高みから覗き込むもの
悪いな、と声がかかり、縁側で手持無沙汰に座っていた僕の隣に端田が座り込む。手にしたマグカップの一方を僕に渡し、もう一方を音を立ててすすった。
「せっかく来てもらったのに、法事の準備が長引いてなかなか話もできなくってさ」
「いいよ。僕も何か手伝えたらいいんだけど」
最初のうちは人数分の座布団を出したり端田と一緒に拭き掃除をしたりと体を動かしていた僕だが、途中で端田の母親に見つかってからはそれもできなくなった。
「お客様にお掃除をさせてどうするの! 小鳥遊さんごめんなさいね、客間が2階にあるからそこで待っていてくださる?」
「あ、いえ、僕が自分で体を動かしたいからやってるだけなので……」
「いやだわ、それでも普通お客様にお掃除なんてさせるわけにはいかないものなのよ?」
押し問答になったところで、端田が「やべ、2階の客間掃除終わってねえ」なんて言ったものだからそこから先は端田と母親の口論に発展だ。結局客間に荷物だけ置かせてもらい、僕は母親が掃除と布団の準備を終える間縁側で待つことになったのだった。
しばらく二人でマグカップに入った紅茶を黙って飲み続ける。ふと顔をあげた端田が、ぼそりとつぶやいた。
「昼についたのにもう夕方か。ストーカーも大体夕方から覗きに来るんだよな」
夕方。確かに薄暗くなってからのほうが人目も少なくなるだろうか。それと同時にふと、いやな想像が頭をよぎった。
『黄昏時って世界の境界線があいまいになる時間帯なんだよね』
いよいよ暗くなり始めた庭を見ながら、以前義兄に言われた言葉を思い出す。
『だからあるでしょ、夕暮れ時に子どもをさらっていく怪異とかさ。はるちゃんも気をつけな』
……後半を聞いた時の怒りも一緒に思い出してしまい、思わず苦い顔をしていると、「ぶ、ぶっ」となにかが振動したような感覚がポケットからした。
「……ん?」
僕は思わずジャケットの震えた方を覗き込んだ。携帯だろうか。にしては、僕のスマホの呼び出しバイブレーションのパターンと少し違う気がする。というか、やけにゆっくりだった気が……。
突然、ハナが大きな声で吠えだした。普通の吠え方じゃない、庭の奥をにらみ、歯をむき出し、耳を倒した、明らかに「敵意」を向けた吠え方。何があったのかとハナに話しかけようとしたところで、今度は端田が小さく悲鳴を上げ、僕の腕を叩いてきた。
「た、……小鳥遊っ……!」
だが振り返っても端田は僕のほうを見ていない。高い生垣の一角をふるえる指で指し示し、ささやくようにして叫ぶ。
「いた、いたいた、そこ、ストーカー!」
僕はとっさに立ち上がった。生け垣からのぞき込む一対の目を想像してそちらをにらむ。僕が見たときにはすでにその姿はなかったが、変わらず端田はそちらを指さしている。
僕は縁側を降り、そばにあったサンダルを借りて門を出た。生け垣沿いに進んで、端田が指さした方を覗き込む。
「小鳥遊! 何かいたか!」
叫ぶ友人の声が生垣の向こうからした。もちろん、その姿は見えない。僕の身長より高い生け垣は、僕の視界を完全に隠していた。この高さから頭を出して覗き込むなら、脚立か梯子が絶対に必要になる。
――そこまで考えて、ぞっと頭の中が冷えるような感覚に陥った。
(バカな。あり得るわけない)
生け垣の隣には、隣家のコンクリート塀。それも僕の身長ですら登ることはできそうにない高さだ。
そして、その生け垣とコンクリート塀の間には、僕どころか小さな子供でさえ入る隙間はなかった。
「……いや。たぶん、お前に見つかって逃げたんだと思う」
しばらく迷った末、僕が言えたのはそれだけだった。信じられない、信じたくない。
そこに何かがいたとしても、それを言葉にしてしまう勇気は、僕にはなかった。
「そっか……なら、いいんだけど」
端田は納得したようなしないような、そんなトーンで返してきた。僕はもう一度コンクリート塀と生け垣の間の狭い空間をにらみ、それから踵を返す。
――また、「ぶ、ぶっ」という、振動。
とっさにジャケットの震えた方を押さえ、それで思い出した。ポケットの中には、先ほど端田の祖父から譲り受けた帯留めが入っている。
ポケットを探って、お守りだというそれを手のひらに乗せた。ジャケットの中で僕の体温が移ったにしては、それはなぜかじんわりと熱を持っていた。
――ぽ、ぽっ、ぽぽっ……




