押し付けられた帯留め
端田家は、山間の村の奥にあるそれなりに大きな一軒家だった。もともとは古民家が建っていたのだろう、一軒家の前には背の高い生垣に囲まれた広い庭があり、そこに寝そべっていた番犬と思しき柴犬がしっぽを振って端田を出迎えた。
「ハナ! 元気にしてたか!」
すぐさま駆け寄った端田が犬の体を抱きよせて撫でる。嬉しそうにしっぽを振っているハナと呼ばれたその犬は、こちらに気づくとしっぽを振ったまま僕の足元をかぎ始めた。
「小鳥遊は犬平気か? こいつうちで飼ってるハナっていうんだ。高校の時に飼い始めたからもう10歳か。結構なばあちゃんだけど、俺のことは覚えてたみたい」
「ありがとう、大丈夫だ。……ハナ、よろしくな」
手の甲をかがせてから静かに頭をなでてやると、ハナは笑ったように口角を上げ、僕の手を受け入れてくれる。おとなしい犬でよかった。
「待っててくれ、父さんたち呼んでくる」
端田はそういうと、キャリーバックを引きずって玄関へ向かう。ハナも端田について行ってしまい、僕は庭の中央で待つことになった。
肩にかけたままのトートバッグからスマホを取り出し、義兄に向かってLINEを打つ。
『今、先方の家につきました。山に囲まれた静かな場所です』
ワンテンポ送信が遅れたような気がしたが、すぐさま既読がついて、返信が来た。
『了解。はしゃぎすぎて山とかむやみに立ち寄らないようにね?』
どこまでも子ども扱いしてくる義兄に、思わず親指を下に突きつけるスタンプを送りそうになり、必死でこらえる。危ない危ない。
『しませんよそんなこと。それより、冷蔵庫にある作り置き、一日で食べきらないようにしてくださいね』
それだけ打ち込んで送信し、本格的に手持無沙汰になった僕は、端田家の一軒家とその広い庭を眺めた。たしか端田の自室は庭に面した二階にあったと言っていたっけ。庭といっても、玄関に面したところから家の左右と、「コ」の字型になっているようだ。これではどこから覗かれたのかはわからない。ただ、確かに二階を覗き込むには、脚立か何かを使わなければできそうにないのは事実だった。
「……ん?」
ふと、視界の端にきらりと何かが光った気がして、僕は視線を巡らせる。庭の隅、生垣の脇のところに、なにかが落ちているのが見えた。落とし物だろうか。
あたりを不用意にうろつくのも失礼かと伺いつつそちらへ行って、落ちているものを拾い上げる。金色の縁取りに何かの花の意匠。アクセサリの一部のようだった。
「おーい小鳥遊! ……どうした?」
「いや、落とし物かなって」
戻ってきた端田が僕の手元を覗き込む。僕はそれを端田に預けようと、彼の手元へ自分の手のひらを寄せた。
しかし端田はすぐに興味を失ったようで、それを受取ろうとはせずに自分の後ろから顔を出した男女三人を順に指さしながら紹介し始める。
「左から順に、俺の祖父ちゃん、父さん、母さんな」
「あ……突然押しかけてすみません、小鳥遊と申します」
とっさに僕は手のひらのアクセサリを握ったまま頭を下げた。口々に自己紹介をした端田の両親と祖父に、改めて今日から三日間お世話になります、と会釈すると、今度は端田の祖父が一歩進み出てにこりと笑いかけてきた。
「いや、礼儀正しい若者や。鯉兵のためによく来てくださったな」
「いえ、僕のほうこそ、鯉兵君にはお世話になってます」
「それで、落とし物を拾われたとのことだったが」
ええ、とうなずき、僕は掌に握りしめたままだったそれを端田の祖父に見せる。ふと、彼の纏う空気が少し、固まったような気がした。
「……ああ、そんなところにあったか」
ややあって、端田の祖父は少しばかり固い声のままそうささやいた。僕の手のひらにそれを収めたまま、僕の指を再びたたませ、上から封をするように「ポン」、と叩く。
「すまんの、小鳥遊さんがせっかく来てくださるというで、お土産にそちらの帯留めを用意しておりましたが、うっかりどこかで落としてしまったようで」
「えっ、これ、僕に、とご用意くださったものなんですか」
「いやですよ、お義父さん。女性ものを男性の小鳥遊さんにお渡しするだなんて!」
突然の申し出に、とっさに言葉に詰まった。帯留め。端田の母親が言ったように女性ものだが、それにもましてこんなものをいただいてしまう理由もない。
だが、端田の祖父はニコニコしたままさらに言葉を重ねてくる。
「いや、この家のお守りみたいなものでしてな。お手数にも小鳥遊さん本人に拾わせてしまって申し訳ないが、受け取ってやってください」
「あ、いや、ですが……」
「いいんですよ、さ、お納めくだされ」
重ねて言われてしまえば、もう断ることもできない。僕は申し訳なさを感じつつ、頭を下げてそれを受け取ることにした。
――ふと、帯どめを握った手のひらに、なにか熱のようなものを感じつつ。




