人類の底力
戦っていたイナミとゆうきが、イザナの姿に気づいた。
二人は悪魔を斬り伏せながら、イザナのもとへ後退してくる。
「おせぇぞ、イザナ」
「イザナさん」
「すまん。待たせたな」
三人が肩を並べる。
その中央に立ったイザナは、手にした剣へ視線を落とした。
テンから借りた剣。
柄を握り直す。
指に伝わる感触を確かめるように、ゆっくりと握り込んだ。
不思議なほど、手に馴染む。
まるで、ずっと昔から使っていたかのようだった。
イザナは静かに剣を振り上げる。
そして――。
「……」
上段から、一気に振り下ろした。
ズバァァァン!!
剣が空気を切り裂く。
その瞬間。
剣先から放たれた斬撃が、一直線に戦場を駆け抜けた。
射線上にいた悪魔たちの身体が、次々と真っ二つになる。
何体もの悪魔が、自分が斬られたことすら理解できないまま、力なく崩れ落ちていった。
ドサッ。
ドサッ。
ドサッ。
戦場に、一瞬だけ静寂が生まれる。
イザナは剣を見つめた。
「良い剣だ」
その声には、久しぶりに満足したような響きがあった。
十年前まで、イザナは真剣を使っていた。
愛用していた剣は、十年前の戦いで折れてしまった。
新しい剣を手に入れようともした。
だが――。
どれだけ探しても、以前の剣のように手に馴染むものは見つからなかった。
だからイザナは、仕方なく竹刀を使うようになった。
長年使い続けた竹刀は、完全に自分の身体の一部と呼べるほど手に馴染んでいる。
それで困ることもなかった。
これまでは。
だが、久しぶりに出会った。
竹刀では敵わないほどの強敵に。
そして今――。
偶然手にしたテンの剣。
握った瞬間に分かった。
この剣なら使える。
それどころか。
自分が探し続けていた剣は、これだったのかもしれない。
テンの剣は、神が創りし一本。
まだ力不足なテンでは、その剣が持つ力を十分に引き出せていなかった。
しかし――。
イザナが握った瞬間。
剣は、本来の力を発揮していた。
イザナは前を向く。
その先には、まだ無数の悪魔が蠢いている。
「イナミ」
「なんだ?」
「この剣なら、あいつとも互角に戦える」
イザナはファネールへ視線を向けた。
だが、その視線はすぐに周囲へ移る。
「だが、この数じゃ皆を守りきれない」
そして、イナミを見る。
「だからお前は、皆を連れて師匠の所まで行くんだ。それで、師匠にここでの事を伝えてくれ」
「俺が全員守ってやるよ」
イナミが言い返す。
だが、イザナは首を横に振った。
「ダメだ。数が多すぎる」
イザナは戦場を見渡す。
「ツクヨ達も戦い続けて限界だ」
続いて、治癒を受けているテンへ視線を向ける。
「それにテンも、俺を守ったせいで危ない状態だ」
低くなった声には、強い悔しさが滲んでいた。
「俺の代わりに皆を連れて師匠の所に行くんだ」
そして――。
「頼む。皆を死なせたくない」
イナミにも分かっていた。
この状況で、皆を守りながら戦い続けることがどれほど難しいのか。
それでも、イザナを一人残していくことには抵抗があった。
イナミは一度、後ろを振り返る。
そこには、戦い続けて体力の限界が近づいているツクヨ達。
治癒を受けているテン。
治癒のために力を使いすぎ、辛そうな表情を浮かべているフレイとあんな。
先ほど上位悪魔の攻撃をまともに受け、どうにか立ち上がったものの、下位悪魔の攻撃を防ぎきれず、今にも倒れそうなるり。
そしてタケミ。
大きな怪我はない。
だが、今の戦況では明らかに力不足だった。
まともに戦えるのは――。
イザナ。
ゆうき。
イナミ。
そして、後から来たツクヨの仲間三人。
他にも戦っている町の人たちはいる。
だが、皆、自分たちのことで精一杯だった。
イナミは皆の姿を見つめる。
しばらく黙ったまま、刀を握る手に力を込めた。
そして――。
覚悟を決める。
「イザナ、絶対死ぬなよ」
「ああ」
イザナが頷く。
「皆を頼んだぞ」
「分かってる」
それだけで十分だった。
イナミはすぐに皆のもとへ向かう。
皆も二人の会話を聞いていた。
それぞれがイナミに合わせ、戦場から離れる準備を始める。
その中で――。
「イザナさん」
ゆうきが足を止めた。
「俺は残ります」
イナミを見る。
「イナミさん、二人をお願いします」
「ゆうき、危なくなったら逃げろよ」
「はい」
ゆうきは残る。
イザナと共に戦うつもりだった。
イザナも、ゆうきの力は知っている。
だから、それを了承した。
「花子、くいな、クチミ。イザナを手伝ってあげて」
ツクヨが三人へ声をかける。
「任せて」
花子が答える。
「分かったわ」
くいなも頷く。
クチミも黙って頷いた。
「けど、危なくなったら皆を連れて逃げるのよ」
ツクヨにとっても、三人だけを残して退避するのは心苦しかった。
それでも――。
少しでもイザナの助けになれば。
そう思って三人に託した。
三人もイザナを仲間だと思っている。
だから、快く引き受けた。
それからツクヨは、おかっぱ姫とわらこを呼び戻した。
おかっぱ姫の城を避難場所にする。
そして、悪いことが起きないよう、わらこには城に残ってもらうことにした。
おかっぱ姫はぶーたら文句を言っていた。
だが――。
ボロボロになった皆の姿を見ると、残ることを決めた。
全員の準備が整う。
重傷のテンと、それを治癒するフレイとあんなは、タマが化け猫へ戻り、その背中に乗せてくれた。
他の皆も続く。
戦場から離れようとするイナミ達へ、下位悪魔が襲いかかった。
「行かせるか!」
イナミが振り返る。
ズバッ!
迫ってきた悪魔を一閃。
さらに襲いかかる悪魔も斬り伏せる。
その隙に、イナミ達は戦場から離れていった。
それを見送るイザナ達。
やがて全員が十分に離れたことを確認すると――。
イザナは剣を構え直した。
これで、心置きなく戦える。
再び、魔人と向き合う。
「今度こそ、お前を仕留める」
射殺すような目でファネールを睨みつける。
だが、ファネールは不敵な笑みを浮かべていた。
そして、イナミ達が去っていった方角へ目を向ける。
「お前と戦う前に、やっておく事がある」
ファネールが空へ向かって、大きな声を上げた。
すると――。
悪魔たちが現れていた空間の歪みが、さらに大きく揺らいだ。
そこから姿を現したのは――。
巨大なドラゴンだった。
大きく真っ赤な身体。
巨大な翼。
そして――。
「グォォォォォォォ!!」
大地を震わせる咆哮。
その姿を見た瞬間、イザナの脳裏に十年前の光景が蘇った。
十年前の戦いにも、このドラゴンは現れた。
そして、人類に多大な被害をもたらした。
ドラゴンが吐き出すブレスは強力だった。
一度に何百人もの人間を焼き殺したほどだ。
魔人ほどではない。
だが、それに近い強さを持っている。
「誰一人として逃がしはしない」
ファネールはドラゴンへ命令を下した。
イナミ達を追え、と。
ドラゴンが翼を広げる。
「……!」
その瞬間、イザナの表情が変わった。
下手をすれば、誰かが死ぬ。
そう判断した瞬間――。
イザナの身体が消えた。
否。
あまりの速さに、そう見えただけだった。
次の瞬間。
イザナは空へ浮かぶドラゴンへ剣を振り抜いていた。
ズバァァァン!!
神速の斬撃が空を駆け抜ける。
空を飛ぶドラゴンへ攻撃など、本来なら届くはずがない。
だが――。
ドサッ!!
ドラゴンの翼が切り落とされた。
翼を失った巨体が、空から真っ逆さまに落下する。
ドゴォォォン!!
大地が大きく揺れた。
「……なっ!?」
目の前で起きた出来事に、ファネールが驚愕する。
ドラゴンを知る町の人たちから、歓喜の声が上がった。
「やったぞ!!」
「ドラゴンを落とした!」
「すげぇ!!」
十年前、人類を苦しめた存在。
そのドラゴンを――。
イザナは一撃で地上へ叩き落とした。
「クソ……人間如きがドラゴンを落とすなんて……!」
ファネールが怒りに震える。
そして――。
「そこまでやるなら、本気で相手をしてやる」
ファネールの身体から、黒い霧のようなものが湧き上がった。
霧は全身を覆い尽くしていく。
身体が、ひと回り大きくなる。
筋肉が膨れ上がり――。
額から二本の角が生えた。
その姿を見ても、イザナは剣を構えたまま動かない。
ファネールが口元を歪める。
「ここまで本気にさせた男に敬意を表して、私の名前を教えよう」
黒い瞳がイザナを捉える。
「私は第五席、ファネールだ」
そして――。
「別に覚えなくていいぞ。今から殺すからな」
ズンッ!!
ファネールが地面を蹴った。
一瞬で距離が消える。
「ッ!」
イザナも迎え撃つ。
ガキィィィン!!
二人の剣が激突した。
衝撃が周囲へ弾ける。
ファネールの圧倒的な力が、イザナの身体を押し込んでいく。
だが、イザナは力比べをしなかった。
ファネールの剣が上段から振り下ろされる。
その軌道を見切る。
イザナは剣を滑らせるようにして受け流した。
ファネールの斬撃が地面へ流れる。
その瞬間――。
イザナが懐へ入り込んだ。
「なっ!?」
ズバッ!!
ファネールの腕が宙を舞った。
「ぐあああああっ!!」
ファネールが叫び声を上げ、切断された腕を押さえる。
イザナは止まらない。
そのまま、もう一撃を加えようと踏み込む。
だが――。
「グォォォォォ!!」
翼を斬られたドラゴンが怒り狂い、イザナへ向かって口を開いた。
「!」
ゴォォォォォッ!!
凄まじい炎が吐き出される。
イザナは大きく飛び退いた。
「チッ!」
炎をかわした隙に、ファネールが地面へ落ちた自分の剣を拾う。
そして、再び体勢を立て直した。
「イザナさん、大丈夫ですか?」
ゆうきが駆け寄る。
その後ろから花子たちも集まってきた。
さらに、町の人たちもイザナの周囲へ集まってくる。
イザナが戦う時は、基本的にツクヨや勇者一行と組むことが多い。
だが――。
他の町の人たちが仲間ではないというわけではない。
イザナが住んでいるのは小さな町だ。
だから、皆が顔見知りだった。
十年前の大戦から今日まで、同じ戦場で何度も共に戦ってきた者も多い。
その一人が、ニヤッと笑った。
イザナと同じくらいの年齢に見える、ヤクザ風の男だ。
「イザナ、今日はやけに手こずってるな」
男はドラゴンへ目を向ける。
「その魔人はお前の因縁の相手なんだろ? 譲ってやるから、ドラゴンは任せろ」
続いて、剣に雷を纏わせた男が口を開いた。
「子供達とツクヨ姫は、ちゃんと逃がしたようだな」
男は軽薄そうな笑みを浮かべながらも、その目には優しさがあった。
「良くやった、イザナ殿。この町に来たばかりの子供を、町の戦いに巻き込む訳にはいかないからな」
ツクヨは、その美しい容姿と、多くの妖怪を従えていることから、一部の者たちから「姫」と呼ばれている。
イザナが雷を纏った男を見る。
「お前も町に来て二、三年だろ。別に逃げたって文句は言わねぇぞ」
「何を言っている」
男は雷を纏った剣を掲げた。
「悪と戦うのが、雷電の勇者と呼ばれた俺の役目さ」
その言葉に――。
周囲の空気が変わった。
「若僧が偉そうに!」
「町は俺が守る!」
「雑魚処理は任せろ!」
「俺がドラゴンを殺る!」
次々と声が上がる。
普段は、それぞれが別々に戦っている。
だが、今は違う。
皆が同じ敵へ向かっている。
ゆうきが皆の言葉を代表するように、イザナへ告げた。
「イザナさん。露払いは僕達に任せて下さい」
イザナは周囲を見渡した。
いつもは滅多に力を合わせることのない町の人たち。
それが今――。
一丸となって、敵へ立ち向かおうとしている。
イザナの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「じゃあ~」
剣を握り直す。
「皆、雑魚は任せる。魔人は俺に任せろ」
そこからの戦いは――。
圧倒的だった。
起き上がったドラゴンへ、くいなの長い首が絡みつく。
「逃がさないよ!」
ギリギリと締め上げる。
ドラゴンは拘束されたまま、口を大きく開いた。
ゴォォォォォッ!!
再びブレスが放たれる。
だが――。
「はい、こっちです」
花子が便器を構えた。
ゴォォォォォッ!!
凄まじい炎が便器へ吸い込まれていく。
「流します」
ジャーッ!!
そのままブレスが流されていった。
そして――。
「後は任せろ」
ヤクザ風の男が、ゆらりとドラゴンへ近づく。
ドラゴンが暴れる。
だが、くいなの首から逃れることができない。
男は剣を構えた。
「終わりだ」
ズバッ!!
ドラゴンの首が宙を舞った。
巨体が地面へ崩れ落ちる。
「よし!」
歓声が上がった。
下位悪魔とは、おかっぱ姫とクチミ、そして多くの町の人たちが戦っていた。
敵の数を確実に減らしていく。
上位悪魔とは、ゆうきと雷電の勇者が並んで戦っていた。
ゆうきは剣と魔法を駆使し、上位悪魔でさえ次々と倒していく。
雷電の勇者は――。
その名の通り、雷のような速度で戦場を駆け抜ける。
閃光が走るたび、悪魔の首が落ちていった。
「バカな……」
その光景を見たファネールが、驚愕の表情を浮かべる。
「私の軍勢が、こうも容易く殺られるとは……」
「皆、強いからな」
イザナが答える。
「力さえ合わせれば、このくらい楽勝さ」
イザナの言う通りだった。
力を合わせれば、大して苦戦せずに戦える。
だが、戦い始めた直後は違った。
久しぶりの敵。
そして、あまりにも多い敵の数。
普段から個々で戦うことに慣れているため、皆、力を合わせることができていなかった。
それに――。
イザナが魔人に圧されている。
そのことが気になり、皆、戦いに集中しきれていなかった。
イザナが倒れ、テンまで倒れた時には、ツクヨ達のことも含め、皆が心配で仕方がなかった。
どうにかしなければならない。
そう焦るほど、動きは空回りする。
そこへ上位悪魔まで現れた。
混乱はさらに大きくなった。
だが――。
イザナが回復した。
そしてテン達が退避した。
守るべき仲間が安全な場所へ向かったことで、皆の心配事がなくなった。
それと同時に――。
バラバラだった歯車が、ようやく噛み合い始めた。
「じゃあ~」
イザナがファネールへ剣を向ける。
「俺達も決着をつけようか」
「舐めるなよ……!」
ファネールがさらに力を込める。
盛り上がった筋肉が、さらに膨れ上がった。
手にしていた剣も、みるみるうちに巨大化していく。
「こいつでお前をぶった斬ってやる!」
ファネールが猛然と突っ込んできた。
巨大な剣を片手に振り回す。
剣が大きくなったことで、リーチも伸びている。
遠距離から横薙ぎの斬撃が飛んできた。
「……」
イザナは動かない。
斬撃が迫る。
その瞬間――。
ズバァァン!!
イザナの剣が、ファネールの剣を真っ二つに斬り捨てた。
「なっ!?」
ファネールの目が見開かれる。
イザナは、そのまますれ違う。
そして――。
ズバッ!!
ファネールの身体が、上半身と下半身に分かれた。
ドサッ。
魔人の身体が地面へ崩れ落ちる。
「……」
イザナは剣を握ったまま、ファネールを見下ろした。
この程度で魔人が死なないことは分かっている。
ならば――。
頭を潰す。
確実に、とどめを刺す。
その瞬間だった。
「!」
頭上から、無数の炎の玉が降り注いだ。
ドドドドドッ!!
イザナは大きく飛び退く。
「チッ!」
空を見上げる。
そこには――。
魔人らしき少女が浮かんでいた。
その隣には、イザナが真っ二つにしたファネールの身体。
戦っていた皆も、何事かと空へ視線を向ける。
少女はイザナを見て、楽しそうに笑った。
「お兄さん、なかなか強いね」
まるで面白い玩具を見つけた子供のような笑顔だった。
そして――。
「今回はファネール君回収して、退散させてもらうよ」
少女はそれだけ言うと、軽く手を振った。
そのまま、ファネールと共に去っていく。
「……」
イザナは何も言わなかった。
ただ、その拳を強く握り締める。
十年前。
イザナの彼女だった女性が、相討ち覚悟で敵を追い詰めた。
あと一歩。
あと一撃。
そこまで追い詰めたはずだった。
それでも――。
最後の最後で逃げられた。
そして今も同じ。
また、とどめを刺す直前で逃げられた。
「……クソッ」
イザナは悔しそうに顔を歪める。
やがて、その場へゆっくりと腰を下ろした。
魔人との勝負はついた。
残る敵は下位の悪魔だけ。
戦いも、じきに終わるだろう。
だが――。
イザナの胸には、十年前と同じ悔しさが残っていた。
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