師匠がいる町を目指して
魔物の村を後にした一行は、北へ向かって荒野を歩いていた。
キングオークとの戦いを終え、魔物の卵も焼き払った。
今、一行が目指しているのは――師匠のいる町だった。
しばらく歩くと、荒野の向こうに山々が見えてきた。
青く霞む山々が、乾いた大地の先に連なっている。
その山を見上げながら、イナミが歩く速度を少し緩めた。
「ここから山道だ」
そう言って、イナミは進む方向を変える。
一行もその後に続いた。
荒野を抜け、山へ続く道へ入る。
緩やかな坂道を進むにつれて、周囲の景色が少しずつ変わっていった。
乾いた大地に代わり、道の両脇を木々が囲み始める。
頭上では葉が風に揺れ、その隙間から差し込む陽の光が、地面にまだらな影を落としていた。
先ほどまで魔物と戦っていた荒野とは違い、山道には穏やかな風が流れている。
一行はそのまま坂道を上っていった。
曲がりくねった道を抜けても、イナミは一度も迷うことがない。
分かれ道が現れても足を止めず、慣れた足取りで先へ進んでいく。
やがて、木々の向こうから明るい光が差し込んできた。
その先が開けている。
「見えてきた」
イナミが足を止めた。
その声につられて、一行も前方へ視線を向ける。
木々の隙間から見えたのは、山々に囲まれた町だった。
家々が並び、その間を人々が行き交っている。
店先には商品が並び、通りからは人々の話し声が聞こえてくる。
荒野を歩き続けてきた一行にとって、その光景はひどく穏やかなものに見えた。
「山の中に、こんな町があるんだ……」
あんなが、眼下に広がる町を見つめながら呟く。
「師匠はここに住んでる」
イナミが答えた。
その声には、ここへ戻ってきたことへの安堵が滲んでいた。
一行は町へ向かって歩き出す。
入口を抜ける。
町の中には、イナリが張った結界がある。
町そのものを包み込むように張られた、強固な結界だ。
魔物が近づいたとしても、この結界によって町の中へ入ることはできない。
外の荒野とは違い、町の中では人々がいつも通りの暮らしを続けている。
道を歩く者。
店先で話をする者。
そんな人々の間を抜けながら、イナミたちは町の奥へ進んでいった。
やがて、見慣れた道へ差しかかる。
その角を曲がったところで――。
「イナミ」
声が聞こえた。
イナミの足が止まる。
道の先に、一人の女性が立っていた。
穏やかな表情で、こちらを見つめている。
イナミはその姿を見た瞬間、わずかに目を細めた。
「師匠」
女性――イナリは、イナミへ向かって微笑んだ。
「おかえりなさい」
その声を聞くと、イナミはすぐにイナリの前まで歩いていった。
そして、深く頭を下げる。
「ただいま戻りました、師匠」
「うむ」
イナリは静かに頷いた。
「無事で何よりじゃ」
「はい」
短いやり取りを交わしたあとも、イナリはイナミの姿を見つめていた。
傷はないか。
無事に帰ってきたか。
まるで、弟子の姿を確かめるように。
やがて、イナリはそっと手を伸ばした。
その手が、イナミの頭に乗る。
「よく戻ってきたの」
「ありがとうございます」
イナミは何も言わず、そのまま大人しく撫でられていた。
普段、魔物を相手に一歩も引かない男とは思えないほど素直な姿だった。
その様子を見ていた仲間たちへ、イナリが視線を向ける。
「そなたたちも、よく来たの」
フレイたちは、それぞれ頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「うむ」
イナリは穏やかに頷いた。
そのときだった。
イナリの背後で、何かが揺れた。
ふわり。
白いものが、一つ姿を現す。
そして、もう一つ。
さらに一つ。
イナリの背後から、白い尾が次々と現れていく。
風を受けるたびに、柔らかな毛並みが陽の光を弾いた。
その数に気づいた一行の視線が、自然とそこへ集まっていく。
一つ。
二つ。
三つ。
数が増えていく。
そして――。
九本。
「……九本?」
思わず声が漏れた。
イナリは背後の九本の尾をゆっくりと揺らしながら、微笑んでいる。
まるで、その反応を楽しんでいるかのように。
「妾はイナリ。九尾の狐じゃ」
その言葉に、一行は目を見開いた。




