魔人来襲
夜も明ける頃、ようやく戦いが終わった。
途中からオーガに混じってゴブリンやオークまで姿を現し、戦場はさらに混乱していた。
それでも、ツクヨは仲間達と共に、その軍勢を全て倒してしまった。
ツクヨ達の戦いは凄まじいものだった。
ツクヨは天守閣から札を次々と投げつけ、敵の頭を吹き飛ばしていく。
鬼太郎は金棒を振り回し、迫ってくる敵をまとめて叩き潰す。金棒が振るわれるたび、オーガの巨体さえも紙切れのように吹き飛び、次々と肉塊へ変わっていった。
くらまは扇を一振りするだけで敵を切り刻み、山ばぁは包丁を振るうたび、迫り来る敵を肉塊へと変えていく。
おかっぱ姫は守りに徹していたらしく、戦っているところは見られなかった。
それでも――誰一人として、あの城を越えてくる者はいなかった。
テンはその光景を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
あれだけの数を相手にしているのに、ツクヨ達はまるで苦にしていない。
たったあれだけの人数で、これほどの軍勢を倒してしまったのだ。
テンは、改めてツクヨ達の強さに戦慄を覚えた。
妖怪は昔から地球上のあらゆる所に存在しており、人々に恐怖を与える存在だった。
それなのに、今ではツクヨの仲間として戦い、皆がツクヨの言うことを聞いている。
どうしてこうなっているのか。
テンには不思議で仕方なかった。
だが、いくら考えても分からない。
テンは小さく息を吐き、考えることを止めた。
一方、その戦いの最中――。
タケミは、ただ戦いを眺めているだけでは暇で耐えられなくなったらしく、途中からイナミと剣の対決を始めていた。
イナミもテンに話しかけてからは手持ち無沙汰だったらしく、タケミの相手をしてあげたようだ。
結果は、タケミがボロボロにやられた。
それでもタケミは、倒されるたびに立ち上がった。
何度倒されても、歯を食いしばって剣を握り直す。
そんなタケミを見て、イナミは気に入ったらしい。
戦いの最後の方では、二人並んで談笑していた。
フレイはというと、実は天守閣まで登り、ツクヨ達と共に戦っていた。
「私、魔法をぶっ放してきます!」
そう言って城をよじ登り、本当に魔法をぶっ放してきたらしい。
戻ってきたフレイの顔は、先程までとは打って変わってスッキリしていた。
やがて、戦いを終えたツクヨ達も戻ってくる。
さすがに疲労は隠せず、皆、疲れた顔をしていた。
ちなみに、おかっぱ姫とわらこは、お城と共に知らない間に消えていた。
テンとゆうきだけはその事実に驚いていたが、他の連中は、
――そんな事もあるでしょう。
とでも言いたげに、大して気にしていなかった。
戦いも終わり、皆で和気あいあいとしていた、その時だった。
突然、中空に歪みが生じた。
空気そのものが捻じれるように揺らめく。
それを見たイザナが舌打ちし、すぐさま剣を構えた。
「次から次へと、どうなっているんだ」
「ホント嫌になっちゃう」
先程まで戦っていたツクヨも空を見上げ、疲れた息を吐く。
歪みの向こうから、翼の生えたモンスターが姿を現した。
その姿を見た瞬間、テンの中にある記憶が引っかかった。
必死に記憶を探り――ようやく思い出す。
「あれは悪魔よ。確か魔人と呼ばれる者の眷属」
「そんな事、よく知っていたな」
イザナが感心したようにテンを見る。
だが、次の瞬間だった。
悪魔達の中から、一際目立つ男が姿を現した。
黒い服。
黒い髪。
そして、白を通り越して蒼白い肌。
男は地上に転がる無数の死骸へ視線を向けると、淡々と呟いた。
「やはり、ただのモンスターでは地上の連中は潰せないか」
テンの先程の発言。
そして、目の前に現れた男。
皆が、この男こそ魔人なのだと理解した。
魔人と呼ばれた男が、テン達へ視線を向ける。
その瞬間――。
凄まじい殺気が放たれた。
空気が一変する。
肌を刺すような殺気に、テン達の身体が反射的に後退った。
テンだけではない。
テン達よりも強い者達でさえ、冷や汗を流しながら身構えている。
それでも、イザナだけは違った。
凄まじい殺気を放ちながら、魔人を真正面から睨み付けている。
魔人もイザナを見つめ――ニタッと笑った。
「お前はあの時の片割れ、まだ生きててくれて俺は嬉しいぞ」
魔人が空から地面へ降り立つ。
その動きに合わせるように、背中から真っ黒い剣を取り出した。
次の瞬間。
魔人が、イザナへ向かって一気に駆け出した。
速い。
その姿が一瞬で迫る。
イザナも迎え撃つように地面を蹴った。
同時に、悪魔達も動き出す。
魔人に続くように、他の者達へ襲いかかっていった。
最初に激突したのは、イザナと魔人だった。
二人の剣が正面からぶつかる。
――ガキィン!
激しい衝撃音が響き、イザナの身体が後方へ弾き飛ばされた。
足を地面に擦りつけ、土煙を上げながら何とか体勢を立て直す。
だが、魔人は止まらない。
追撃するように踏み込み、真っ黒い剣を横薙ぎに振り抜いた。
イザナは竹刀を斜めに構え、刃を受け流す。
だが――重い。
受けた瞬間、両腕に強烈な衝撃が走った。
身体が大きく流される。
その隙を逃さず、魔人の剣が迫った。
イザナは身体を捻り、紙一重で刃をかわす。
それでも完全には避けきれず、頬が浅く斬られた。
血が一筋、頬を伝う。
「チッ……」
イザナは血を拭うこともせず、再び魔人へ踏み込んだ。
一方、テン達も悪魔と剣を交えていた。
剣士組とるり、そしてツクヨ達が前へ出る。
魔法組はその後ろに構え、隙を見ながら攻撃の機会を狙っている。
悪魔達は槍を手にしていた。
三体で陣形を組み、一人を集中して狙ってくる。
「そいつらも強いから気をつけろ」
イザナがテン達へそれだけを伝える。
そして獰猛な笑みを浮かべ、再び魔人へ向かって走った。
魔人とイザナが、再び激しくぶつかり合う。
イザナが竹刀を振り抜く。
魔人の剣を受け流し、そのまま反撃へ移る。
だが、魔人は難なく受け止めた。
そして間髪入れず、反撃。
イザナは避ける。
受ける。
時には後ろへ飛び、距離を取る。
それでも魔人の攻撃は止まらない。
竹刀を使っているイザナは、どうしても押されていた。
腕。
肩。
頬。
少しずつ傷が増えていく。
それでもイザナは、一歩も引かなかった。
傷を負っても、息を乱しても、何度でも魔人へと斬りかかる。
一方、テン達三人も悪魔に苦戦していた。
槍による刺し傷や斬り傷が少しずつ増えていく。
「クソ、一匹一匹が強いぞ」
「素早くて、なかなか攻撃が当たらない」
「疲れて魔法がぶっ放せないです」
勇者一行は、悪魔達と同じく三人で陣形を作っていた。
三人の動きには迷いがない。
互いの死角を補いながら、一体ずつ確実に悪魔を倒していく。
異世界で一緒に戦ってきた成果なのだろう。
「このまま陣形を崩さず倒していくぞ」
ゆうきの掛け声に、二人が頷く。
そのまま油断なく敵と相対した。
イナミは一人で悪魔達を相手にしていた。
襲いかかってくる悪魔を、次から次へと斬り倒していく。
「雑魚共がどんどんかかってこいよ」
先程まで思うように戦えなかった分を取り戻すかのように、嬉々として刀を振るっていた。
ツクヨ達は、先程までの戦いによる疲労が残っている。
息は上がり、動きも明らかに鈍っていた。
それでも、迫ってくる悪魔を相手に戦い続けている。
「あの子達、早く来なさいよ」
そう言いながらも、ツクヨは戦場から目を離さない。
他の町人達も戦っている。
何人かでチームを組んで戦う者もいれば、一人で悪魔を相手にしている者もいる。
その中でも、剣に雷を纏って戦っている男は、悪魔を圧倒していた。
それぞれが、それぞれの場所で戦っている。
その中で苦戦しているテン達を見て、ツクヨ達が合流してきた。
「あなた達、大丈夫?」
「大丈夫です」
ツクヨ達は、斬り傷の増えたテンとタケミ、そしてすでに疲れ切っているフレイを心配そうに見た。
テンとタケミは傷だらけになりながらも、しっかりと剣を構えている。
視線も敵から外していない。
悪魔達との戦いは、少しずつこちらが押していた。
だが――。
イザナと魔人の戦いだけは、明らかに違っていた。
イザナは一方的に攻められている。
致命傷を受けないようにするだけで精一杯だった。
イナミも時折イザナへ視線を向ける。
助けに入りたい。
だが、周囲にはまだ悪魔が多い。
ここを離れることができない。
その間にも、イザナの傷は増えていく。
「あの女が居なければこんなものか、つまらないものだ」
魔人が、傷だらけのイザナを見下ろす。
息が上がり、身体には無数の傷。
それでも――イザナの目だけは死んでいなかった。
イザナは魔人へ斬りかかる。
竹刀で魔人の剣を弾こうとする。
だが、魔人は力任せに押し返した。
イザナの身体がわずかに揺らぐ。
その瞬間だった。
魔人が剣を振り抜く。
イザナは咄嗟に身を引いた。
それでも、完全には避けきれない。
脇腹に浅い傷が走った。
「ぐっ……!」
それでも止まらない。
イザナは踏み込み、竹刀を振り下ろした。
魔人は、つまらなさそうに剣を振った。
――ザンッ!
竹刀が斬り飛ばされる。
そして次の瞬間。
魔人の蹴りが、イザナの腹へ突き刺さった。
「ぐはっ!」
身体が大きく吹き飛ぶ。
イザナは地面を何度も転がり、テン達の近くまで飛ばされた。
それでも立とうとする。
竹刀を杖代わりにして身体を起こしかけた。
だが――。
「ぐっ……」
血を吐き、力が抜ける。
イザナはその場に倒れた。
それを見た悪魔達が、一斉にイザナへ襲いかかる。
テン達の視線が、一斉にイザナへ向いた。
誰かが叫ぶ。
だが、誰もすぐには動けない。
立ち上がることすらできない。
(クソ、間に合わねぇ)
(イザナさん)
イナミとゆうきが駆け出そうとする。
だが、距離がある。
間に合わない。
悪魔の槍が、イザナへ届こうとした――その瞬間。
テンが飛び出した。
イザナを庇うように、その前へ立ち塞がる。
次の瞬間。
三本の槍が、テンの身体を貫いた。
「嬢ちゃん」
すぐ近くまで来ていたイナミが、テンを刺した悪魔を斬り倒す。
そのまま、崩れ落ちそうになったテンの身体を支えた。
「テン姉、すぐに治します!」
タケミ、フレイ、ツクヨ達も駆け寄る。
イザナとテンを守るように、その周囲へ立ち塞がった。
地面に倒れないようイナミに支えられながら、テンは上体を起こしている。
そこへ、あんなも駆けつけた。
「私も手伝うわ」
フレイとあんなが、二人で治癒しようとする。
だが、テンは血を吐きながらも、二人へ優しい笑みを浮かべた。
「私は大丈夫だから、イザナを治癒して」
どう見ても、テンの方が重傷だった。
それでもテンは、自分よりイザナを優先した。
フレイは迷った。
だが、テンがそう言うなら――。
「……」
フレイはイザナの治癒を始める。
それを見たあんなも戸惑いながら、イザナの治癒へ加わった。
その光景を、魔人は冷めた目で眺めていた。
「とんだ期待外れだな、十年前の方が楽しい勝負が出来たな」
魔人が手を上げる。
そして――指を鳴らした。
中空に、再び歪みが生じる。
そこから、更なる悪魔の軍勢が姿を現した。
しかも、その中には明らかに姿の違う悪魔が何体かいる。
上位種らしき悪魔だった。
戦場にいた者達の顔が歪む。
先程まで押していた者達でさえ、その姿を見て悪態をついた。
上位種らしき悪魔が、悠然と地面へ降り立つ。
その瞬間を狙って斬りかかった者がいた。
だが、剣を掴まれる。
そのまま殴り飛ばされた。
別の者は腕を振るわれただけで吹き飛ばされる。
上位種らしき悪魔達は、何事もなかったかのように歩いていく。
そして魔人の前で立ち止まると、臣下が取る礼をした。
「お前達、この町にはもう用はないから滅ぼすとするか」
魔人の命令を受け、悪魔達が四方へ散っていく。
戦場の各所から悲鳴が上がる。
上位種の参戦によって、今度はこちらが圧され始めた。
そのうちの一体が、イザナとテンが倒れている方へ歩いてくる。
ツクヨが険しい顔を浮かべた。
「このままじゃ不味いわね、イザナはまだ治らないの」
「後少しです」
あんなとフレイは汗を流しながら、必死に治癒を続けている。
イザナの傷は、少しずつ塞がってきていた。
だが、テンの状態は危ない。
今にも意識を失いそうになっている。
そんな中、イナミがタケミを見る。
「タケミ、俺と代われ。俺が今歩いて来ている悪魔の相手をする」
タケミも、自分では力になれないことが分かっていた。
悔しそうに表情を歪めながらも、イナミと交代する。
イナミは、歩いてくる悪魔の前へ立ち塞がった。
互いの手が届く距離まで近づいた瞬間――。
悪魔の拳が、イナミの顔へ飛んでくる。
だが。
イナミの刀が、一閃した。
腕が斬り飛ばされる。
悪魔が驚き、距離を取った。
自分一人では勝てないと悟ったのか、仲間を呼ぶ。
すぐに二体の上位悪魔と、多数の下位悪魔が集まってきた。
この数ではイナミ一人では厳しい。
そう判断し、ゆうきとるりがイナミの横へ並んだ。
悪魔達の準備が整う。
そして――。
多数の悪魔が一斉に襲いかかってきた。
津波のように押し寄せる下位悪魔。
イナミとゆうきは、それを片っ端から斬り捨てていく。
るりは拳を振るい、次々と悪魔を殴り飛ばした。
だが、その中に上位悪魔が混ざっていた。
不意に飛んできた拳を、るりは防ぎきれない。
まともに受け、その身体が吹き飛ばされる。
その光景を見たツクヨが、険しい顔をした。
(このままじゃ数で圧しきられる)
イザナとテンを守るため、その場を動けない。
その時だった。
長い首が、鞭のようにしなった。
一気に伸びた首が多数の悪魔をまとめて吹き飛ばす。
吹き飛ばされた悪魔達は、そのまま待ち構えていた花子の便器へ吸い込まれた。
そして――流されていく。
首を避けた悪魔が、るりの吹き飛ばされたことで生じた穴からツクヨ達を狙った。
だが、その前にクチミが立ち塞がる。
ハサミが閃き、悪魔を斬り刻んだ。
そのすぐそばでは、タマがツクヨに頭を撫でられている。
ツクヨが、ようやく現れた仲間達へ視線を向けた。
「あなた達、くるの遅いわよ」
ツクヨが待ちに待った援軍が、ようやく到着した。
先程の攻撃で悪魔の数は大分減った。
それでも、まだ多数の下位悪魔と三体の上位悪魔が残っている。
ピンチなのには変わりない。
その時だった。
「もう大丈夫だ、ありがとう」
倒れていたイザナが、立ち上がった。
あんなとフレイへ礼を言う。
そして、倒れているテンへ視線を向けた。
「テンのおかげで助かった、ありがとう」
テンは顔色が悪く、生気のない顔でイザナを見上げる。
それでも、握っていた剣を差し出した。
「竹刀の代わりにこの剣を使って下さい。強度と切れ味は保証します」
イザナはその剣を受け取った。
「ありがとう。次こそ勝ってくる」
剣を握り直す。
そしてイザナは、再び戦場へ戻るため、イナミ達のもとへ向かった。




