侵略拠点
巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
建物の屋根を越えて現れたその巨体に、テンたちは思わず足を止める。
五メートルは優に超えている。
太い腕。
丸太のような脚。
全身を覆う筋肉は、まるで鎧のように盛り上がっていた。
「オーク……?」
テンが呟く。
だが、あんなはすぐに首を横へ振った。
「違うわ。オークの上位種。キングオークよ」
「キングオーク?」
「ええ。普通のオークとは比べ物にならないくらい強いはずよ」
あんながそう言った直後だった。
キングオークの巨腕が、勢いよく振り下ろされる。
「――来る!」
鬼太郎が前へ出た。
両腕を交差させ、真正面から拳を受け止める。
ズドォンッ!
大地が揺れた。
「ぐっ……!」
鬼太郎の足が地面を削りながら後退する。
一歩。
二歩。
三歩。
それでも止まらず、数メートル先まで押し飛ばされた。
鬼太郎は腕を下ろし、痺れる両腕を軽く振る。
「……こいつ、かなり強いな」
その様子を見たイナミは、口元を吊り上げた。
「お前ら、あいつを倒してみろ」
「え?」
テンが振り返る。
「五人でやってみろ」
イナミが指差した先には、キングオーク。
その巨体は、まるでこちらを待ち構えるように立っている。
テンは眉を寄せた。
「イナミに命令されるのは癪だけど……やるか」
「私はやるわよ!」
るりが拳を握る。
「私もです!」
フレイも杖を構えた。
「やるしかねぇな」
タケミが剣を握り直す。
「援護は任せて」
あんなも構えを取った。
五人が、それぞれ距離を取る。
キングオークは唸り声を上げると、再び突っ込んできた。
「来るわよ!」
るりが真正面から迎え撃つ。
巨大な拳と、小さな拳がぶつかった。
「――っ!」
地面が大きく沈む。
るりは歯を食いしばりながら、キングオークの拳を押し返していた。
「今よ!」
あんなが手を掲げる。
「雷よ!」
轟音とともに雷が走り、キングオークの巨体へ叩き込まれる。
「グオオオオッ!」
キングオークが吠えた。
その巨体が僅かに揺らぐ。
「フレイ!」
「はい!」
フレイが手を前へ伸ばす。
「飛べです!」
次々と石が飛び出し、キングオークの身体へ叩きつけられていく。
巨体がよろめいた。
その隙を、タケミは見逃さなかった。
「今だ!」
タケミが地面を蹴った。
「うおおおっ!」
一気に距離を詰め、そのまま剣を振り上げる。
狙いは首。
刃が深々と突き刺さった。
「グオオオオッ!」
キングオークが咆哮し、巨体を大きく揺らす。
だが――倒れない。
「まだ生きてやがる!」
タケミが驚いて飛び退く。
キングオークの首には、タケミの剣が深く突き刺さったままだった。
そのままキングオークが拳を振り上げる。
「テン!」
るりの声に、テンも攻撃へ加わろうとする。
腰へ手を伸ばした。
だが――そこで動きが止まった。
「……あ」
「どうしたの?」
るりが振り返る。
テンは自分の腰を見下ろした。
いつもあるはずの剣がない。
「……私の剣、イザナに貸したままだった」
イナミが腹を抱えて笑い出す。
「お前、剣をイザナに貸したままだろ!」
「わ、忘れてただけです!」
テンの顔が一気に赤くなる。
「そんなことある!?」
るりまで呆れた声を上げた。
「うるさい! 今はそれどころじゃないでしょ!」
テンが叫ぶ。
その間にも、キングオークは拳を振り上げていた。
「危ない!」
るりが前へ出る。
振り下ろされた拳を、るりが真正面から受け止めた。
「ぐっ……!」
地面が沈む。
るりは歯を食いしばりながら、キングオークの拳を押し返す。
そして、その視線がキングオークの首へ向いた。
そこには、タケミの剣が突き刺さっている。
「……これなら!」
るりが拳を握る。
「せえええいっ!」
突き刺さった剣の柄を、るりが思い切り殴りつけた。
ガンッ!
剣がさらに深く食い込む。
「グオ……」
キングオークの身体が大きく揺れた。
そのまま巨体が、地響きを立てて地面へ倒れ込む。
「やった!」
タケミが拳を突き上げる。
その横で、テンは両手で顔を覆った。
「……最悪」
「テン姉?」
フレイが心配そうに覗き込む。
「……剣を貸したまま忘れてた……」
「テン姉、そんな事もたまにはあるです」
「たまにって……」
テンが顔を上げる。
頬はまだ赤い。
その様子を見て、タケミまで笑い始めた。
「はははっ! テンでもそんなミスするんだな!」
「タケミまで笑うな!」
「だって面白――」
「うるさい!」
テンが睨みつける。
「まあまあ」
ツクヨが苦笑しながら二人を宥める。
「イナミも、あまり笑ってあげちゃ駄目よ」
「……分かったよ」
イナミはそう答えながらも、口元にはまだ笑みが残っていた。
テンはそんなイナミを睨みつける。
――絶対に覚えておく。
そんな視線を向けられていることにも気づかず、イナミはキングオークへ目を向けた。
その時だった。
「……?」
タマが鼻を動かした。
「どうしたの?」
ツクヨが尋ねる。
タマは村の奥へ顔を向ける。
「……何かいる」
「何か?」
テンたちも一斉に視線を向けた。
タマが先頭に立ち、村の奥へ歩き出す。
その後を、全員が追った。
粗末な建物が並ぶ村の奥。
そこには、戦いの最中には気づかなかった場所があった。
「……何、これ」
テンの足が止まる。
そこにあったのは――大量の卵だった。
大小様々な卵が、地面に並べられている。
拳ほどのものから、人間の身体ほどもあるものまである。
中にはすでに割れているものもあった。
「魔物の卵ね」
あんなが呟いた。
「魔物の……卵?」
テンは周囲を見回す。
いくつもある。
数える気にもならないほど、大量に。
「……ここで、魔物を育てていたってこと?」
テンの声が低くなる。
ツクヨも険しい表情で卵を見つめた。
「その可能性は高そうね」
さっきまでの戦闘とは違う。
今、目の前にあるものは、この村がただ魔物の住みかだったわけではないことを示している。
ここで魔物を増やしていた。
そして――その魔物たちが、地球へ侵攻するために集められていたのだとしたら。
「……ここは、魔物の侵略拠点だったのかしら」
テンが呟く。
誰もすぐには答えなかった。
荒野は広く、もしここだけではなかったら。
「……卵は焼いた方がいいわね」
ツクヨが言った。
「そうですね」
あんなが頷く。
「フレイ、お願いできる?」
「はい」
あんなとフレイが前へ出る。
二人が魔法を放つ。
炎が卵の周囲へ広がった。
卵は次々と炎に包まれ、黒く焼けていく。
しばらくして、残っていた卵はすべて焼き尽くされた。
テンは、黒く焦げた地面を見つめていた。
さっきまで戦っていたキングオーク。
村の至る所に置かれていた武器。
そして、大量の魔物の卵。
それらを順番に思い返す。
「……やっぱり、ここは普通の魔物の村じゃない」
テンが呟いた。
誰も答えなかった。
だが、否定する者もいない。
「師匠に報告しないと」
イナミが言った。
「ええ」
ツクヨも頷く。
「急いで戻りましょう」
テンたちは頷いた。
その後、倒したキングオークを確認する。
「こいつ……食えるのか?」
タケミが巨大な死体を見上げる。
「食べられるなら、持って帰りましょう」
イナミが答えた。
「全部は無理だろ」
タケミが苦笑する。
「持てるだけ持っていくぞ」
こうして彼らは、キングオークの肉を食料として確保した。
魔物の村を後にする。
向かう先は――師匠のいる町。
そこで待つ師匠に、この村で見たものを伝えるために。




