法事の家
――ぽ、ぽーぅ、と汽笛が鳴る。がたん、ごとん、と体が揺れる。
なかなかゆけない、お外の世界。わたしが「わたし」としてまだ自由に過ごせる、最後の最後に許された時間。
駄々をこねて、さんざんわがままを言って、それでようよう、わたしは汽車で大きな街へ出かけることができた。
手の中には、街で買ったちいさなちいさな帯留め。「七宝焼きが流行りなのですよ」とお店の人に言われて、いっとう気に入ったきれいな桔梗のお花の柄。
村でお役につくときは、この帯留めを持っていこう。今日の楽しかった思い出を、決して、決して忘れぬよう。
村のいっとう高いあの場所へ登ったら、街の明かりも見えるかしら。
楽しかった思い出を、ずっと覚えていられるかしら。
ああでも、できるなら。今日の楽しかった思い出を、誰かに聞いてもらえたら、きっと、もっともっと嬉しかった。
お役のあいだ、ずっと握りしめていよう。この形を、色を、輝きを、ずっと、街のにぎやかさと一緒に覚えておこう。
もし、落としてしまっても、それで、どなたかが拾ってくださったとしても。
――すぐに、どこにあるかわかるように。
ぽ。ぽーぅ、と汽笛が鳴る。
がたん、ごとん、と体が揺れる。
わたしのお役が待つ、あの村へ戻ってゆく。
さようなら、お外の世界。
さようなら、「ふつうのわたし」。
さようなら。
◆ ◆ ◆
目が覚めたのは、朝もかなり遅くなってからのことだった。
眠りが浅い僕にしては、よく眠れた方だ。導眠剤を持ち込んで正解だった。ただそのあと端田と酒を飲んでしまったせいで、いつもより効きがよくなってしまったらしい。
「……ん?」
枕元には、充電が終了したスマホと、帯留め。スマホはわかるとして、帯留めはジャケットのポケットに収めておいたはずだったが、もしかして酔った勢いで枕元まで持ってきてしまったのか。
「……まあ、お守りだものな」
昨日のうすら寒い「ストーカー」のことを思い出すと、まだ体がひゅうっと冷える感覚がする。お守りを無意識に枕元に持ってきてしまったとしても不思議ではない。僕は頭を振って昨日の記憶を振り払うと、そのままベッドから重い身を起こし、着替えを済ませた。
部屋は6畳程度の和室で、小さなちゃぶ台が置いてある。部屋の四隅に隠れるように置かれた盛り塩は、真っ白な結界を思わせた。
部屋を出ると、眠たそうな端田があくびをしながら「よう」と声をかけてくる。
「おはよう、よく眠れたみたいだな」
「おかげさまで。というか、寝坊してしまってる気がするんだけど」
「構わねえよ。今日は昼前から親戚がきて、昼から法事だ、この時間帯にブランチで軽く食っといた方がいい」
端田の言った通り、1階へ降りてみれば、彼の父親や母親、祖父まで、これから食事といった感じの状況だった。
「小鳥遊さん、今日のご予定は決まってますか」
端田の父親に聞かれ、僕は母親に用意してもらったトーストをちぎりながら虚空をにらんだ。
「いえ、法要の時間帯にうろうろするわけにもいきませんし、端田……鯉兵君は忙しいでしょうから、お借りしたお部屋でパソコンでも使わせていただければと」
「ああ、それがよろしい」
なぜか、少し安堵した様子で今度は端田の祖父が声をかけてくる。
「村は小さな商店があるくらいで、若いもんが喜ぶようなコンビニも何もありませんでな。部屋でのんびりなさってください」
「え、ええ、ありがとうございます。そうさせていただきますね」
なぜだろう、彼はなぜか、僕を部屋へ押し込めようとしている感覚がある。
僕は口元に笑顔を刻むように努めながら、なぜか部屋の中に隠れるように置かれた盛り塩のことを思い出していた。




