焼き肉と今後の憂い
町へ戻ったイザナたちは、そのまま家へ向かった。
今回持ち帰ったミノタウロスは、イザナたちとツクヨたちで二頭ずつ。
四頭もの巨体が家の前に並ぶと、いつもの景色まで少し窮屈に見える。
イザナはミノタウロスを眺めながら、テンへ声をかけた。
「テン、こいつら捌けるか?」
「はい、捌けます。すぐにやりますね」
「じゃあ頼むわ」
テンは袖をまくると、ミノタウロスの身体へ近づいた。
大きな身体を前にしても、ためらう様子はない。
包丁を手にすると、肉の付き方を確かめるように目を走らせ、慣れた手つきで刃を入れていく。
ザクッ。
肉を切る音が、静かな家の前に響いた。
「凄いです、テン姉……」
隣で見ていたフレイが、目を輝かせる。
「これくらい出来ないと、みんなのお腹を満たせないからね」
テンは笑いながら、手を止めない。
大きな身体から肉を切り分け、食べられる部分とホルモンを手際よく分けていく。
タケミは少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
「テン、そんなに早く捌けるのかよ」
「タケミ、口だけじゃなくて手伝ってよ」
「……分かったよ」
渋々ながらも、タケミはテンの隣へ移動した。
「ここ、どうすればいい?」
「そこを押さえて。そう、そこ」
「こうか?」
「うん。ちゃんとできてるよ」
「最初からできるって言ってんだろ」
「はいはい」
テンが小さく笑う。
タケミは少しむっとした顔をしながらも、黙って作業を続けた。
やがて四頭のミノタウロスは、焼き肉用の肉やホルモンへと姿を変えていった。
「よし!」
イザナが手を叩く。
「仕切り直しといくか!」
「そうね」
ツクヨも笑う。
さっきまで戦場だった町は、今度は焼き肉の準備で賑わい始めた。
炭が赤く燃え始める。
網の上へ肉が並べられると――。
ジュウウウウッ!
肉から脂が落ち、炭がパチパチと弾けた。
白い煙と一緒に、香ばしい匂いが辺りへ広がっていく。
「いい匂いです……」
フレイが鼻をひくひくさせながら、網へ顔を近づける。
「まだ焼けてないでしょ」
テンが笑う。
「分かってるです」
そう答えながらも、フレイの視線は肉から離れない。
タケミも同じだった。
「早く食べようぜ!」
「だから、まだ焼けてないって」
「分かってるって!」
そう言いながらも、タケミは網の前から一歩も動こうとしない。
戦いの後で腹を空かせているのは、どうやら全員同じらしい。
肉の表面に焼き色がつき、脂がじゅわっと浮き上がる。
「そろそろいいですよ」
テンが肉を取り分ける。
「いただきます!」
待ちきれないように、皆の箸が一斉に伸びた。
「うまい!」
タケミがカルビを頬張る。
「美味しいです!」
フレイも負けじと肉を頬張った。
花子とくいなも夢中になって肉を食べている。
タマはツクヨの隣にちょこんと座り、焼き上がった肉をもらっていた。
「熱いから気をつけてね」
ツクヨが肉を冷ましてから、タマへ渡す。
「うん」
タマは嬉しそうに肉を食べた。
その様子を眺めながら、イザナは酒を口へ運ぶ。
「……やっぱり戦いの後の酒はうまいな」
「イザナさん、それは何を飲んでいるんですか?」
テンが興味深そうに尋ねる。
「これか? ビールだ」
「ビールですか?」
テンが瓶を覗き込む。
「異世界帰りの連中が作り方を広めたらしい」
「へえ……。美味しいんですか?」
テンの目が輝いた。
「飲んでみるか?」
「はい!」
テンは嬉しそうに答えると、イザナから瓶を受け取った。
コップへ注ぐ。
シュワッ――。
泡が白く盛り上がった。
テンは少しだけ口をつける。
「……苦い」
眉がきゅっと寄る。
けれど、すぐにもう一口。
「……でも、美味しいかもしれません」
今度は焼き肉を一口。
その後に、もう一度ビールを口へ運ぶ。
「これ、お肉に合いますね。口の中の脂がすっきりします」
「お、テンは分かる口だな」
イザナが楽しそうに笑った。
テンは見た目だけなら、中学生ほどの少女にしか見えない。
普通なら、そんな少女が酒を飲んでいる姿に驚くだろう。
だが、テンは神の子だ。
見た目とは違い、何百年も生きている。
そのため、酒を飲むこと自体に問題はない。
そもそも、この時代の地上には飲酒を禁止する法律も存在していなかった。
「テン、大人みたいなこと言ってるな」
タケミがからかう。
「タケミも飲んでみる?」
テンがビールを差し出す。
「……いや、やめとく」
「ふふっ、怖いの?」
「違う!」
テンが楽しそうに笑う。
フレイも二人のやり取りを見ながら、くすくすと笑っていた。
そんな賑やかな時間が、しばらく続いた。
けれど――。
「なあ、ツクヨ」
イザナの声が少し低くなった。
それまで笑っていたツクヨも、箸を止める。
「今日のこと、どう思う?」
「一日に二度も異世界から攻めてくるなんて、確かに変ね」
ツクヨの表情から、先ほどまでの柔らかさが消える。
「一日に二回って、そんなに珍しいんですか?」
テンが尋ねる。
「今までは、七日に一度くらいだったわ」
「七日に一度……」
テンの表情が曇る。
フレイも箸を置き、イザナを見る。
「何かの前触れかもしれないな」
イザナが空になったコップを置く。
「けど、今から考えても仕方ねぇ」
そう言って、イザナは三人へ視線を向けた。
「お前らはまだ弱い」
「……」
三人とも、何も言い返せなかった。
今日の戦いで、それは自分たち自身が一番よく分かっている。
オークには苦戦した。
ミノタウロスとの戦いでは、タケミが何度も攻撃をかわしながら、ようやく一体を倒した。
テンとフレイも、二人で力を合わせてスライムを倒した。
それなのに――。
イザナは竹刀一本で、魔物を次々と斬り伏せていた。
その差は、あまりにも大きい。
テンは膝の上で手を握った。
「だから明日からだ」
イザナがニヤリと笑う。
「強くなれるよう、三人ともビシバシ鍛えてやる」
「本当ですか!」
テンが身を乗り出す。
「私、もっと強くなりたいです!」
フレイも杖を握りしめる。
「私も頑張るです、テン姉!」
「うん。一緒に頑張ろうね」
テンはフレイの頭へ手を伸ばし、優しく撫でる。
タケミも拳を握った。
「俺だって……絶対強くなる」
テンがタケミを見る。
「タケミ、明日から大変だよ」
「分かってるよ、テン」
「途中で泣いても知らないからね」
「泣かねぇよ!」
「ふふっ」
テンが笑う。
タケミは少し顔を赤くして、ぷいっと顔を逸らした。
「絶対、泣かねぇからな……」
その横で、フレイが二人を見ながら嬉しそうに笑っている。
「強くなれば、みんなを守れるです」
「そうですね」
テンが頷く。
イザナはそんな三人の顔を順番に眺めると、満足そうに笑った。
「よし、その意気だ」
その日の夜。
町のあちこちから、まだ人々の笑い声が聞こえていた。
今日も魔物を倒した。
そして、その魔物を肉にして食べた。
それが、この世界では当たり前の日常になっている。
けれど――。
今日は、いつもとは少し違った。
異世界からの侵攻が、一日に二度も起きた。
今までは七日に一度。
それが、今日は二度。
「何かの前触れかもしれない」
先ほどのイザナの言葉が、テンの頭に残っていた。
何が起こるのかは分からない。
けれど、今の自分たちには、それを考えるより先にやるべきことがある。
テンは自分の手を見つめた。
今日の戦いで、何度も思い知らされた。
まだ足りない。
もっと強くならなければならない。
「強くなろう」
小さく呟く。
隣では、フレイが眠そうに目をこすっていた。
タケミも黙ったまま、自分の剣へ視線を落としている。
三人の前には、明日から始まる修行が待っている。
イザナの弟子として。
そして、神の子として。
三人はそれぞれの思いを胸に、夜の町を眺めていた。




