ずっと ずっと いっしょ に
咄嗟に立ち上がった僕は、客間の戸に飛びつく。襖の取手に指をかけ、思い切り引いた――が。
「なんっ……!?」
動かない。外からつっかえ棒をされている、どころの話じゃない。びくともしない。
「なんで! ちょっと、誰かっ……!」
思い切り襖を叩きかけて、思いとどまった。――これ、開けて大丈夫なのか。もし、外に何かいたら。
――ぶ、ぶぶっ。ぶぶぶ。
――ぽ、ぽぽっ。ぽぽぽ。
窓の向こう側から聞こえてくる何かの声と、手の中の帯留めの振動がシンクロする。慌てて放り出そうとしたけれど、緊張のためか手が震えて上手く指が伸びない。帯留めは振動するたびに熱を持ち、僕は必死の思いでそれをジャケットのポケットに押し込むのが精一杯だった。
と、突然LINEの通知音が響く。慌てた拍子にスマホを放り出しかけ、かろうじて空中でキャッチし覗き込むと、義兄からのメッセージが立て続けに届くところだった。
「はえうちゃん」
「ゔじか」
「どこかへやにとじこもれ」
「まどとどああkwryな」
ローマ字打ちの義兄は、隣のキーをよく打ち間違える。今回は変換どころか打ち間違えを直す間すらも惜しんで、急いでメッセージを送ってきたのだろう……が。
「はるちゃん落ち着いて、大丈夫。今から助けに行くから、窓を開けて待っていて」
すぐさま、全く逆の言葉が画面に現れる。
「おびどめすてろ」
「帯留めはまだ持ってる? それは大事だから、無くしたらダメだよ」
明らかに、このスマホ自体が「何かから干渉されている」。義兄のアカウントを装って、何かが僕に干渉しようとしている。
どうすれば。考えろ、こんな時どうすれば。
――こん、こん。
「ひっ! か、考えろ考えろ考えろっ……!」
窓から聞こえたノックの音に思い切り悲鳴をあげてしまった。誤魔化すように頭を抱えて、窓を見ないように考える。そうだノート。スマホじゃなくて手帳。そっちなら絶対干渉されない!
僕は這うようにカバンに飛びつき、スケジュール帳を取り出す。ボールペンを抜いて震える指で構える。
「し、白い顔、覗き込んでくる、白い顔っ……なんで、ここ、二階なのに!……白い、大きな、怪異……!」
悲鳴に近い声が出てしまって慌てて口を押さえ、それから気づく。白い巨大な怪異。たしか、それなら。部屋に閉じこもって、それで。朝まで、耐え……。
「……そんな」
今何時だ。夜明けまで、あと何時間ある。
僕は……何時間、耐えればいい――?
「……っか、怪異、の、干渉は、電子、機器にまで、到達。通信、機器、信頼でき、できないっ……!
義兄さん、たすけっ、助けてっ……!」
絶望を振り払うように、僕は手帳に言葉を殴り書いていく。途中で漏れた義兄への弱音は、ボールペンを音がするほど握りしめてなんとか文字にするのは防いだ。
――ぶぶ、ぶぶぶぶぶ。
ポケットの中にある帯留めが震える。
――ぽぽ、ぽぽぽぽぽ。
同じように、窓の外から聞こえてくる声が僕を呼ぶ。ちがう、呼んでない。あれは僕を呼ぶ声じゃない。あんなもの気のせいだ。ありえない。ありえない。ありえない。
「く、くそ、おと、音は一音のみ、ぽぽぽ、と発声か。意味は、意味は不明っ、いや分かりたくないっ……」
怪異は窓を叩き、ぽぽぽと声を発し続けている。ポケットの中にある帯留めが震えるたびに熱を発しているのか、ジャケットの中にあっても熱さを感じるほどになっていた。
足元に落としたスマホには、相変わらずメッセージが届き続けている。
「はるちゃん」
「あけて」
「ぜったいあけるな」
「そばに いきたいの」
「なんとかたえて」
「いいでしょう、一緒に」
「あすにはむかえにいく」
「一緒に、見守りましょう」
「どうかどうかぶじにでいて」
「あの、お山の上から、ずっと、ずっと、一緒に」
――ずっと、ずっと、一緒に。




