魔物の村の戦い
荒野を進んでいたイナミ一行は、しばらくして前方に何かがあることに気づいた。
遠くに、いくつかの建物が見える。
周囲には木々もなく、見渡す限り荒れた大地が続いている。その中にぽつぽつと建物が並んでいる光景は、どこか場違いに見えた。
「……あれ、何かしら?」
あんなが目を細める。
さらに近づいていくと、建物の形がはっきりしてきた。
粗末な木材や石を組み合わせた建物。
人間の村に似ている。
だが――。
「……魔物がいるぞ」
イナミが呟いた。
村の周囲を、オークたちが歩き回っている。
それだけではない。
村の上空には、翼を広げたワイバーンが何体も旋回していた。
「魔物の村……?」
テンが足を止める。
荒野の中に、魔物だけが集まって暮らしている村。
今まで見てきた魔物とは、明らかに様子が違う。
しかし、考えている暇はなかった。
こちらの存在に気づいたのか、村の魔物たちが一斉にこちらを向く。
上空を飛んでいたワイバーンも、次々と高度を下げ始めた。
「来るわよ!」
ツクヨの声が響く。
その瞬間、一行が一斉に身構えた。
「タマ!」
「任せて!」
タマの身体が大きく膨らみ、化け猫へと姿を変える。
その背中へ、あんなとフレイが飛び乗った。
「落ちないようにしっかり掴まって!」
「分かってるわ!」
「はいです!」
タマが地面を蹴る。
ドンッ!
巨体が一気に跳ね上がった。
そのまま地面を駆け抜け、上空を旋回するワイバーンへ向かっていく。
「私からいくわ!」
あんなが杖を掲げる。
「風よ!」
ゴォォォッ!
杖の先から吹き荒れた風が、一気にワイバーンへ叩きつけられた。
「ギャアアア!」
横から強烈な風を受けたワイバーンの翼が大きく煽られる。
飛行の姿勢が崩れ、高度が落ちた。
「今です!」
フレイも杖を向ける。
「石よ!」
地面が弾けた。
飛び出した石の礫が、次々とワイバーンの翼へ突き刺さる。
「ギャッ!」
さらに高度を落としたワイバーンが、地面へ向かって落下していく。
「そこじゃ!」
くらまが扇を振る。
ビュオオオオッ!
風の刃が走った。
ワイバーンの身体を切り裂き、その巨体が地面へ落下する。
「山ばぁ!」
「任せるんじゃ!」
山ばぁが地面を蹴る。
落下してくるワイバーンへ一気に距離を詰め――。
包丁が閃いた。
ズバッ!
首が飛ぶ。
巨大な身体が地面へ叩きつけられ、砂埃が舞い上がった。
「よし!」
テンが声を上げる。
その一方――。
地上では、イナミたちがオークの群れへ突っ込んでいた。
「邪魔だ!」
イナミが刀を振る。
ズバッ!
一体。
さらに一体。
迫ってくるオークを、次々と斬り伏せていく。
「俺も負けねぇ!」
タケミも剣を握り締め、オークへ斬りかかった。
ザンッ!
剣がオークの腕を切り裂く。
「まだだ!」
タケミは足を止めない。
そのまま踏み込み、もう一度剣を振り抜いた。
今度はオークの胸を斬り裂く。
「倒した!」
タケミが声を上げる。
初めて自分の力でオークを倒した。
その喜びが、声にも表れていた。
「タケミ、油断しないで!」
テンが叫ぶ。
「分かってる!」
返事をした直後だった。
別のオークが、すぐ横から棍棒を振り下ろす。
「うおっ!」
タケミが咄嗟に横へ飛び退いた。
ドゴォン!
棍棒が地面へ叩きつけられる。
乾いた大地が大きくえぐれ、土煙が舞い上がった。
「危なかった……」
「ほら、言ったでしょ!」
「分かってるって!」
そんな二人の横を、イナミが駆け抜けていく。
「よそ見してる暇があるなら、次を倒せ!」
「分かってる!」
テンとタケミが同時に叫んだ。
その様子を見て、ツクヨが小さく笑う。
「ふふっ。仲がいいわね」
「どこがだよ!」
タケミが即座に反論した。
だが、そんなやり取りをしている間にも、戦いは続いていた。
ワイバーンは次々と地面へ落とされていく。
オークも、イナミたちによって数を減らしていた。
空と地上。
二つの戦場で、一行は着実に魔物を押し返していく。
やがて――。
最後のワイバーンが地面へ落ちた。
ズシンッ!
巨大な身体が砂埃を巻き上げる。
「終わったです?」
フレイが周囲を見渡す。
だが――。
「まだよ」
テンが村の奥を見つめていた。
何かがおかしい。
これだけ大きな音を立てて戦っている。
それなのに――。
村の奥から、魔物が一匹も出てこない。
「……おかしくない?」
「確かに」
ツクヨも眉をひそめる。
先ほどまで戦っていた魔物たちは、村の外側に集まっていた。
まるで――。
何かを守るように。
一行は警戒しながら、村の中へ足を踏み入れる。
そこには粗末な建物が並んでいた。
木材や石を組み合わせただけの簡素な建物。
人間の村に似ているようで、どこか違う。
建物の周囲には大量の武器が積まれていた。
剣。
槍。
棍棒。
その数は、この村に暮らす魔物だけが使うには多すぎる。
さらに、その近くには食料らしきものまで山積みにされている。
「これ……」
テンが積まれた武器に近づきじっと見つめる。
「戦うために集めているんじゃない?」
「そうみたいね」
ツクヨの表情が険しくなる。
村の奥へ進む。
誰もいない。
それなのに、戦いの準備だけは整っている。
まるで、この場所を使っている何者かが、今もどこかにいるようだった。
さらに村の奥へ進んだ時――。
「……あの歪みは」
テンが息を呑んだ。
視線の先。
空間そのものが、ぐにゃりと歪んでいる。
何もないはずの場所が、水面のように揺らいでいた。
「やっぱり……」
テンは歪みを見つめる。
以前、町の近くに現れたものと同じだった。
「ここは魔物が地球へ侵攻するための拠点なんだわ」
「侵攻拠点……」
タケミも周囲を見回す。
「じゃあ、ここから魔物が出てきてるのか?」
「可能性は高いわ」
ツクヨが答える。
「町の近くだけじゃなかった。荒野のあちこちに、こういう場所が作られているのかもしれない」
テンは唇を噛んだ。
もし本当にそうなら――。
今回の魔物の襲撃は、ただの偶然ではない。
異世界側は、少しずつ地球へ侵攻する準備を進めている。
「このことを師匠たちに伝えないと」
イナミが歪みを睨む。
「そうだな」
ツクヨも頷いた。
だが、その時だった。
――ドン。
地面が揺れた。
「……?」
全員の動きが止まる。
誰も言葉を発しない。
――ドン。
もう一度。
今度は、はっきりと分かった。
何かが歩いている。
しかも――。
村の奥から。
「何の音?」
フレイが不安そうに尋ねる。
イナミが刀を構えた。
「全員、下がれ」
低い声だった。
その声に、一行が一斉に後退する。
村の奥。
建物の向こうに、巨大な影が浮かび上がった。
大きい。
あまりにも大きい。
建物の屋根を軽々と越えるほどの巨体。
「……嘘」
テンの顔から笑みが消える。
影が一歩前へ出た。
ドンッ!
地面が大きく揺れる。
砂埃が足元から舞い上がった。
さらに一歩。
ドンッ!
その振動が、一行の足元まで伝わってくる。
やがて、巨大な影の姿が少しずつ明らかになっていく。
「なんだ……あれ」
タケミが呟いた。
イナミも刀を握る手に力を込める。
先ほどまで余裕を見せていたツクヨの表情からも、笑みが消えていた。
誰も動かない。
逃げることも、攻撃することもできない。
ただ、その巨大な存在を見上げている。
巨大な存在が、一行を見下ろしている。
そして――。
ゆっくりと、その口が開いた。
「侵入者か」
低く響いた声が、村全体を震わせる。
その瞬間。
一行は理解した。
ここにいた魔物たちは――。
ただの住民ではない。
この場所を守るために集められていたのだ。




