を珍しそうに眺めている。
三人とも、人間がどのような暮らしをしているのかという知識は持っていた。
けれど、それはあくまで知識だ。
こうして実際に人々が暮らす町を歩くのは、三人にとって初めてだった。
「すごい……」
フレイが足を止める。
店先に並んだ商品を目を輝かせながら見つめていた。
テンも、店員と客が交わす何気ない会話に耳を傾ける。
商品を手渡し、代金を受け取り、また別の客に声をかける。
そんな当たり前の光景が、テンには新鮮だった。
その時――。
「あの魚、でっけー!」
突然、タケミが声を上げた。
指差した先には、店先に並べられた大きな魚がある。
「イザナ、あの魚買ってくれ!」
「そうだな。昨日は肉だったし、今日は魚にするか」
「本当か!」
あまりにもあっさり了承され、タケミの顔がぱっと明るくなる。
そのまま魚へ駆け寄り、目の前まで行ってじっくり眺め始めた。
「そんなに魚が気になるの?」
「だって、でかいだろ!」
テンが苦笑する。
その隣では、フレイが別のものに目を奪われていた。
八百屋の店先に並べられた、丸く赤い果物。
「あ……」
フレイの視線が、林檎から離れない。
「どうした?」
イザナが気づいて声をかける。
「林檎が食べたいです……」
「林檎か。じゃあ買うか」
「はい!」
フレイの表情が一気に明るくなる。
イザナは人数分の林檎を買うと、フレイへ手渡した。
フレイは両手で林檎を受け取り、大切そうに胸元へ抱える。
「ありがとうございます、お師匠様」
「気にすんな」
「ふふっ」
嬉しそうに林檎を眺めるフレイを見て、テンも自然と頬を緩めた。
四人はそのまま町の中を歩いていく。
しばらくして、テンは周囲を見渡しながら口を開いた。
「イザナさん。昔は、この町ってもっと栄えていたんですよね?」
「ああ」
「やっぱり衰退したのって、十年前の出来事のせいですか?」
「そうだな」
イザナは前を向いたまま答える。
「世界の人口もだいぶ減ったし、文明も衰退していった」
その声には、いつもの軽さがなかった。
「今じゃ、人が住んでいる町も十ヶ所ぐらいだ」
「……十ヶ所」
テンの足が、ほんの少しだけ鈍る。
世界中に人が暮らしている。
テンは、どこかでそんなふうに考えていた。
けれど実際には――人間が暮らしている町は、たった十ヶ所ほどしか残っていない。
イザナの視線が、町の外へ向いた。
何かを思い出しているのか、その表情がわずかに険しくなる。
テンはそれ以上、何も聞けなかった。
「……聞かないほうがよかったかもしれません」
小さく呟く。
イザナは何も答えなかった。
四人は再び歩き始める。
町では、人々が普段と変わらない様子で生活していた。
店を開き、商品を並べ、客と話す。
子供たちが道を走り、大人たちがそれを横目に見ながら笑う。
町だけを見ていれば、平和な日常そのものだった。
けれど――。
少し町の外へ目を向ければ、その光景は一変する。
崩れた壁。
砕けた石。
地面に散らばった残骸。
十年前の侵攻によって壊された建物の瓦礫が、今もそのまま残されている。
テンは足を止めた。
目の前に広がる光景を、黙って見つめる。
人々は今を生きている。
店を開き、買い物をし、笑っている。
それでも、この場所には十年前の傷跡が残ったままだった。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
――どうして。
自分たちの産みの親は、この世界がこんな状態になるまで何をしていたのか。
そんな思いが浮かぶ。
けれど、すぐに別の言葉が頭をよぎった。
産みの親が、何度も口にしていた言葉。
――私達が人類に干渉しすぎるのは、人類の成長を妨げるから良くない。
それが神としての在り方なのだと教えられてきた。
人類が自分たちの力で歩んでいくために、神が必要以上に手を出してはいけない。
テンも、その教えは理解しているつもりだった。
けれど――。
それなら、なぜ自分たちは地上へ来たのだろう。
地球を守るため。
そして、修行のため。
そう聞かされている。
けれど、異世界から来る魔物を倒して人間を守ることは、人類への干渉にはならないのだろうか。
守るべきなのか。
それとも、見守るべきなのか。
テンは答えを出せないまま、瓦礫を見つめていた。
神としての役割。
そして、人間を守りたいという気持ち。
二つの思いが胸の中でぶつかっていた。
「テン、どうしたんだよ?」
突然、タケミの声が聞こえた。
テンが顔を上げる。
いつの間にか、タケミとフレイがすぐ近くまで来ていた。
二人とも、不思議そうにテンの顔を覗き込んでいる。
「……ちょっとね」
テンは小さく笑って誤魔化した。
「何を考えてたんですか?」
フレイが首を傾げる。
「町のことよ」
「そうですか?」
「ええ」
テンは、それ以上何も言わなかった。
神として抱えている迷いを、ここで話すつもりはない。
それは今、自分の中だけにしまっておく。
四人は再び町の散策を続けた。
しばらく歩いていると――。
「おーい! イザナ!」
前方から、元気な声が飛んできた。
三人組がこちらへ向かって歩いてくる。
その中の一人――ホワイトゴールド色のショートヘアをした女の子が、真っ先にイザナへ駆け寄った。
「るりちゃんが帰ってきたよ!」
そのまま勢いよくイザナへ飛びつく。
「おー、お前ら帰ってきたか」
イザナは特に驚く様子もなく受け止めた。
「ただいま帰りました、イザナさん」
後ろにいた男性が、礼儀正しく頭を下げる。
「帰ってきたよ」
もう一人の女性は、軽い調子で手を振った。
三人を見たテンたちは、揃って首を傾げる。
誰なのだろう。
イザナなら紹介してくれそうだが――。
テンは、ちらりとイザナを見る。
すぐに考えを改めた。
この人の性格なら、自分から紹介するのを面倒くさがりそうだ。
「イザナさん、この人たちは?」
テンが尋ねる。
「こいつらが、異世界から帰ってきた勇者一行とかいうやつだ」
「えっ?」
三人の声が重なった。
異世界から帰ってきた勇者。
その言葉だけで、テンたちの興味が一気に引き寄せられる。
すると、イザナへ飛びついていたるりが三人を見た。
「イザナ、この子達誰? 私達がいるのに浮気したの?」
「浮気も何も、そんな関係じゃねぇだろ」
イザナは呆れたように返す。
「それと、三人は俺のただの弟子だ」
「ふーん」
るりは頷くと、テンたちをじっと眺め始めた。
まるで品定めでもするような視線に、テンは少しだけ姿勢を正す。
後ろにいた二人も、興味深そうに三人を見ていた。
「イザナさんが弟子を取るとは、なんか意外ですね」
「そういうの、面倒くさがりそうなのにね」
「うるせぇな」
イザナが眉を寄せる。
そのやり取りを見て、テンは思わず小さく笑った。
どうやら、この三人もイザナの性格をよく知っているらしい。
そんな中、テンが先に口を開く。
「はじめまして。私はテン、こっちがタケミで、こっちがフレイよ」
自己紹介を終えると、今度は三人へ視線を向ける。
「あなた達は?」
最初に男性が答えた。
「俺の名前はゆうきだ。さっきイザナさんから紹介された通り、異世界帰りの勇者一行だ」
続いて、るりが笑顔で名乗る。
「私はるり。よろしくね」
最後に、帽子を被った少女が口を開いた。
長い黒髪が肩から流れ、その姿はいかにも魔法使いといった雰囲気をしている。
「あんなよ。よろしく」
「よろしくお願いします」
テンが笑顔で頭を下げる。
タケミとフレイも続いた。
こうして、テンたちは勇者一行と出会った。
その後、四人は家へ戻る道を歩きながら、三人の話を聞いた。
彼らは異世界へ行き、そこで戦いを終えて帰ってきた。
しかし――。
帰ってきた世界は、自分たちが知っている世界とは全く違っていたという。
人の数も違う。
町の様子も違う。
戻ってこられたこと自体は喜ばしい。
だが、帰るべき場所に帰れたわけではなかった。
そんな彼らが困っていたところを、イザナが助けたらしい。
それ以来、イザナに懐き、一緒に行動することも多くなったそうだ。
「今回も近くの町へ用事があって、イザナさんを誘ったんだけどね」
るりが楽しそうに笑う。
「面倒くさいって断られたから、三人で行ってきたの」
「お前らだけで十分だろ」
イザナが面倒そうに返す。
「まあ、そうなんだけどね」
るりは笑った。
そのやり取りを聞きながら、テンは隣を歩くイザナへ目を向ける。
確かに、この人は面倒くさがりだ。
修行では容赦がない。
口も悪い。
けれど――。
困っている人間を放っておくことはしない。
異世界から帰ってきた彼らを助けたのも、きっと同じなのだろう。
テンは、隣を歩くイザナを見つめた。
ほんの少しだけ、その印象が変わっている。
――面倒くさがりだけど、基本的には面倒見が良い人なんだ。
そんなことを思いながら、テンは仲間たちとともに家へ向かった。




