黒い盛り塩
――ずっとずっと、見守っている。
高い高いお山のてっぺん、そのお社で、村のすべてを見守っている。
まあ、あの人はいつもがんばりやさん。
ああ、あの人ったらまたお寝坊をして。
そう、あの子はいつだって元気いっぱい。
あらあら、なんてかわいいの。ようよう生まれたのね、あの家の赤子。
あの涙、あの笑顔、あの喧嘩、あの婚礼、あの葬儀。
すべて、お山の上から見えている。
村の向こう、汽車で行ったあの街の灯りは、さすがのわたしでも見えないけれど、それでも、村の営みはどれもこれも愛おしい。
――でも。
誰も彼も、お山を振り返ることはしない。
なぜわたしがお役についたのかも、きっと誰もわからないまま。
わたしだって、わからないまま。
大切な帯留めを握りしめて、叶わぬ祈りを喉の奥に飲み込んだ。
――どうか、どうか。誰か、わたしを。
◆ ◆ ◆
――夢を、見ていた気がする。
気がつけば僕は、端田に抱き起こされて揺さぶられていた。
「おい、おい小鳥遊! しっかりしろ、おい!」
目を開けると、部屋は随分明るくなっていた。窓から差し込む陽光にほっと息をつく。あれからのことはよく思い出せないが、どうやら僕は、なんとか朝まで持ちこたえたらしい。
「……端田」
「よかった! 目が覚めたんだな!」
「一体……何が」
端田が言うには、彼が朝様子を見に来たところ、どうやら僕は部屋の真ん中に倒れて気を失っていたらしい。
落ちていたスマホを確認する。画面には義兄のタップミスだらけのメッセージが並び、不自然なメッセージは一つ残らず消え失せていた。
「……そんな」
「夜声かけても返事もないし、心配したんだぞ……!」
「いやだって……襖、あかなくて」
まるで泣き出しそうな声で言う端田の肩越しに、襖の方を覗き込んで――僕は絶句した。
外側から、まるで目張りするように、呪符のようなものがおびただしい量貼り付けられている。その下の床には、真っ黒な粉が散乱していた。視線だけを巡らせて一番近くの盛り塩を見れば、真っ黒に変色して崩れている。ああ、散乱している黒い粉、あれは塩だ。真っ黒に変色した盛り塩が、この客間の入口にいくつも置かれていたのだろう。
部屋の外から、部屋を塞ぐように貼り付けられた札。
黒く変色した盛り塩。
入口からこちらを覗っていた端田の祖父が、僕と目があった瞬間眉を潜めて視線をそらした。それ見て、僕は確信した。
ああ、もっと早く気づくべきだった。
義兄は「はるちゃんっていい子だよね」などとからかうけれど、確かにこれでは「お人よし」と揶揄されても仕方ない。
――この家において、僕は客じゃない。「生贄」だ。
端田が気づいているかいないかはわからない、この様子だと、きっと気づいていないだろう。
でも間違いなく、彼の祖父は確信を持って僕を「あの怪異」に差し出そうとしている。
――『やく』っていうのは、誰かが引き継ぐものだからね。――
「役」。「厄」。どちらで呼ばれても、同じことだ。僕はそれを、移すためにここに連れてこられたのだ。
――そのお人よしのせいで、引き受けなくていい『やく』まで引き受けないように。――
単なる子ども扱いだと思っていた義兄の言葉が、ここにきて重くのしかかる。
ごめんなさい、さかえ義兄さん。
僕――もう、遅いみたいです。




