夜の侵攻
イザナは愚痴をこぼしながらも、戦いに出る準備を進めていた。
他の皆も、それぞれ武器や荷物を整えていく。
ツクヨが先ほど言っていた通り、夜に異世界からの侵攻が来るのは、およそ二年ぶりのことだった。
「私は先に行ってるわね」
そう言うと、ツクヨはどこか嬉しそうな顔を浮かべ、戦場へ向かって走っていった。
その背中を見送ったテンは、隣にいるイザナへ目を向ける。
いつものイザナなら、もうとっくに準備を終えて戦場へ向かっているはずだ。
それなのに、今日は妙にゆっくりしている。
「イザナさん、ツクヨさん行っちゃいましたよ。私達も早く行きましょ」
「そんなに急がなくていいぞ。どうせ夜はツクヨの独壇場だからな」
「独壇場?」
テンが首を傾げる。
初めて聞く話だったのは、勇者一行も同じらしい。
ゆうき、るり、あんなも揃ってイザナへ視線を向けた。
「ツクヨの仲間の妖怪達は、夜になると本領を発揮するからな。下手に手を出したら、こっちまで巻き込まれるぞ」
「そんなに凄いんですか?」
テンが驚いて聞き返す。
「見れば分かる」
イザナはそれだけ言うと、ようやく歩き始めた。
百聞は一見に如かず。
結局、皆で戦場へ向かうことになった。
◇
町の門へ近づくにつれ、地面を揺らすような音が聞こえてくる。
門の向こうでは、異世界へと繋がる歪みが大きく口を開けていた。
その奥から、次々と魔物が姿を現している。
「あれはオーガですね」
ゆうきが目を凝らして呟く。
「そうだな」
イザナも頷いた。
鬼のような風貌。
巨大な身体。
見るからに人間を襲うために現れた魔物だ。
テンもその数を確認しようと目を向ける。
その時だった。
「あいつは外れだな」
「え?」
「オーガは食べても美味しくない」
「…………」
テンは思わずオーガを見た。
巨大な身体に凶悪な顔。
その手には、人間など簡単に叩き潰せそうな武器まで握られている。
それなのに――。
イザナは、食べられるかどうかを気にしていた。
テンは呆れたように息を吐く。
――こんなのまで食べようとするなんて、人類の食欲って凄いわね。
そんなことを考えている間にも、歪みからはオーガが次々と現れる。
一体。
二体。
十体。
数える間にも、さらに後ろから姿を現す。
その数はどんどん増えていき、今にも町へ雪崩れ込んできそうな勢いだった。
「イザナさん……」
テンの表情が険しくなる。
しかし、隣にいるイザナは落ち着き払っていた。
「大丈夫だ。もうすぐ来るんじゃないか」
「もうすぐって……」
これだけの数を前にして、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。
テンが疑問に思った、その時だった。
――ドォォォンッ!!
凄まじい音が響き渡った。
地面まで大きく揺れる。
「な、何!?」
テンが慌てて門の方を見る。
すると――。
「……え?」
そこには、先ほどまでなかったものが建っていた。
白い建物。
三階建て。
まるで城のような巨大な建物が、門の向こうにそびえ立っている。
「…………」
テンは口をあんぐりと開けたまま、その建物を見つめた。
他の皆も目を見開いている。
だが、その中でもテンのリアクションが一番大きかった。
「イザナさん……あれ、何?」
「あれは、おかっぱ姫だ」
「名前だけじゃ分からないわよ!」
テンは思わず叫んだ。
しかし、イザナのいる場所からでは建物の反対側までは見えない。
いったい何なのか。
なぜ城のようなものが突然現れたのか。
聞きたいことはいくらでもある。
だが、これ以上聞いてもイザナが面倒くさがるのは目に見えていた。
「……そういうものなのね」
テンは不満そうに呟きながらも、とりあえず納得することにした。
「私に任せて」
そんな皆の様子を見たあんなが前へ出る。
そして、静かに魔法を発動させた。
すると――。
夜空に大きな映像が浮かび上がった。
「おお……!」
まるで巨大な画面のように、戦場の様子が夜空へ映し出される。
これなら、町からでも戦場の様子を確認できる。
皆から感嘆の声が上がった。
映像の中には、白い城と、そこに立つおかっぱ姫の姿が映っている。
その瞬間――。
「……!」
ゆうきの目が輝いた。
普段の落ち着いた表情とは明らかに違う。
映像に釘付けになり、目を輝かせている。
――あれは、多分……城に住まうと言われる妖怪、長壁姫じゃないかな。
実はゆうき。
異世界へ召喚される前は、怪談や妖怪などのオカルト系が大好きなマニアだった。
花子やくいなたちと初めて会った時に妙に興奮していたのも、そのためである。
勇者としては、絶対に知られたくない秘密だった。
◇
「あんた達のせいで、私の綺麗なお城が汚い血で汚れちゃったじゃない!」
おかっぱ姫が怒鳴っている。
先ほど落ちてきた際に、オーガの血で城が汚れてしまったらしい。
おかっぱ姫は城の天守閣に立ち、汚れた壁を指差して怒りを露わにしている。
そこへツクヨがやってくる。
「おかっぱ、危ないじゃないの。私達まで巻き添えにする気?」
「誰がおかっぱよ! 姫をつけなさいよ!」
おかっぱ姫は頬を膨らませ、顔を背けた。
「ツクヨなんて、巻き添えで潰されたら良かったのに」
「なんですって?」
ツクヨの眉がピクリと動く。
次の瞬間――。
ツクヨがおかっぱ姫の頬をつねり上げた。
「痛い痛い!」
「大体、あなたがこんな所に落ちるから城が汚れたんでしょ! 自業自得じゃない!」
「痛いってば!」
ツクヨの顔が鬼のように険しくなる。
先ほどまで偉そうにしていたおかっぱ姫は、見る見るうちに涙目になっていく。
「痛いから離してよぉ……」
見た目は幼いおかっぱ姫。
そんな彼女が、年相応の子供のような表情になっている。
それを見たテンたちは、思わず生暖かい目を向けた。
――背伸びしたい年頃なのね。
◇
「あれは、わらこじゃないか。久し振りに見たな」
イザナが呟いた。
その視線の先。
おかっぱ姫の頭には、小さな女の子がちょこんと乗っていた。
ゆうきもまた、その姿を見て目を輝かせる。
――今度は座敷わらしか……!
どうやら、先ほどから映像に映る妖怪たちが気になって仕方がないらしい。
「わらこって誰ですか?」
皆が気になっていることを、テンが代表して尋ねる。
イザナは、おかっぱ姫の頭に乗っている小さな女の子を指差した。
「わらこだ」
「それは名前ですよね?」
「戦う力はない。だが、良いことが起きる不思議な力を持ってる」
「へぇ……」
テンは興味深そうにわらこを見る。
最初に現れた城のインパクトが強すぎて、まだ頭が追いついていなかった。
それでも、今の説明を聞いて、少しだけ納得する。
◇
町で戦場を見守る人々の声が、門の近くまで響いていた。
「頑張れー!」
「やっちまえ!」
声援を受けるように、ツクヨの仲間たちも次々と戦場へ加わっていく。
オーガとよく似た姿。
だが、それよりもさらに巨大で、真っ赤な身体。
手には巨大な金棒。
その姿を見れば、誰なのかは何となく想像できる。
さらに、赤い顔に長い鼻を持った者。
そして――。
「……あれ?」
テンが目を凝らす。
見覚えのある包丁を持ったおばあちゃんまでいる。
「鬼太郎と、くらまと山ばぁまで来てるな」
イザナが夜空に映し出された戦場を眺めながら呟いた。
テンたちは誰が誰なのか分からない。
だが、さっきからイザナに聞いてばかりだ。
今回は、自分で考えてみることにした。
テンは黙って戦場を見つめる。
そして頭の中で、自分の知識と照らし合わせていく。
――真っ赤な身体のあれは鬼ね。
――だから鬼太郎。
――次にいる、鼻が長いのがくらま天狗で、くらま。
――包丁を持ったおばあちゃんがヤマンバで、山ばぁ……かな。
「…………」
テンは真剣な顔で考え続ける。
考えがまとまれば少し口元が緩み、分からなくなると眉間に皺が寄る。
その表情は、考えていることがそのまま顔に出ているようだった。
「何て顔してんだよ」
そんなテンの横から、イナミが声をかけた。
「何よ」
「さっきから笑ったり、難しい顔したり。百面相でもしてんのか?」
「別にいいでしょ」
考え事を邪魔されたテンは、不機嫌そうにイナミを見る。
そして――。
先ほどの模擬戦を思い出した。
自分を散々盾にして、ボロボロにした男。
その記憶が蘇った途端、テンの機嫌が一気に悪くなる。
「何よ。貴方も戦いに行って殺られてきたら?」
「お前、まだ根に持ってんのか?」
「当たり前でしょ!」
テンはそっぽを向く。
「私を盾にして散々攻撃させたくせに」
「いやぁ、あれは面白かったな」
「……!」
悪びれる様子もなく、イナミは楽しそうに笑った。
テンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「本当に嫌な奴ね」
「そう褒めるなよ」
「褒めてない!」
テンが睨みつける。
イナミはそんなテンを見て、また笑った。
その笑い声が、余計に腹立たしい。
「……もう知らない!」
テンは再び戦場へ視線を戻した。
その横で、イナミは楽しそうに笑い続けていた。
夜の戦場では、妖怪たちとオーガの戦いがさらに激しさを増している。
門の向こうでは、巨大な魔物が次々と倒されていく。
町に響く歓声と、遠くから聞こえる戦闘音。
テンたちは、夜の戦場で繰り広げられる戦いの行方を見守っていた。




